バザー炎上
1.マールマール鉱山-山中
シルシルりんはフリーの細工師。クラン未所属のアクセサリー屋さんだ。
クランに所属していない、つまり自分の店を持っていないので、普段はいつもバザーに居る。バザーを見て回ったり、露店を広げながらアクセサリーを作ったりするのが好きであるらしい。
クラン未所属のプレイヤーは強盗に遭いやすいので危ないのだが、シルシルりんの場合は生産職の相互組合が後ろ盾に付いている。何でも組合の設立にほんの少しだけ噛んでいたらしい。アンケートに答えたとかその程度らしいが。
あまり自己主張するタイプではないので有名人という訳ではないが、まぁ癒しっつーか。知る人ぞ知る良店ってトコか。お目当てのブツは見つからなかったけど試しに立ち寄ってみたら予備に一つあると便利かもっていう感じだ。
あとシルシルりんは何気にレベルが高いんだよな。コタタマくんが壮絶な死を遂げてから変化してなければレベル9。戦闘に関与しない純生産職にしては結構なハイレベルだ。俺なんて大量のゴミを始末してたのにレベル4だったからね。
やっぱMPKないしMMKで敵を倒しても経験値は入らないんだろうな。レベル上がった試しがねーもんな。
何かしら成果を出した時にレベルアップしてるのは確かなんだが。ゴミを始末したり武器を完成させたりな。同じことやっててもレベルアップのスピードには個人差があると聞く。内面的な違いなのかね。
よし、こんなもんだろ。俺は踏み固めた地面をスコップでぺんぺんと叩いた。
いい天気だな。木漏れ日の下、俺は斧に付着した血痕を丁寧に拭き取った。
2.山岳都市ニャンダム-露店バザー
山に行って戻ってきた俺は、その足でシルシルりんの露店に向かった。
お、居た居た。いつも通りの場所だ。変わってなくて良かった。淡い水色の髪がぴょこぴょこと跳ねている。……俺も女と見るや目を使おうとする癖を直さなくちゃな。もっと効率のいい使い方がある筈だ。オーバーソウル的な。人類の技術はエロスと共に発展してきた。日進月歩ならぬ日刊エロスだ。単なるエロ本になってしまったが。進化の鍵はその辺りにありそうだな。
これがジャンプヒーローだったなら即刻降板されそうなモノローグを垂れ流しながら俺はシルシルりんに近寄っていく。舌なめずりをしたことに深い意味はなかった。
ちょうどアクセサリーが一つ売れたらしく、シルシルりんがお客さんにぺこりとお辞儀した。
「お買い上げありがとうございますー」
「シルシルりん、元気出してね」
「げ、元気ですよー」
意外と元気そうだった。ちょっと残念だが、俺の死から一週間経ってるから仕方ないか。それに客の口ぶりからすると落ち込んでいてくれた時期もあったようだ。
俺はそれとなく斧を肩に担いで、シルシルりんに声を掛けた。
アクセサリーか。ちょっと見せて貰っていいかな?
シルシルりんは愛想良くニコッと笑った。
「いらっしゃいませー。気になるものがあったら言ってくださいね。簡単にでしたらご説明しますよー」
完成品の細かい性能は作った本人ですら分からない。レアアクセをそうと知らずに安値で売ったなんて笑い話もあるほどだ。
俺の全財産は【NAi】から貰った斧とネフィリアが恵んでくれた服。現金は赤カブトから貰った小遣いとスズキから貰った分がある。ネフィリアが恵んでくれた服を売り飛ばせば、指輪一個くらいなら買えそうだ。服に関しては戦いで紛失したと言えばおニューの服を恵んで貰えるかもしれない。いや、今の俺は見た目女だから服を質に出すのはマズいか? ちっ、男物の服も持ってくれば良かった。しかしない袖は振れない。冷やかしが確定した。
だが第一印象は大事だ。財布を忘れたふりをして予約まで話を持って行くのはどうだ? 自然な流れでフレンド登録できるかもしれない。その為にはまず好印象を与えることだ。誠実さを表に出しつつ……。そう、財布を忘れたふりじゃない。架空の友人に金を貸してる設定で行こう。エア友人のモデルは誰で行く? 赤カブトだ。あいつはシルシルりんと面識がないからボロが出ないだろうし、財布の紐がゆるそうだ。無限に金を借りれる自信がある。
よし。内心で一つ頷いた俺は、指輪を指差しながら顔を上げてギョッとした。シルシルりんの頬を一筋の涙が伝っている。
ど、どしたの、それ?
俺が思わず尋ねると、シルシルりんは慌てて涙を拭った。
「え? あれ……? ご、ごめんなさい! なんか、なんだろ……」
いきなり泣かせてしまった。ええ? 俺、何かしたか? 何もしてないよな。嬉し涙ってやつか? 俺、生まれてから一度も嬉し涙なんて流したことねえからどういう気持ちなのか分からねんだよな。とりあえず笑っとくか。
はははははははははははははは。
シルシルりんがびくっとした。
「ど、どうしたんですか!?」
いやいや。そっちがどうしただよ。いきなり泣くもんだから楽しい気分にしてあげようかなっていうことよ。やっぱ人間、笑わないとな。笑う門には福来るって言うでしょ。同情されたら負けだぜ。そりゃあ舐められてるってことだからな。歯を食いしばって生きて行かねえと。泣かされたら横っ面を殴るんだ。こなくそってな。負けて堪るかよってな。
そう言って俺は、ぶんぶんと片腕を振り回して実演する。シルシルりんはまじまじと俺の顔を見つめている。
「あなたは……」
よし。シルシルりんの涙が引っ込んだ。交渉に移ろう。ところがそうは問屋が卸さない。
俺の可愛い暗たまに絡んでいたチンピラが猛ダッシュで接近してくる。ちっ、報復か。バカは一度死んでも治らねえってのは本当だな。
オンドレぁ!
「うおお!?」
ちっ、うまく避けたな。だが二度目はねえぜ。
「ままま待てっ! 突然何を、ってさっきの女か! 違うっ、待てっ、誤解だ! 俺は怪しいものじゃない!」
ふん、怪しいやつは大抵そう言うんだよ。往生せいやぁー!
「らめぇっ!」
俺が振り下ろした斧をチンピラが手で掴んだ。【スライドリード(速い)】か。応戦したな。やはり刺客か。どこのどいつだ、テメェ。依頼主を吐いて貰うぜ。
「判断早すぎだろ! どんだけ後ろ暗い人生歩んでんだ!」
ハッ。そうだった。つい先制攻撃してしまったが、今の俺は罪なきペタタマくん。刺客に怯えて暮らす必要はないのであった。
俺は斧を引っ込めた。ふん、命拾いしたな。今日のところはこれくらいにしておいてやる。行きな。
「納得できるかぁ! いやっ、こんなことをやってる場合じゃっ」
チンピラは何やら焦った様子で周囲を見渡している。
周りに居るのは露店商と買い物客ばかりだが……露店商の様子がおかしい。やけに冷静だ。
これは……何かマズい。俺はシルシルりんを背中に庇って斧を構えた。
「ふはははははははっ!」
誰だ!? 俺は一度はやってみたかった振り向きアクションで正面に向き直った。
いや饅頭屋じゃねえか。威風堂々と歩いてんじゃねえよ。
おっとチンピラが驚愕に目を見張っているー。ええ? 嫌だなぁ。また厄介事なの? 俺が居ないトコでやってくれねえかなぁ。
チンピラが吠えた。
「ミュウモール!」
きゃあ。心当たりがありすぎるぅ。俺の過去が全力で俺の足を引っ張ってくるよぉ。
み、ミュウモールだと。一体どういう……。
饅頭屋がニヤリと太々しく笑った。
「そうとも! 我々はミュウモール! 魔王陛下のご遺志を継ぐ選ばれしモグラの民だ!」
饅頭屋の言葉に呼応するように周りの露店商が一斉にモグラっ鼻を装着した。
くっ、囲まれた。何なんだ? こいつら、一体何を……。
「バザーは我々が占拠した! チョコレートを持っているものは両手を上げてその場に座れ! これは警告ではないっ、命令だ!」
チョコレート?
! 先手を打たれたのか!? マズい! 脱出せねば。俺は自害しようとして、すぐに思いとどまった。シルシルりん。シルシルりんを置いては逝けない。死に戻りできない。
硬直した俺の袖をシルシルりんがくいっと引っ張る。な、何かな?
「あのぉ。ミュウモールって何ですか?」
あー。ミュウモールね。ミュウモールかぁ。まぁご本人たちが居るし自己紹介して貰うのが早いんじゃねえかな?
俺は饅頭屋にどうぞどうぞと自己PRを促した。
饅頭屋は俺をじっと見つめている。あんだよ。
「貴公は先ほどの……。ふむ、モグラ共和国の民かな?」
あー。そうね。一応ね。
「ならば構わない。貴公に発言を許そう」
貴公ってお前。
シルシルりんがくいくいと俺の袖を引っ張る。
あー。ミュウモールね。
簡単に言うとモグラっ鼻の金持ち連中だよ。
モールはモグラ。ミュウは深海。ミュウモールで深海モグラだ。
モグラっ鼻の権力者はマールマール鉱山の深部から最深部に住んでたからな。
元々はディープモールとかDモールって呼ばれてたんだが、もっと可愛い呼び名がいいとか舐めたこと言うもんだから深海モグラに変更したっつー経緯がある。
こんなもんでどうでしょ?
しかしシルシルりんは納得してくれなかった。
「え、どうして住み分けたんですか?」
あー。んー。なんていうかね、そのほうが都合良かったんですよ。
ちょっとね、査問会の連中が、こう選民思想をね。ちょろっと植え付けたりなんかして。
「選民思想って……何でそんなことしたんですか?」
いやー。それはまぁ戦争に勝つためじゃないかなぁ。特権を与えておけばさぁ、放っておいても勝手にモグラ帝国のために動いてくれそうって言うかぁ。競争の構図が出来るんだよねぇ。
「……お金がない人はどうなったんですか?」
それは知らないなぁ。どうなったんだろうねぇ。ははは……。
俺は笑って誤魔化した。
……モグラ帝国、いや今は共和国か。モグラ共和国の国力は神聖ウサギ王国の約四倍と言われている。それはモグラ帝国が金持ち連中に強く支持されたからである。単純に資産を比較したなら、貧乏人が百人、いや千人集まったところで金持ち一人にも及ばないのだ。それが社会の仕組みであり、現実でもある。
饅頭屋が我が意を得たりと頷いた。
「左様! 我々ミュウモールは選ばれしモグラっ鼻である! 我々は真の平等を目的としー! バレンタインなどという不公平極まりないイベントを叩き潰すために決起したのだ!」
ちょっと待てよ。そりゃあおかしいぜ。お前らはモテる側の人間だろうがよ。
いや、すまん。忘れてくれ。だからこそなんだな。だからこそモテるモテないの格差がハッキリと表れたのか……。
そう、明日はバレンタインデー。
今ここにモテないモグラっ鼻が真の平等を実現するために立ち上がったのだ。
しかし大義の裏に見え隠れする妬みの感情はどうしようもなくモテるものの反発を買う。チンピラが饅頭屋の説得を試みた。
「バザーを占拠だと!? こんなことをして何になる!」
饅頭屋は一歩も退かない。
「知れたことよ! ここに居る諸君らには人質になって貰う! そして我々が秘密裏に建造したチョコレート工場で夜なべしてチョコを作るのだ! 我々のチョコをな! 男は死ね!」
おぅ、突き抜けてやがるぜ。
饅頭屋は続けた。
「だが我々とて鬼ではない! 貴公!」
饅頭屋が俺を指差した。俺ぇ? 何だよ。
「強気な女である! ハッキリ言おう! 好みのタイプだ!」
キメェ!
「ますます気に入った! 貴公が今この場に居る我々にチョコをくれるというならば、我々は一時的に侵攻を止めても良い!」
断る! つーか俺は男だ!
「笑止! 見た目が女ならば些細なことに拘る我々ではない!」
いやそこは拘ろうよ。俺、リアル男だからね。リアル男にチョコ貰ってどうするのよ。
「ふふふ、これは異なことを言う。貴公のリアル性別を証明することができるとでも?」
証明できてもしねえよ。ヤサを特定されて凸されるのが目に見えてるじゃねえか。
「であろう! 貴公がリアル女であっても同じことを言うに相違ない! であれば我々はそこに1%でも可能性があるのならば、それに賭ける!」
くっ、ここまでオープンな直結厨は生まれて初めてお目に掛かったぜ。
「交渉は決裂したようだな! 者ども、火を放てぇい!」
饅頭屋の号令を受けてモグラっ鼻が屋台に着火した。燃やす必要はあるのだろうか……。いや、あれか。隠し持ってるチョコを溶かすためとかそういう感じなのか? よく分からん。
炎上するバザー。紅蓮の炎が巻き上がり、辺り一面に火の粉が降る。
モグラっ鼻による粛清が始まった。その場に居合わせた男キャラが次々と殺されていく。渦巻く炎を怒号と悲鳴が苛烈に彩るかのようだ。地獄絵図である。
ちなみに饅頭屋にお気に入り登録された俺は助かる模様。キメェなぁ。
シルシルりんは俺の背中でぶるぶると震えている。根っからの生産職なのだ。荒事に耐性がない。
「ひ、ひどい。どうしてこんな……」
しかし悲しいかな。俺には饅頭屋の気持ちもよく分かるのだ。リア充は爆ぜるべきだと思う。
逃げ惑う男キャラがモグラっ鼻に刺し殺されていく。特にイケメンは念入りに。いいぞ、もっとやれ。俺は心の奥深くでミュウモールに共感を示した。違う、そうじゃない。もっと念入りにだ。ちっ、なってねえな。
だがミュウモールの蛮行に一人の男が立ち上がった。
「やめろーッ!」
モグラ仮面だ!
颯爽と参上したモグラ仮面が飛燕の如く地を駆け、モグラっ鼻を次々と切り捨てていく。強いぞモグラ仮面。その正体はようとして知れないが、サトゥ氏に匹敵するかもしれないっていうか面倒臭いから言うけどご本人様だ。
饅頭屋が配下を制して進み出る。
「仮面の男! 会いたかったぞ! 帝国最強と謳われた貴公の剣をとくと見せてみよ!」
「望むところッ! アッー!」
「アアッー!」
二人の剣士が残像を引いて激しく衝突した。交錯した両者が振り返り、互いに剣先を突き付ける。
サトゥ氏の頬に裂傷が走る。
「強い……。これだけの腕がありながら」
サトゥ氏に手傷を負わせるとは。
だが代償は大きかったようだ。饅頭屋の片腕がごとりと落ちる。傷口を押さえた饅頭屋が大きくよろめく。
「こ、これほどとは……。だが」
饅頭屋がニヤリと笑って配下のモグラっ鼻に目で合図した。
嬌声を放ったモグラっ鼻が【心身燃焼】の魔法で饅頭屋の傷を癒した。蘇生魔法だ。命の炎を纏った饅頭屋は効果時間が切れるまで何度でも蘇る。サトゥ氏の劣勢は明らかだ。
更に饅頭屋は麾下に命じた。
「よしッ。進めぇー! 女どもを捕らえよ!」
「待てッ!」
俺に迫るモグラっ鼻をサトゥ氏が切り捨てた。
「隙ありィ!」
揺さぶりに乗ったサトゥ氏を饅頭屋が強襲する。だがサトゥ氏は倒れなかった。饅頭屋が動揺を露わにした。
「これすら防ぐか! 素晴らしいぞっ、仮面の男! 惜しいっ、なんという男だっ! 是非とも我が配下に欲しいが……」
サトゥ氏が饅頭屋の首を刎ねた。
命の火が燃え上がる。たちまち再生した饅頭屋がサトゥ氏の剣を腹に埋めて迫る。
「捨て置くことはできぬッ! 死ねぇーい!」
饅頭屋の顎を肘でカチ上げたサトゥ氏が吠える。
「逃げろーッ! 走れぇ! 振り返るなぁ!」
サトゥ氏……!
俺はシルシルりんの手を掴んで駆け出した。
バザーが焼け落ちていく。プレイヤーとティナンの架け橋。共に生きていくと誓った夢の象徴が脆くも崩れ去っていく。
どうしてこんなことになったんだ。
俺たちは、一体どこで道を間違えてしまったんだ?
赤く染まった空の下、俺とシルシルりんの逃避行が幕を開けた。
そしてそれは、血のバレンタインのほんの序章に過ぎなかった……。
これは、とあるVRMMOの物語。
全ての元凶が他人のふりをしようとしている。
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