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ギスギスオンライン  作者: ココナッツ野山
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スコップ

 1.クランハウス手前


 俺の日課は常設ダンジョンのソロアタック。集めた素材で今日もコツコツとクラフトして経験値稼ぎだ。さっそく丸太小屋に帰って工房に引き篭もるとしよう。

 ただいまー。扉を開けてクランハウスに入ると、玄関の土間に見慣れない靴があった。お客さんかな? すみませんねぇ、本当。またぞろウチの問題児が何かやらかしたんでしょう?

 絡まれるのが嫌だったので、俺はただでさえ薄い存在感を更に希釈してゆっくりと残像を残しながら無音移動していく。まったくの無意味と評判のアクティブスキル【スライドリード】だ。物音を立てずに行動できるが移動速度が低速に固定される上にCG処理が入るのでクソ目立つ。けど誰も見てないところで無意味にスネークしたくなった時は便利だ。

 ぴたぁと客間の扉に張り付き聞き耳を立てる。話し声から察するに、中に居るのは先生と俺の知らない男だ。何を話しているんだろうか。気になる。俺は先生の忠実なる下僕だから、先生のイベントCGをコンプリートしたいという当然の欲求がある。俺はイメージを高めて盗み聞きに全精力を傾ける。


「……待遇に関しては最低でも幹部の座を約束しますよ。クランメンバーも反対はしないでしょう」


「高く買ってくれるのは嬉しいよ。しかしね、サトゥ。君のクランは攻略組でも一位二位を争うチームだろう。私はレベルもあまり高くないし……」


「レベルなんて時間さえあれば誰でも上げれますよ。……曜日ダンジョンの悲劇。ご存知でしょう? 俺は、絶対の信頼が置ける補佐が欲しい。それはあなただ、先生」


「買いかぶりすぎだよ」


「あなたの評価を決めるのは、あなた自身ではなく俺ですよ。そして……【ふれあい牧場】のクランメンバーでは、あなたを正当に評価することはできない。決してね。まぁ今すぐにとは言いません。考えてみてください。地獄のチュートリアルを共に乗り越えた俺たちを少しでも友人だと思っていてくれるなら。今日はこれで帰ります。では……」


 なんてことだ。

 悪魔だ。俺と先生の仲を引き裂こうとする悪魔が現れたんだ。

 俺は足早にその場を離れると、クランハウスを飛び出して木陰に身を潜めた。

 俺の遥か頭上を、暗澹たる厚い雲が覆い始めていた。ぽつりぽつりと雨が降る。



 2.マールマール鉱山-山中


 本降りになって来たな。

 俺はスコップを近くの木に立て掛けると、上空に立ち込める暗雲を見上げて一息ついた。

 さあ、もうひと踏ん張りだ。作業に戻ろう。俺はスコップを地に突き立てた。


 ざっ、ざっ、ざっ、ざっ……



 3.クランハウス


「サトゥかい? 彼とは古い付き合いでね。βテストで何度かパーティーを組んだことがあるんだよ」


 俺がそれとなく話題を振ると、先生はつぶらな瞳を懐かしそうに細めた。


「いわゆる天才というやつなんだろうな。最強のプレイヤーは誰かと問われたなら、まず間違いなく候補に挙げられる一人だよ」


 そうなのですか。

 凄い人なのですね。尊敬しちゃいます。

 でも百体程度の中規模の群れも満足に捌けないようなゴミカスに先生の隣に並ぶ資格はないと思うな。

 今頃は野犬のエサにでもなっていると思うよ。そうやって生態系は循環していくんだ。

 先生を付け狙う不届き者を魔物が殺し、不届き者の死体を俺が山に埋める。エコだよね。

 俺が大いなる生命の輪に思いを馳せていると、今まさに話題に挙がったゴミカスもといサトゥ氏がウチの丸太小屋に怒鳴り込んできた。


「決闘だぁ!」


 騒がしいな。藪から棒に何ですか一体。

 興奮した様子の天才プレイヤーを客間にお通しし、事情を伺う。

 何か俺に恨みでもあるのか、サトゥ氏は俺を血走った目で睨み付けながらぽつぽつと事件のあらましを語った。


「MPKだって?」


 俺は驚愕に目を見張った。


「しらじらしい……」


 サトゥ氏は吐き捨てた。


「犯人はお前だ。噂には聞いているぞ。【野良犬】を一夜で皆殺しにした魔王というのはお前だな」


 ちょっと待ってくださいよ。

 何の証拠もなく俺が犯人だと決め付けてませんか?

 俺は身の潔白を訴えた。


 確かにやったのは俺だし、状況証拠も揃っている。動機に至っては、むしろ殺さないほうがおかしいくらいだ。

 しかしMPKは何も俺の専売特許という訳ではない。個人差はあれど、一万回くらい魔物に殺されれば誰にでも同じことができる筈だ。

 それを、MPKといえば俺みたいに決め付けられては堪ったものではない。今回はたまたま俺が犯人だったから良かったものの、それはしょせん結果論に過ぎないのだ。

 同席している先生がじっと俺を見つめていることもあり、俺は犯行を認めつつもサトゥ氏の不誠実な態度に難癖を付けて謝罪を求めた。


「何で俺が謝る側なんだよ!? 逆、逆! え〜っと、コタタマだっけ? 言ってること支離滅裂だぞ! せめて容疑を否認してから言え! まぁ決め付けたのは悪かったよ! ごめんな!」


 おぅ、案外気さくな兄ちゃんだな。トップクランを率いるだけのことはあるわ。器が大きい。

 決闘という雰囲気ではなくなったので、俺とサトゥ氏は客間に腰を落ち着けて歓談に花を咲かせた。

 不思議と俺たちはウマが合った。男二人、下ネタの深度と波長が噛み合っていたのが最たる理由だと思う。


 帰り際、サトゥ氏は先生の背中のチャックに手を伸ばしべしっと叩き落とされながら苦笑した。


「先生。あなたがこのクランを大切にする気持ちが少しは分かった気がします。でも、俺は諦めませんよ。あなたは、もっと上のステージでより多くのプレイヤーと触れ合うべきだ。それは、あなたが本当にやりたかったことなんじゃないですか? 俺なら、あなたに相応しい舞台を用意できる」


「それは……」


 先生は、もごもごと口ごもった。

 先生の本当にやりたかったこと。クランマスターの育成と、その先の話だ。

 先生は、迷っているのだろうか。【ふれあい牧場】を出て、もっと大きな舞台に立つことが、俺たちを裏切ることになるのではないかと。

 俺たちは、先生の足を引っ張ってしまっているのかな……。

 それでも、俺は……



 4.マールマール鉱山-山中


 ざっ、ざっ、ざっ、ざっ……


 土砂降りの中、俺は一心不乱に穴を掘る。


 俺たちは、きっとどこか似通っていて。

 似た者同士だから、先生という眩しすぎる存在に惹かれて出会ったのだろう。

 同じものを追い求めてしまうから、だから本質的には相容れなくて……。

 違う出会い方をしていたなら、もっと違った結末もあったのかな。そう思う。



 5.クランハウス


「決闘だぁ!」


 性懲りもなく現れたな、先生を誑かす悪魔め。

 ウチの丸太小屋で待ち構えていた俺は、乗り込んできたサトゥ氏にハッと嘲笑を浴びせた。多少は学習したようで、今回はお仲間を二名ほど引き連れている。攻略最前線を走るトップクランのメンバーだ。サトゥ氏に迫る腕利きであることは間違いないだろう。

 だが、俺とて今回は一人ではない。俺には人を殺すことを何とも思っていない心強い仲間たちが居るのだ。


 前回は犯行を認める形になってしまったが、先生が外出している今回は徹底的に容疑を否認してやる。何せ証拠なんて探しても出てくる筈がないんだからな。

 事前に言い含めておいたウチの子たちが、無実の罪を着せられようとしている俺を庇うように前に出た。

 口火を切ったのは、意地でもセンターを譲ろうとしなかったサブマスターのポチョだ。


「お前か。ウチのメンバーに難癖を付けて絡んできたタチの悪いプレイヤーとやらは」


 敵を騙すには味方からと言うからな。たとえ同じ釜でメシを食った仲間を騙す結果になったとしても、先生は渡さないぜ。

 ……それはともかくとして、腹減ったなぁ。

 さすがにゲームの中でメシを食べても腹は膨らまない。俺、朝からずっとダンジョンに籠ってたから何も食べてないんだよね。

 おっと、いかんいかん。今はポチョさんのターンだ。ぼーっとしてないで傾聴せねば。

 俺にあることないこと吹き込まれて怒り心頭のポチョさんは、ちらっと俺を見てから傲然と言い放った。


「クラン【ふれあい牧場】のサブマスターとして、メンバーを不当に貶める輩に私は一切容赦しない」


 ……こうして改めて見ると、ポチョの頭って本当に金ぴかだよな。百式みたいだ。百式って。俺は自分の思いつきに軽くツボった。


 前科持ちのアットムも珍しく憤懣遣る方ないといった様子だ。


「コタタマは何の理由もなく人を襲ったりはしませんよ。攻略組だからって僕らを下に見ているなら、こちらにも考えがあります」


 曜日ダンジョンで見てて思ったんだけど、アットムのポジションって要るゴミなんだよな。

 ウチの百式は上級職の聖騎士だから近接職でありながら回復もこなせるし、そりゃあ予備は居るに越したことはないんだけど、一人頭の報酬が減ることを考えたら山場さえ越えちまえば僧侶って不要の長物なんだよなぁ。


 つい先日、俺を殺してキルペナが付いたと嘆いていた無口キャラの目には、いつになく強い意志が宿っている。


「仲間、だから」


 これまで考えないようにしてたけど、スズキって劣化ティナンだよなぁ。

 光るものを感じないって言うか、どっちつかずと言うか。両方のイイトコ取りしようとして失敗したみたいな。

 案外、姫プレイを目指したキャラクリなのかもな。こういう微妙な線を突いてくるやつ、たまに居るよね。あえて王道から少し外れたキャラを作って貢ぐクンに言い訳を与えるタイプ。


 あれ? なんか三人が俺を見てる。なに? ひょっとして俺も何か言う流れなの?

 やっべ、なんも聞いてなかったよ……。

 何がヤバいって、百式と要るゴミと劣化ティナンの何か言い知れない一体感に包まれた雰囲気がヤバい。自分たち凄くイイこと言いました感がそこはかとなく漂ってる。

 何も聞いてませんでしたって言ったらメチャクチャ怒られそう。

 仕方ねえ。とりあえず、それっぽいこと言っておくか……。


「俺たちは、負けない。この決闘、受けて立つ」


 まぁ俺は戦わないんですけどね。頭数からいって三対三だし。




 これは、とあるVRMMOの物語。

 人は万能にはなれないから、理不尽を受け入れて進むしかない。けれど全てを受け入れてしまえば自らの居場所を見失うから、彼らは境界線を引いて己を確立していく。しかし境界線とは揺らぐものだ。それゆえに不安定でもある。答えは一つではない。



 GunS Guilds Online


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この回バカおもろい
サトゥ...サトゥよぉ...
何事もなく2回目も埋めてんじゃねーwwww ザッザッザッに吹き出したwwwww
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