ゴミ収集
1.山岳都市ニャンダム-ョ%レ氏ランド建設区画
ミクシーは、頭の回る男で、万事をそつなくこなす。そういうタイプのプレイヤーだ。
要領が良い。同じミスを繰り返さないし、何が重要なのかを見分け、必要な労力を割くことができた。
しかし……これはゲームに限った話ではなく、特定のジャンルを上へ行けば、上に行くほど、怪物と鉢合うことになる。
天才と呼ばれる人種だ。
ミクシーは、彼らのようになりたいとは思わない。
数千、数万ものプレイヤーがひしめく中、頂点を取るような人間は多くのものを犠牲にしていると知っているからだ。
彼らのような「情熱」をミクシーは持たない。おそらくはそれこそが自分と彼らの「差」だと自覚しつつも、だからこそ、その「壁」を乗り越えるほどリアルを切り売りするつもりにはなれなかった。
だからといって「廃人」と呼ばれる人種を見下しているつもりはない。
日本サーバーの代表格で言えば、サトゥとセブンということになる。
彼らのことをミクシーは尊敬している。
彼らが辿った道のりが朧げに見えるからこそ、自分には無理だと判断できるのだ。
ただし自分が間違っているとは思わない。
しょせんはゲームだ。
結局のところ、上位層の端っこに引っ掛かる程度に努力するのが現実的なラインだった。
強さとは相対的なものだから、そこそこでいい。
ミクシーは女性キャラクターと楽しく遊べれば満足できる。そのためには、ある程度の「強さ」が必要なことを理解していた。
現在、建設中のョ%レ氏ランドは、プレイヤーの商業圏を区画整理して空いたスペースに建てている。
いわゆる「裏通り」と呼ばれる、非合法な売買が行われる区画を大きく切り取っている。
このゲームの運営ディレクター、ョ%レ氏は、そうした「空気を読まない行動」を大々的に進めることができるだけの力を持っていた。法に抵触する行為を咎め、グレーラインをハッキリ「黒」と断じて非難し、排除し、推し進める力だ。
ミクシーに言わせてみれば、ョ%レ氏に逆らうのは愚行である。公平性を重んじる運営ディレクターに対して否やはない。そういう意味では、営利目的を第一に掲げる必要がない運営体制は信用が置けるものだった。
従って、ミクシーは今日も今日とて通報されない程度に女性キャラクターのナンパに励む。
「これ終わったらゴハン食べに行かない?」
能力さえあれば、ある程度は和を乱しても許される。ミクシーはそのことを知っていた。嫌がられているのは知っているが、強く言えば断れないプレイヤーが居るのも把握している。性格が良い、他人の誘いを無碍にできない、優しい人間ほどそうした傾向が強い。つまるところ言ったもの勝ちなのだ。
「ナンパですか?」
ミクシーが声を掛けたのは【敗残兵】という国内サーバー最強との呼び声高いクランの幹部、メガロッパだ。
このゲームのプレイヤーの「価値」は総合力である。単純に白兵戦が強い「だけ」のプレイヤーよりも指揮をとれるプレイヤーのほうが注目され、「上」だと見なされる。
メガロッパは最上級の女性キャラクターだ。
ミクシーは自身を過小にも過大にも評価しない。メガロッパがダメなら次に行けばいい。単に上から順に声を掛けている。それは自信の表れでもあったが……ミクシー本人も無自覚な、自分を必死にさせる何かを求めてのことかもしれなかった。
ョ%レ氏ランド建設の全体指揮をとっているのはョ%レ氏本人だ。
その指揮は恐ろしく正確で、全プレイヤーの能力を細かく把握していると思えるほどに無駄がない。
つまりクランの垣根を越えた、横紙破りの人事が多く見られた。
現場監督としてメガロッパが派遣されたのも、そうした通常であればあり得ない采配によるものだった。
あわよくば、と思って食事に誘ったミクシーであったが、さすがに役者が違ったようだ。
メガロッパが手痛い指摘をしてくる。
「ミクシーさん。あなたは昔のスマイルに似ていますね。もっと自分が上に行けると知ってるんでしょう? どうしてそうしないんですか? 理由を誰かが見つけてくれるのを待ってるんですか?」
ミクシーは笑って誤魔化した。
本人ですら自覚していないことをあっさりと言い当ててくる。そういうことができる「怪物」は実在する。
何故と問われたなら、答えは決まっている。これがゲームだからだ。リアルではないから、どれだけ成果を積み上げてもいずれは失われる。いや、あるいはリアルですらそうなのかもしれない……が、少なくともリアルから人間は逃げることができない。
どんな時でも、費やした時間に対して見返りを求める。それはミクシーが自覚する己の欠点であり、またこれまでの人生でうまく立ち回ってきた武器でもあった。今更になって手放すことはできない。
如才なく退散しようとするミクシーをメガロッパは逃してくれない。数多くのネトゲーを渡り歩いてきた【敗残兵】の幹部に抜擢されたほどの逸材だ。その才覚は、100人居れば1人くらいは居るだろうという性質のものではない。メガロッパはミクシーという男を変えようとしている。
「ウチに来なさい。ウチなら、あなたが求めているものが見つかりますよ。あなたは自覚していないだけです。賢く生きるのに嫌気が差してるんでしょう? スマイルと面識は?」
「……いやぁ、ないかな」
あるにはあった。ミクシーはかつてスマイルが率いるRMT部隊の一翼を担ったことがある。ゲームをしながら小遣い稼ぎができる……それは一石二鳥のように思えたのだが、労力と得られる対価が釣り合っていない気がして辞めた。いや、本当のところは分からない。ゲーム内マネーとリアルマネーの交換比率はどうしても後者に軍配が上がるから、損をしているように思えて、虚しくなっただけかもしれない。
メガロッパほどの人物ならスマイル周辺で少し目立つ働きをしているプレイヤーを把握していてもおかしくはない。真偽は不明だが、彼女はミクシーのささやかな嘘に関して取り立てて反応を示さなかった。
「そうですか。あの男は変わりましたよ。認めたくはありませんが……以前とは違う。人材は得難いものですから、あなたをスマイルに持って行かれるのは賢くない。この理屈、分かります? 私は今あなたをスカウトしてるんです」
冗談ではなかった。このゲームをある程度長くプレイしていれば【敗残兵】がどのようなクランであるか、噂くらいは耳にする。ミクシーは己を過大評価しない。自分なら自我を保てるなどと自惚れることはない。
ミクシーは作業に戻るふりをしてメガロッパから離れた。さすがに高嶺の花だったらしい。彼女の言う「必死になれるもの」は、きっと後戻りができないものだ。それはミクシーの人生観に合わなかった。そこそこでいい。
ミクシーは女性キャラクターに煙たがれながらも充実したネトゲーライフを送っている。熱くはなれないが、リターンの見込める日々だ。本当にそれでいいのかと思うことはあるものの、ギャンブラーのような生き方はできない。
そんな折だった。
十分な安全マージンをとって過ごしていた筈のミクシーが、ある瞬間に道を踏み外すこともある。
それは彼のミスですらなかった。
彼は、多くの人間がそうであるように、世に理不尽と呼ばれるそれが自分とは無縁であると思っていたのだ。
ひどい話だ。
ミクシーは優秀な生産職だった。女性キャラクターに煙たがられようと、自分の仕事はキッチリこなす。有益ですらあった。チームの和を多少乱すことはあっても、結果的に他のチームよりも工程が遅れることはなかった。そのように調整していたのだ。
にも拘らず。
ある種のプレイヤーはミクシーの「努力」を否定する。
メガロッパだけが、ミクシーを取り巻く不穏な気配に気付いた。
「ミクシー! どこです!?」
ある日、突然、ミクシーは見知らぬプレイヤーに因縁を付けられて裏路地に引きずり込まれた。
近接職のパーティーだ。彼らは女性キャラクターに色目を使うミクシーが気に入らなかったらしい。ミクシーが声を掛けたメンバーに意中の女性が居たのかもしれない。羽交締めにしたミクシーにドンドンと腹パンを叩き込む。
ミクシーは反撃の機会を窺っていた。敵は三人。一対三は厳しい。しかし一対二の構図に持ち込めば勝機はある。
メガロッパの参戦は渡りに船だった。それは間違いない。
しかし……この時のミクシーは別のことを考えた。たまたま、そういう気分だった。そうとしか言いようがない。ミクシーは叫んだ。
「構うな! 女は下がってろ!」
何故そんなことを言ったのか。男だとか女だとか、ミクシーはそんなことに拘る人間ではなかった。賢く生きてきたつもりだった。なのに。
ミクシーを羽交締めにしているゴミのようなプレイヤーが下卑た笑みを浮かべる。
「へへっ、メガロッパさんよ〜。あんたにコナを掛けた時点でこうなることは分かってたんじゃねーか〜?」
「何をっ……!」
メガロッパが跳んだ。
ミクシーは将来有望な生産職で、心の奥底では、ほんの些細な「きっかけ」を必要としていた。
ハタから見ていれば分かる。
彼はサトゥやセブンのように生きたいのだ。
それなのに、いつもできない「理由」ばかり探している。
本当にできないなら、やりたくもないなら、そんなものを探す必要はないのだ。
薄暗い裏路地に男女の嬌声が飛び交う。
交差する白刃が無音で衝突し、激しい火花を散らす。
ミクシーは見惚れた。こんな世界があるのかと思った。
メガロッパは強い。彼女のようなタイプのプレイヤーに共通して言えることが、土台となる基礎の盤石さだ。ありとあらゆる動きで凡百なプレイヤーの上を行く。
応戦したゴミのようなプレイヤーが目を剥く。
「おおっ!? 聞いてた話より強ぇな!」
片腕を刎ねられながらも、ひるまない。すかさず追撃を加えようとしたメガロッパがたたらを踏んだ。
伏兵が居る。薄暗い路地、近接職の配置、劣勢をモノともしない態度、それら全てが彼らの勝算を裏付けるものだった。
熟練のプレイヤーだからこそメガロッパは深追いできない。
ゴミのようなプレイヤーがミクシーを引きずって下がっていく。つい先ほどまで浮かべていた笑みは引っ込んでいた。苛立たしげに舌打ちして言う。
「チッ……! また今度だな……。メガロッパ〜。強くなったな〜。次だ。次は死ぬまでヤろうや」
「……逃げるの?」
「ああっ、くそっ、そうだ! 逃げる!」
この場で、誰よりも意表を突いたのはミクシーかもしれない。
彼は、メガロッパよりも、むしろゴミのようなプレイヤーに興味を抱いていた。
「メガロッパさん。俺のことはいい。大丈夫だ。放っといてくれ」
「な、なんで? 何を言ってるんです?」
説明はできなかった。
今まで、ずっと賢く生きてきた。それでいいと思っていた筈だ。
しかし今になって考えてみれば……女性キャラクターと楽しく遊ぶ……それすら、どこか投げ遣りではなかったか?
必死になれるものを探している……本当にそうか? 違うのではないか?
実際、今、自分はどこか……ワクワクしている。
自分を暗がりに引きずり込もうとしている何か……その最奥にあるものに心惹かれている。
自分を探して追い掛けてきてくれたメガロッパと共に、帰る……そのことにあまり興味を引かれていない自分に気付く。
「お、俺は……コイツらと一緒に行く。そこに何か……ある気がするんだ。俺が本当に求めていたものが……」
「イヤ騙されてますよ! 気の迷いですって! 絶対!」
メガロッパの声が遠ざかっていく。
合流してきた杖持ち……魔法使いだろう……が近接職たちに苦言を呈す。
「【敗残兵】のメガロッパ……。配置で読まれたな。ヤツを甘く見るなと言ったぞ」
近接職の一人が悪びれずに言う。
「いいやぁ、ありゃ無理だ。正面からじゃ厳しい。二枚落として伏兵成功って次元じゃねーな」
近接職同士でしか分からない遣り取りもある。そうまで言われては口を噤むしかない。
「そうか。ならばいい。急ぐぞ」
彼らの遣り取り、一つ一つがミクシーの心を躍らせる。
「あ、あんたらは何なんだ? 俺をどうしよってんだ? いや、それはいい……。俺は……俺は、何をすればいい?」
ゴミのようなプレイヤーたちが喉を低く鳴らして笑った。
「お前、素質があるぜ」
ミクシーは連れ去られた。
いや、そうではない。
彼は、自らの意思で暗がりに身を落としていく。
日の当たる、キラキラした場所。そこから遠ざかるにつれて、ミクシーは自分が高揚していることを認めざるを得なかった。
才能というものは、自覚ができない。
己を試す機会はそう多くないからだ。
ミクシーの心変わりは男たちにとっても意外だったに違いない。
ミクシーは拘束されなかった。
移動中、メガロッパとの交戦で傷を負った男たちがミクシーの肩を軽く叩いて立ち去っていく。
「逃げたけりゃ逃げろ。俺らのミスってことにしといてやるぜ?」
ミクシーはとんでもないと思った。
「行くさ。気になって仕方ないんだ。今、隠しコマンドを見つけた……そういう気分だ」
魔法使いの男がミクシーを先導する。
彼が道端のタルをどかすのを見て、ミクシーはドキリとした。タルの下には、まるで魔法のように、地下へと続く階段があった。
「……下には下が居る。お前には『案内』が必要だった。だが、そうじゃないヤツも居る。こっちだ」
ミクシーは慎重に階段を降りていく。
目を離したつもりはなかったのに、気付けば魔法使いの男の姿が消えていた。
試されていると感じた。
逃げようとは思わなかった。
長い階段だ。何度か折り返し、壁伝いに下っていくと、やがて小さな部屋に着いた。
暗い。すでに目は闇に慣れていたが、壁際に並ぶ不気味な像の輪郭がぼんやりと浮かぶ程度だ。
あれは……羊か?
近付いて確かめようとしたミクシーだが、すぐに考え直した。誰か居る。つい先ほどまでは居なかった。いつの間にか回り込まれたようだ。
薄闇のさらに奥。椅子に腰掛けている。
体格からいって、おそらくは女性キャラクターだろう。小柄で、髪は長い。
女が言った。
「歓迎するぜ、新入り。ゴミ溜めへようこそ」
そう、俺である。
これは、とあるVRMMOの物語
ひとまずネカマプレイするゴミ代表……。
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