ヒモ、ツケ、世界は回る
1.山岳都市ニャンダム-露店バザー-怪しい倉庫
「先生……」
スマイルくんは頭痛を堪えるように溜息を吐いた。
「あなたは秩序の破壊者なのか?」
先生と一緒にスマイルくんに呼び出しを食らって質疑応答している。
ボロい机とパイプ椅子が幾つか。座っているのはスマイルくんだけで、側近のアオとミドリは何があってもすぐに動けるように突っ立っている。俺の視線に気が付いたミドリがニコッと笑って口うるさいアオにバレないよう手を小さく振ってくる。やっぱりこのゲームの女キャラは最高だぜ。俺は気分を良くした。
議題は先日のミスコンの件だろう。ウチの金髪ロリコンビが他人のエンフレを動かしたことについて。あれはエンフレの運用に関わるからな。
かと言ってお忙しい先生をこんなところに呼び出して許される訳ではないが。
見ろ。このお姿を。
先生はあひるのぬいぐるみを頭に被っていた。それだけではない。右手にはワニを模したミトンを装着しており、左腕に抱えている犬のぬいぐるみは押すとヒャンッと鳴く。
……先生はとてもお忙しい。目覚めたAI娘たちに初等教育を行っており、彼女たちのワガママを聞いてアニマル合身した上に今日はずっとこの格好で居てねとお願いされたのだとか。
恥じ入ることなど何一つないと言わんばかりに先生は堂々としている。
「ウチの子が何か?」
厳密には先生は【ふれあい牧場】のOBであり、現メンバーが何かやらかしても直接的な責任を取る立場にはないのだが、先生はそうした考え方をしない。
スマイルくんがメニューを可視化して動画を流した。音量を絞り、白亜の巨人が暴れる映像を提示する。
「私の部下は優秀でね。一部始終は拝見させて貰ったよ」
先生がスマイルくんの近くに寄って動画をじっと見つめる。
スマイルくんが動画の進捗に合わせて解説を入れていく。
「……新型のエンドフレーム。正常個体と異常個体のコラボレーション。鍵となるのは……」
そう言ってスズキを、次いでポチョを指でそっとなぞる。
「どちらも、あなたのクランメンバーだ。相違があれば言って欲しい」
先生は食い入るように動画を見ている。
「……中間種? 実に興味深い。正常個体と異常個体を隔てるものは何なのか。長らく議論されてきたことだね。中間種が見つからない以上、何かしらの明確な基準があるとされてきたが……。例えば脳波……脳組織の特定部位の発達などだ。しかし中間種が見つかったなら……全てはひっくり返ってしまう。つまり重要なのは、何故今まで見つからなかったのか。そしてガムジェムの動作不良……。ほぼ同時期に二つの出来事が起きた。これを偶然と取るか否か……」
白亜の巨人が躍動するサマを見て、自然と先生の身体に力が入る。腕の中で圧迫された犬のぬいぐるみがヒャンッと鳴いた。
スマイルくんは少し嫌そうな顔をした。
「……先生。私はαテスターの入れ知恵を疑っている。ジャムジェムとパールマグナ。あなたを信用して彼女ら二人を預けておいたが……それは失敗だったかもしれない」
「預ける? それは違う。サトウさん。彼女たちは自らが望むままに行きたいところに行ける。今はたまたま私のそばに居てくれる。それだけだよ」
「それについては私も賛成だよ。強要しても良い結果になるとは思えない。だからもっと穏便に、『説得』するべきだったかと今は思っている」
スマイルくんに動かれると面倒だ。たぶん赤カブトの良心をうまく利用して段階的に引き離される。
スマイルくんがチラッと俺を見た。
「ルリイエ。君はどう思う?」
えっ。あ、俺はそっち側なのね。てっきり事件当日に現場に居たヤツの話を聞きたいのかと思っていたが……どうやら俺はチームスマイルの四人目という扱いになるらしい。いや、あるいはスマイルくんの頭の中で今そうなったのか。なんか気持ち悪いし怖いけど、まぁ喋っていいなら喋ろう。
俺はボロい机にケツを乗せて考えを改めるよう説得を試みる。
旦那、そうは言うがよぉ。肝心なのは他に似た組み合わせで同じことができるかどうかじゃねーか? できなかったら何の意味もねーぜ。俺は実のところポチョのアビリティが関与してるんじゃねーかと疑ってる。
「机から降りなさい。はしたない娘だね、君は。……オートカウンターか。正常個体のエンフレはオート操縦。厳密には他人が操縦したのではなく、アビリティが操縦したと? しかし……私の認識では、それはアビリティの為せる域を越えているように思うが……」
るっせーな。お前は俺のカーチャンかよ。いや、だから三人なんだろ。特にステラの精細予測……実際に動かしてたのはやっぱりステラで、あの三人のアビリティがうまい具合に噛み合ったのかもしれねー。
「つまりあの三人以外でも同じことができるか試せば答えを絞れる、か」
そういうこったな。問題はやり方だ。ダメでした、やり方が違ってましたじゃ話が先に進まねえ。先生?
「うん。……ここだね。戒律が肌を流れている。これは疑似的に繭の役割を果たしたということではないか。それと、ここ。ガムジェムが作動している。宙に浮いて……無重力か? 長距離航行のモードが起動している。単なる操作ミスとも思えないな」
エンフレは星から星へと渡る時に光の速度を超える。もしくはワープしている。俺はウルトラマンみたいに変身するタイプなので体感したことはないが、操縦するタイプのエンフレだと宇宙に出るとコクピット内が無重力になるらしい。たぶんウラシマ効果とかそういったものからパイロットを保護する仕組みだ。別に機体が高速で動いてもパイロットにGが掛かるとかはないらしいからな。無重力になるのは宇宙的な技術で「結果としてそうなるだけ」と見なしたほうが自然だ。
先生はワニのミトンでスマイルくんの腕を「ぱくっ」とくわえた。言う。
「サトウさん。私が忙しい理由を知っているね? 黙っていてすまない。しかし……ポチョとスズキから話を聞き出せ……君が言いたいのはそこじゃないだろう。もっと先の話だ。迷いがあるようだね。君らしくもなく」
スマイルくんはワニの口に挟まれた腕をやんわりと振りほどいた。
「ああ、そうだ。本音を言えば迷っている。彼女たちの扱いは難しい。私はね、コタタマくん。君の考えも分からないでもないんだよ。むしろ私個人としての心情はそちら寄りだ」
お、おう。
……俺の扱いが一貫していないので戸惑う。そっちの都合で勝手に俺のセカンドキャラを引っ張り出すのはやめて欲しい。
俺は机の上でズリズリとケツを横にずらしてスマイルくんに寄った。見かねたアオくんに両脇を抱えられ、机から降ろされながら言う。
旦那ぁ。今のあんたは随分と息苦しそうに見える。そんな悩むくらいならよゥ、頭なんかやめっちまいなよ。あんたはもっと自由になるべきだ。細けぇことはいいじゃねえか。放っといてもなるようになるさ。
「魅力的な提案だが……私は一度手を付けた仕事は自分の裁量で片付けておきたい主義でね。嫌なんだ。あとになってああだこうだと言われるのは」
フフフ……! らしくなってきたじゃないか。その意気だ。じゃあ話はまとまったな。あんたは仕事を増やすべきじゃない。そうだろ、旦那。あんたはセブンに負けた。君主を譲るべきだ。システムに守られて……プライドが傷付いてる。口出しをするなと。違うかい?
「そうだな。違いない。ただ、セブンはあの性格だ……君主はそのままリチェットに渡るだろう。そこだけは気に入らないが……」
セブンは昆虫めいた忠誠心を持つ男である。お前が頭を張れと言ったところで無駄だろう。
さて、アオ。不服そうにしているが、お前はどう思うんだよ? 言ってみな。言いたいことは言うんだ。
「……隊長が決めたことなら従うさ。そういう契約だ。それに……また奪えばいい。それも楽しそうだ」
ふうん。ミドリは?
「私もそれでいいよー。やることは変わんないし」
OK。先生、そんな感じでどうでしょう?
ああでもない、こうでもないとくっちゃべってみたものの、俺とスマイルくんの信仰は決して揺るがない。最終的な決定権は先生にあった。先生が白いと言えば黒いものも白くなるのだ。それは俺たちの目が濁っていたということなのだから。
先生は……ワニのミトンで「ぱくっ」とスマイルくんの腕をくわえた。言う。
「ヤマダさんに一度相談してみようと思う」
俺とスマイルくんは恭しくこうべを垂れた。
「神の仰せのままに……」
「神ではないが……サトウさん?」
「ははははは」
スマイルくんは笑った。振り返ってアオミドリに言う。
「αテスターの件は先生に委ねる。私は甘いか?」
アオがニッと笑う。
「ゲロ甘だ。けどよ、メンドくせぇー女どもが押しかけてきてギャアギャア騒がれるよりはマシだな」
先生の腕に抱かれた犬のぬいぐるみがヒャンッと鳴いた……。
2.山岳都市ニャンダム-露店バザー
怪しい倉庫を出て、帰途に着く。お忙しい先生は俺の腕をワニのミトンで「ぱくっ」とくわえて、「じゃ」と言って去っていった。送って行きたかったのだが、ゴミが多すぎて先生と分断されてしまった。先生は押し寄せるゴミを苦とせず、スッ、スッと拳法の達人みたいに去っていく。運動は苦手なのに、凄い身のこなしだ。やっぱり格闘技をやってると違うものなのか。
ヒャンッ、ヒャンッと犬のぬいぐるみの鳴き声が遠ざかっていく。
いっそ俺もαテスターになりたい。先生とお犬様にあやされたい。諦めきれずに先生のあとを追うがゴミ多すぎィ! なんなのお前らは! なんのイベントですかァ!? ちょっと、そこのお前! 俺に説明しなさいよ!
「あん? 乱闘になるってぇ話だ。店主に突っ掛かってる団体さんが居るんだとよ。今日は暴れるぜ〜」
ゴミのような回答ありがとう。いつものことだな。
いつものことだった。
ゴミどもは血を欲している。モンスターとマトモにやり合っても勝てないから、手頃な種族人間で手を打つという思考が形成されてしまったのだ。
ホンットにコイツらはどうしようもないゴミだねぇ。で、本日の間抜けはどこに居んのよ?
どうせ例によって例のごとくクズにカスを掴まされたゴミがクソのような論理でクーリングオフを訴えているのだろう。
お、居た居た。あれだな。ゴミどもがそっちを向いてるから分かりやすい。団体様と言っていたが……一人だな。
女だ。やはりクソのような論理を展開していた。
「もう一度言います。あなたは説明義務を怠りました。ゲームだからと無法を押し付けてはいけません。でも殺しはアリなの。分かる? この理屈」
おっほー! 早くも佳境を迎えてやがる。
珍しく刀使いだ。白刃をぴたぴたと店主の首に押し当てている。
黒髪の……美人ちゃ美人だね。少しばかり盛りが足りない。リアルに居そうな線を突いた感じだ、が……。
……んん?
何か……。
……確信があった訳ではない。
しかし俺は思わず呟いていた。
す、ステイシー、か……?
俺は彼女の容貌を詳しくは知らない。ジョンから幾度となく彼女の話は聞いていたが、本人が居ないところで女の容姿がどーしたこーしたとつまらない話をすることはなかった。
しかし何か……確信めいたものがあった。
雰囲気かもしれない。しつこいくらい惚気話を聞かされて、彼女の人となりは俺の中でそれとなく輪郭を結んでいた。その像と、店主に返金を要求している女の姿がなんとなく一致した。
俺の声は喧騒に紛れる程度のものだったが、何故か彼女は俺のほうを振り向いた。不審そうに眉をひそめ、すぐに「あっ」という顔をする。刀を鞘に納め、こちらに向かって歩いてくる。
群れなすゴミどもが押し合いへし合い道を開ける。
そうさせるだけの何かが彼女にはあった。
女性にしては長身の、なんというか……清廉とした気を発しているかのようだ。
俺の前に立った女性が口を開く。
「違ったらごめんなさい。あなた……もしかしてコタタマ?」
おお! ステイシー!
なんだか俺はとても嬉しかった。バッと両腕を広げて言う。
そうとも! この出会いは運命だ!
「ワオ! コタタマ!」
ステイシーは俺の胸に飛び込んできた。俺をハグして、すぐにパッと離れて俺の肩を掴む。
「あなたのことはジョンから聞いてる! とても悪知恵が働くプレイヤーだってね。私、あなたにも説教しなくちゃダメ?」
少し行き違いがあったみたいだな。俺は清く正しく生きてるつもりだよ。ああ、その、ジョンのことは……残念だったな。
ステイシーはかぶりを振った。
「いいの。あれは私のオトコだから。責任を果たさなくちゃね」
「その必要はないよ! 帰んな!」
おおぅ。次から次へと。
ティナンの家の屋根にロリキャラが立っていた。抜き身の刀を手に持ち、こちらを見下している。銀髪褐色の……。
ジュエルキュリだ……。
AI娘たちの長姉が屋根の上から偉そうに言ってくる。
「あんた……コタタマだっけか。私の妹たちを出しな」
それはまたどういった了見で……。
「そんなの決まってるだろ。連れ帰るんだよ。私の考えは変わらない。あんたらヒューマンは弱すぎる。一緒に居てもお互い不幸になる」
……ジョンくん。君が残した盛大なツケを支払う時がやって来たようだよ。それは俺でなくてはならないのかな? どう思うんだい。ジョンくん。君の保証人になったつもりはないんだけどね……。
俺は心の中に眠る友にささやかな恨み節をぶつけた。
これは、とあるVRMMOの物語
多額の債権が動き出す……。
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