クルールー
MMORPGにおける生産職というのは、実のところRPGにそぐわない、ある種の歪みを抱えた存在であった。
最強の武器と防具はプレイヤーの手で作られるべきであるが、そこには意外と思えるほどドラマがなかったのだ。
そもそも武器屋、防具屋というものは街に一つか二つあれば十分であり、これをプレイヤーが選択できる職種の一つとした場合、供給過多になるのは当然のことだった。
どうすれば良かったという話ではなく、たぶん正解はなかった。
生産職に何をさせるか。調理、錬金、合成と多くのオンゲーが様々な仕掛けを試してみるも、これという解答は得られなかったように思う。
だから、その「答え」を俺たちは探していくことになる。
VRMMOとは生産職の夢の続きだ。
1.自由都市ニャンダム-オークション会場
「Mr.コタタマ。最初に言っておく。カートリッジを開発したのは私だ。サポーターという呼び方は好きじゃない。どう言い繕ってもあれは人間増幅器だ」
となりの席でチンピラのように足を崩して座る黒人女性がそう言った。
……ポリコレに配慮してという訳でもなく、俺は黒人女性も普通に好きだ。ウチに居候しているトドマッつぁんもそうだが、なんだかセクシーな感じがして性癖に刺さる。
そうですか。カートリッジの。
……偶然の出会いって訳じゃないんだろうな。
ギルドの異常行動を止めてやった俺に対して、【BOX】の男どもは急に親近感を覚えたようで、まるでブラザーにそうするように俺と肩を組んで行動をするようになった。
俺としてもシルシルりんにあまり心配を掛けたくなかったので特に抵抗はしなかった。曜日ダンジョンを下見に行った際に女神像の登録は終えており、逃げようと思えばいつでも逃げれる。ならば、せっかくだし旅行を楽しもうという考えもあった。今の自分に何ができるのかという興味も少しある。ついでに言うなら道行く白人ネーチャンと黒人ネーチャンをもっとじっくり鑑賞したかった。
その結果、俺はマッチョな男どもとの同行を余儀なくされ、こうして指定席にご案内という寸法だ。
男とばかり仲良くしている俺に、シルシルりんがたまに目が合うと「むーっ」と頬を膨らませるのが可愛かった。
そんなシルシルりんとステイシーに挟まれ、両手に花のカレンちゃんはご満悦の様子。いいなぁ、そのポジション。俺と交換できん?
できんらしい。ブラザーが俺の肩に回した腕はびくともしない。仕方なく第一声からしてヤバめな黒人女性のほうを向く。
えーっと……カートリッジの? そいつはたまげたな。【BOX】のメンバー……ってことでいいのかい?
「いいや、違う。協力者ではある。私は研究者だ。何かを知りたいと思った時、【BOX】のような戦闘力は役に立つ。今こうして君と会えたようにね」
話しながら黒人女性は可視モードにした動画を見ている。完全変身した俺が指揮官どもを狙撃したシーンだった。彼女は動画を一時停止すると一点を指差し、
「ここだ。狙撃の直後、少し間がある。戸惑っているようにも見えるな。レ氏か? 彼は何と言っていた?」
ん? レ氏? どういうことだ?
「面会時間だよ。知っているだろう。時々彼はプレイヤーに干渉してくる。ごく短時間ながら、それは視点共有の『代償』だと私は解釈している。彼は覗き見が趣味のようだからね。言ってしまえば時間の交換だ。彼のクラフト技能は概念に及ぶ」
なるほど?
確かにそれらしきことは何回かあった。履歴の監視なんて運営ならできて当たり前のことだから、俺はあまり深くは考えていなかっただけで。
……実際に起こっていたのは最高指揮官たちへの顔見せのようなものだったが、この場で彼女の勘違いを正す必要はないだろう。しかしカートリッジの開発者というのが本当なら相当な地位のプレイヤーだ。相談する価値はあるかもしれない。
ひとまず俺はそれっぽいことを口にした。
大したことじゃない。いつもの思わせぶりなヤツさ。俺はレ氏に嫌われててね。俺のビルドがここに来てうまいことハマったのが気に入らないんだとさ。
すると黒人女性はチラッと俺のほうを見て、サッと片手を差し出してきた。握手だ。俺は彼女の手を握った。小さな手だ。
友好関係の締結に思えたが、彼女はにこりともしない。
「私はクルールーという。よろしく」
ども。コタタマっス。
黒人女性と言えば、普段あまり接することがない日本人はアフロ髪でスタイル抜群の美女を想像するだろうが、比較的そうした傾向が強いというだけで、当然ながら体型や髪質は人それぞれだ。
クルールーと名乗った女性はお世辞にもグラマーとは言い難く、やや小柄、着古したジーンズにブカブカのシャツ、ストレートの黒髪という風貌をしていた。表情に乏しく、しかし眼差しにはひたむきな力があった。
クルールーが俺の手を握ったまま言う。
「ところで、カートリッジは元々パーソナルの保存を目的として開発したものだ。引退を決めたプレイヤーを形にして残す……そういうコンセプトだった」
……立派だと思うよ。
「Mr.コタタマ。君は意思が強そうだ。一本では足りないかもしれない。しかし三本ならどうだろうか。人の意思とはそうまで強固でいられるだろうか」
ま、待て。何の話をしている?
「ダウンロードだよ。カートリッジの本来の用途はパーソナルの移植だ。私たちは出会ったばかりで、本音で話すには、まだ信頼関係を築けていない。でも、その工程を省略できるかもしれない」
待って。焦らないで。お願いだから。クルールー。俺たちには時間が必要だ。お互いのことを分かり合う時間が。
「私のことは博士と呼びなさい」
なら、博士。言わせて貰うが、俺はその件について賛成的じゃない。お互いの時間を浪費するだけで終わるかもしれない。
……カートリッジにそういう用途があることは知っていた。アンドレがエーミールにカートリッジをブッ刺そうとしやがったからな。あれはどう見てもエーミールにとって不都合なことをしようとしていた。考えられるのは、やはりカートリッジとかいう特級呪物の性質上、人格の乗っ取りだろう。
俺にその手は通じない。人間の精神などというちっぽけなものはエンフレという巨大なエネルギーに対して無力だ。
とはいえ不意打ちされてはマズい。エンフレを出す前にブッ刺されたら危うい。
俺はすかさず妥協案を提示した。
博士。本音を言えば俺にも悩みはある。相談したいのは山々だが、あんたの言う通り俺たちに足りないのは信頼だ。でも、あんたと違うのは、俺はそんなに難しいことじゃないと思ってる。俺に必要なのは、あんたの能力に対する信頼だからだ。どう? 自信があるんじゃないか?
クルールーは俺の目をじっと見つめてから、ゆっくりと俺の手を離してくれた。
「冗談だよ。Mr.コタタマ。もしも君が【指揮官】だというならパーソナルを上書きするのは危険だ。兵科が変わってしまうかもしれない。そんなことはしないよ。ただ、君はレ氏と面会していない。嘘を吐かれて私は悲しい気分になった。そのことだけは分かって欲しい」
このアマ……! カマを掛けやがったな……。
早くもこの女とは仲良くなれそうにないと感じながら俺はにこやかに応じた。
博士。だから言ったじゃないか。俺も不安なんだ。その不安を君がどうにかしてくれるんじゃないかと期待してる。それじゃダメなのかい? 俺たちは初対面にしてはうまくやれてると思うけど?
すると彼女は急に態度を変えて、子供のようにころころと笑った。席上で腰を浮かせて俺越しにステイシーを見る。
「うんうん。いいね。やる気が出てきたぞ。面白い案件だ。ステイシー。この件、引き受けるよ。何より彼は【指揮官】らしくない。それが面白い」
……俺を試したのか。舐めやがって。ちんちくりんめ。俺はセクシーな黒人女性が好きなんだ。キサマのようなちんちくりんはお呼びではない。俺はポリコレなんか配慮しないからな。チキンレースと行こうぜ。不甲斐ない白人に代わってこの俺がキサマらに鉄槌を下してくれるわ!
2.オークション開始
だが真の勝者とは時代の流れを汲むものである。君子危うきに近寄らず。大してよく知りもしないポリコレに特にやりたいこともないのに首を突っ込むほど俺は愚かではない。
は、博士〜……!
クルールーは天才美少女だった。
なんと彼女は地下の秘密基地で暮らしているらしい。
秘密基地。なんと素晴らしい響きであろうか。
実のところ俺はネフィリアんちを少し羨ましく思っていた。悪の秘密基地と言う割には中身は普通の家なのが不満で、歩兵ちゃんの監視の目がなければ勝手に改造していただろう。
その点、クルールーの秘密基地は素晴らしい。歩く手間を省ける程度の二足歩行ロボットまであるのだとか。
クールキャラと思いきや意外と自慢したがりだった。
「コタタマ。大切なのは知ることだ。仮に君が【指揮官】だとして、ギルドの兵たちは君をどのようにして判別し、君の『何』に従うのか。声か? 網膜か? 細胞か? 意思か? いずれにせよ、それらは複製できる。君は晴れて自由の身という訳だ。何も怖がることはないんだよ」
突然出てきた新キャラが俺に人体実験を強くオススメしてくる。大いに興味をそそられるが今はいい。そんなことよりオークションしようぜ!
なんか誤解されることが多いけど、俺は生粋の生産職だ。ゴミどもを殺したくてゲームをしている訳ではない。
オークションは思ったより非合法的な感じだった。
ヤバい品を競り落とした客への配慮か、会場は薄暗く、客層は幅広い。You宇宙berやティナンもあちこちで見掛ける。なんなら知らないタコさんも当たり前みたいな顔をして客席に座っていた。
取り仕切ってるのはティナンなのか……?
ステージに立つ司会のイケメンは種族人間だ。むしろ異質ですらあった。
ビシッとスーツでキメたイケメンがマイクを片手に、バニーガールを指し示す。
『次の商品はちょっと凄いぞ! でも残念ながら彼女をどうこうしようって話じゃない。さすがの僕も優秀なスタッフは売れないね。許してくれ。君たちが持って帰れるのは彼女が持っている綺麗な箱だ。梱包代は込みにしておくよ』
非売品のバニーガールが無駄に金が掛かってそうな小さな箱を開く。
そこに収まっていたのは宝石だった。まるで陽炎のようにぼんやりと光を纏っているように見える。
……ガムジェム、か?
『ガムジェムは宿主を選ぶ。出会いは運命だ。なら今がそうかもしれない。このガムジェムには七土種族の力と意思が宿っている。運命的なものを感じないか?』
……ガムジェムの中の人を特定できるのか? いや、仮に特定できたとしても……。
博士、博士。あれ使い物になるのか? 競り落としたとしても適合するとは限らないだろ。
「本人が使えなくとも適性があるものに渡すことはできる。身体は乗っ取られるかもしれないが……そんなのは今更だろ? 操作キャラが変わるだけさ。しかも強キャラにね」
確かに。博士。俺、あれ欲しい。
俺はお金をたんまり持ってそうな博士におねだりした。
「何を言ってるんだ、コタタマ。自分を大切にしなさい。私の研究を手伝うって約束だろ?」
このマッド、福利厚生が根っこから破綻してる会社に俺を就職させようとしてくる。
自由とは、まるで人の心にすら値札が掛けられ、競売の対象とされていくかのようだ。
資本主義の闇をカレンちゃんがちょっとイイ話に仕立て上げようとしている。
「つまり心のお化粧ってワケ。ガムジェムの研究が進めば、いずれ自分が持たない性格を買えるようになる。ペットを躾けるのと大して変わんないでしょ」
シルシルりんが何故か俺をチラッと見た。
「それは……便利かもしれません……」
シルシルりん? 騙されちゃダメだよ。お金じゃ人の気持ちは買えないんだ。あばたもえくぼって言うじゃないか。ありのままの俺を受け入れて欲しい。ガムジェムなんかに頼らないで。
一方、ステイシーは手下に指図をして着々と何かの準備を進めていた。
「クリスピーはなんて言ってるの? え? ダメなの? どうして?」
ひと波乱あるようだ。
人差し指を唇に当てて「うーん……」と考え込むステイシーがぽんと手を叩いて言う。
「無視して進めちゃいましょ。大丈夫。きっと彼女は心配性なのね」
ゴリ押しすることにしたようだ。
どうなってしまうんだろう。
これは、とあるVRMMOの物語
自由都市ニャンダム。そこは自由の意味を履き違えた人々が暮らす街。彼らは失敗を恐れない。失って初めて大切なものに気付くなら、喪失とは学びを得る行為なのだ。
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