クランマスター、ポチョ
1.クランハウス-居間
ウチの丸太小屋で知らないゴミとエンフレタワーで勝負している。
エンフレタワーとは、食玩サイズのエンフレ人形を順に積み上げていく遊びである。
テーブルの上に転がっている世界のエンフレシリーズは布素材で出来ており、中に針金が通っているのでポーズを変えることができる。ゲーセンのUFOキャッチャーの景品っぽいと言えば分かりやすいだろうか。軽く、自立するようには出来ていないため、手足を曲げてぴったりとハメていかないとすぐに倒れてしまう。
必然的に気持ち悪い絡み方になるので嫌なのだが、おキリン様とおゾウ様からやっておくよう言われたので仕方ない。どういった意図があるのかは教えてくれなかった。いや、説明しようとしてくれたのだが、秘書みたいなのに時間だからと連れ戻されてしまった。
おそらくはこうだろうと推測することはできるが……ヘタの考え休むに似たり。余計なことを考えるのはよそう。勝手にこうだと決め付けて妙なことをするよりは言われたことを素直にこなしたほうがいい。
世界のエンフレシリーズはコンプリートの難易度を高めて荒稼ぎするために、箱の中に何が入っているのか分からないよう販売されている。肖像権など知ったことではないと言わんばかりに目に付いたエンフレを片っ端から作成しているようで、ドコの国の誰のエンフレなのかすら分からんモブキャラばっかりだ。
知らないゴミが慎重な手付きで知らないエンフレの手足をぐにぐにと曲げて、三段目に積んだ。……ほう。うまくハメたな。
俺は感心した。
一段目は割とガッチリ組んだが、それでも三段目、四段目辺りから厳しくなってくる。機体の突起や手から生えている武器が邪魔なのだ。わざと不安定に組んで崩させるのも手だが……ここは誘いに乗るか。
俺は割れ蓋に綴じ蓋とばかりに機体の凹凸がぴったりとハマりそうなエンフレをチョイスした。目測で腰の角度を調整し、三段目のエンフレのケツ目がけてゆっくりと近付けていく……。
ポチョがログインした。鼻歌を口ずさみながらトントンと階段を降りてくる。床に伝わった振動でエンフレタワーがバラバラと崩れた。俺の負けだ。
五度目の勝負ということもあって、勝敗に対して特に思うところはない。俺と知らないゴミは決まった手順を辿るように交互に一段目を組み直していく。
居間に降りてきたポチョが俺を見つけて嬉しそうに近寄ってくる。パッと両手を広げて、
「今日の私はいつもと違うところがあります! それはどこでしょー?」
ふむ。いつもと違うところか。
俺は席を立った。ポチョの周りをぐるぐると回りながら彼女の肢体をじろじろと眺める。
ポチョがどのような答えを欲しているかは察したものの、愛娘の成長ぶりをこの目にしっかりと焼き付けておきたい。思い出は大切にしないとな。
かつての騎士キャラも今となっては毎日私服だ。周りの歩調に合わせるように、気が付けば鎧を着なくなっていた。
ポチョは自分のファッションセンスに自信があるようで、目立つ格好をしていることが多い。今日は太もも丸出しの短パンと変な形をしたトップスにツノ付きパーカーを羽織っていた。身に付けたアクセサリーの数々は補正付きのものだろう。気に入っているようで、割とよく見掛ける。
……おっぱいか? 俺は念のためにポチョの3サイズに変化がないかチェックしていく。整形チケットを使えばバストサイズを変更することは可能だ。見る角度を変えてミリ単位で記憶と照合していくが……特に変化は見られない。
偉そうに腕組みなどしているポチョがツノ付きパーカーのフードを被る。ツノと言っても布製で、安全性を考慮してか先っちょは丸みを帯びている。羊のそれを思わせる巻き角だ。
俺は眩しげに手でひさしを作って言う。
お、オーラを感じる……。これは、神性か? ポチョさん……まさか?
「やっぱり分かる? 分かっちゃうか〜」
そんなつもりじゃなかったんだけどなーとかぶりを振ったポチョが改めて宣言した。
「そう、私が【ふれあい牧場】三代目マスターのポチョです!」
二代目マスターの俺がノリでロストしたことでサブマスターだったポチョが繰り上げ当選したのだ。
念願のクランマスターに就任したポチョがその場でパタパタと足踏みして喜ぶ。可愛い。俺もパタパタして喜ぶ。俺はキレーなチャンネーとキャッキャしたくてこのゲームをやっているので、俺がロストしたのがそんなに嬉しいのかとか空気を読めないことは口にしない。ポチョの喜びは俺の喜びだ。キャッキャと手を打ち合わせて新マスターの誕生を祝福する。
よし、こんなもんだろう。ひとしきり喜び合った俺はソファに戻ってエンフレタワーの続きを始める。
ちょこちょこと俺のあとを付いてきたポチョがモグラさんぬいぐるみをひざに抱えて俺のとなりに座った。
「コタタマ、コタタマ。私ね、ウチのメンバーで世界を狙おうと思うの」
……ん? そうか。偉いな、ポチョは。
俺はほとんど何も考えずにそう答えた。
エンフレタワーの良いところは、難しいことを考えずとも手癖で遊べることだ。崩してもガチャガチャ音が鳴らないし、多少ミスっても戦略だと言い張れる。つまりハタから見ると、ながらプレイしていてもそうそうバレない。
気もそぞろに返事をした俺に気が付く様子もなくポチョが続ける。おっぱいの前で両手をグーにして、
「まずはジャムだよね。たまに凄くイイ時があるから伸ばしてあげなくっちゃ。コタタマはどうしたらいいと思う?」
……ん? ああ、そうだな……。お前はどう思う?
俺は知らないゴミに話を振った。
知らないゴミの反応は鈍かった。エンフレタワーの二段目を組みながら心ここにあらずといった様子であいまいに答える。
「……ん? 俺? 俺は……どうかな……」
ポチョがムッとした。
「キミは誰だ」
不自然な間が空いた。ややあってから知らないゴミが答える。
「……え。今の、俺? いや、そうだな。俺か……。まぁ……いいじゃないか、俺のことは。推しとは適正な距離を保ちたいタイプなんだ」
「…………」
ポチョが俺と知らないゴミを交互に見る。
俺は食玩エンフレを吟味しているふりをしていた。
地球産ゴミのエンフレは姿かたちがまちまちだ。まるで多様性こそが優れた生物の条件なのだと言わんばかりに統一性がない。何か誇れるものが一つでもあればそうはならないだろう。
規格の統一は強い軍隊の条件だ。
少なくとも俺は特定の分野に秀でた個性豊かなメンバーを長所で短所を補えるよう考えながら指揮して戦うなんてのは嫌だね。そりゃ漫画やアニメで見てるぶんには面白いだろーけど。
俺は何ができて何ができないのか見た目だけじゃさっぱり分からん食玩エンフレを摘み上げて、ぷるぷると震える指でうまい具合にケツと腰をジョイントした。よし、ちょうどいい感じにハマったぞ。
「コタタマ?」
ポチョがひょいと俺の顔を覗き込んでくる。
え? ああ、聞いてるよ。
聞いてはいた。耳に残る残滓を追うように記憶を辿る。
ジャムの……イイ時か。事が事だけに即答はできないな。いったん預かっていいか?
チラッとイイ時って何だ?と思ったものの、ひとまずそう答えておく。
ポチョは納得してくれた。チョロい女だった。モグラさんぬいぐるみを抱えたままゆさゆさと身体を前後に揺すり、
「ジャムは誰にでも優しくするからぁ。そういうの、私たちだけでいいよね。ジャムのトクベツは私だけでいい。マグマグも。私が一番にならなくちゃ」
なるほど?
俺は知らないゴミの肩を小突いた。おい。お前の番だぞ。
「ん? ああ……」
知らないゴミの手がふらふらとテーブルの上をさまよう。その指先が非装甲型エンフレに触れた。
非装甲型エンフレはおもに女キャラが使うヤツだ。装甲を持たないが、見た目よりも頑強で出力が高い。正常個体が多いからなのか何なのか、とにかく総合力が高い。
エンフレは当たり外れが大きい。おそらく種族人間にとって強さなど大した意味を持たないのだろう。俺が女ならマッチョとイケメンのどちらかを選べと言われたらイケメンを選ぶ。普通に生きてたら腕っぷしが役立つ場面なんかほとんどないからな。どちらかと言えば実用性のある筋肉よりもデカく見える筋肉のほうが威圧感があっていいんじゃないか。
知らないゴミが指先に触れた非装甲型エンフレを手繰り寄せて手に持つ。
俺は警戒した。
非装甲型エンフレは勝負手だ。
男のエンフレがどんなひどい体勢になろうと知ったこっちゃないが、女のエンフレは同じようには扱えない。心理的に抵抗があるし、誰かに見られたらコトだ。実際に今、ポチョさんがじっと見ている。
お、おい。
俺が声を掛けると、ハッとした知らないゴミが女エンフレをテーブルの上に戻した。慌てて言い訳を口にする。
「ま、まだ早い、か。ははは……」
そ、そうだな。ははは……。
ポチョの疑惑が再燃した。
「……リアルで何かやってる?」
そう言って俺の眼前で手をふりふりする。
俺は伸びを一つして、腕まくりした。
よーし。そろそろ本腰入れますかね。
俺は食玩エンフレを指で摘んでから、知らないゴミのターンだったことを思い出した。
摘み上げたエンフレをまじまじと眺めて、「やっぱ人型が多いな……」と呟いて誤魔化す。
俺のエンフレは魔法生物タイプ。特殊型とも呼ばれるが、要するに「その他」の分類だ。重装甲型でも、軽装甲型でもなく、非装甲型でもないエンフレが特殊型にあたる。珍しいと言えば珍しいが、レイド戦ともなれば十体や二十体は目にする。
なのに、おキリン様は俺のエンフレを珍しい型だと言っていた。ひと口に特殊型と言っても色々と細かい分類があるのかもしれない。俺はその辺からきしだからな。
おっと? ポチョ子や。スズキがログインしたぞ。
スズキはイヤに上機嫌だった。子供扱いされることを何より嫌う女が、雨の中ハシャぐガキンチョのようにステップを踏んで居間に降りてくる。パッと顔を出すなり第一声、言った。
「ベルセルク読んだ?」
俺と知らないゴミの手から食玩エンフレがポロリと落ちて、ころころとテーブルの上を転がる。そして気もそぞろに組んだエンフレタワーが脆くも崩れさった。
これは、とあるVRMMOの物語
本日発売のヤングアニマル13号よりベルセルク連載再開。
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