沼……!
1.クランハウス-居間
「えっと、えっと。ジャムジェムです。よろしくお願いします」
赤カブトが【ふれあい牧場】に加入した。
先生があっさりと受け入れたのは意外だったな。定期的に初心者講習会とかもやってるし、希望者を端から入れていったらキリがない。だから例外を作ることはそうそうないと踏んでいたんだが。俺の推薦があったからなのかな?
赤カブトは先生をガン見している。
「あなたが神ですか……」
「神ではないね。Goatだ。コタタマの言うことはあまり真に受けないように」
先生はそう仰るが、どう見ても神である。
ハッ。いけない。赤カブトが先生の背中のチャックに強い興味を示している。やめろっ。先生の大切な部分に触るんじゃない。無礼だぞ!
「でも、ペタさん。ペタさんは気にならないの? 絶対に誰か入ってるよ」
「何も入っていないよ」
先生が素早く回答した。さり気なく移動して壁を背にする。
「絶対に入ってますよ! ペタさん、離して!」
先生が入ってないと言ったら入ってないんだ! クランマスターの命令は絶対だぞっ。お前も【ふれあい牧場】の一員になったからには従うんだ! むしろお前は先生のチャックを守る側になったんだぞ!
「わ、分かったから離して! やっ、お腹触っちゃダメ! セクハラっ、セクハラです!」
ふん、分かればいいんだ。俺は赤カブトのお腹を解放してやった。
ポチョがはーいはーいと元気よく挙手した。
「私、ポチョ! サブマスターだよ! 何か困ったことがあったら私に言ってね!」
……うん。いや、ここは突っ込んじゃダメだ。俺は自制した。ただでさえ俺は人間関係のサブクエストを散々放置してきていて、もはやパンク寸前なのだ。今は経過を観察する時期。怪しいフラグを回収している場合ではない。
だが何か事情を知っていそうな半端ロリに視線が集中してしまうのは仕方のないことだった。元無口キャラは妙に落ち着き払った様子ではにかみ、
「私、スズキ!」
ポチョの後を追うように元気よく挨拶した。
「今は狩人だけど近々クラスチェンジできるかも! よろしくね!」
この流れ、乗るしかない。
アットムのモノアイにビコンと意志が灯った。
「MSM-04アットム、デス……。ヨロシクネ」
ここであえての人工知能か。やるな。
俺も負けてはいられない。アットムの強烈なパスを俺はあえてスルー。ピッチを切り裂くキラーパスに、当然のような顔をして同席しているアッガイ一号機は如何なる反応を示すのか?
床に体育座りしているアッガイ一号機はもきゅっと首を傾げた。
俺は堪らず吠えた。
「誰なんだよお前は!?」
俺に怒鳴られた一号機がしゅんとした。
あ、ああ悪かったな。突然大声を上げて。いや、いいんだ。お前はここに居ていいんだよ。行くな。
しょんぼりして帰ろうとする一号機を俺は引き留めた。俺の復活を祝いに来てくれたんだろ? 可愛いやつだぜ、お前は。まぁ座れよ。な?
「またコタタマがおかしな方向に行ってる……」
劣化ティナンが何か言っているが俺は無視して一号機の肩をぐっと抱き寄せた。もう離さない。
さて、と。次は俺の番か。さすがに黙ってる訳には行かねえな。
俺は【ふれあい牧場】に戻れない旨を告げた。ネフィリアが【ギルド】側についたこと。ウサ吉を人質に取られ脅されていること。不本意ながらクラン潰しに加担させられていること。
赤カブトが補足した。
「ペタさんが女子校に赴任した男性教諭みたいな感じになってるんです。私、もうどうしたらいいのか……」
その情報は必要でしたかね? いや、言っとくけど俺はマジでガキンチョに興味ないからね? 世には生徒に手を出すアホも居るみたいだけどさ、授業中に教室でぎゃあぎゃあ騒ぐガキ相手によくもまぁそんな気になれるもんだね。しかも、あいつら特にこれといった根拠もなく自分は特別な存在だと信じてるんだぜ? うまく行きっこねえじゃん。
「コタタマ。それは違うよ」
おっとロリコンのアットムくんは女子校生に関して一家言を持つようだ。
「彼女たちは間違いなく特別な存在だったんだ。ただ、それは自然と失われゆくもので……。二度と取り戻すことはできないから特別なんだと、いつしか自覚していくことになる。それが僕は悲しい」
いいや、それは違うぜ。アットムよ。結局のところ人間ってのはどこまで楽をして生きるかなんだ。人間は犬猫じゃねえ。ペットじゃねえんだ。要は役割分担さ。ガキを甘やかすのは恋愛じゃねえな。対等なスタート地点ってのが絶対に欠かせない要素なんだ。そこを後でどうにかしようとするから、そりゃあこじれる。
だがアットムは悲しげに首を振るばかりだ。
「コタタマ。君は本当の愛を知らない。世の中には一緒に居られるだけで幸せだと思えるような関係だってあるんだ。損得じゃない」
互いの性癖について妥協点を探るように討論する俺とアットムをよそに、先生はネフィリアの動きを推測している。
「運営を試したな。攻略進度を推し進めるつもりか。二つのゲームタイトル……。やはり【ギルド】は運営の、少なくともレ氏の指揮下にはない。もしくは放し飼いにしている。いや、それはないか……」
ネフィリアはティナンと敵対している【ギルド】の側についた。しかし大のティナン贔屓の【NAi】はネフィリアを積極的に排除しようとはしていない。
だから俺はてっきりョ%レ氏が【ギルド】側の味方をしていて【NAi】は手出しできないのだと安直に考えていたのだが……。先生には別の考えがあるようだ。
先生は顔を上げて俺を見た。
「コタタマ。君は思い出しているようだから言うが、私たちはレ氏に勝ったんだ。いや、引き分けと言うべきか。生き残ったのは私だけだった」
先生は情報共有を図ろうとしているようだ。ならば俺も否やはない。
俺はウチの子たちに情報を公開した。
簡単に言うと、タマを介して【NAi】にチートの種を仕込まれた俺はレ氏に目を付けられて呼び出しを食らった。場所はおそらくレ氏が出勤している会社だ。地球は青かった。
しかし【NAi】はそれを予期していたらしく、俺が強制召喚された際には行き先をチュートリアル空間に固定されるよう仕込んでいたらしい。緊急措置とか言ってたな。呑気にお茶なんぞしてやがったよ。突然のことに咽せてたけど。いい気味だ。けけけっ。
だがレ氏はそれすら読み切っていた。レ氏が強制召喚したのは俺だけじゃなかった。ここに居る【ふれあい牧場】のクランメンバー全員だ。
その上でレ氏はチュートリアル空間と社内の直結通路を設けていた。俺は迷わなかったよ。仲間が危ないと思ったからな。
レ氏は、俺がどうしてポポロンの子供を攫えると思ったのか気にしてたな。俺はゲームだからって答えたよ。子供がクローズアップされたなら誘拐イベントは確実に起きると踏んでた。そしたらあの野郎、俺のことをバカにしたような目で見やがってよぉ。
(そうか、そうした物の見方もあるのか。あまりにも低次元すぎて思いも寄らなかったよ。君は、もう、いい。喋るな)
レ氏は完全に俺らを殺る気だったよ。
【NAi】が用意したチートってのは、言ってみれば女神の加護を任意に発動できる最強の切り札だったからな。本音を言えば俺をデリートしたかったんだろうが、事を仕組んだのは【NAi】だ。なかったことにして手打ちにしようと思ったんだろう。
レ氏は強かったよ。次元が違った。
称号は英雄。職業は君主。詳細は分からねえが四つの行動制限があるようだった。マレの儀仗兵は三つだったな……。
先生が解説してくれた。
「逆臣の処刑はそのままだろうね。王は一人。おそらくはフレンドリストの強制破棄と、君主同士は並び立たないことを表している。残り二つについては判断材料が少なすぎるが……。誰も救えない。救うことができないのか、救われることがないのか、どちらとも取れる不吉な文言だ。まさしく呪いと言うに相応しい」
レ氏はクラフト技能も使いこなしている様子でしたね。玩具箱、か。バトルフィールドの生成。あれが生産職の行き着く先なんだろうな。
でも先生。俺には一点、腑に落ちないことがあるんです。
「私もだよ。レ氏は強すぎた。レベル99とは言うが、あれでは上位個体すら超えている」
……先生はョ%レ氏の秘密について、おおよその予測が付いてるようだ。ひづめの角っちょを突き合わせるのは何か言いたいことを我慢している時に見られる仕草である。ョ%レ氏の監視を警戒しているのかもしれない。
俺は見なかったことにして続けた。
アットム、ポチョ、スズキ。お前らがレ氏との戦いを忘れてるのは【戒律】を打ち込まれたからだ。こうして俺の話を聞いても【戒律】が解けないのは、やっぱり実感が伴ってないからなんだろうな。
そう、お前らはレ氏に殺されたんだ。レ氏は俺と先生を最後まで残した。多分わざとだ。
それで、もうどうしようもなくなって、俺はレ氏を挑発したんだ。レ氏がミスをする以外に勝ち目がないと思ったのさ。軽く受け流されたからダメかと思ったんだが。今になって思い返してみると……先生?
「うん。どうやら効いていたようだね。コタタマはティナンのデザインについてレ氏を問い質した。ティナンの姿形はレ氏の趣味嗜好の表れなのかとね。レ氏は明確に否定していたが、動揺はしていたのかもしれない。最後の最後に初めて付け入る隙を見せた」
そう! そこでね、俺の切り札が発動した訳よ。こう……ああ、何て言ったらいいのかなぁ。
俺は自分の武勇伝を語るのが楽しくて仕方ない。赤カブトの手を引いて立たせると、俺を剣で思い切り突き刺すよう命じた。
「いいの?」
いいよ。やっちゃって。本音を言えばもうちょっと悩んで欲しいんだけど、お前にそういうのは期待できないんだなって思いました。
さてお立ち会い。このジャムジェムさんはね、魔法使いでありながら剣を使うっていう変わり種なんだ。【敗残兵】のメンバーに手ほどきを受けていてな、意外と強いんだ。魔法も初日には使えるようになったし、
「いくよ〜」
いや待ってよ。俺の話し途中じゃん。どうしてそんな嬉しそうなの。待てって。待っ……!
剣を構えた赤カブトさんが俺の心臓目掛けて飛び込んできた。くそっ、どういうことなんだよ。本当にどういうことなんだよ。
やむを得ず俺は両腕を広げて赤カブトを受け止めた。
見さらせ、これが俺の生き様だ! 俺は【スライドリード(遅い)】を発動した。
「あっ!」
赤カブトが驚愕に目を見開く。ふふん、どうだ。身動きが取れまい。
これが、あのレ氏すら出し抜いた必殺の(俺が死ぬ)アブソリュート・ゼロだぁ〜!
突き抜ける衝撃! 疾る惨劇の血しぶき!
「URYYYYYYYYYYYYYYッ!」
俺は承太郎を怒らせたDIOみたいにバラバラになって死んだ。
「コ、コタタマー!」
2.山岳都市ニャンダム-露店バザー
一日一死みたいな風潮ホントにやめて欲しいわ。
ひとまず赤カブトさんはチームポチョに編入された。近頃はアットムの単独行動が増えてきて、瓦解の兆しが見えていたらしい。そこで新メンバーの赤カブトさんを加えることで新展開を迎えようという腹積もりだ。
一方、俺はネフィリアからせしめた変装グッズを身につけてバザーに潜入している。
簡単に言うと女装だね。チケットで整形しっ、骨格をメンズからガールズにっ、俺の面影を残しつつっ、男の娘ってやつだぁー!
なお性別は男のままである。下腹部に生えてる俺のソウル・ソサエティを捨てるなんてとんでもない。
バザーに来たのは他でもない。俺の死を悼んでいる筈の連中に抜き打ちテストを実施するためである。
元騎士キャラのポチョさんは俺に付いて来ようとしたが、元無口キャラのスズキさんに説得されて一緒に狩りに出掛けた。助かる。けど俺が使える女が好きだからっていう説得の仕方は正直どうなの? そりゃあ俺は使えないプレイヤーに用はないけどさぁ。そこに女って付けるとなんかさぁ。俺が女を弄ぶ最低なクズ男みたいな感じじゃん? 日本語って本当に難しいよね。もるるっ……。
ひとしきり嘆いた俺は心なし身軽になったボディでバザーを見て回る。
ほう、何やらお祭りをやっているようだな。いつになく活気に満ちてるぜ。ふむふむ、魔王討伐を記念しての催しなのか。なるほど。勇者マレの偉業を讃えての。なるほど、なるほど。
どうやら死にたいらしいな。どいつもこいつもニッコニコじゃねえか。
俺を女と見てか、やたらと声を掛けてくる客引きもうぜえ。皆殺しにしたくなって来るぜ。
「勇者饅頭だよー。勇者饅頭お安くしとくよー。お、そこのお姉ちゃん。勇者饅頭要らんかねー」
要らねえよ。
しかし勇者饅頭か。カイワレ大根を象ってるんだな。GMマレの象徴という訳か。味はどんなだ? 気になる。当座の生活費はスズキから貰ってるし、一つ買ってみるか。
「毎度ー!」
どれ。ほう、悪くない。生地のカリカリした食感と中の粒あんの上品な甘さがマッチしている。って完全にタイ焼きのパチモンじゃねーか!
ったくよー。俺は包み紙を店主に押し付けた。捨てとけ。
「おいおい姉ちゃん。ゴミは自分で捨ててくれよー」
うるせえな。味は悪くないが、もうちょっとオリジナリティを出す工夫をしろよ。ちっ、髪がうっとうしいぜ。ショートにすりゃ良かったか? とはいえ素顔の反対を行くのは変装の基本だからな。
俺は長い髪を掻き上げて饅頭屋に注文をつけていく。
味についてとやかく言うつもりはねえが、パッケージが無地ってのが気に入らねえんだよ。例えば肉まんとかあんまんのよー、敷紙あるだろ。あれ見るとワクワクするっていう層は一定数居ると思うんだよな。
「な、なるほど」
だろ? まぁ俺は素人だからな。コストとか色々あんだろーし、参考までにしとけよ。じゃな。俺は饅頭屋にひらひらと片手を振って見回りを再開した。
おっと、あそこに居るのは俺の可愛い暗たまじゃねーか。何してんだ? 喧嘩か? ガラの悪いのに絡まれてるようだが。
「ダメだダメだ! 崖っぷちの関係者はバザーに立ち入り禁止だ!」
オンドレぁ! 俺はアホの首を斧で落とした。ごろりと転がった死体にぺッと唾を吐きつけて腹を蹴る。アホめ。バザーは自由市場だ。
暗たまが呆然と俺を見る。
「し、師匠……?」
今の俺はスズキモデルだから背が低い。暗たまを見上げるってのは妙な気分だ。
いや、師匠じゃねえよ。人違いだ。
だがな、しょんぼりしてんじゃねーよ。お前らの師匠はキャラデリされた程度でガタつくようなやつじゃねえ。俺には分かるぜ。
師匠が居なくなってショックっつーのは分かる。ちょっとくらい落ち込んでもいいだろうさ。だが、それは今日までだ。強くなれ。ガッツ見せろ。男だろ。
俺は暗たまの背中をばんばんと叩いた。
「痛っ。いや痛くないけど乱暴! 乱暴です!」
悲鳴を上げる暗たまに俺は笑った。ピーピー泣き喚くんじゃねーよ。ほら、元気出た。その意気だ。
ふふん。やはり俺の可愛い暗たまは俺の死を悼んでいたようだな。俺、ご満悦だぜ。
よし次だ。どんどん行こう。シルシルりんはどうしてるかな? きっと俺の死を知って気落ちしているに違いない。さっそく励ましてあげねば。そしてあわよくば弱った心に付け込んで親密な間柄になりたい。
ん!? ありゃあアンパンじゃねえか。野郎、店を放っぽり出して露店で何してやがる。しかも随分と賑わってる様子だ。
匂う。匂うぜ。これはアンパンのアホが調子付いてる時に見られる現象だ。
俺は気配を殺してアンパンの背後に忍び寄る。
アンパンは接客中だ。見たところポーションの販売をしているようだ。ちっ、俺の許可なくポーションを市場に流すなとあれほど言ったのに。まぁ仕方ねえか。
「いやぁー旦那はあれで優しいところもあったんですけどねー」
ほう。殊勝な心持ちじゃねえか。
「そうなんですよ、お客さん。でも俺はね、いつか天罰が下ると思ってたのね。どんなに親しい仲でもさ、やっぱ魔族には付いてけないっすよ。そこは種族の壁っていうかね。こればっかりは仕方ないんだな」
ふぅん……。
「でねっ、これが話題のポーション! あの魔王陛下が愛用してたドリンクポーションだよ! え? 魔族の飲み物だろって? 違う違う。そうじゃないんだな! 俺はね、あの魔族に脅されてポーションの販売を禁じられてたんだよね。ヤツは俺の手腕を高く買っててさ、ポーションを独占してたって訳! 言ってみれば、あの魔族のお墨付きなんだよね。さあさあ買った買った! あの魔族も認めたアンパン印のドリンクポーション! 早いもの勝ちだよ!」
俺はアンパンの肩をぐいぃっと掴んだ。
アンパンくゥん……。
「!?」
バッと振り返ったアンパンくんが幽霊を見たような顔で俺を凝視する。
俺は歯列をギラつかせて夢を追い続ける姿を心から応援するものであることを強烈に示唆した。
「ポーション、一つ下さいなァ……」
アンパンは悲鳴を上げた。
これは、とあるVRMMOの物語。
今、再び市場に蛇が紛れ込んだ。猛毒の蛇が。人々は逃げ惑い、無残に選別されていく。噛まれるもの。立ち向かうもの。まるで、それが命の目方を量る天秤であるかのように。
GunS Guilds Online




