死の宣告
1.スピンドック平原
休みを取れたらセクハラすると心に決めていた。
宣言通り目障りなクランを潰した俺は有給を取得した。
よって今から先生の元へ馳せ参じる予定だ。赤カブトを連れてスピンドック平原を歩いている。もちろん女神像から女神像に飛べば一瞬なのだが、その前にどうしても確認しておかなくてはならないことがある。
思えば赤カブトも不憫なやつだ。俺に付き合ってトップクランの闇に呑まれたりゲリライベントに巻き込まれたり悪の秘密結社に潜入したりとろくな目に遭っていない。
初々しさは無知の裏返しである。ゲームを始めて一週間近く経つというのに未だモンスターを見て瞳を輝かせるのだから哀れでならない。
「ペタさんっ、見て見て、鳥さんだよ! おっきいね! わっ、いっぱい居る」
木に止まったデカいスズメがじっと俺を見下している。ワッフルの眷属、ブーンだ。枝に止まろうとしたブーンが自重で枝をへし折り、普通に地面に着地した。鳥類特有の作り物めいた瞳で俺を見つめ、ぢょんぢょんとさえずる。
そうか。俺は死ぬのか。俺は心の整理を始めた。
プレイヤーの間でブーンは死の前兆とされる不吉な鳥だ。このゲームでは現在確認されている唯一のノンアクティブモンスターであり、自発的にプレイヤーを襲うことはない。
一説によれば、やつらは人間がゴミのような存在であり放っておけば勝手に死ぬと理解しているらしい。だから死の影を感じたプレイヤーに付き纏い、勝手に死ぬのを待っている。嫌なノンアクティブもあったもんだな……。
ぢょんぢょんぢょんぢょん
死の宣告を浴びた俺は、めげずに赤カブトに今後の予定を話した。
なあ、ジャムジェムさんよ。俺はな、先生に掛け合ってお前を【ふれあい牧場】のクランメンバーに推薦するつもりだ。
赤カブトが首を傾げた。先生って誰?とか言われたらどうしようかと思っていたのだが、ちゃんと下調べをして来たらしい。
「ペタさんと一緒のクランってことだよね?」
いいや。俺は首を横に振った。俺はクランには入れない。ネフィリアの下に付いている間は内部工作がメイン業務になるからな。クランの掛け持ちは不可という仕様だ。標的のクランに潜入するのに、いちいち脱退するのは面倒だろ。
だが、俺は魂までネフィリアに売り渡したつもりはない。いずれは俺も先生の下に戻りたいと思っている。だからお前は一足先に【ふれあい牧場】に入っておけ。いや、別にお前がよそに行きたいなら好きにしてくれて構わないんだけど。攻略組は嫌なんだろ?
「嫌っていうか、ちょっと付いていけないかなって。物理的に。私の一日は二十四時間だし、夜になったら眠りたい」
分かるよ。一日一回は眠りたいよな。
「うん。そっか。でも私、クランってよく分からないから返事は後でもいいかなぁ?」
ああ。けど先生は神だからお前の意見は割とどうでもいいんだ。先生の許可が降りるかどうかだろうな。
「ペタさんってそういうトコあるよね。本人の意思を尊重するっていう話なのに、もう自分の中で決定事項になってる……」
まぁお前にとって悪い話じゃないからな。後ろ盾を持たないプレイヤーは狩られる宿命にある。殺しても誰も文句言わねえからな。報復がないと分かれば何度でも狩られる。オンラインってのはそういうことだ。
「私の知ってるオンラインと違う……」
とはいえ、だ。とはいえ、俺にだって面子ってもんがある。ただ友達だからってお前を推薦する訳には行かねえ。つまるところ俺はお前の保証人になる訳だからな。
先生の【ふれあい牧場】はな、新規メンバーを募集してねえんだ。メンバーがちょっとアレだからな。先生は以前にこう仰った。人格が歪んでしまったら可哀想だろう、とな。
「これから私はそのアレなクランに連れて行かれるのですか」
お前は既にちょっと歪んでるから大丈夫だ。俺が懸念してるのはそこよ。【敗残兵】の影響なのかね。この殺人鬼め。
「殺人鬼じゃないもん。ペタさんが悪いんだよ」
赤カブトはむっとして言い返してから、急にもじもじし始めた。
「で、でもね。私が殺すのはペタさんだけだよ。友達だもんね。えへへ」
もはや手遅れかもしれねえな。俺はしみじみと思った。一体どこでルート選択ミスったんだろう……。タクティクスオウガに例えるなら、バルマムッサの大虐殺で馬鹿なことはよしなさいよって言ってんのにレオナールさんにズッ友宣言されたかのような致命的な齟齬を感じる。
だがまぁそれはいい。この場合、重要なのはサイコルートに進んだ赤カブトの仕上がり具合を俺が把握することと、その狂気の刃を先生に向けることはないという保証だ。【ふれあい牧場】に入るなら、バイタリティはむしろ必要だからな。
ブーンがぢょんぢょん鳴いている。
そう急かすな。分かってるさ。俺にこの手を汚せっていうんだろ? 分かってる。犠牲が必要だ。そして俺以外にこの役目は果たせない。
よし。いいだろう。俺は寂しげに微笑んだ。
赤カブトは枝毛がないかチェックしながらちらちらと俺を上目遣いに見ている。コイツは何か恥ずかしいことがあった時に毛繕いして誤魔化そうとする癖がある。
俺は言った。
これからお前をテストする。だが、その結果たとえ俺が死のうとも不合格ということにはならない。
そしてこれは俺とお前の勝負でもある。俺の目について説明をしておこう。俺は普段自分の手の内を晒すような真似はしないが、今回は特別だ。
「テスト……。何するの?」
それを言ったらテストにならない。
だが、願わくば。……死ぬなよ、ジャムジェム……。
俺はこめかみを指先で叩いた。
俺とネフィリアは目を使う。細かい説明は省くが、目を使ってモンスターの敵意を煽ることができる。単純に目がいいってのとは少し違ってな、ターゲットの個体判別なんかも並行して行う。ネフィリアは目で覚えろなんて言ってたが、俺に言わせてみればヒーラーのパーティー管理に近い。全体を個と見なして、もうちょっと押せる押せない、二秒後に範囲攻撃が来るがあいつが死んだら崩れるから他を見捨てようとかな、感覚的に処理できる。その副産物として、俺やネフィリアは目を使ってる間に見たものは決して忘れない。
まぁ細かい理屈までは知らねえが、ガキの頃に恥を搔いた記憶ってのはいつまでも忘れないよな。それと似た感じがする。
赤カブトは微笑ましそうに俺を見ている。
「え〜? お漏らししちゃったとか? ふふふ……」
ふん、俺のことはどうだっていいんだよ。
俺はぶっきらぼうに受け答えしながら、徐々に目に力を込めていく。
生きろ……。ぽつりと溢れた俺の呟きに、赤カブトが「えっ」と目を丸くする。
「ぐっ……!」
びきっと目に不吉な感触が走った。やはり大分耐久力が落ちている。
「ペタさんっ」
呻き声を上げて蹲った俺に赤カブトが小さく悲鳴を上げた。
ぼさっとしてんな。来るぞっ!
スピンの強襲。強烈な前足の一撃を、赤カブトがジャンプして躱した。
「わわっ」
【敗残兵】の戦闘スタイルは空中殺法を積極的に取り入れたものだ。【スライドリード】を最大限活用しようとしたらそうなる。殴り魔の赤カブトがそのスタイルにどう馴染んでいくかはこの先の課題になるだろう。
キャラクターの運動能力はリアルのそれとは直結しない。赤カブトがとんぼを切ってスピンに反撃した。スピンのタゲが俺から赤カブトに移る。
俺は素早く後退して様子を窺う。
スピンの二度目の突撃。赤カブトがぴょんぴょんと飛び跳ねる。
今! 俺は素早く横っ飛びし、地面をごろごろと転がる。両手を組み合わせてシャッターフレームに赤カブトを収め、間髪入れずに目に力を込めた。パンチラゲット。
ぐぅっ……! 右目が潰れた。まぶたを閉ざして姿勢を保持する。
俺の呻き声に振り返った赤カブトがハッとしてミニスカローブの裾を押さえた。
「み、見た?」
「ああ。見た」
これがラブコメの主人公なら赤くなって否定しただろうが、俺は違う。俺は逃げない。
脳内フォルダに永久保存した旨を告げると、赤カブトは真っ赤になって俺を睨み付けた。ああ、そうとも。全ては俺が仕組んだことだ。
「んあああああああっ!」
赤カブトが【全身強打】の魔法を放った。背後から襲い掛かったスピンが空中で仰け反り、どうと倒れる。俺はころころと地面を転がって事なきを得た。杖を持たない赤カブトの射程はデフォルトで固定されている。
仕損じたと察した赤カブトが剣を構えて俺に突進してくる。だが俺にはまだ左目が残っている。赤カブトの剣を目で追って屈んで避ける。しかし剣が途中でピタリと止まった。なにっ。俺は瞠目する。【スライドリード】だと……!
軌道を捻じ曲げた剣が俺の喉を裂いた。頚動脈に達する一撃。致命傷だ。なるほど。確かに初心者離れしている。俺は笑った。そうだ。それでいい。
「ぺ、ペタさん」
俺はニコリと微笑んで、赤カブトの頭を撫でてやった。仰向けに倒れて空を眺める。雲一つない快晴。死ぬにはいい日だ。
だが……。ふっ。青と白のストライプ。
俺は目をかっ開いたまま出血多量で死んだ。
「ペタさーん!」
ブーンが鳴いている。
ぢょんぢょんぢょんぢょんぢょんぢょん……
これは、とあるVRMMOの物語。
今回のあらすじ。セクハラして死んだ。
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