ネフィリアさんの日常
1.エッダ水道-【提灯あんこう】秘密基地
これは俺の復讐でもある。
俺はネフィリアに人格を改造されて歪んでしまった。失った幸せを取り戻したい。
別にクランを潰すのが嫌という訳ではないが、命令されるのが気に入らない。女上司モノは嫌いじゃないけど、ネフィリアはちっともデレる様子がない。それが一番気に入らない。鼻っ柱を叩き折ってやる。
ネフィリアに動揺は見られない。いつかはこうなると予測していたのかもしれない。澄ました顔しやがって。
だが、その余裕がいつまで続くかな?
俺の目はネフィリアにも通用する。魔法を使うには集中が要る。タイミングを合わせれば俺の目で集中を阻害できる。決定的な隙になるだろう。さあ、魔法を使え……。
俺はネフィリアの挙動を見落とすまいと目に力を込めてじりじりと距離を詰めていく。
ネフィリアが懐から五円玉を取り出した。
「お前はだんだん眠くなる……」
舐めてんのか?
「……ダメか。やはり肉体的にリセットが掛かっているようだな」
リセットが掛かってなければイケたみたいに言うのやめてくれる?
ネフィリアは五円玉を懐に戻した。
「まぁいい。何のつもりだ、コタタマ?」
いや待てよ。勝手に話を先に進めるな。
え? お前、俺に何したの? 俺に催眠術か何か掛けてたの? そこスルーされると困るよ。看過していい問題じゃないでしょ。
「何のつもりだと聞いている」
人の話聞けよ!
い、いや、落ち着け。俺は自分に言い聞かせた。ネフィリア流の強がりだ。催眠術なんて俺は信じちゃいない。まやかしだ。俺の動揺を誘ってるに過ぎない。しかし気になる。くそっ、なんてやつだ。平気な顔して嘘を吐きやがる。卑劣極まりない。
俺は動揺を悟られまいと不敵に笑った。
「お前は俺を見誤ったんだよ。悪を憎む強い心が俺の新しい力を目覚めさせた。俺はお前とは違う、ネフィリア……」
「とてもそうは思えないが」
ふん、減らず口を。
「しかし視線の強弱と緩急……。その発想はどこから来た? いや、そうか。お前の目は完全じゃないのか。弱体化、もしくは回数制限。となると、新しい力とやらも万能ではないな」
こいつ面倒臭え女だなぁ……! 素直に魔法を使えよっ。人を疑うことしかできねえのか? いちいち裏があるんじゃないかと探って来やがる。
無言で睨み続ける俺に、ネフィリアは心底から楽しそうに笑った。
「だが人質はどうする? お前の大切なウサ吉の命をこの私が握っていることには変わりないぞ」
元々、人質を取るのはお前の流儀じゃねえだろ。俺は探りを入れた。
ネフィリアは杖を短く持ち直した。……動揺か? 昔の癖が出てる。杖を短く持ち直すのは興味を表に出さないようにしてる時に表れる仕草だ。
ネフィリアの口調は淡々としている。
「そうだな。思えば、お前は昔から身内には甘い男だった。研究に没頭しているアンパンに差し入れをしていたのも知ってる」
差し入れ? そんな上等なもんじゃねえよ。アンパンの野郎があんぱん食ってるのが何か面白かっただけだ。共食いかよってな。
それが何だってんだ?
「魔物はプレイヤーとは違う。死ねばそれまでだ。蘇りはしない。だからお前はウサ吉を決して見捨てない。よって私が私の流儀に反することもない、という訳だ」
言ってる意味が分かんねえな。じゃあ俺はお前を裏切ってもまったく問題ないじゃねえか。
ネフィリアはローブの袖を指先でいじっている。何だコイツ、動揺しまくってるぞ。ローブの袖をいじるのは笑うのを堪えてる時の癖だ。
しかし堪えきれなかったらしい。ネフィリアは不敵に笑って誤魔化した。
「ふふ。そういうところはまだまだだな。考えが浅い。つまり私はこう言っている。コタタマ。お前はウサ吉を私の手から救い出せる何かしらの手段を用意している。それは何だ? 言ってみろ。私は無駄を嫌う。もしもお前の言う手段が現実的であり、妥当なものであると判断したならウサ吉には手出ししないと誓ってやる」
口約束かよ。当てにならねえな。
だが、いいだろう。知ったところでどうにかなるもんでもねえしな。教えてやるよ。
ネフィリア。お前は俺にこう言ったな。俺がお前の言うことを聞いている内はウサ吉には手出ししないと。
「ああ。言った」
……袖をいじるのやめろ。もちろん口に出しては言わないが。
俺は投げ遣りに頷いた。
そうだな。だから俺はお前に逆らうつもりはねえ。今後もクランは潰してやる。さっきも言ったが、クラン潰しは悪いことばっかりじゃねえからな。潰されるほうからしたら不可抗力ってのは最高の言い訳になる。メンバー同士のしがらみがあって脱退したくても言い出せないやつってのは必ず居るからな。潰されて本当に悔しく思ってるなら立て直せばいいだけの話だ。結局は言い訳なのさ。そもそも俺は他人がどうなろうと知ったこっちゃねえ。いや、いっそ不幸になればいいとすら思ってる。だが連中はしぶとい。放っといてもなかなか不幸にならねえから俺が直接手を下してやってるんだ。
「お前、その言い分でよくもまぁ私を悪し様に罵れたな。完全に私と同じ考えじゃないか」
だからこそさ。
ネフィリア、はっきり言ってやる。お前は俺の下だ。俺ならもっと上手くやれる。上手くやれるやつが上に立つのは当然のことだと思わねえか?
クラン潰しは今後も続けてやる。お前の意見が妥当だと認めれば受け入れもする。だが、頭は俺だ。ウサ吉に手出しするのは許さねえ。
「面白い。面白いぞ、コタタマ」
ネフィリアは手放しに俺を褒め称えた。
「妥当性がある。お前は私が人質を取る意味そのものをなくした訳だな。あまつさえ私にウサ吉を守る理由を与えようとしている」
だろ? もちろん俺は今の被害者で居られるポジションを手放すつもりはない。ネフィリアに脅されて仕方なくっていう立ち位置は俺の自尊心を満足させてくれる。
だがセクハラ禁止は頂けねえ。第一、お触りも可っていう話はどこに行ったんだ? 約束が違うじゃねえか。だからお前を殺して俺が上だと証明する。セクハラ解禁した上でお触りについて細かい打ち合わせをする。言うなれば始解からの卍解……セクハラ卍解だ。
「二月は半ばにして早くも今年最低の日本語を聞かされた」
打てば響くようだ。ネフィリア……。
俺は微笑んだ。決別の意思を込めて。
お前と話すのは楽しいよ。キャバクラでもこうは行かないだろう。
「人を勝手にキャバクラ嬢扱い……」
だが楽しい時間は泡沫の夢のように儚く、過ぎ去る。
決着をつけよう。
俺はネフィリアにパーティー申請を飛ばした。
ネフィリアは俺のパーティー申請を受諾した。
フレンドリーファイアとPKを明確に区別するすべはなく、それゆえに利害は残酷な一致を見る。
【条件を満たしました】
【イベント】【戦場の槌】【Clear!】
どうでもいい。
俺は奇声を上げながら斧を振り上げて突進した。
俺とネフィリアは同じ目を持つもの同士。本気で殴り合いをしたことはない。セクハラが祟って殴られたことはあるが。避けようと思えば避けられた。
だが【スライドリード(遅い)】がある以上、俺とネフィリアは後出しジャンケンできる。先手を取ったほうが有利な筈だ。
ネフィリアは大きく後退した。どうした? それでいいのか? 後ろは壁だぞ。罠か? いや、それはない。俺は踏み込んだ。ネフィリアが壁にぴたりと背をつける。壁がくるりと回ってネフィリアが壁の中に消えた。
ふうん……。え?
隠し通路? 仕込みやがったな……! 忍者屋敷かよ! 自宅に何してんの? バカじゃないの!?
いや、突っ込んでる場合じゃねえ! マズい! 俺はダッシュで居間を飛び出した。
【全身強打】には非生物を透過する性質がある。所有権で縛られている装備はその限りではないようだが。隠し通路に潜んだネフィリアは俺を一方的に攻撃できるということだ。俺が魔法を阻害すると読んでたのか? 本当に面倒臭え女だなぁ……!
そして面倒臭え女はネフィリアに限った話じゃないらしい。廊下で聞き耳を立てていたマゴットと遭遇。
「おぅ」
おぅじゃねえよ! 来い! 俺はマゴットの手を引っ掴んで廊下を走る。つーか遅え! 俺はアホの子をブン回して低空タックルの要領でマゴットの諸足を刈り取った。
「ぬや!?」
ぬやって何だ!? ちょっと面白かった。だが採点は後だ! 来る! 俺はマゴットをお姫様抱っこしたまま今日を生きるために飛んだ。ホップ、ステップ、ジャーンプ!
光の輪が迫る。危なぁーい!
(ポチョに捕まっていれば俺も【スライドリード】の恩恵に預かれる)
俺はなりふり構わずに飛んだ。マゴットでトライを決めてくるりと回る。つまりあれだ。ダブルドラゴン3の猛虎回派山の投げないバージョンね。【スライドリード】使ったから多分マゴットは無事。多分。
振り返って確認してる暇なんざねえ。脱出せねば。だが俺がネフィリアなら玄関から逃げると読む。ネフィリアのレベルは低く見積もっても15はある。スピードはあっちが上だ。距離を詰められたら次は避けきれない。
俺は急カーブして階段を駆け上がった。目指すは屋上だ。屋上なら危なくなったら飛び降りて逃げられる。さすがに隠し通路に階段はないだろっつー読みもある。基本的に隠し通路ってのは脱出用だからな。壁の中に階段が走ってるような欠陥住宅だったら知らん。
さすがにそれはなかったらしい。俺は屋上に出た。ネフィリア一味の秘密基地はエッダ水道にひっそりと建っている。岩肌に囲まれた地形だ。頭上は吹き抜けになっていて、イメージとしては山の中にすっぽり入ってるような感じだ。噴火口の縁みたいなところにデカいスズメが群れをなして止まり、俺をじっと見つめている。見下してんじゃねえ! 散れ!
いや、待てよ? 俺は考え直した。ネフィリアは俺の目を警戒してる。ならブーンが居たほうがいいかもな。今日に限っては俺の瑞鳥さんになってくれるかもしれねえ。
よし、それで行こう。俺はブーンの尾羽の付け根を凝視した。ここがいいんだろ? 知ってるんだぜ?
セクハラの魔眼・北斎浮世絵……鳥獣戯画の型ッ!
ハッとしたブーンが翼を広げて舞い降りてくる。ついでにもう二羽くらい引っ張っておこう。おらおらっカマトトぶってんじゃねえぞ!
ふう……。やっぱりつれぇわ……。
俺の新しい目は男には使えないという欠点がある。より正確に言えば女にしか使いたくない。モンスターに対しては擬人化しないとつらいので消耗が激しい。
あと二回使えるかどうか。実質的には一回ってトコか。あと一回使ったら多分視界の脱落が始まる。片目が塞がった状態で戦っても勝てないだろう。
屋上に降り立った三羽のブーンがぢょんぢょんと鳴く。
そういうことだ。
今日、どちらかが死ぬ。それは……。
俺か……! お前か……! どっちかな? ネフィリアぁ……!
「お前は禍つ鳥のお気に入りだからな」
ゆっくりと階段を登ってきたネフィリアが屋上に姿を現した。
俺は嘲笑った。
「ハッ。随分と遅かったじゃねえか。逃げたのかと思ったぜ」
そして同時に内心で考える。コイツは階下で何かをしてきた。それは何だ?
……分からねえ。判断材料が少なすぎる。だがブーンが居ることまでは読めなかった筈だ。魔法を使わせれば俺が勝つ。
ネフィリアはふいっと顔を逸らした。そして喉を鳴らして小さく笑った。
何がおかしい?
「ああ、嬉しいよ。コタタマ。お前は私に勝てると思っているんだろう?」
なに当たり前のこと言ってんだ。
「当たり前ではない。当たり前ではないのさ。私はβ組だからな。Goat、サトゥ、セブン、ニジゲン、リリララ……」
ネフィリアはβ組の名前を列挙していった。
「ああ、リチェットもか。あれは特殊な例だが。Goatのクランメンバーの、ポチョだったか? あれも同じかもしれないな。おそらく翻訳を二枚噛んでいる。そういう話し方だ」
黙れよ。そういうのはお前の口から聞きたくない。気まずくなっちゃうだろ。
ネフィリアはくすくすと笑っている。魔女……。
「お前らしい。いずれにせよ、お前は実に出来のいい弟子だよ。β組の、他の誰がお前に比肩しうる弟子を持てたろうか。そう、私は鼻が高い……とても」
レベル1だけどね。
ネフィリアは顔を上げた。目に走る毛細血管が浮かび上がる。
ネフィリアが目を使った。改めて見ると……これは引くなぁ。あまり人前で使わないようにしよう……。俺は反省した。
「コタタマ。お前は私のモノだ。誰にも渡さない」
悪いけど俺にも基本的人権ってものがあんのよ。なんか無視されがちだけどね。
じゃ……。ま、おっぱじめますかね。
俺は奇声を上げながら突進した。
2.師弟対決
って、ついて来ねえのかよ!
俺はくるっとターンしてブーンの頭を順番に叩いた。
ちょっとブーンさんたち! ぼさっとしてないで動きなさいよ!
ノンアクティブモンスターのブーンはヘイトの変動が鈍い。俺の新しい目なら一発で持って来れるかと思ったんだが、そうでもないらしい。
俺に叩かれてようやく目が覚めたようだ。蹴りを繰り出してくる。種族人間なんぞ一発でばらばらに引き裂く凶悪な蹴りだ。
スピンなんかもそうだが、モンスターってのはプレイヤーに対して一番得意な攻撃方法を温存する傾向がある。
料理番組でプロの料理人が手のひらで豆腐に包丁を入れてるのを見て真似する感覚に近いかもしれない。まな板で切った方が楽なんてことは試すまでもなく分かるのにな。それと同じで、さしたる意味もなく今日は遠回りしてみようかっつー習性が野生の動物にはある。
では改めて。
イマイチやる気なさそうなブーン小隊を率いて俺はネフィリアに突進した。
ネフィリアは魔法職だ。近接戦はろくに経験したことがないだろう……なんて甘くはないですよね。俺の斧をネフィリアは杖で受ける。後出しジャンケンしてもダメだった。そして攻守が逆転しても同じことだった。
ああ、なるほどね。ネフィリアの杖を捌きながら俺は納得した。こりゃ決着つかねえわ。【スライドリード】のCG処理が目立ちすぎるのと、何してくるのか大体読める。なんていうか、動きが雑だ。
つまるところ目に身体が追いついてない。師弟二人揃ってインドア派なのである。
ブーン小隊を交えての乱闘はどうか。
……微妙であった。ブーンはどこにでもいるから遭遇率高くて行動パターン読めてるんだよな。お互いに親権の取り合いしてるから思い通りに行かない。ブーン小隊がキョドってる。何なのこれ。凄くバタバタしてる。
クッ。俺は思わず笑いがこみ上げてきた。こりゃひでえ。何つー低レベルな争いだよ。俺とネフィリアが本気で殴り合うとこうなるのか。
バタバタしすぎて三回くらい背中合わせになったぞ。おい。って、ブーンさんが一羽千鳥足でどっか行こうとしてる。おーい。戻って来ーい。俺はブーンさんに駆け寄って頭を叩いた。え? やる気ねえの? なに座ってんの。ダメだよ。立って。ほら、立って。立たない。なるほど。
……近接戦はダメだな。
だが、こんなこともあろうかと、こんなものを用意してきました。吹き矢〜。テレレテッテテー。
要は意表を突けばいいんだ。俺は毒矢が収まった筒をくわえて素早く振り返った。
筒をくわえたネフィリアと目が合う。
意表、突けない。
俺は片手を突き出して提案した。
「待て。ネフィリア。お前、何してる。絵面ひでえぞ。いったん落ち着こう」
「考えることは同じか……。お前は実によく出来た弟子だ。それが今は悲しい……」
俺だって悲しいよ。とりあえず吹き矢はダメだ。せーので放り投げよう。
ったく……。勝てばいいってもんじゃねえだろ……。
せーのっ。
俺とネフィリアは同時に筒をくわえて吹き矢を飛ばした。そして互いに避ける。来ると分かってる矢に当たるほど耄碌しちゃいない。
騙し討ちも不発に終わったか。思考パターンまで一緒で、どうしろってんだよ……。
あ〜あ。やめだ、やめ。やってらんねえよ。手打ちにしようぜ。俺は筒を放り投げた。
「そうだな。時間の無駄だ」
ネフィリアも筒を放り投げた。
……そろそろか。俺は内心でほくそ笑んだ。
よく分かったよ。ネフィリアは魔法を使う気がない。その可能性はあると思っていた。
俺がわざわざ初手に目を使ったのは、ネフィリアに魔法を使う使わないの選択を委ねるためだ。俺を出し抜いたつもりか? ネフィリア……。残念ながらそうじゃねえ。
粘液媚薬の型はじわじわ効いてくる目の使い方だ。一度目よりも二度目のほうが効く。コツはあと一歩のところで手を引くことだな。
俺は手打ちだ手打ちだと喚きながらネフィリアに近寄っていく。
あと三歩。ネフィリアが硬直してる間に斧を叩き込む。簡単な仕事だ。あと二歩。ネフィリアに動きはない。イケる。あと一歩。
「くくくっ……」
勝った……!
「ふははははははは!」
喰らえぃっ、北斎浮世絵・粘液媚薬の型!
ネフィリアが陶然とした笑みを浮かべた。
「あはっ……」
耐えっ、違う? 逆に利用してっ、詠唱を省いて……。
ああああああああああっ!
俺は逃げた。全力で逃げた。ネフィリアが光の輪を放った。
俺は逃げた。俺は……生きてる。
ギリギリだった。避けた。避けたんだ。反応が良かった。以前の俺だったら無理だったと思う。赤カブトに何度も殺された経験が活きた。
そうだ。無駄なセクハラなんてないんだ。
俺は! 生きてる!
みしっ
あ? 左手を見る。何か……。
小指に亀裂が走った。亀裂が這い上がってくる。
俺は斧で左腕を切り落とした。
みしみしっ
軋む音が止まらない。
かすッた? かすッてたのか?
マズい。
【全身強打】の魔法は指先にかすっただけで死ぬ。
死ぬ。俺は片膝を付いた。
【スライドリード(遅い)】を発動して症状の緩和を試みる。しかし一時しのぎにしかならない。
負ける? 負けるのか?
嫌だ。俺は……。
ぢょんぢょんぢょんぢょんぢょん……。
ブーンが鳴いている。
俺は……。
「ネフィリア。取り引きだ。俺を助けろ」
俺は言った。ネフィリアを見る。
ネフィリアは笑っていた。
3.交渉
ネフィリアが笑っている。
おかしくて仕方ないというように。
「取り引き? コタタマ。お前は死ぬ。もう助からない」
それは違う。お前なら俺を助けることができる。
お前は魔法使いじゃない。ウィザードだ。先生と同じな。
「どうしてそう思う?」
勇者マレ事件だよ。あの時、お前は先生を追っていた。クラスチェンジの条件を聞き出すためなんだろ?
だが今は追ってない。
ネフィリア。お前は先生を警戒している。いつもって訳じゃないだろうが監視もしていて、先生がどこに行って何をしたかを見ていた。
聞き出せば早かったんだろうが、先生を捕まえることはできなかった。それで先生の足跡を追うことにした。
そして……見つけたんだろ? クラスチェンジの条件を。
「憶測に過ぎないな。まぁいいだろう。それで? ウィザードだから何だと言うんだ? ウィザードは攻撃魔法と回復魔法の両方を使えるとでも?」
いいや、そうじゃない。
ネフィリア。俺は【全身強打】の二段階目を見たことがある。
その時、先生は光の輪を連続で撃って連鎖を起こしていた。
だが、本質は別にあるんじゃないか。俺はこう考えたよ。
【全身強打】の二段階目は出力調整だ。
「続けろ。どうしてそう思う?」
一つ。【スライドリード】だ。あれは言ってみれば自転車の補助輪のような役割を持つスキルだ。名は体を表す……。サトゥ氏は【スライドリード】の二段階目をつまみをひねってスライドするような感じだと言っていたよ。
二つ。【全身強打】の光の輪は互いに干渉し合う。それは先生が連鎖を起こしていたことから分かる。だが、実際はどうだ? 今までレイド戦で【全身強打】同士が打ち消し合ったりしてるのを見たことがない。だから、先生がやっていたのは応用技術に近いんじゃないか。呼応と増幅。なら出力を抑えることもできるだろう。抑えたらどうなる? 連鎖の逆……。相殺も可能なんじゃないか?
「発想が飛躍しすぎだ。そうじゃないだろう。コタタマ……」
ネフィリアは動かない。
「お前は答えを知っている。お前は何かを知っている。何を見た? 言え」
……レ氏だ。ヤツは、俺の目でも追えないほどの速度で動いた。あれは魔法の応用だ。
俺は嘘を吐いた。あれは魔法じゃない。だが高速で動いていたのは事実……。
ネフィリアはじっと俺を見つめている。一つの嘘も見逃すまいと。
「他には? 他には何を見た?」
……クラフト技能を使った。バトルフィールドの生成。ランダムに動くオブジェクト。公平性を期しているようだった。
「創造の魔法か。まぁ予想通りだな」
ネフィリア。俺を助けろ。
俺は生産職で、お前は魔法職だ。殴り合いで決着を付けるのはスマートじゃねえ。だろ?
いや……負けを認めるよ。お前が頭でいい。俺は死にたくねえ。死にたくねえんだ。
……近付いて来い。ネフィリア。俺は胸中で怨嗟の声を上げた。
ただじゃ死なねえ。道連れにしてやる。
俺の予想が正しければ、【全身強打】の二段階目はとんでもなく扱いが難しい。
いくらネフィリアでも短期間で使いこなすことはできない筈だ。おそらくは出力を下げれば射程も落ちる。
いや、【全身強打】に限った話じゃないのかもな。出力調整が難しいのは【スライドリード】も同じなんだろう。
出力調整ってのは理に反してるんだ。
例えば……真っ裸のチャンネーが身体にシーツを巻き付けてベッドの上で手招きしてる。お互い後腐れのねえ関係だ。我慢できるか?っつー話よ。出力調整するってのはそういうことなんだ。だから個人差が出る。逆に言えば、それくらいじゃなきゃ個人差なんて出ねえだろうよ。
まぁ飽くまでもたとえ話だ。別にサトゥ氏が鋼の自制心を持った男だとは思ってねえ。魔力の操作はそれくらい難しいってことだ。
近付いて来い、ネフィリア……。喉笛を掻っ切ってやる。
しかしネフィリアは首を横に振った。笑ったまま。
「信用できないな。喧嘩を売っておいて助けろというのはおかしいだろう? 筋が通らない」
ネフィリア。約束だ。
俺は約束は守る。人間ってのは気紛れな生き物だ。体調が悪いってだけで平気で不義理を働ける。自分自身をも疑え。流儀で縛れ。そう教えてくれたのは、ネフィリア、お前だ。
俺はお前の教えに従ってきたよ。自分でもどうかと思うがな……。間違ってねえと思ったからな。
俺は約束は破らねえ。
ナウシカ事件のな、ポポロンの子供を山岳都市に連れ込んだティナンってのは、あれは俺だ。まぁお前のことだ、予想は付いてるんだろうが。
続けるぜ。俺はポポロンの子供を攫ってポポロンを【ギルド】にぶつけた。わざわざ危ない橋を渡った。
何故か。【NAi】と約束したからだ。下らねえ約束だ。ティナンの家の屋根に登る登らねえって揉めてな。だったらティナンを守ってやるよって約束した。それなら文句ねえだろってな。くっだらねえ約束だ。
だが俺は約束を守った。
ネフィリア。俺は約束は破らねえ。
ネフィリアはじっと俺を見つめている。ぽつりと呟いた。
「金輪際セクハラをしないと誓うか?」
ああ。誓うよ。
「そうか……」
ネフィリアは苦笑し、懐から布切れを取り出した。何だろう。
俺は警戒して布切れを注視する。その布切れを、ネフィリアはぽいっと地面に放った。
布切れがはらりと広がる。
それは……見紛えようもなくパンツであった。
俺はギリッと奥歯を噛み締めてネフィリアを見る。
ネフィリアが囁くように言った。
「脱ぎたてかもな……。どうする?」
どうする、か……。
「…………」
俺はネフィリアを見つめる。
「…………」
ネフィリアも俺を見つめる。
ぢょんぢょんぢょんぢょんぢょんぢょんぢょん……
ブーンが鳴いている。
俺とネフィリアは同時に地を蹴った。
俺は地面に落ちているパンツを拾ってポケットに突っ込んだ。
「おおおおおおおっ!」
吠える。斧を跳ね上げる。ネフィリアが杖を振り下ろす。斧と杖が交差した。斧がごとりと落ちる。
「あ?」
俺の間抜けな声。
右手を見下ろす。手首が砕けていた。
ブーン小隊が飛び掛かってきた。ざけんな! 俺はまだ死んでねえ!
ブーンに押し倒された俺は決死の抵抗を試みる。
ブーンがくちばしをガチガチと打ち鳴らした。
このクソ鳥! なに調理工程に入ってんだ!?
ブーンは火を吹く。それは獲物を仕留めるためではない。仕留めた獲物を美味しくクッキングするためだ。
ノンアクティブモンスターとは謳っちゃいるがそれ以外の方面にアクティブすぎるんだよぉ!
俺は使い物にならなくなった両腕でブーンのくちばしを押さえつける。
みしみしと全身が軋む。いびつに膨れ上がった脚をブーンがついばんでくる。
くそっ、があああああああああっ! この俺がっ、こんなっ……!
足掻き続ける俺を満足そうに見つめていたネフィリアがくるりと踵を返した。ん、と伸びをしてのんびりと呟く。
「さて、昼御飯でも作るか。冷蔵庫に何かあったかな……」
ネフィリアぁぁぁぁ! 俺を助けろおおおお! 可愛い弟子の俺をををををを!
ネフィリアが肩越しに振り返る。やっぱり持つべきものはお師匠様だよなぁぁぁ!
「ああ、そうそう。言い忘れていたが」
ネフィリアは、ブーンにのしかかられている俺のポケットを指差した。
「それはマゴットのだ」
「! ち……」
心がへし折れる音がした。
俺は抵抗をやめ、ごとりと腕を落とした。
「ちくしょう……」
俺はブーンに丸焼きにされて巣にお持ち帰りされた。
これは、とあるVRMMOの物語。
全てにおいて上……!
GunS Guilds Online




