タル
1.ミスターエンフレ会場-深部
ポチョとスズキはリチェットを追っている。友達と一緒にミスコンを見学に来たのだが、会場でリチェットの姿を見掛けて追ってきたのだとか。
友達は他にも二人居たのだが、年端も行かない小さな子供も連れてきていて、子供を連れて行くのは危険と判断して、観客席で待って貰っている。潜入するなら二人のほうが動きやすいというのもあった。
やはり相当な腕前のプレイヤーであるらしい。もしくは特殊なアビリティを持っているのか。
このゲームのプレイヤーは各個人ごとに異なる固有スキルを持つ。言ってみればユニークスキルということになる。ただしプレイヤーの固有スキルはそれほど強力なものではなく、魔法職が用いる各種魔法ほどの劇的な効果は望めない。迷っている人の背をほんの少し後押ししてあげるような、ささやかなものだ。強力であることと役に立つことは別だから、結局は使い方次第ということになるが……。
ステラは計算高く、目端が利くプレイヤーだ。それは具体的に言うと、自分にとって嫌な展開を予想し、そうと知られずに情報を得る手段を取れるということだ。
「……知り合いの応援ですか? クランに所属してたりします?」
少なくともこの二人は【敗残兵】のクランマスターと親しい仲にある。リチェットを「りっちゃん」などと呼ぶプレイヤーはごく限られる。最悪、【敗残兵】のクランメンバーということもあり得た。質問を二つに分けたのは、初対面の人物からいきなり知人の名前を教えろと言っても警戒されるだけだからだ。答えやすい質問を本命に置くのは詐欺師の常套手段で、情報が氾濫するネット社会においては人間関係を円満にするコミュニケーション手段の一つでしかない。
そうした腹芸が虚しくなるほどポチョがあっさりと、そして何故か胸を張って誇らしげに答える。
「私は【ふれあい牧場】のクランマスター、ポチョです」
【ふれあい牧場】……。最悪から二番目の予想が当たったといったところか。よくあることだ。ステラはひるみそうになる自分を叱咤した。
この二人がどういった立場にある人物なのか、大まかな予想は付いた。そうと悟られずに話を進めることができるのは大きなアドバンテージだ。しかし……そうした小細工を一切合財含めて捨ててでも状況が好転しうる材料が転がっている。ステラは迷わなかった。藁にもすがりたい心境だったこともある。
「先生が居るんですか? 【ふれあい牧場】。知ってます。先生のクランですよね?」
国内サーバーを牽引する頭脳集団、着ぐるみ部隊。通称「先生」と呼ばれるプレイヤーは、そのトップと目される人物だ。先生さえ居れば、どんな絶望的な状況も覆せる。あるいは今まで自分がやって来たことが全て徒労に終わる可能性すらあった。もちろん大歓迎だ。自分はまだ何も成し遂げていない。
目を輝かせて詰め寄るステラの期待に、しかしスズキが申し訳なさそうに言う。
「先生は居ない……。今、凄く忙しくて……どうしても都合が……」
ステラはガッカリした。態度に表すのは良くないと分かっていたが、彼女とて人間だ。何から何まで計算して動くことはできない。
「そうですか……」
いずれにせよ、この二人が使えるプレイヤーであることは分かった。それなりに知られた話だ。【ふれあい牧場】のクランメンバーは先生が集めたプレイヤーで、少数精鋭ながらユニークなメンバーが揃っている。特に戦闘員に関しては人格的にも信用が置けると聞いたことがあった。
ステラは何食わぬ顔で協力を申し出た。
「リチェットですか。見掛けたら教えますよ。私はそれなりに鼻が利くので」
協力してあげる立場を強調するも、そうひと筋縄で行かないのが人間という生き物だ。ポチョの陰に隠れるスズキが不審げな目をしたのをステラは見逃さなかった。すかさず重ねて言う。
「ま、ついでですね。あんまり期待されても困ります。けど、まぁ、リチェットか……。無関係とは、ちょっと考えにくいですね……」
協力を仰ぐだけなら正直に打ち明けたほうがいい。ステラは冷静にそう思う。しかし【ふれあい牧場】……それだけが。
クラン【ふれあい牧場】のクランマスターは二回代替わりしている。ポチョは三代目マスターということになる。この場合、問題となるのは二代目マスターだった。
熟慮の末、ステラは安価版人間増幅器について伏せることにした。人には誰だって隠したいことがある。この二人の人となりは少し話して大体分かった。情に訴えればさして難しいことではない。
「……あまり具体的なことは言えませんが、というか言いたくない……。私の目的は仲間を救うことです。リチェットさんと会えば進展を望める。協力しませんか? 私のアビリティは【天体観測】。えーと、イーグルアイって知ってます? ああいう感じです。ああ、お二人のアビリティはいいですよ。言えってことじゃないです。私、結構ギリギリなんで。言うこと聞いて貰わないと困るんです」
アビリティとは固有スキルの別名である。
ユニークスキルを隠したがるプレイヤーは多い。しかしステラはあえて開陳した。そうするだけの価値はあると判断したからだった。開陳したところで対策しにくいアビリティということもある。
「私のアビリティは……」
予想外だったのは、スズキが自身のアビリティを明かしたことだった。
嬉しい誤算とも言えたが、ステラはスズキに対する警戒を強めた。隠キャの典型のようなメスガキだが、それだけではない……。自分の予想を越えてくるのは、こういうタイプだ。外見と態度、それらと内面が一致しないタイプのプレイヤー。
厄介なのは、人間とは大概そうした生き物であることだ。
ステラは自分を強く戒めた。間抜けはそういう部分を見落として足元をすくわれるんだ。自分は違う。
「私のアビリティはぁ……」
何も考えてそうなポチョが流れで自分のアビリティを明かそうとしたが、スズキが素早く制止した。
「ポチョはいいよ。一対一。おあいこでしょ。……ね? ステラさん」
面白い。
ステラはこの二人組が少し好きになった。
スズキはかなり目端が利く。その彼女がこうまでしてポチョのアビリティを隠している。つまりポチョのアビリティは、使えばそうとひと目で判別できるものではなく、かつスズキのそれよりも強力なものであるということだ。
思わぬ拾い物をした。この二人は是非とも味方に引き入れたい。
ステラはそれなりに名の知られたプレイヤーである。打算は抜きに、指揮者としての欲が出た。
「ステラでいいです。お二人とも、この件が片付いたら私の下に付きませんか? 相応の待遇は約束しますよ」
それは断られたが。残念……。ステラは心よりそう思った。二代目マスターのことさえなければ、もっと熱心にスカウトしていただろう。
しかしステラの目論見は大まかに通った。アビリティを明かしたことで、事実上の協調路線は確定した。ステラのアビリティが彼女たちの目的に合致しているというだけでなく、情報共有には既定路線を定める効果がある。こういうことができます、そうですか、じゃあサヨナラという精神構造をしている人間は数少ない。そうした人種にポチョとスズキは当て嵌まらない。
とはいえ、交わした言葉数は多くない。ステラは念押しをするように三人で協力する前提の話を推し進める。
「スズキのアビリティは分かりました。あなたの力を借りれば先に進めます。何か注意事項はありますか? 言える範囲で構いません」
何故かポチョが答えた。
「あんまり使いたがらない」
そうなのか? ステラは意外に思った。
……しかしアビリティというものは、あるいはプレイヤー本人が思うよりも内面に深く関わる。無理に聞き出すよりは、そうした前提で事を進めたほうがいいと判断した。
深くは尋ねず、「それなら……」と作戦を練る。
作戦も何もなかった。スズキのアビリティは現状の打破に適したもので、ステラが提案したのは、極力彼女のアビリティに頼らずに前進していくというものだ。そのためにはステラのアビリティを有効活用する必要があり、存在価値を示すという意味では願ったり叶ったりだったかもしれない。
なんなら、うまく噛み合いすぎているとすら思った。
ステラは懐疑心が強い。
ごく一部のプレイヤーは、まるで人の心を読むように大局を支配すると知っていた。
誘導されてる……? ちらりとそんなことを思ったものの、現実的ではないと思い直す。何もかも思い通りにできるような人間が居るなら、彼らは自らの意思で己を窮地に追い込んだことになる。いや、しかし……。
疑心暗鬼に陥るステラをスズキが制止した。
「……ダメ。あれは無理」
三人はミスコン会場の最深部に足を踏み入れていた。
参加者の控え室など、大会の運営に直接的な影響を及ぼす区画だ。
自問自答していたステラがスズキに促されて顔を上げる。うっ……と思わずうめいた。
数名のスタッフがタルを守護するように佇んでいた。
「顔を出さないで」とステラの腕を引いたスズキが続けて言う。
「……人間性の喪失がひどい。タルと人間の区別が付いてない」
スズキは端的に説明したが、内情はもっと複雑だった。
区別は付く。ただ、彼らは人を殺すことに慣れすぎて、人間の価値が閾値を下回ってしまったのだ。
とはいえ正気を失った訳ではないから、価値ある存在である筈の人間を守ろうとしてタルを守っている。タルを人間と誤認している……という訳でもなく……どうやら人間にとって「価値」という概念は自分自身では制御できないほど深く行動に影響を及ぼすものであるらしい。おそらくは教育や知識と呼ばれるもののバグだ。
その領域に到達した人間がどれほどのものであるか、ステラは知らない。が、この三人の中で最大の戦力はポチョだろう。最深部へと至る道すがら、何度かスタッフと交戦したものの、ポチョのアビリティの正体は分からなかった。ただ、恐ろしく正確に、速く動く。
彼女ならば、あるいは……。そう思って期待の視線を向けるが、ポチョはしゅんとして答えた。
「一対一なら何とか……。でも、バレずには無理……」
それはそうだ。ステラは、この凸凹コンビのことをすっかり気に入ってしまっていた。珍しく本音が口を衝いて出る。
「いえ、いいんです。私の見立てが甘かった。リチェットさんがこっちに居るとは限りませんし、他を当たりましょう」
正直、ステラはもう帰りたかった。
安価版人間増幅器と【敗残兵】の関連性についても何か確信あってのことではない。さすがに無関係ということはないだろう……その程度だ。そもそも人間増幅器からして国外の技術で、それが国内に持ち込まれたという確証はない。候補者リストにしたって、しょせんは数枚の紙切れだ。いくらでもねつ造ができるし、入手に至る長い道のりは真贋性を保障するものではない。ただ、あまりにも手が込みすぎていて、誤情報だとしたら誰がそれをやったのかという話になる。
……そうした心理を逆手に取って、ということも考えられなくはない。いささか強引で、確実性に欠ける推論だが、そういうことを「やる」プレイヤーに、ステラは何人か心当たりがある。裏を返せば、その可能性は著しく低いということだ。
ステラのように、機転が利き、客観的に見ても有能なプレイヤーは、だからしばしば見落とす。
人間という、複雑な社会を築くに至ったプレイヤーを完全にコントロールすることなど誰もできない。
この物語に主人公は居ない。居るとすれば、それは名も無きプレイヤーたちだ。
モブキャラと、そう呼ばれる彼ら。
人は神ではない。
彼女たちの預かり知らぬところでストーリーは進行し、暴走を始める。
ステラのアビリティは【天体観測】。計算高い彼女のことだ。それが全てではなかった。「嘘」が露見する危険を犯してまで、ポチョとスズキを突き飛ばしたのは何故だったのか。
前触れと呼べるものは何もなかった。
ステラが突き飛ばさなければ、二人は死んでいた。
轟音と共に天井が崩落した。
最深部を守備するスタッフらはタルを庇った。そうすることでどうにかなると思った訳ではない。ただ……彼らはどうしようもなく「人間」だった。安心させるようにタルに微笑みかけ、共に瓦礫に埋もれていく。
ポチョとスズキは「奇跡的に」無事だった。瓦礫に遮られて二人の姿は見えないものの、ステラはそれを知っていた。瓦礫越しに叫ぶ。
「行け! リチェットを!」
崩れた天井の先に、光の巨人が屹立していた。
ガムジェムと呼ばれる秘宝の力を借りることで、プレイヤーは巨大な戦士となれる。
その輪郭はあいまいで、脈打つように形が定まらない。
審査方法は決していた。
いつ「それ」が決まったか。
優勝候補の二人が脱落した瞬間かもしれないし、あるいはもっと前……最初からこうなる定めだったのかもしれない。
極限の状況化においてプレイヤーは覚醒する。特に種族人間は、その身に宿す才能すら選択の結果ではない。
エンドフレームは固有スキルの「形」と見なすこともできる。
真実の姿はどこにある? 鏡に映った姿か?……たぶんそうではない。
人が、自分自身の在り方を正確に知ることは、きっと生涯ない。
どんなに悪辣な人間で、そうと自覚していても、自分を見限ることは難しい。
信じてやりたいじゃないか。せめて自分だけは……。
救い難い悪だと決め付けるのは、いつだって自分のことをろくに知らない他人だ。
正しい人間なのだと、決め付けられるのも窮屈で……。
そうじゃないんだと、心の中で叫ぶ。
誰も分かってくれない。
それでも、人は、たった一人では生きていけない。
ガムジェムは人の感傷を考慮しない。
残酷なまでに「先」へと進んでいく。
ありとあらゆる事象は心を置き去りにして、ただ結論だけを押し付けてくる。
これまでプレイヤーに祝福を与えていたガムジェムが動作不良を引き起こした。
これは違う、と何か重大な真相に気が付いたように、祝福の鐘が鳴りやむ。
取って代わったのは、おぞましいまでの代償だ。
その瞬間、ガムジェムの「声」が消失した。
光の巨人がじわじわと黒く染まっていく。
あいまいだった輪郭が萎まり、硬く冷たい装甲を縁取った。自分と世界を隔てる「線」が暴力的な筆致で両者を引き離していく。
鋼鉄の巨人が、自分はここに居ると全身で主張するように咆哮を放った。
肉を引き裂き、血まみれの魔石が巨人の胸に表出する。
ガムジェムと同化した巨人が寒々しい呼気を吐いて、一歩踏み出す。露出した生体パーツがグロテスクに蠢く。
ゆると巨躯を揺さぶり、言った。
【ミスターエンフレは俺たちが決める】
所持するガムジェムが動作不良を引き起こしたのはステラも同じだった。
力は事象であり、人を置き去りにして進んでいく。
独りでに活発化したガムジェムの光が黒ずんでいく。
「だ、ダメ!」
ステラは「声」が消えゆくガムジェムを胸に抱えて行かないでと強く願った。
自分でも何故そうしたのか分からない。きっと能天気な二人に当てられた影響もあった。
ステラは弱い人間だ。
打算で動く自分が、ひどくみじめに思える瞬間もある。
それが重大な分岐点だったと知ることもなく。
豊満と言えなくもない双丘に埋まったガムジェムが息を吹き返したように激しい光を放った。
力を持て余したかのようにステラの意思を介さずに死出の門が咲く。
いや、それは死出の門とは似て非なるものだった。
水面に浮く蓮の葉のように広がった光の輪がステラを取り巻く。
光の花が咲く。
光り輝く花弁が散った時、そこには純白の巨人が立っていた。
黒鉄の巨人たちが、生まれながらに定められし宿敵を目にしたように後ずさる。
【白い、エンフレだと……】
ガムジェムの光で編まれた巨人とも異なる。
身体のうちにこもった熱を排出するように蒸気を噴出した白亜の巨人がぐぐッと顔を上げる。まびさしの下、鈍く輝いた双眸が紅の残光を引いた。
2.対峙
白亜の巨人は劣勢を強いられている。
出力では黒鉄の巨人を上回っているようだが、動きがぎこちなく、そもそも近接職であるようにも見えなかった。
エンドフレームの武装は画一化されたものになる。
魔法効果に補正が入る杖は何故か反映されず、無手となる。
白亜の巨人がそうだった。
武装したものに素手で立ち向かうのは無理がある。そんなことは誰でも分かることだ。
裏を返せば、この期に及んで武器を出さない白亜の巨人が魔法職であることは明白であり、迂闊に近寄れば強力な魔法の餌食となる。
その事実が危うい均衡を保っている。が、長続きはしないだろう。
魔法は強力であるがゆえに負担が大きく、連射することができない。
黒鉄の巨人は、自分たちとは異なるパーソナルカラーを持つ巨人の誕生に危機感を覚えている。この場で倒さねば滅ぼされるのは自分たちだと本能的に悟っていた。
ひどく傷付いたように言う。
【同じ、異常個体だろ……? 仲間じゃないのかよ……? なんで、そんなに違う……?】
今にも泣き出しそうな声だった。
選択肢などなかった。
彼らの認識ではそうだ。
しかし、そうでなかったとしたら。
どこかで自分たちが間違ったとしたら、その「問い」はひどく分かりにくく、問われていることすら気が付かないものだったということになる。
そうしたものを人は「理不尽」と呼ぶ。
……まただ、と思った。
自分たちは知らず知らずのうちに試されていて、無自覚に間違っていく。
そういうものだと頭では理解していたし、諦めてもいた。物分かりのいいふりをしていれば傷付かずにいられた。それは違うと叫ぶのは疲れる。
ただ、こう思う。
ゲームみたいに分かりやすい選択肢だったら、間違えずに済んだのにと。
目に見えて分かりやすい「差別」が、常日頃はいがみ合うことしかしないものたちを強固に結び付けていた。
白亜の巨人は孤立していた。
趨勢は決しつつある。
しかし黒鉄の巨人たちは持久戦による確実な勝利を選択しないだろう。
少なくない犠牲を甘んじて受け入れ、死線を踏み越えて決戦に臨む。今すぐそうなってもおかしくない。
人は無自覚に試される。
選択の時が迫る。
その時、ポチョとスズキは観客席を駆け上がっていた。
リチェットを追うよう言われたが、彼女たちにとって「今」大事なのはそうではなかった。
すり鉢状になっているコロシアムの上階へと進むごとに巨人の戦場が全容を露わにしていく。
苦戦する白亜の巨人を目にしたポチョがぽつりと呟く。
「ステラ」
一部の観客は避難を始めている。逆走する観客をひょいと飛び越えたスズキが、ポチョの言葉に目を丸くした。
「え、分かるの?」
ポチョは頷いた。
「分かる」
ポチョがそう言うならそうなんだろう……。スズキは疑わなかった。長い付き合いだ。ポチョが特別なプレイヤーであることはとうに分かっていた。
多くの時間を共有し、同じものを目にしてきた筈だった。数えきれないほどの喜びを分かち合ってきた。悲しい出来事も。
最初から仲が良かった訳ではない。いつから友達と呼べる仲になったのか。これという明確な答えはない。
どうしても納得できず、喧嘩をすることもある。何度殺し合ったか分からない。そのたびにもうおしまいだと思った。たぶん相性があんまり良くない。
けれど、ポチョは少し変な子だから、自分が付いていてあげなくちゃと、結局は許してしまう。仲直りのサインを二人で決めて。それって変じゃない?と笑った。本当に許されたのはどっちなんだろう。
友達って、凄く簡単で、とても難しい。
だから、仕方ないなぁって、いつものように言い訳をする。
本当は誰よりも速く走れるのに、誰かと手を繋いでいないと不安で仕方ない女の子に大丈夫だよと言ってあげるのは、誰にも譲りたくない自分の役割だ。
「行くんでしょ!? どうやって!?」
振り返ったポチョが「ん!」と手を差し出してくる。
スズキは迷わずに彼女の手を握った。
ポチョがスズキの手を強く引き寄せる。
スズキが力に逆らわずにジャンプしてポチョの腕に収まる。
指を広げて、手のひらを空へと突き上げる。多くのプレイヤーがそうするように、彼女は叫んだ。
「【日傘】! 友達なの! お願い!」
身近にポチョという突出した才能を持つプレイヤーが居る所為で自覚に欠けるが、スズキもまた特別なプレイヤーだ。
極めて特異なアビリティを習得している。
人避けの固有スキル。
認識操作に属するスキルであり、種族人間が扱えるものでは最上位に近い。
つまり簡単に言うと、今の彼女たちは走るタルだった。
タルならば仕方ない。
道をふさぐ知らない人たちが一斉に跳んだ。とんぼを切りながら慣性をねじって更に高く。加速したポチョが彼らの足元を駆け抜けていく。
スズキが謝罪した。
「ごめんなさい!」
彼女はめったにアビリティを使わない。
無理に進路を譲った種族人間がどうなるか。行き掛けの駄賃とばかりに最接近した人間の首を刎ねるのだ。
技量で劣るものは血しぶきを上げて絶命し、期せずして好敵手と巡り合ったものは歓喜する。
「やるようになった……!」
「ハッ……初対面だけどナ?」
無用な火種を撒き散らしながら、スズキを抱きかかえたポチョが突き進む。
スズキのアビリティは無敵ではない。タルを避けて通るものばかりではないし、無駄に勘の良いものは異常な事態を察して対抗措置をとる。
プレイヤーのアビリティは千差万別。複雑な相克関係にあり、特定のアビリティに対してカウンターとなるスキルも珍しくない。
相容れないルールが互いに縄張りを争うように激しく干渉し、【日傘】が紙片のように燃え散っていく。
人は人でしかなく、それ以上の「何か」にはなれない。
だから最後に物を言うのは日頃の行いだ。
「道を開けてあげな!」
成人男性に肩車されている女児が一喝した。
「姉御……! ですが……!」
このゲームのジャンルはMMORPG。アビリティがそうであるように、プレイヤーもまた千差万別だ。
姉御と呼ばれた女児が豪快に笑う。
「いいんだよ! 困ってるじゃないか!」
意味ありげな目線を投げて寄越す女児に、ポチョが頷く。紫電を引いて跳んだ。小柄とはいえ、人ひとりを抱えての超人的な跳躍に、女児が口笛を吹いて喝采を上げる。
観客席の最上段に着地したポチョが再度の跳躍。二度目のそれは更に速く、高い。限界などないかのようだった。
弾き飛ばされた白亜の巨人がコロシアムの外壁に衝突する。
そうなることが分かっていたかのように、ポチョが大きく息を吸って叫ぶ。
「開けて!」
白亜の巨人を駆るステラに、即応するほどの時間的な猶予はない筈だった。
なのに彼女は、まるで最初からそうなることが分かっていたようにコクピットの外壁を開放した。
当の本人は混乱の極みだ。
「バカなの!? 私、今!?」
エンドフレームの操縦法は機体によって様々で、もっとも多いのはプレイヤーの肉体そのものが変形して巨大化するタイプだ。
プレイヤーがパイロットとして搭乗するタイプの場合、女性PCは一糸まとわぬ姿となる。
女性には甚だ不評な仕様であるが、おそらくはそれが最も正しい操縦法だ。
エンドフレームは複雑に絡み合ったルールの集合体のようなもので、衣服や装飾品といったものはパイロットと機体を遠ざける異物でしかない。
地上を歩けば靴底は砂を拾うし、服にホコリが付着するのは避けられないだろう。
着の身着のまま土足でコクピットに上がり込んで言うことを聞けというほうがおかしいのだ。
コロシアムのほうからワッと歓声が上がる。
健康な男性が女性の裸体に興味を持つのは致し方のないことだ。しかし彼らの期待が果たされることはなかった。縮こまるステラに、ポチョが間髪入れずに自分の上着を頭から被せたのだ。
ステラ機のコクピットは、彼女の心の狭さを如実に反映したように最低限のスペースしかなかった。
ステラを包む半透明の繭は操縦桿の役割を持つもので、見慣れない文字列が表面を滑っていく。
興味を引かれたポチョが繭を指でつつくと、まるで生き物のように不規則にさざめく。
ステラ機にとってポチョとスズキは土足で上がり込んできた異物に他ならない。
血が滲むように、ぷつぷつと繭の表面が赤く濁っていく。
ハッとしたステラがポチョの手を掴んでスズキごと繭の中に引きずり込む。身を乗り出して繭に手のひらを押し当てた。敵機がこちらの体勢が整うのを待つ理由はない。
身を起こしたステラ機が高く跳ぶ。
「なんっ、何です!? 何だってんです!? 狭いっ……つってんですよぉー!」
ステラ機のコクピットに三人は狭すぎる。外壁を閉ざせない。無理に詰め込んだら身動きが取れなくなる。
機体を操縦するのにパイロットが手足を振り回す必要はないが、ステラはエンドフレームの操縦に長けたプレイヤーではない。敵機が後ろに回り込んできたら反射的に振り返ってしまうし、そうしないと落ち着かない。気分の問題と言えばそうだが、彼女にとっては大事なことだった。
上空に避難したステラ機を敵機が追う。
異物が混ざり込んだことで機体の反応が鈍い。今すぐに出て行けと言いたいところだが、目撃者が多すぎる。
ままならないことばかりだ。そもそも何だってこんなことになってる?
繭はどんどん濁っていくし、とにかくさっさと帰りたかった。エンフレを散らせばいいのでは?と気付いたその時、スズキが余計な口を挟んできた。この女はいつもそうだ。
「あー……。ステラ、ごめん」
スズキにはステラの気持ちがなんとなく分かった。
女性キャラクターで異常個体は珍しい。異常個体の大半は男性キャラクターだ。理由はよく分かっていないが、英雄願望や闘争本能の強さが影響しているのではないかと言われている。
そして、もちろんそれらは女性ならば皆無といったものではないため、時として女性キャラクターでありながら異常個体というプレイヤーが現れる。
孤軍奮闘を強いられたステラが助けを求めなかったのは、そうした理由からだ。
……ステラはサバサバしていて気持ちのいい女の子だが、どこか可愛らしく振る舞おうとしているふしがあった。
スズキはそういった機微に聡く、本人ですら自覚していないことに気が付くことがままある。
見透かされたステラが、羞恥心も手伝って虚勢を張る。つまるところステラというプレイヤーを成す大部分のパーソナルが「それ」だった。
「黙れ! ヤッてやりますよ!」
バンと両手を繭に当てて、金髪女とチビ女に二の句を告げさせまいと吠える。
「ギャーギャーやかましい! 騒ぐなッ! 根性ぉー!」
繭の汚染がぴたりと止まった。表面がぶるぶると震えて、ぱあっと晴れ渡っていく。
エンドフレームの動力源はプレイヤーの生命力であり、過剰な浪費は避けるように設計されているが、プレイヤーはしばしば無茶な精神論を振りかざしてくる。
無理が通れば理屈が引っ込む。
異常個体のたくましさとは、そうしたものだ。
ステラ機のドロップキックが炸裂した。
吹っ飛んだ敵機に「ザマァ!」と渾身のドヤ顔を晒す。
もうなり振り構ってられなかった。
機体性能ではこちらが上だ。
しかし勝ち目は薄いと言わざるを得なかった。
地響きを立てて降り立った白亜の巨人のコクピットでステラが悪態を吐く。
「くそっ……」
ステラ機は完全に包囲されていた。
たとえ世界最強のプレイヤーであろうと、単純な足し算と引き算には抗えない。
いや、そもそもステラの知るトップクラスのプレイヤーは、こうした状況に陥ることを避けるよう立ち回る。
ステラにそんな器用な真似はできない。
ただそれだけの話だった。
これは、とあるVRMMOの物語
水星の魔女かな?
GunS Guilds Online




