ラストダンジョンへ行こう!
スマイルくん一味が帰るなり先生は俺にだけこっそりとプランを明かしてくださった。
「まずは現場を見ることだ。私が一人で潜る。目ぼしい人材がいれば現場でスカウトする。コタタマはメンバーを集めてくれ。サトウさんはああ言えば探索向きのメンバーを用意してくれるだろう」
俺は少し考えてから言った。
……【敗残兵】からも引っ張りますか?
これから現場を見るということは前提条件が変わる。先生が探索に特化したチームを作ると言ったのはプレゼンのようなもので、スマイルくんに索敵に適したメンバーを出させるためだ。
ただし【敗残兵】のメンバーが邪魔になるというのは本音だろう。もっと言えば幹部クラス。独断で兵を動かせるヤツはダメだ。逆に言えば、戦闘員……戦えるコマは無駄にはならない。
「いや、バランスが崩れる。やめておこう。サトウさんはああ言っていたが、私の見立てでは【敗残兵】に勝つのは難しい。【敗残兵】にはあの六人が居るからね」
イッチたちですか。前々から思ってたんですけど、先生はイッチたちと仲がいいですよね……。
先生は俺のジェラシーに気付いていないフリをした。
「バランサーだよ。【敗残兵】を集団として見たなら、全体のバランスを取っているのはイッチたちだ。彼らを除いて考えると、【敗残兵】はひどくアンバランスで、いびつな集団になる」
そう言って先生はぴょこたんとソファから飛び降りた。おみ足が短いので、反動をつけないとソファから降りることができないのだ。そういうところもセクシーだ。
先生が去り際に俺の肩をポンと叩いて言う。
「頼りにしてるよ」
……そうやって俺をうまくコントロールするんですね。俺はそう思ったが口には出さなかった。俺は先生に支配されたかった。ただ、その思いが重すぎることも理解していた。遠ざかっていく先生のもこもこした背中を見つめることしかできなかった。
いつか……俺の気持ちに先生は応えてくれるのだろうか? いや、それは傲慢だ。俺は先生のそばに居るだけでいい。それだけで満足だ。
俺は自分の気持ちにフタをした。
行こう。そう自分に命じて重い腰を上げる。
とにかく先生に言われた通り人集めだ。先生の期待に応えねば。
1.クリスピーの洞窟-突入前
この一週間、俺は【敗残兵】の連中に悟られまいと慎重にゴミ拾いをした。
人足を確保するだけなら簡単だ。山岳都市の広場にでも行って、そこら辺のゴミにこういう計画があると話すだけでいい。先生が指揮をとると言えば全人類が集まるだろう。なんなら5chに書き込めばそれで済む。
しかしそれをやってしまっては足が付く。
今回の件で俺が注力したのは、とにかく【敗残兵】の連中を蚊帳の外に置くことだった。
正直、完全と言える策は思い浮かばなかった。人の口に戸は立てられない。スマイルくんも動くだろうから、そこに期待して、俺にできる限りのことをしようと決めた。
俺がやったのは【敗残兵】と縁が薄そうなゴミへの声掛けだ。
ガチクランの【敗残兵】は低レベル、低アクティブのプレイヤーへの興味、関心が薄い。つまり雑魚キャラだ。探索チームということなので、目端が利きそうなヤツを選んだつもりだ。舌をベロベロ出して「崖っぷち〜」とか言ってくるようなのはダメだ。そいつらは殺して埋めた。世紀末のモヒカンなど言語道断である。
とはいえチワワばかりを集めても仕方ない。頭数は多いに越したことはない。何も日本人である必要はない。むしろ外国人のほうがいいかもしれない。ただし改宗を推し進める時間の猶予はなく、そういった点を踏まえると外国人ばかりというのも不安が残る。俺自身、派手に動くとクソのような廃人にマークされるのではないかという懸念もあった。
山を越え、海を越え、方々で幸薄そうなモブキャラに声を掛ける。声を掛けすぎて、後半は風俗店のキャッチみたいになったが……。
俺なりに厳選はしたつもりだ。キチッとしたサラリーマンの集団みたいな感じになるだろうと思っていたのだが、いかんせん人は変わる。一週間の間に色々とあったのだろう。
探索決行当日。俺が厳選したメンバーの大半はゴミのようになっていた。
「崖っぷち〜。先生はまだかよ〜?」
理性を保つことに成功したクールタイプのキャラが眉をしかめて襟を正す。
「下品な……。感心しませんね」
突入メンバーはざっと500人。1000人は欲しかったが、種族人間は急に賢くなる生き物なので見極めが難しく、思ったよりも手間取ってしまった。リアルの都合もあるのでドタキャンが出るのも致し方ない。
打てる手は打ったつもりだが、この中に【敗残兵】の連中が混ざっていないことを祈るばかりだ。
俺は先生の登場をそわそわして待つ。
今こうしている間にもゴミの比率がどんどん増えていく。悪貨は良貨を駆逐するのだ。くそっ、こんなことなら最初から女キャラだけスカウトすれば良かったな。俺としてもそうしたかったのだが、女キャラは横の繋がりが強い。ドコで【目抜き梟】と繋がってるか知れたものじゃない。【目抜き梟】のアイドル気取りどもはリチェットやメガロッパと仲がいい。俺が裏でコソコソと何かやってるなんていう話は口止めしたところで無駄だろう。川を流れる水のようにサラサラと情報が漏れてとりとめがなくなる。
俺はだるまさんが転んだの要領でパッと振り向いてモブどもを視界に収めた。
くっ、またゴミが増えた……。
ついさっきまでクールタイプだったキャラが首にジャラジャラしたチェーンを巻いてガムをクチャクチャと噛んでいた。
俺の見立てが甘かったか……。もう二、三日は保つと思っていた。
ここまで来たら、もはや俺が集めたのはゴミなんだと割り切るしかない。物は考えようだ。人はゴミと化すことで戦闘力が増す傾向にある。ゴミのようなメンタルを獲得することで友情や愛情などといった下らない感情を捨て去ることができるのだ。
俺は絶えゆくクールキャラの呟きを耳にしながら正面に見える大きな洞穴に視線を固定した。
それはまるで地の裂け目のようだった。
小山ほどの巨体を持つレイド級の出入り口だからだろう。
砂漠を越えると、まばらに木々を目にするようになり、さらに進んでいくと植生がどんどん濃くなって、ついには森林となった。気候もガラッと変わり、今は肌寒いくらいだ。
……どうなってるんだ、この星は。
誰がどう見ても異常な地勢をしている。まるで森が砂漠を侵食しているかのようだ。
女神像はラスダンの入り口の手前にあった。これ見よがしに地表に、複数体。こんなことは今までのマップにはなかった。どれも地下にあった。例外は曜日ダンジョンくらいだ。あれも地表にある。
俺は、まるで作り掛けの彫刻のように無造作に地べたに転がる女神像をじっと見つめる。
……女神像の正体は、おそらくパテか何かで塗り固めたギルドの残骸だ。
なんのことはない。プレイヤーのエンフレはギルドのコピー体で、俺たちはギルドがそうするように「仲間」の近くで再構築していたのだ。
だから女神像は何をしても壊れない。それはギルドが持つ不朽・不滅の属性そのものだ。ギルドの残骸を俺たちが使えるよう何らかの処理を施したものだろう。
……ちびナイ劇場に侵入したクリスピー。
ならば女神像を作ったのは……。
そこまで考えて、俺はハッとした。俺の視界の端っこに白い何かが引っ掛かった。
先生……!
先生は直前までラスダンに潜っていたようだ。地の裂け目から這い出してきて、傍らに立つ人物の手を借りて立ち上がる。
俺たちに気が付いた先生が、ひづめを振ってこちらに歩いてくる。そのあとを付き従う秘書みたいなヤツ。ネトゲーマーの警戒心を駆り立てるピンク髪のツインテールが歩調に合わせて揺れる。
ニジゲンだった。誰よりも真っ先に俺が探索チームにスカウトして先生に付けたのだ。
そう突飛な判断ではない。ラスダンの攻略は、いかに先生の負担を減らすかに掛かっている。
ニジゲンは使える女だ。同じβ組なので先生とも旧知の仲で、おまけに腕が立つ。高い索敵能力に加え、見た目は美少女と来てる。言ってしまえば俺の完全上位互換みたいなネカマである。
クリップボードを腕に抱えたニジゲンの肩には戦車兵のクロアリがしがみ付いていた。見た目よりは軽いのだろう。ニジゲンが苦にしている様子はない。そもそもギルドは身体の造りがメチャクチャだ。たぶんこの世の法則を無視している。
先生の斜め後ろを付いて歩くニジゲンが俺にパチッとウィンクを寄越した。
色めき立ったゴミどもが喝采を上げる。
ニジゲンを従えた先生が俺たちの前に立つ。言った。
「多いよ! 軍隊か!」
俺はすかさず振り返って吠えた。
多すぎだバカ! 物事には限度ってモンがあるんだよ!
探索チームだと言ってるのに500人は多すぎる。コイツらは何をしに来たんだ? 雁首揃えてラスダンに攻め入るつもりか?
ゴミめらも黙っちゃいない。自分たちを集めたのは俺であると声高に主張する。
ほざけ。それを一体誰が証明する? 俺以外の誰が? ふん。水掛け論にしかならんな。無駄な議論だ。
俺はそう切って捨てて、先生に向き直る。
先生。今からコイツらに殺し合って貰いましょう。生き残った10名前後でチームを組む。腕が立ち、頭が回り、運を持った最強のメンバーになるでしょう。
名案だった。
しかし先生はかぶりを振り、
「いいや、これでいい。これだけの人数を一週間で集めるとは……。さすがはコタタマだ。よくやってくれた。ワクワクしてきたぞ」
多いに越したことはありませんからね。
やはり俺は間違っていなかった。
うんうんと頷いた先生がチラッとニジゲンを見る。
ニジゲンがポシェットから魔石を取り出してホワイトボードをクラフトした。……おお、何気にスゲーな。
先生がゴミどもに扇状に固まるよう命じた。最前列のゴミは座り、二列目のゴミは中腰になるといった具合に、身長差、段差もフル活用して全員の視界を確保する。
先生が言った。
「これを隊列Aと名付けよう」
500人は多すぎた。密集の度合いが半端なく、むさ苦しい上に、先生側から見たら顔面の壁という気持ち悪い光景になっている。
先生の傍らに控えるニジゲンが苦言を呈した。
「気持ち悪いなぁ。おい。俺を見ンな。お前らホモか?」
ホモではない。ホモではないが、見た目が女なら何でもいいのだ。より正確に言えば、選り好みできるような立場ではないと自覚している。
ホワイトボードの手前に立つ先生が、腕に抱えた杖の先端を地面に向ける。
「ご覧。キノコだ。みんな、今日は集まってくれてありがとう。有意義な時間にしていこう。ラスダン攻略の第一歩を、まずキノコから始めたい……」
先生の授業が始まった。
これは、とあるVRMMOの物語
初日、ラスダンに入れず。
GunS Guilds Online




