モモンガちゃん
1.山岳都市ニャンダム
「コトタマー!」
俺はコトタマじゃねえ。なんだ。どうした。
「タタタマー!」
かといってタタタマでもねえ。ヤメロ。乗るな。
買い物帰りに子ティナンどもに絡まれている。
貧弱な俺を気遣って子ティナンが荷物を持ってくれた。
あ、ども。
「トレーニングになるので!」
やだ、この子、ヒューマンに優しい。俺はお姫様のように扱われてトゥンクと胸が高鳴った。
いや、ガキンチョにときめいてる場合じゃねえ。
マジで何なんだよ。お前らコゴローの連れだろ。見覚えがあるぞ。
俺は人の善意を信じることのできない哀れなヒューマンなので、優しくされると何か裏があるんじゃないかと勘繰ってしまう。街を歩いてたら子ティナンが絡んでくるのは珍しいことではないが、その連中がコゴローの遊び仲間であることに作為的なものを感じた。
そんなことではいけないと思ってはいる。ティナンは悪意を持たない生き物だ。それは「善意」が群れを作る上で有効な武器だったからだろう。優劣の問題ではない。昆虫の個よりも群れを優先する行動も見ようによっては「善意」だ。人を疑うことを賢さと考えるのは種族人間の悪い癖である。
しかし子ティナンどもにはちゃんと裏があった。
「コタタマはコゴローくんのパパだよね?」
「僕たち、コゴローくんに嫌われちゃったかも……」
へえ。本日のお悩み相談はコイツらって訳か。コゴローに嫌われたねぇ……。まぁあり得ないとは言えない。コゴローは俺のガキだからな。ティナンとは違う。悪意を身に付けることで他者を蹴落とし優位に立とうとする弱い生き物だ。
何があった? 言ってみな。
舌ったらずな子ティナンどもの証言を要約するとこうだ。
最近のコゴローは女子ティナンに優しく接するようになった。それに関して、男子ティナンは最初のうちはさほど気にしていなかった。そもそも男子と女子の垣根というものがティナンにはない。肉体的な性差がほとんどなく、大人になると自然と結婚相手が見つかるらしい。それは仲良しの異性だったり、家同士の繋がりだったりと様々だが、恋愛関係と言うよりは子育てのパートナーといった認識なのだとか。俺も結婚相手が自動で見つかりてぇわ。
そんな具合なので、子ティナンどもはこの場に集まったお悩みメンバーの共通項が「男子」であることには気が付いていなかった。しかし俺は気付いた。最近のコゴローが仲良くしてるメンバーは女子ティナンだからだ。
ほうほう。なるほど。俺は感心した。
コゴローめ。いよいよ本性を現しやがったな。ヤツの尻尾はやはりエロい器官だったか。そんなこったろうと思ったぜ。何しろ俺のガキだからな。生まれながらにしてセクハラ神様の加護を受けていても不思議ではない。
あるいは……そう、あるいはつい先日俺がアドバイスをした所為かもしれない。その可能性は否定できないだろう。しかしいつも俺の話をウザったそうに聞くコゴローに俺が何を言ったところでヤツの心には響くまい。つまりヤツは最初から女子ティナンが目当てだったのだ。とんでもないエロガキである。機は熟したと見て男子ティナンはポイ捨てか。
外れたな。人の倫をよ。
俺は義憤を燃やした。誤解を恐れずに言うなら、俺は我が子がハーレムを築いて幸せになることを許せなかったのである。やれと言ったのは俺だが、本当にやるとは思わなかった。本当にやるとは思っていなかったので、俺の真意はそこにはなく、勝手に暴走したコゴローの幸せをブチ壊すのは俺が親としてコゴローにしてやれるせめてもの償いだった。
あのエロ尻尾を成敗せねばならない。
俺は子ティナンどもを引き連れて、ザッときびすを返した。
案内しろ! 俺が何とかしてやる!
2.決戦
「おいでなすったな……」
罠ッ……!
女子ティナンを引き連れて待ち構えていたエロ尻尾に俺は瞬時にハメられたと悟った。罠にしては、と思ったものの俺は即断即決の男。旗色が悪いと見て取れば即座に撤退する。完全ギルド化してギャッと地を蹴る俺に、コゴローがバッと片手を突き出す。
「無駄だッ!」
たちまち今の俺の身体を構成する金属片が分離し、地に突き立つ。ドロドロに溶けた金属片が寄り集まり、俺の肉体を再構築した。くそっ、変身が解けた……。
コゴローの兵科は歩兵。そしてギルドの歩兵は【指揮官】を生み出す特性を持つ。コゴローは指揮官の候補者であり、他者の金属片を支配できる。つまるところ俺の天敵のようなものだった。
子ティナンはコゴローの味方だ。初動で引き離せなかったら逃亡は一気に難しくなる。俺はすかさず我が子の不貞をなじった。
キサマっ、コゴロー! 友達を何だと思ってる! いかなる理由があろうと友達を差別するなどあってはならないッ! それをキサマはッ……!
コゴローは激昂した。
「オメェーが俺のダチを気持ち悪ぃ目で見てっからだよォー!」
……違う。演技だ。コゴローは俺を誘き寄せるために男子ティナンを利用した……一見するとそう思える。しかしそれは結果としてそうなっただけのこと。必然性がない。俺を誘き寄せるなら他に幾らでも遣りようはある。わざわざ男子ティナンに冷たく当たる必要はない。コゴローは……ヤツは俺のガキ……! 見くびれば足下をすくわれる。何かある……! 俺が見落としてる何かが……!
俺はギョロギョロと目ん玉を動かしながら時間稼ぎに男子ティナンを利用する。
おいッ! コゴローに言いてぇことがあるんだろッ! 言いてぇことがあるんなら言えッ! エスパーじゃねんだ! 言わなくちゃ伝わるモンかよッ!
ハッとした男子ティナンがおずおずとコゴローに近寄っていく。
コゴローが偉そうに腕組みなどして尻尾を苛立たしげにブンブンと振る。機先を制するように言った。
「ゴミだ。ゴミどもがコイツらに余計なことを言った。俺も甘かったな。親父に言われるまで気が付かなかったよ」
ゴミども……!
俺は全てを悟った。
俺の計画を狂わせるのはいつもヤツらだ。
ヤツらはコゴローをプレイヤーの王に仕立て上げようとしている。おそらくはコゴローが仲良くしている女子ティナンに接触し、余計なことを吹き込んだのだ。コゴローのメインヒロインは三人以上が望ましいとか何とかクソのようなハーレム理論を。それで少し様子がおかしくなった女子ティナンをコゴローは説得して回っていたのか……!
しかしコゴローめ。まだ甘い。
俺はスッと立ち上がってピュイと指笛を鳴らした。
物陰に潜んでいたゴミどもがぞろぞろと出てくる。
こんな面白ぇ見世物を見逃す手はねぇだろ。コイツらはコゴローをずっと見張ってたのさ。
女子ティナンにあることないこと吹き込んだゴミどもは己の過ちを決して認めようとしない。口々に言った。
「伝わらないかなぁ? 俺たちの『善意』が」
「コゴロー。どうして分かってくれないんだ?」
「お前は女に困っちゃダメなんだよ。崖っぷちを見ろ。親父みたいにゃなりたくねぇだろ……?」
カノジョの有無で男の人生はまったく違ったものになる。ティナンはそうでもなさそうだが、種族人間に関しては議論の余地なくそうだ。そしてコゴローにはティナンの血が流れていない。俺が腹を痛めて産んだ子で、たまたまギルドの形質を受け継いだというだけだ。
つまるところゴミどもはリアルが充実した「俺」を作ろうとしている。
俺の女体に懸ける情熱を異なるベクトルに向ければひと角の人物になるかもしれないと考えたのだ。
ンな訳ねーだろ……! 女がデキたら次の女に行くだけだ。もう女はいいカナって何か事故ったパターンだろ。顔ヨシ性格ヨシの女子ティナン相手にどう事故るんだよ……!
とはいえ、今のゴミどもはなんとなく俺の味方をしてくれそうなノリだ。俺はバッと片腕を上げて素早く警告した。
気を付けろ! ギルドの力は乗っ取られるぞ! あのガキ……【指揮官】じみたワザを使いやがる!
「へえ……。ますます欲しいな」
まだ幼いとはいえ、ティナンを前にしてこの余裕。ハッタリではないことを祈るしかない。祈るしかないので俺も余裕を取り戻した。
ゴミどもを従え、コゴローへとゆっくり歩み寄っていく。コゴローを指差してカマした。
ギルドの力には、まだ「先」がある。お前の知らないステージがな……。
ハッタリだ。これまでのパターンからいって、あるにはあるんだろう。今のところ特に心当たりはないだけで。
そして俺よりもログイン時間が長いゴミならば、その先のステージとやらにすでに辿り着いている可能性すらあった。
ゴミが大仰に肩を竦めて言う。
「やれやれ。コイツは取っておきだったんだがな」
「……使うのか? カマキリ野郎に見られたらコトだぞ」
「合成種ってヤツか? 都市伝説だろ」
合成種……?
……俺が完全ギルド化するとカマキリっぽい形になるんだが……他人の空似というやつなのかもしれない。俺、人前で何度か変身してるしな。コゴローを王様に仕立て上げようってぇ連中が俺の変身形態を知らないってことはないだろう。なんだ、他人の空似か。先日、別のゴミが変身した俺を見て変なこと言ってたから、すわ新手のストーカーかと焦ったぜ。
ただし念には念を。俺の変身形態をわざわざコイツらに教える必要はないな……。
何か得体の知れないチカラを隠し持っているらしいゴミどもをコゴローが警戒する。ハッタリの可能性はあるが、子ティナンに万が一があってはならないと慎重になっている様子だ。緩慢な動作で近付いてくる俺たちは絶対の自信を持っている。打開策など特にないが、自分以外の誰かが何とかしてくれるだろうという自信だ。コゴローが探りを入れてくる。
「合成種……クロマキーってヤツか」
クロマキー? それは中間種のことだ。何故か知らんがクロマキーと呼ばれている。元ネタはクロマキー合成……画像編集で背景を差し替えるヤツだろうから、合成種っちゃ合成種なのか? カマキリ野郎が合成種? なんのこっちゃ。そもそも中間種がクロマキーって呼ばれてる理由が分からん。まぁ分からないことはあとで神ィ!先生に聞けばいい。
しかし今はなんのことか分からんので俺は不敵に笑った。くくくっ……。
ゴミどもが勿体ぶって何もしようとしないので、間を繋ぐために哄笑を上げておく。
フハハハハハハハハハハ。
……おい。まだか? だいぶ近いぞ。もうだいぶ近い。そして息が続かん。
俺は息継ぎをした。その間にゴミどもが哄笑を上げて間を繋ぐ。哄笑のハーモニー。
そして俺たちはコゴローたちの横を無事に通過。哄笑を上げながら歩き去っていく。
なるほどな? どうやら揃いも揃ってカマしたらしい。俺たちはギルドの力を封じられるとてんでダメで、今のところ特に対抗策はない、と。
……じゃあコイツらは何をしに出てきたんだ。いや、俺が指笛を吹いたからか。その場の気分とノリだけで生きてんじゃねえっ。そういうのは俺だけでいいんだよ。俺以外はちゃんと真面目に生きろ。
ともあれコゴローくんは男子ティナンたちと仲直りできたようだ。もう離さないとばかりに抱き付かれている。……おい、大丈夫か? 俺は我が子の性癖を心配した。顔面偏差値が異常に高いティナンは大人になっても目立った性差が出にくい。山岳都市最強のジョゼットですら見た目は美少女だ。
期待のエース、コゴローくんが道を踏み外さないことを祈るばかりである。
2.夜半-ポポロンの森
その日の夜の出来事である。
いったんメシ落ちしてリログするなりクソ廃人どもに連れ出された俺はナハハと笑った。
いやぁ、このゲームの夜は一種独特な雰囲気あるよな。何しろスカイフィッシュみたいなのが飛んでる。しかも殺傷力がエグい。俺、一瞬で細切れにされたもんよ。
カエルくんが答えてくれた。
「使徒だ。よりにもよって夜行性のな」
ああ、モモンガの。
俺は視界の端で退路を探りながら頷いた。
ガムジェムを美味しそうに食べた上位個体たちは軒並みレイド級へと昇格を遂げ、固有スキルを獲得した。十二使徒と呼ばれることになった彼らは常設ダンジョンより巣立ち、フィールドマップを旅している。使徒と言っても獣の使徒だ。ネズちゃんが管理しているので、山岳都市を襲うことはあるまい。
ネズちゃんはあの性格だ。ニャンダム様と敵対する道を選ぶとは思えない。今やニャンダム様も敵ではないとイキッていたが、復讐に走るでもなく放置しているし、クリスピーくんはニャンダム様に敬意を払っていた。さしものネズちゃんもニャンダム様に寝首を掻かれたら危ういのだろう。ベースがレベル1500だからな。ニャンダム様の猫パンチ一発でのされかねない。もしくはトラウマか。
猫型のレイド級とネズミ型のレイド級で、共に獣王の称号を持つ。その相関性が偶然とは思えない。
ましてレイド級はリポップするからなぁ。怒り狂ったニャンダム様に追っ掛けられるのはイヤだろう。逃げ切れるとも思えんし。
俺もクソ廃人に追っ掛けられたら逃げ切る自信がないから、ネズちゃんの気持ちがよく分かる。
トムとジェリーっつうんですかね。なんかもう逆に名コンビみたいになってて怖い。今なんかも普通に歩いてるのに俺の歩幅に合わせて牛さんスーツが用意されてて、するっと着せられたもんよ。
ねえ、リチェット隊長。夜の森は危ないスよ。おうちに帰ろう?
「ナニを言う。牛さんは超能力研究部の一員なんだから、この世の未知なる現象を解き明かすという使命があるんだぞ?」
そんな怪しい部活動に入部した覚えはねえっスよ。知ってます? 隊長。スカイフィッシュってのはハエとかの残像なんですよ。幽霊の正体見たり枯れ尾花ってね。実在しないモンを追っ掛けてどうしようってんです。
「では、その実在しないモノにオマエは細切れにされたと言うのか……」
やだな。ドッキリですよ。効いちゃいました? 隊長は案外怖がりだな〜。
「何を〜? 上官をからかうとは不届きな。コイツめ〜」
リチェット隊長が俺をつんつんとつついてくる。
やめてくださいよ〜。
ひとしきりキャッキャしてから、急に真顔になったリチェット隊長が本日の作戦を発表した。
「こんなこともあろうとメスのモモンガを用意した。紹介しよう。超能力研究部の部員その二、鼻の利くサイコことモモンガちゃんだ」
「モモンガちゃんだよ〜」
いよいよ見境なくなってきたな。
モモンガの着ぐるみを装着したリリララがばっさばっさと羽ばたく。
リチェット隊長が続ける。
「それからもう一人。カエルくんとチョット気まずい感じのオタマちゃんだ」
「気まずくなどありません。ね? カエルくん」
リリララ居るところにモッニカあり。オタマジャクシの着ぐるみで参戦だ。
気まずい女と親子の関係を強要されたカエルくんが剥き出しの顔面をしわくちゃにしてニカッと笑う。
「もちろんさ。いつまでも尾を引く俺じゃないぜ。カエルだけにな」
「まあ。うふふ……」
ヤベぇな。心の断絶が目に見えるかのようだ。
俺は挙手して発言した。
隊長。セミくんの姿が見えませんが……。
「めっきり寒くなってきたからなぁ」
セミくんは諸事情により欠席のようだ。一時は夏を乗り切ったように思えたが、やはり自然の摂理には逆らえんか。
自己申告制の仲直りをしたカエルくんとオタマちゃんに隊長がうんうんと頷く。
「以上、四名の隊員と共に今日も元気に探検していくぞ。題して『モモンガ埋蔵金を追え! リチェット探検隊出張版』だ!」
出張はいつものことだしモモンガ埋蔵金ってお前いよいよ真正面から隊員を殺しに掛かってきたなと思ったが俺は口出ししなかった。
モモンガちゃんが期待の眼差しでリチェット隊長をガン見していたからだ。
あれ行っとく? あれ行っとく? いつものアレね。
探検隊とは名ばかりの黄泉の国直行バスツアーだが、俺は少し楽しくなってきた。
モモンガちゃんの造形に冒険心をくすぐられたのである。オタマちゃんはそうでもないけど、造形上手足を引っ込める訳にも行かず、オタマボディからにょきっと手足が伸びている。また女の子という設定なのか、ひらひらしたミニスカートを履いていた。普段は肌の露出を控えめにしているモッニカ女史の大胆な装いに新たなる冒険の予感がします。
作戦が失敗に終わりそうなのも良かった。隊長はメスのモモンガで誘き寄せるみたいなことを言っていたが、ティナンがそうであるようにモンスターは女性体をベースにしている説が濃厚だ。何しろ魔石から生まれるのでオスにこれといった役割がない。
モモ介……表記上は「モモスケ」だが……モモンガ型レイド級の名前だ。モモ介はたぶんメスで、メスのモモンガに吸い寄せられることはない。
生還の望みはある。
いつもはゴネてなかなかやる気を出さない牛さんがニッコニコとあり、リチェット隊長は自分の手柄だと勘違いしたようだ。
「目のいいクズと鼻の利くサイコを取り揃えた我が隊は盤石である! まぼろしのスカイフィッシュを探し求めて、いざ!」
俺たちは一斉にぴょんと飛び跳ねた。
「リチェット探検隊!」
これは、とあるVRMMOの物語
迫る死。殺意に舞い踊る風の妖精。切断の迫撃は牛さんを貫き、彼岸へと押しやるか。群れだ。群れがやって来る。次回、激動の十二使徒戦スタート……!
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