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ギスギスオンライン  作者: ココナッツ野山
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謎の女

 ひと口に自治厨と言っても様々だ。

 本日はその中でも過激派とされるPKKerの話……。


 PKKerとはプレイヤーキラーキラーの略。

 PKerを標的に活動するPKerだ。

 恐ろしく語呂が悪いが、何故か定着した。そうした不可思議さがネットの面白さでもある訳だが……その話はまた別にしよう。

 今回はPKKerの話。

 彼らの歴史には断絶がある。

 一度は廃れた文化なのだ。

 何故ならPKというシステム自体が縮小していったからである。

 PKerをPKするという活動をメインに据えるPKKerは、言ってしまえばPKerよりも狩り場の制限に弱かった。

 PKというシステムはプレイヤーに勝者と敗者を生む。そのストレスにネトゲーマーは耐えられなかった。MOBを狩り続けるだけではいずれ限界が来るだろうということ……それは分かっていただろう。PKがPvPというコンテンツにおいてもっとも導入が自然で、かつ高いポテンシャルを秘めていることも……きっと理解していた。

 しかしPKは廃れた。

 それはおそらく技術的な問題だった。

 格ゲーで強すぎるキャラの使用が禁じ手とされるように、プレイヤー側でPKを良質なコンテンツとして育てることは不可能ではなかった。

 ただ、その足掛かりとなるシステムが必要だったのではないか。そして、そのシステムを作り出すには時間が足りなかった。真相はそんなところだろう。

 やがてPKはユーザーの要望に応えるという形でその規模を縮小していく。

 PK禁止エリアの制定。これによりPKKerはほとんど滅びたと言っていい。PK可能エリアで待ち伏せして、殺しの現場に横槍を入れるという遊び方は現実的ではないからだ。彼らとて朝から晩までPKKをやっている訳ではない。他にやりたいこともあるだろう。まして配信者という概念がなかった頃の出来事である。ユニークなことをやって人目を引いても大した稼ぎにはならない。

 一方、オンラインゲームは時代と共にますます「健全」なものになっていく。

 PKは互いに合意の元で行われる「PvP」となり、アプリゲームの台頭による戦闘システムの簡略化が決め手となってPKという概念は過去のものとなった。つまりパーティーを編成して出撃すると即戦闘が始まるため、ほぼ自分一人で完結してしまうのである。

 だが、PKは復活した。

 VRMMOというジャンルにおいて、実のところPKは欠かすことができないシステムだったのである。

 VRMMOとは何か? VRMMOの本質とは……。

 その答えはグラフィックである。もっと言えば性欲ということになる。

 地面に寝転がって女性キャラクターの下着を見ようとするプレイヤーを排除する手段がVRMMOには絶対に必要だった。

 方法は色々あるだろう。そういうことができないようにシステムで制限しても良かったし、そもそもそちらの方向に思考が行かないよう誘導してしまう手もあった。言ってしまえば洗脳なのだが……アバターを思考操縦し、視点を共有するゲーム形態でユーザーの脳に干渉するなというのは無理がある。

 そして……このゲームを作ったのは宇宙人で、彼らに技術的な制限は無いに等しかった。

 だから彼らは必要なものと、そうでないものを区別して取捨選択することができた。

 三大欲求と言われるだけあって性欲は強烈なモチベーションたり得る。

 プレイヤーを戦いへと駆り立てるものは何であるか。

 それは愛である。

 愛をシステムで縛ればプレイヤーは弱体化する。生きる目的を見失う者も居るだろう。

 ならばセキュリティを最低限に抑えてプレイヤーの憂さ晴らしを彼ら自身に委ねてしまえばいい。方法は用意した。

 それがPKなのだ。

 邪魔な者、目障りな者は殺してしまえばいい。殺したプレイヤーからは所持品を一つ奪うことができる。全裸待機すればルートは無力化できるが、そこまでやるプレイヤーはめったに居ない。人前に出る時は服を着ていたいという、ちっぽけなプライドがそうさせるのだ。武器がなくては応戦できないというのもあるだろう。PK禁止エリアの撤廃により、無防備なプレイヤーは特に意味なく殺される。

 殺し殺され……やがて膨れ上がったPKの輪は古代に封じられし概念を呼び覚ますことになる。

 PKKerの再臨……。

 彼らは理論で武装した戦士だ。

 殺人者は殺してしまっても構わないという理屈を彼らは疑わない。

 動機は人によって様々だ。迷惑行為への嫌悪、復讐、私怨……戦う理由を欲してというケースも珍しくない。辻斬りをするほど割り切れないが、殺していい相手が居れば嬉々として戦いに赴くという輩だ。

 いわゆる自治厨と呼ばれるプレイヤーの中には、そうした輩が幾ばくか混ざる。

 今回はそんな彼らの話……。

 

 

 1.山岳都市ニャンダム-露店バザー-怪しい倉庫


 自治厨の朝は早い。

 彼らは使命感や正義感を自己の動機付けに積めるタイプの人間で、そんな彼らを客観的に評したなら「真面目」で「いい人」ということになる。

 このゲーム特性上、リアルとアバターの性格は必ずしも一致する訳ではないが、他者の干渉がなければプレイヤーの人格はキャラクターに刷り込まれていく。

 自分が正しいと思ったことを曲げない性格だ。

 そんな彼らが、このゲームで分かりやすい目的を見つけた。

 ティナンである。

 強靭な肉体と健やかな精神。美しい容姿も相まって、ティナンは自治厨が理想とする人間そのものだった。その思いは尊敬を通り越して信仰の域に達している。ティナンを守るという強い願いが彼らの殺戮を無条件に肯定してくれるものだった。

 彼らは自分たちが理性的な人間であると考えており、筋道を立てて動くことを好む。

 彼らの拠点となる倉庫は他のプレイヤーから奪い取ったもので、現在は情報共有の場として機能している。

 日によってメンバーにバラ付きはあるものの、本日集まったのは五人組の男女だった。


「聞いたか? またアットムさんが暴れたらしい」

「……彼の思想は分からなくもないが、少し過激な部分がある」

「えー? でもアットムくんってキレーな顔してるよね」

「顔は関係ないだろ」

「顔だけの話じゃないの。ね? あの人、私たちと話しててもさー、こっちに全然興味なさそうな顔してるもんね。そういうトコよ」


 通称、骨抜きのアットム。ティナン王族に仕える戦士として有名なプレイヤーだ。彼もまた分類上は自治厨の一員ということになろう。同志という考えが念頭にあるため、彼らのアットムに対する評価は好意的なものとなる。


「あれで友人関係さえマトモならなぁ」


 などといった一言が出るのも無理のないことと言えた。

 彼らはここ山岳都市の平穏を乱すものとして、とあるプレイヤーをブラックリストに載せており、たびたびこうして集まってはその人物について話し合いの場を設けるのだ。


「コタタマさんか。いい加減、何とかしなくちゃな。放っておいたら今に何をしでかすか……」


 そう言って壁に穿たれた弾痕を見る。

 壁だけではなく、床にも銃弾の痕跡があちこちにある。ギルドと呼ばれる機械兵の襲撃を受けた痕跡だった。

 倉庫を改修した屋内は壁で仕切り幾つかの部屋に分けることで民家のそれに近いものとなっている。ただし元倉庫ということもあって天井が高く、たとえ人間が張り付いていたとしても死角になって気が付きそうになかった。

 家具類は新調したばかりなのか新品同然だ。L字に置かれた三人掛けのソファと、その手前に丸テーブル。テーブルの付近には疎らに回転式の椅子が置かれており、そちらは女性メンバーのお気に入りであるようだ。


「ティナンの味方をしているようだから放置していたが……とにかく口が悪い。反面教師と言えば聞こえはいいが……」

「……プレイヤーのガラの悪さは日増しにひどくなっていくばかりだ」

「あんたらも影響受けてるけどね。肩のそれ何?」


 女子の指摘に男たちはハッとして肩パッドを押さえた。赤面すると、各々体勢を変えて女子の視線を避ける。

 いささか時代錯誤の装いではあるが、肩パッドは理に適った装備だ。ティナンは総じて背丈が低く、彼らの視界を確保するには抱きかかえるよりも肩に立たせたほうが早い。

 しかし服装とは美意識を問われるものであるから、機能的なのだと力説しても理解を得るのは難しいだろう。


「と、とにかく……」


 男たちは咳払いをして話を続けようとする。

 と、その時である。

 奥の部屋のほうから激しい物音がした。積んでいた資材が崩れたような音だ。

 何事かと席を立った男たちが不安を紛らわせるように武器の柄に手を掛ける。現代社会を生きる日本人としては民間人らしからぬ反応であったが、フリースタイルのVRMMOでは膨大なユーザーイベントが日々更新されていく。そして危機に鈍感なものから死んでいく。

 一方、女子二人は呑気なものだった。物音がしたほうをチラリと見たものの、それきり特に反応を示すことなく爪をいじるなどして優雅な午後の過ごし方を選択する。

 この辺りは男女差と言うより、イベント発生率の違いによるものだった。女性キャラクターは「正常個体」と呼ばれるカテゴリーに属するものが多い。正常個体はシステムに保護されたアバターだ。データが破損しないようセキュリティが掛かっており、良くも悪くも人間の限界を越えた力を引きずり出せないようになっている。

 しかし男性キャラクターは事情が異なる。彼らの多くは「異常個体」であり、システムによるリミッターを振り切ることができる。詳細は省くが、それはつまり彼らが定められし死の宿命から逃れ得ないことを意味していた。

 今がその時かもしれないのだ。

 男たちが顔を見合わせて頷き合う。このゲームには【全身強打】という壁越しに攻撃できる強力な魔法がある。仮に侵入者が居るとすれば捨て置くことはできない。

 慎重に隊列を組んで部屋を出て行こうとする男たちが心細そうな面持ちで女子二人を見る。不安なのだろう。この場に居る男子は三人。三人というのは戦隊として成立しなくもないという際どい線だ。

 チラチラと見てくる男たちに女子の一人が盛大に溜息を吐いて立ち上がる。


「陽動って考えはないの?」


「いや……。だとしたら分かれて動くのは危険だな、と」


「なら無視すればいいのにィ」


 歯切れの悪い男たちに女子が面倒臭そうに同行する。もう一人の女子も無言で椅子から降りて付いていく。

 男たちはもるもると嬉しげに鳴いた。

 五人で調査に赴く。先頭を行くのは女子二人だ。男たちの「危ない」「頭を出すな」といった声を無視してどんどん進んでいく。

 女子の声が響く。


「いい加減、軍隊ごっこは卒業しなよー」


 慎重なのは良いことだが、クリアリングは正しい知識と経験を要する。訓練を受けた軍隊経験者がどれほどオンラインゲームに興じているかと考えたなら、やらないよりはマシという程度だろう。何故ならこれはゲームであり、命は一つだけという大前提すら通用しない世界なのだ。そのため、この場合は男女どちらの言い分も正しく、どちらも間違っていると言えた。正解などない。どう言い繕っても結果論になるだろう。

 ただし今回はたまたま女子側が正しかった。彼女たちが先導したから調査は短時間で終わり、彼らは無駄な時間の浪費を避けることができた。

 行きの時とは対照的に軽い足取りで戻ってきた男たちがギョッとして足を止める。


「だ、誰だ!?」


 つい先ほどまで彼らが座っていたソファに小柄な人物が気怠げに腰掛けていた。

 髪は長い。細い手足。女性だ。ニヤけた口元が「お前らはこういうのが好きなんだろ?」と言わんばかりに嘲りの感情を含んでいた。

 女が小さな唇を開いて言う。


「お前らは全員ここで死ぬんだ」


 そう、俺である。




 これは、とあるVRMMOの物語

 念入りに強キャラみたいな顔して出てきた。



 GunS Guilds Online



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― 新着の感想 ―
[気になる点] 大丈夫?次回にはすでに死んでない?
[一言] 肩パッドの影響力ヤバいな。 まあ世紀末ファッションは現実だとおいそれと真似出来ないからやってみたい気持ちはわかる。
[良い点] わかる。こういうの好き
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