おまいう
1.クランハウス-居間
遊びはイベント期間中だけ。そう宣言した俺はさっさと退位して丸太小屋に戻ってきた。まぁそれは俺に限った話じゃない。イベントになると何となく集まって時間になったら何となく解散するのがネトゲーマーに受け継がれてきた伝統だ。
ゲーマーの本業は飽くまでもレベル上げである。レベル上げが終わったら装備の強化に入る。レア装備の蒐集、補正の厳選、市場操作、転売……。終わりはない。
何故かスズキの部屋に引っ越していたモグラさんぬいぐるみを回収した俺は居間でひたすらガラクタを作り続ける。
ログインしたスズキが居間に駆け込んできて、モグラさんを抱き締めている俺を指差した。何だよ。バタバタと喧しいな。スズキは真っ赤な顔をして口をパクパクさせている。
「そっ、それ!」
ああ、廊下に落ちてたんだよ。俺はしれっと嘘を吐いた。またぞろ勝手に部屋に入っただのと騒ぎ立てられたら面倒だからな。
俺はモグラさんにすりすりと頬ずりして、言外に薄情なクランメンバーを責めた。まったく、俺が居ないからって雑に扱いやがってよぉ。おお、よしよし。
スズキは困惑した様子で俺とモグラさんを交互に見ている。
「廊下に? あれ? そうだったっけ……?」
俺に言われても知らねえよ。大方、俺の部屋に置いといたのを掃除か何かでいったん廊下に置いてそのままにしたとかじゃねえか?
俺はすっとぼけた。
「や、そんな筈は……。う、ううん。そうかもねっ」
それはそうと……。俺は突っ立っているスズキを爪先から頭のてっぺんまでじっくりと眺めた。
「な、なに?」
何じゃねえよ。やり直しだ。なんだ、その残念コーデは。ストリートに繰り出すヤンキーかよ? 俺はスズキの服装にダメ出しした。
せっかく俺が地道に矯正してやってたのに、一週間ちょっと離れただけでこの有様かよ。ったく、仕方ねえな。
いいか、スズキ。流行に乗っかるのもいいが、お前は身体が小さい。まずそれを認めろ。変に背伸びするな。街を見ろ。人を見ろ。どんな服が流行ってるかじゃない、誰がどんな服を着てるかを見ろ。本質的に服ってのは真似るもんじゃない。お前を表現するお前の主張なんだ。そのためには引き出しが要る。何事も真似ることから始まるんだ。技なら盗んでもいい。要はパッケージだよ。コンビニで新しいデザートが出たとして、お前は無地のパッケージにつらつらと特徴だけ書かれたデザートを買うか? 買わねえだろ? 自分はここに居るって主張しろよ。無視されるだけなんて悔しいじゃねえか。ブン殴ってでも振り向かせてえって思うことの何が悪いんだ?
スズキは不満げに口を尖らせている。
「え〜? じゃあ、コタタマはどんな服が好きなの? 教えてよ。参考にするから」
俺はデザイナーじゃねえ。あるもんを組み合わせて作っていくしかねえんだよ。お前、次に服を買いに行く時は俺に声を掛けろ。俺が見立てる。その時、お前は自分のセンスのなさに絶望するだろう。それまで……震えて眠れ。
俺はスズキを指差して宣戦布告した。
「わ、分かった」
これまで半端ロリのセンスを矯正するよう計らってきた俺だが、もはや型に嵌めたほうが早いと非情の決断を下したのである。
許せよ、スズキ……。俺はお前の楽しみを奪おうとしている。だが、これ以上は待てない。俺はネフィリアに脅されていて自由には動けない。輝くような毛並みを持つ先生の横にトチ狂ったファッションのスズキが立っている姿を想像しただけで鳥肌が立つ。先生に恥を掻かせる訳には行かないのだ。
俺は全身全霊を込めて劣化ティナンのマネージメントを行う決意を固めた。
そんな一幕もあり、俺は地道に経験値稼ぎをこなす日々を過ごした。
チームポチョに編入された赤カブトは心配だったが、意外と仲良くやっているようだ。ほとんど毎回のようにポチョかスズキに殺されているようだが、【敗残兵】で過ごした日々と比べれば天国のようだと楽しそうに笑っている。
「思いっきり怒鳴り合うとスッキリするね。ペタさんの気持ち、ちょっと分かるかも。オンラインゲームってこんな感じなんだね」
いや、それはちょっと違う気がする……。
やはりポチョさんに預けたのは失敗だった。しかし他に手がない。さすがにアットムについて行けというのは酷だろう。あいつ、マジで血反吐を吐く毎日を送ってるからな。
俺はもるもると悲しげに鳴いてモグラさんの柔らかい身体に顔を埋めた。
赤カブトはモグラさんが気になるようだ。そういえば紹介してなかったな。
俺はモグラさんを抱いて立ち上がった。
こちらはモグラさんぬいぐるみだ。お前の先輩ということになるな。おら、何してる。先輩に挨拶をしろ。
赤カブトは姿勢を正してぺこりと頭を下げた。
「じ、ジャムジェムです。よろしくお願いします」
俺はモグラさんの前足を持って赤カブトの頭を撫でさせた。裏声を出してモグラさんの代弁をする。
「うむっ。よきに計らえっ」
「お殿様なの!?」
そりゃそうだ。モグラさんはイベントで準優勝した賞品だからな。そんじょそこらの野良モグラとは訳が違う。やんごとない身分のお方よ。
赤カブトの育成は順調なようだ。俺も負けてはいられない。ウチの子たちが拾ってきた魔石でガラクタを作り続ける。
キャラデリ食らってレベル1に戻ってしまったので、以前に俺が作った装備品を修理することすらできないのだ。一刻も早くレベルを上げねば。
なお現在、ウチの子たちの装備はよその鍛冶屋が修理をしてくれているらしい。まぁニジゲンだ。先生の杖はヤツが作ったものだからな。杖をメンテナンスするついでに片手間にパパッと修理を済ませているのだとか。悔しいが、ニジゲンの鍛冶屋としての腕前は俺なんかより遥かに上だ。
俺の死を境にニジゲンはガラッと人柄が変わったらしく、とても真面目なプレイヤーになってしまったのだとか。怖い。そして重い。ヤツにだけは俺が復活したことを悟られたくない。先生は少しくらい顔を出してもと仰るが、何をされるか知れたものではない。丁重にお断りした。
そう、俺はまったり派なんだ。今のぬるま湯に浸かったような日々が俺には合ってる。
先生とアットムは以前にも増して俺に優しくしてくれる。俺の記憶が戻った経緯を話すと、俺の身体に異常はないのかと心配してくれた。俺がガラクタを運んでいるのを見掛けると手伝ってくれるし、定期的に健康診断をしてくれる。先生はひづめなので、あまり細かいことはできない。先生の指示でアットムが触診を担当し、ついでに医学的な知識をアットムに授けているようだ。アットムの超人的な技量については先生の理解をも超えているらしいが、人体の仕組みを知ることは決してマイナスにはならないと仰る。それについては俺も同意見だ。解剖学を学べばアットムは更なる高みに登れると思う。
だが、楽しい日々は過ぎ去るのも早い。
ある日の出来事である。ポチョをお姫様抱っこしてメシを食べさせていると、ネフィリアからささやきが入った。
『今どこで何してる? 戻って来い。休みは終わりだ』
俺は了解の返事を返して席を立った。
「コタタマ……?」
不安そうに俺を見上げるポチョに、俺は笑った。ちょっと出掛ける。なに、すぐに戻るさ。そう、すぐにな……。
俺は、以前の俺とは違う。いつまでも俺が大人しくしていると思ったら大間違いだぜ、ネフィリア……。
2.エッダ水道-【提灯あんこう】秘密基地
アジトに戻るなりマゴットが飛びついてきた。
「ネフィリアさんチョー不機嫌なんだけど! あんた何かしたでしょ!」
不機嫌? マジかよ。俺はすっとぼけた。朝からか? 虫の居所が悪いとかじゃねえの? そういう日もあるだろ。
「違ーよっ。三日くらい前から険悪モード入ってる。むすーってしてるし、すぐに不貞寝するんだよ」
ネフィリアは機嫌が悪くなると不貞寝する。だが、本当にそうか? 俺は疑ってる。
ネフィリアの不貞寝癖はフェイクなんじゃないか?
俺のダルい日……あれはちょっと尋常じゃない。原因は目にあるんじゃないか? だとすればネフィリアにも同じ症状が現れていても不思議じゃない。
普段から不貞寝を装っていれば、ダルい日に寝ていても周囲の人間は不自然に思わないだろう。
ネフィリア……。やはりあいつは俺の一歩先を行ってる。俺の完全上位互換。だが……。
俺はマゴットの頭をぽんぽんと撫でてやった。ネフィリアは居間か?
「う、うん」
マゴットは素直に頷いた。いつになく従順な様子だ。何か感じるものがあったのかもしれない。勘が鋭いやつだ。そういうところをネフィリアに気に入られたのかもな。
……これで最後になるかもしれない。一つくらいは兄弟子らしいことをしておくか。
俺らしくもない気紛れだ。緊張を自覚した。だから、これはその礼ってことにしとくか。
マゴット。俺はお前のこと嫌いじゃないよ。
「はえっ!?」
素っ頓狂な声を上げる妹弟子に俺は構わず続けた。
お前には周囲の人間を明るく照らす才能がある。その才能を大切にしてやれよ。じゃあな。
ぽかんとしているマゴットを置き去りにして、俺はネフィリアが待つ居間に足を運んだ。
ネフィリアは足を組んでソファに座っていた。居間に現れた俺を見るなり、ふいっと顔を逸らす。
「どこへ行っていた?」
どこだっていいだろ。お前には関係ないことだ。プライベートくらい好きにさせろよ。ブラック企業じゃあるまいし。
俺はテーブルを挟んでネフィリアの対面に腰を下ろした。
はぐらかしてはみたものの、ネフィリアには俺の動きは筒抜けだったらしい。
「コタタマ。いい加減に駄々をこねるのはやめろ。お前に日の当たる場所は似合わない。お前を使いこなせるのは私だけだ。……Goatではない」
それはお前の勝手な思い込みだ。本来の俺は愛されキャラだし、コンビニの募金箱に邪魔な小銭を入れてやろうかと思うくらいには博愛精神に満ち溢れている。ただ、偽善者ぶっていると思われるのが嫌だから募金しないだけだ。
「偽善者ぶることもできずにお前は一体誰を愛せるんだ?」
俺は先生のためなら死ねる。
「それこそ偽善だ。お前は誰かのために死ねるお前自身に酔っているだけだ。無様に死ぬことをお前は嫌う」
五日ほど前に無様に殺されたのですが、それは……。
「刹那的な破滅願望だ。それはMPKに通じる。自ら窮地に陥り、無様を演じ、楽しんでいるふしがお前にはある」
いいや、違うね。お前の油断を誘うための演技さ。だが俺に宿る正義の魂が拒絶反応を起こしてちぐはぐになる。それだけのことだ。
ネフィリアは笑った。
「よく言う。他者を貶め、敗者を踏みにじっている時のお前は生き生きとしているぞ。それがお前の本質でなくて一体何だと言うんだ?」
奉仕の精神だろうな。ネフィリア、先生は言っていたよ。お前が攻略進度を推し進めるつもりだってな。俺もそう思う。クランを潰すシステムってのは実のところ必要だ。馴れ合いは人間を腐らせるからな。眠ったままになってる資質を呼び起こすには環境の変化が最も望ましい。
ネフィリアは笑っている。
「一人前の顔をするようになったじゃないか。私の技を学び、Goatの教えを得て……。今やこの私と肩を並べようとしている。コタタマ……。やはり私の後継者はお前を置いて他には居ない」
光栄だが、悪いな。ネフィリア……。
俺は顔を上げて目を使った。
ネフィリアの胸。ネフィリアの尻。ネフィリアの太もも。ネフィリアのふくらはぎ。それらを余すことなく視線でねぶり、まぶたに焼き付けていく。
「きゃっ!?」
ソファの上で身体を丸めたネフィリアが顔を真っ赤にして俺を睨む。
「何をっ……!」
「魔眼・北斎浮世絵……粘液媚薬の型」
俺は小さく呟き、席を立った。
「俺はお前を超えた。もうお前に従う必要性は感じないな……」
俺はテーブルを蹴り上げて斧を跳ね上げた。ネフィリアが大きく横に飛んで杖を構える。
「視線の強弱と緩急……」
一つ同じ屋根の下で一緒に暮らしながら互いに武器を手放すことはなかった。俺とネフィリアの関係はずっとそうだ。いびつな師弟関係。あるいは俺のセクハラがそうさせたのか……。今となっては定かではないが。はっきりしていることもある。
一度は違えた道が再び交わることはない。
俺は斧の先端をネフィリアに突き付け、ゆっくりと迫っていく。
「力尽くで人の心をねじ伏せ、罪もない人々を苦しめる。お前の遣り口が気に入らないんだよ」
俺は今一度目に力を込めて凄んだ。
「反吐が出るぜ」
これは、とあるVRMMOの物語。
今、同じ穴のムジナが反旗を翻した。この師弟対決を見守る者は口を揃えてこう言うだろう。お前が言うな、と。
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