蟲愛づる姫 8.00
21.ライブ会場-ダンスレッスン場
俺とネフィリアが延々と養生テープを貼っている頃、小娘どもはアイドル気取りに混ざってダンスの練習をしていた。
別に小娘どもをステージに上げるためではない。ネフィリアさえ居ればお前らは要らんとはさすがに言えんのと、いわゆる体験学習というヤツだ。ガキンチョを招き入れることでアイドル気取りの気を引き締める意味もあるのだろう。雑誌のインタビュー等でアイドルの仕事は夢を与えることとか綺麗事をぬかしたメンバーも中には居るので、ガキンチョの前で無様な姿を晒すことはできまい。
そう思っていたのだが……なんだか変な方向に進んでしまったようだ。
無念のリリララが息を荒げて座り込んでいる。
「どうしても……うまく跳べない」
跳ぶ必要などない。そのような振り付けはリリララの担当ではない。
しかし周囲のアイドル気取りどもはそのように考えていないようだった。
「跳べる! 跳べますよ、マスター!」
「そうですよ、マスター! だって……だって戦闘中はもっとややこしい動きしてるじゃないですか! 逆になんでなんですか!?」
逆になんでなのかは声を掛けるのが憚られるほど気になる点だった。
なんならリリララは魔法職にしては動けるほうだ。しかも華麗に、と評してもいい動きをする。ヘタをすれば、そんじょそこらの近接職を上回る。とんぼを切るだけならまだしも、空中で逆さまになったまま戦局を俯瞰して襲い掛かってきた近接職を蹴飛ばすといった離れ業までこなす。
普段はお地蔵様のように突っ立っているので、そういうイメージがまったくなくて、たまに動いているのを見ると正直ビビる。
なのに踊りとなるとからきしで、なんか、こう……可愛くない動き方になる。
もちろんライブを舐めてるとかではない。むしろ舐めていいのは戦闘のほうだ。バトルは特にギャランティが発生しない。金が絡むと動けなくなる女、リリララはリリララなりに悩んでいるようだ。
「逆にみんなは……何故?」
逆転に次ぐ逆転。もはや何を言わんとしているのか分からなかった。
やむなく俺が割って入る。
ヤメロヤメロ。お前らナニしてる。
「バンシーP!」
余計なことをするんじゃない。リリララは繊細なんだよ。繊細すぎてどうなるか分からんくて怖いんだ。
俺は金のなる木のケアに入る。
リリララよ。人には得手不得手がある。お前はよく天才って言われるだろうが、人知れず努力してることだってあるハズだ。なかったら今から俺が言うことは忘れてくれ。いいか、リリララ。努力するなとは言わん。しかしな、できないことは財産なんだと俺は思う。できないから人はがんばれる。できないをもっと大切にしてやれ。焦るな。
……できないことを大切にする必要など一切ないが、リリララが特殊な例すぎて他に言いようがなかった。とにかく今はこの女に無駄な努力をやめさせることだ。ちょっと考えた程度で解決するような問題ならとっくのとうに片付いている。
欺瞞の匂いを感じ取ったか、リリララがじっと俺を見つめる。鼻の利く女だ。俺の微細な変化を、心理学を専攻した警察犬のように嗅ぎ分ける。
俺はすかさず二の矢をつがえる。
……ちょっと嘘っぽかったか? でもな、俺がお前を心配してるのは本当だよ。俺は凡人だからさ……ホントのトコ、お前を指導するのは難しいんだ。でも、もしもお前が立派なアイドルになったら、こんな俺でも、やるじゃん俺って、ほんの少しは自信を持てたりするのかなってさ。へへっ、自分のことばっかで悪ぃけどよ。
俺は言葉を選んでリリララ犬の追跡を躱した。
拡張嗅覚と未来予測のアビリティを併せ持つこの女の弱点は、その組み合わせが強力すぎて、渦巻く悪意を避けることができるという点にある。イヤな感じがするところに近寄らないということができてしまうから、この女はいつまで経っても甘ちゃんのままだ。あるいは、それゆえの純粋さと独自の感性なのかもしれない。
リリララが俺の肩に手を掛けて、俺の首筋に顔を押し付けてくる。こらこら。じゃれ付くな。くすぐったいだろ。ははは。
「……猫ちゃん?っぽい匂いがする。男の子。誰?」
はははははははははははははは。
俺は笑った。
よし、練習を続けろ。給水と体調管理。本番前にバテるなよ。マゴット。どうだ? ダンス練習。結構キツいだろ。コイツらも一応はプロだからな。けど今日はだいぶ加減してるほうだ。本番前だしな。
小娘どもは床に座って汗をタオルで拭いている。体力はレベル依存なので、そこまで大きな差はないハズだが、慣れない動きはやはり無駄が多く、疲労が溜まりやすくはあるだろう。
マゴットは素直になれないお年頃で、何かと俺に反発するガキンチョだが、さすがに本人たちを前にして「ヌりぃーなアイドルってのはよォー!」とか吠えるほどトガったキャラはしていなかった。
「アイドルって働くんだ……」
しかしアイドルが不労所得で生活していると考える程度には浮世離れしていた。
「あんなに可愛いのに、なんで働くのかな。ね、コタタマ。知ってる? なんで?」
深い……のか?
俺はマゴットの横にしゃがみ込んだ。本番に向けて自分を追い込んでいくアイドル気取りどもを一緒に眺める。
……まぁアイドルのこういう場面ってのはテレビとか雑誌を見てるだけじゃ伝わらんよな。テレビで特集くらいはやりそうなもんだけど、スマホの動画じゃ他に見たいもの幾らでもあるだろうし。
んー。なぁマゴット。アイツらも人間だからさぁ、一人一人考えてることは違うんだよ。有名になりたいとか、実はこの中に殺したいほど憎んでるやつが居て事故に見せ掛けて殺害するために【目抜き梟】に潜入した今宵惨劇の幕が開く十三年前の悲劇とか、リリララガチ勢とかさ……。
「動機!」
うるせえ。お前らは踊ってろ。狂ったピエロのように。
ツッコミまでこなすようになったアイドル気取りどもに俺はシッシと手を振る。
……そういう、なんて言うの、目的がバラバラなやつらの集まりなんだけどさ、やることは一緒なのな。そりゃあ、やっぱりアイドルってのが色んなもん詰まってるからだと思うぜ。じゃなけりゃあ、もうちっとバラけるだろ。そういうのを、夢って言うんじゃねーか。
マゴットは俺の妹分だ。将来の夢がアイドルだったりすると困るので、慎重に言葉を選んだつもりだ。と言うのも【目抜き梟】はアイドルグループとしては特殊な例で、コイツらを見てアイドルに憧れたり、もしくは幻滅されると、アイドル業界に詳しいと豪語する間違った知識を持つJCという化けもんを世に送り出すことになってしまう。
憧れの職業にYouTuberがランクインする昨今、飛ぶ鳥落とす勢いで再生数を伸ばす【目抜き梟】が俺は恐ろしくて仕方ない。なまじ関わりを持ってしまったがばかりにそう思うのか、いつか手痛いしっぺ返しが待っていそうな気がしてならない。大丈夫? コイツらはゲームのキャラクターなんだよってちゃんと分かってる?
クラークの第三法則に、高度に発達した科学は魔術と見分けが付かないとあるように、宇宙人が作ったVRMMOは異世界と見分けが付かない。【目抜き梟】は歌ってみたと踊ってみたが一人歩きしていて、いつか「実はゲームのキャラクターだった」と概要欄で毎回そう説明していることがバレて大炎上するのではないかと俺は危惧していた。そうなった時、おそらく無関係では済まされない立場に居る俺は、「概要欄で毎回そう説明してンだろ!」とブチギレずに居られるだろうか……? それは場合によっては逆ギレであり、もしくは読解力の貧弱さをなじる言葉となるだろう。何しろ概要欄で視聴者の誤解を招かないよう懇切丁寧に説明していたアイドル気取りどもを「長い」と一蹴し、「誰が読むん?」と追い討ちし、「趣味はゲーム」の一言に凝縮するよう指導したのは俺なのだからして。さすがにそれは悪意を感じるとモッニカ女史がうっせーので、GGOプレイヤーであることとゲーム内で動画撮影していることを匂わせる文言を付け加えてやったのだが、改めて概要欄を眺めてみると「今日は街で動画の撮影! バンシーPに言われて変装してきたけど身バレしちゃうかも〜(泣)」みたいな、あたかもリアルに実在するかのような文言が散見され、こりゃひでぇやと思うものの、よくよく思い返してみると、その文言を作成したのは俺なのであった。
芸能界は食うか食われるかの非情な世界。漫画知識でそのように心得た俺は、ビジュアルと声質を自分で選べるという極悪非道なアドバンテージを持つアイドル気取りどもにガッツとあざとさ、それとほんのひと摘みの悪意をブレンドした。
今は反省している。
もうそろそろ安全策に切り替えてもいいんじゃないか。チャレンジ精神を捨てて守りに入ろうぜ。
日和った俺の言葉は彼女たちに届かない。
過ぎたるは及ばざるがごとしっていう言葉もあるんだがなぁ。マゴットはさぁ、今となりの会場で選挙やってるの知ってる?
俺はヌルッと本題に入った。
「知ってる。ネフィリアさんがねー。自分で考えて選べって」
隙だらけじゃん。どうしたネフィリア。いや、そうなるか。強制したってどうなるもんでもない。
集合! 俺は小娘どもを手招きした。不満を述べる小娘、素直に従う小娘、様々だが輪になって俺を囲う。こら、そこ。床に寝そべるな。
「寝てない。ヨガしてんの」
マジかよ。寝てるようにしか見えねえ。効果あんのか? あとでちょっと教えろよ。
よーし、お前ら。お前らはネフィリアに投票するんだろ?
「えー? 分かんない。なんかムズくてさー。怖いよねー」
「分かる。メンドいし怖い」
怖い?
「えっとねぇ。失敗したらどうしようって。不安?」
「てかダリーよね」
ふーん……。そんなもんか。じゃあ後で俺が案内してやるよ。どのみちメシ食いに行くだろ。去年まではライブの客を目当てに露店やってたけどガラが悪いのが居て怖いってんで全部お隣が吸収したからな。
その代わりと言っちゃ何だが、ちょいと協力してくれねーか?
「……え、何?」
「……ヘンなことしたら叫ぶから」
めちゃくちゃ警戒されている。俺は構わず続けた。
ぶっちゃけな? 俺は今回の選挙でネフィリアを勝たそうと思ってる。それは、まぁ面倒を押し付けちまいたいってのもあるんだが。俺らの頭を決めようって選挙だ。誰を選ぶかはお前らの自由だ。好きにしていい。
ただ、歩兵ちゃんをそっちのけってのは気に入らねーな。アイツらだって俺らの仲間だろ。選挙ってのは言っちまえば祭りだよ。歩兵ちゃんにも楽しんで欲しいんだ。けどよー、歩兵ちゃんは絶対にネフィリアに投票するだろ? そりゃそうだよな。指揮官代行サマだもんよ。俺としちゃそれは願ったり叶ったりで、ネフィリアからすると冗談じゃねーぞってワケよ。
でもな、お前らはネフィリア本人から聞いてるかもしんねーけど、選挙をやるって言い出したのはネフィリアだ。策士、策に溺れる……。今までずっと歩兵ちゃんに良くしてやって、慕われてるネフィリアが優勝するのは当たり前のことだ。あいつが俺らの総理大臣なんだ。
「シュショー……」
そう。たぶんネフィリアは嫌がるだろう。だが、あいつはこう言ったぜ。本人がどうこうじゃないってな。
俺たちでネフィリアを支えるんだ。あいつが悪い魔女だなんて誰が決めた? 仮に勝てなくとも、決選投票に残れば周囲のあいつを見る目は変わる。
あいつは、まぁ別に取り立てていいヤツって訳でもねーけどさ……どっか憎めねぇっつぅかな……なんか放っとけねんだよな。
あいつは……ネフィリアは、いい首相になるよ。
そのためには、まず歩兵ちゃんに投票させることだ。ネフィリアに勝手にしろと言わせる。今から俺と一緒に直談判しに行こう。
ここは俺たちの国だ。歩兵ちゃんだって、その一員なんだ。
俺は小娘どもを言いくるめた。
一切の反論を許さなかった。
何故なら俺は間違ったことを何一つ言っていないからだ。
策士、策に溺れる……。
だが、ネフィリア。お前は溺れる前に手を打つ。
分かるよな?
お前は歩兵を意のままに操れる。
勝ち残りたくないなら、その他の箱を潰すんだ。
沈め……! 俺と共に……!
第一回の投票開始時刻が迫っている。
ネフィリアに会いに行くならオシャレしてくると、着替えに行った小娘どもの帰りを待ちながら、俺は勇退を確信して哄笑を上げた。
これは、とあるVRMMOの物語
致命の毒……。交錯する思惑は、更なる混迷を招くだろう。民の喝采を浴び、選ばれしものたちが、栄華を掲げ、盃を交わす。誰も、信用はできない。これは、そういうゲームだ。
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