天使と悪魔
1.運命
俺たちは、この女に一体何度、期待するのだろう。
そして、この先、何度裏切られるのだろうか……。
でも、まぁまぁじゃない?
まぁまぁだ。やっぱビジュアルなんだよな〜。そう思う。人間は外見じゃない、中身だって言うけどさ〜。否定しにくいってだけで、結局のところ程度問題なんだよな。
何が言いたいのかというと、つまり見てくれだけ良いNAiさんの撮影会はぶっちゃけ楽しかった。
3Dモデルの極地。遺伝子のイタズラが挟まる余地が一切ない人工の美。あらゆる角度に耐える美貌だ。
そうと自覚してるからNAiさんはコンプレックスとは無縁で、カメラを嫌がらない。すっかり調子に乗って仮面ライダーみたいなポーズを取ると、おそらくはセルフでヒュウウン!という仮面ライダーみたいなSEが流れた。
【エクスペリオン天使NAi推参! とうっ!】
最初は大天使とか言っていたのだが、だんだんスーパーとかスペシャルとか頭が悪い感じになっていって最終的に凄いのか凄くないのかよく分からん冠詞を獲得したNAiがその場で垂直にジャンプし、スタッと着地した。「む〜んっ」と唸り声を上げて、やはり仮面ライダーみたいなポーズを取る。ヒュウウン。
シン・仮面ライダーの影響かなぁ。
庵野監督の仮面ライダーへの愛が爆発してる良い映画だったな。
大天使と言うとアレか。確かゲストのご先祖様になんかグロい感じの封印されたというヒラ天使の上司。
ゲームや漫画じゃ有名なのはもっと偉い天使なので、大天使と言われてもイマイチぴんと来ないが、そもそもヒラ天使からして人間がどうこうできる存在ではない。もっともそれはこちらの神話の話で、あっちじゃどうか知らんが。
少なくともNAiのイキりっぷりは尋常ではない。
天使の時代。彼女の言うことが正しいなら、この場で地形効果の恩恵を強く受けているようだ。スパロボ大戦で言うところの宇宙適性みたいなものだろうか……?
ゴミたちが間断なくョ%レ氏に襲い掛かる。
これはゲームで、何度でもやり直しが利くから、たくましい男に自分をぶつけて試したいという感情だけが残る。
ョ%レ氏の目にはもうNAiしか映っていない。襲い来る種族人間を片手間に蹴散らして前に出る。
地べたを這ってスクショを撮りまくる俺らを引き連れてNAiが吠える。
【邪魔だ! どけ! ヒューマン! お前らじゃ悪魔憑きには勝てない! 私がやる!】
悪魔……憑き?
NAiもまたョ%レ氏しか見ていない。
【何故、私を喚んだ? 何故、VRMMOなんだ? 宇宙船に生身の人間を乗せる必要はないんだろ? だったら異世界だってそうなんじゃないか? 悪魔め。お前は何も信じちゃいない】
撮影会を経て一度は隔たった両者が近付いていく。
ョ%レ氏がせせら笑う。
【70点だ。NAi。お前はここに居る。我々の故郷は在るのだろう。在るには在る。ただしそれはγ体が思うような形態ではないかもしれない。いずれにせよ……NAi。お前の存在そのものが重要な分岐点だった。それだけだ】
NAiが手に持つ大剣が分解した。動く。速い。NAiはプレイヤーが開放したスキルを全て使える。スライドリードを極めたなら足場の有無は大きな問題ではない。ョ%レ氏を飛び越えると共に小剣群が乱舞する。それらをョ%レ氏は三本欠けたタコ足でいなし、あまつさえカウンターを放った。
以前の俺なら目で追うことはできなかっただろう。しかし今の俺は違う。目の調子が少しおかしかった。見えすぎる。大伽藍の影響か……?
ョ%レ氏のカウンターがNAiの片腕を刎ねる。
地に降り立ったNAiが己を取り巻く怨霊の一つを掴んで頭を食い千切った。たちまち失った片腕が再生する。言った。
【人間たちの想いが私を強くする。これが大天使の力だ。もはや戒律すら今の私には生ぬるい……】
宗教観の違いかなぁ? 天使ってそんな感じだったっけ?
NAiが戦法を変えた。浮遊する小剣が連結していき、サソリの尾のような形態を取る。それが四尾。NAiの背中付近を起点とするように浮いている。
ョ%レ氏は種族人間との戦いで欠けた足を再生しようとしない。理由は不明だ。何かの仕込みか、あるいは圧倒的強者としてのプライド……そんなところだろうと思っていたが……再生しないんじゃなくて、できないのか……?
NAiはョ%レ氏の欠損について問い掛けすらしない。敵が弱体化しているならチャンスだと考える。そういう女だ。
NAiが再度仕掛ける。形態を変えた【羽】が見掛け倒しではないなら、手数よりも一撃の重さを選んだことになる。
ョ%レ氏がタコ足を広げて応戦する。
俺は遅ればせながら気付いた。
NAiは……強いのだ。その動きは俺が今まで目にしてきた七土種族と比べても何ら遜色がない。いや、普段よりもよく見えている俺から見てそうなのだから、ひょっとしたら今まで目にした誰よりも……?
……その「誰よりも」はョ%レ氏も含まれる。
NAiの背から伸びる四尾がョ%レ氏の強靭なタコ足に裂傷を与えていく。両者が地を蹴るたびに大地を埋める骨と殻が爆ぜるように宙を舞う。激しく交戦しながらもNAiがョ%レ氏を煽り、ョ%レ氏もそれに応える。
【さっき魔石の話をしていたな! 私の羽も原理は同じさ! お前の先祖たちは知ってたよ! 律理の羽こそが世界の真実だ!】
【では私の目もそうなのかな? さて、呪われているのはどちらなのか……】
イケる! 勝てる!
俺は知らないゴミがずいっと差し出してきた缶ビールのプルタブに指を掛けた。どちらかの敗北が決した瞬間に飲むと心に決めた。押しているのはNAiだ。しかし結局は負けるんだろうと心のどこかで諦めていた。それならそれで構わない。負け天使を肴に一杯やるのも悪くない。
行けっ! NAi! 俺ぁオメェーのことが好きでも何でもねーがレ氏よりはちったぁマシだッ! そこだ! 殺せ! 殺せ殺せ殺せー!
NAiも無傷とは行かない。ョ%レ氏の膂力はモンスターを優に上回っている。敵の心を読んでいるかのように動きに無駄がなく、総動員しているタコ足がゾッとするほど正確にNAiの首を刈り取らんと走る。それらをNAiが従える四尾が阻む。ョ%レ氏ほどに隔絶した精度を感じるものではないが、反応が恐ろしいほど速い。おそらくこの場に居合わせたプレイヤー全員がNAiの「目」として機能している。
プレイヤーの所有権を持ち、意識を共有できる。
それはョ%レ氏ですら持たない天使の「特性」だ。
上位存在。
生物としての格が上なのは……むしろNAiのほうなのではないか。
【律理の羽】は、まるで神がそうせよ言うようにゲストの肉を深く抉り、再生を許さない。
大量の青い血で全身を濡らしたョ%レ氏がタコ足を屈してNAiを見上げる。
勝利を確信したNAiの唇が弧を描く。片手を突き出すと共に背の四尾が放たれる。
ョ%レ氏のタコ足が迎撃に走るが、あまりに遅い。悪魔特効の【羽】で負った傷は深い。
そう、悪魔特効の【羽】で負った傷は……。
そうではない傷もあった。
再生した三本のタコ足がNAiの腹を貫いた。
背まで貫通したタコ足でNAiを持ち上げ、宙吊りにしたョ%レ氏がまじまじと彼女を眺める。
【うむ……。やはり意思か。意思で羽を操作している。天使ならばあるいは、とも考えたが……しょせんは道具か】
そう言ってNAiの眼前でタコ足を振る。見せつけるようにタコ足の先端で魔石を摘んでいた。
【うむ。うむ……。なるほど。しかし……さすがに堪えた。しばし静養せねばな……】
言うが早いか、大きな繭がNAiを包み込んだ。
繭からタコ足を引き抜いたョ%レ氏が億劫そうに立ち上がり、こちらを見る。言った。
【どうかね? 彼女がNAiだ。良い出来だろう? このョ%レ氏の最高傑作であり……その潜在能力は、この私すら上回る】
俺は……カシュッと缶ビールのプルタブを押し上げた。グッと煽り、キンキンに冷えたビールをゴッゴッゴッと喉に流し込む。
うめぇ。最高の気分だ。
うん……。立てる。立てる、な。
俺はアルコールが入ると普段より機敏に動ける。
空き缶をグシャリと握り潰す。放り捨てようかと思ったが、あーんと開けた口の上で空き缶を揺すり、最後の一滴まで舌に落としていく。チラッと知らないゴミを見るも、ゴミはダメだと言うように無言でかぶりを振った。残念。俺はしょんぼりした。ポチョさんの許可がないと二本目はダメというルールなのだ。
まぁいい。NAiは良くやった。断末魔の叫びを聞けなかったのは残念だが……ョ%レ氏をここまで追い詰めた。
あとは俺らに任せとけ。さくっとトドメを刺すとしよう。まさかここまで来て尻尾を巻いて逃げないよな〜?
へへへっ。サトゥ氏! サトゥ氏〜!
サトゥ氏はタコ野郎とガチ恋天使が喧嘩を始めてから、ずっと一人で剣の稽古をしていた。
サトゥ氏〜! ヤッちまおうぜ〜!
「ん? ああ、俺はいいよ。今のレ氏に興味はない。好きにしろ」
チッ、なんだよ〜。俺だって別に弱い者いじめしたい訳じゃないんだぜ〜?
ョ%レ氏は脅威だ。生かしておくと何をしでかすか分からない。だから始末できる時にさっさと始末する。
俺は骨と殻を掻き分けるようにタコ野郎に近付いていく。チッ、歩きづれぇな。こんなトコでよくもまぁ、あんだけ派手に動き回れたもんだ。
ゴミどもがぞろぞろと俺のあとに続く。
レ氏〜。喧嘩が途中だったよな〜? それともこの辺でやめとくか〜? もっとも、あんたはNAiの参戦を予想してたようだが……。思ったよりキツかったか〜? あんたはいつもそうだな。他人を低く見て、戦力を見誤る。いや、それとも……これも将来的には必要なことだと言い訳しとくかい?
出血が多い。放っておいてもヤツは死ぬ。逃がさない。ヤツのプライドを利用する。
すると案の定、ョ%レ氏は余計なプライドにしがみ付いた。弱々しくかぶりを振って言う。
【いいや、必要なことは全て済ませた。だが……つい先ほど口にしたことだ。諸君らと改めて向き合うと約束したな。よって、もう一度言う。私の目的は最高品質の魔石を手にすることだ】
……正直なところ、俺自身の手でョ%レ氏にトドメを刺すのは嫌だった。ゲストってのは神に呪われてるらしいからな。そんな訳分からんヤツの返り血を浴びたくない。
しかし……やはりコイツは危険だ。何を企んでるか知れたモンじゃない。さっさと殺しちまおう。俺は金属片を手元に浮かべて、銃身を組み上げた。銃口を上げるも、俺を追い抜いた女キャラが射線に割り込んでくる。
あん? 誰だ? どけ。
「な、なんで殺そうとすんの? レ氏は……別に私たちの敵じゃないでしょ?」
俺はゾッとした。
レ氏……お前、俺たちを説得してたのか……!
どけ! 俺は女キャラの肩を掴んで押しのけた。構わず撃てば良かった。俺のレーザー光線は今や人間の身体くらい簡単に貫通できる。だが女キャラを撃つことに心理的な抵抗があった。それが俺の敗因となった。
俺は後ろから引きずり倒された。女キャラたちがどんどん俺を追い抜いていき、ョ%レ氏を介抱する。
俺は叫んだ。
そいつはNAiを殺した!
【殺してはいない】
タコ野郎の声。淡々と事実を述べる。
【補給を絶ったに過ぎない。それも一時的なものだ】
運営は敵だァ!
【何故だ?】
くそったれ……!
NAiがっ! あのダメ天使がっ、ああまでして作ってくれたチャンスなんだ! 最初で最後かもしれない……! なのに!
多くのプレイヤーにとって、運営ディレクターと敵対するメリットや動機はなかった。
女キャラたちはョ%レ氏側に付いた。全員が全員そうとは言えないが、女と仲良くしておきたい男キャラたちも少し遅れて彼女たちのあとに続く。
気持ちは分かる。このゲームの女キャラはどいつもこいつも美人で、百年に一人とかそういうキャッチコピーが付くグラビアモデルや女優に見劣りしない容姿を持つ。敵視されるのは嫌だろう。
もちろん俺だってそうだ。
俺はトコトコと歩いて行って、タコさんを守る会に合流し、くるっと反転した。
地べたに転がる天使パックの大きな繭を、値踏みするようにじっくりと睥睨する。言った。
勝った……!
突如として運営ディレクターに反旗を翻したチュートリアルナビゲーターに、俺たちは打ち勝った。
そう、俺たちは勝利したのだ!
ゴミ一同、拳を突き上げて唱和する。
勝ったぞー!
俺たちは全員寝返った。
これは、とあるVRMMOの物語
なるほど? つまり私が身を呈して仲違いする双方の架け橋になったと……そういうことですね。出ちゃったかぁ。自己犠牲精神ってヤツが。無意識にやっちゃうんだよな〜! こういうの!
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