カエルくんの反逆
1.スピンドック平原
【敗残兵】の三人。どいつもこいつも憎たらしいほど強いが、俺が一番高く評価しているのはリチェットだ。
が、それは直接戦闘の強さを買ってのことじゃない。人望や性格、見た目の可愛さなど総合的な評価だ。俺らはリングの上で一対一の試合をしてる訳じゃないからな。腕っぷしさえ強ければそれでいいなんてのは甘い。例えば俺はサトゥ氏に平気で毒を盛れるが、リチェットに対しては他の女キャラの目が怖くて毒殺なんてできやしない。それもまた強さだ。俺のワザを封じているということなのだから。
……しかしリチェット隊長は一対一でカエルくんを退けてみせると言う。
ならば見せて貰おうか。いつも一人だけ安全なところから俺ら隊員に偉そうに指図している隊長殿の、真の実力とやらをな……。
俺はスタッフが持って来てくれた牛さんスーツを装着するや、腕組みなどして高みの見物を決め込んだ。
散々無茶振りされ、この日ついに反旗を翻したカエルくんがリチェット隊長と対峙している。
隊長殿は今まで目を掛けてやったカエルくんの反逆を嘆いた。
「基礎がなってないな。上官の命令は絶対。そんな簡単なことも忘れてしまったらしい」
反逆者には死あるのみ……。
しかし隊長殿は寛容だった。今ならまだ許してやらんこともないと言わんばかりにハンカチを地べたに放る。言った。
「落としてしまった。拾ってくれないか? お気に入りのハンカチなんだ」
カエルくんは慎重だった。リチェット隊長の動向を観察しながら地べたに落ちたハンカチを拾い上げる。
……ヘタれたか? いや、違う……!
カエルくんはハンカチをぱくっと食った。
もしゃもしゃと咀嚼してゴクリと飲み込む。
それでいい……! 俺は大きく頷いた。
リチェット隊長もまたカエルくんの負けん気を好ましく思ったようだ。ニヤッと笑って言う。
「再教育が必要なようだな」
固唾を飲んで見守るパチモンたちが悲鳴を上げた。彼らを代表してひよこさんが二人の仲を取り持とうとする。
「た、隊長! カエルくんは今まで誰よりも隊のために身体を張って……。なのに、こんな……。きっと何か事情が……!」
ひよこさんがカエルくんの助命を嘆願しながらマグロッパさんの背びれをくいくいと引っ張る。マグロッパさんは隊長殿のお気に入りだ。彼女の口からもカエルくんを庇う声が出れば隊長殿は一考の余地があると認めてくれるかもしれない。
が、マグロッパさんは動かない。不動……! ここに来ての不動キャラ獲得……!
そんなことがあるのかとギョッとしたひよこさんが思わず季節外れのセミくんを見る。
セミくんは生きていた。
お手並み拝見とばかりに屹立しているひな壇に背を預けてクールキャラみたいな感じで立っている。
「ふん……」
セミくんはつまらなそうに鼻を鳴らしたが、目元と口元は笑っている。
「リチェット、畳んじまいな。お前が俺らの頭だ。ウチで一等強ぇーのはお前だ」
世界最強のプレイヤーは誰かと問われたなら、まずジョンだろう。全盛期の白龍ならどっこいかもしれない。次点でマジュンくんとグレゴリオ。スマイルくんとロストする前のサトゥ氏だったらそこに食い込むかもしれない。俺の知る限りはそんなところだ。
しかしセブンにとってそんなことは関係ないらしい。昆虫めいた忠誠心を持つ男である。客観的に見てどうかなどまったく気にしない。
サトゥ氏が苦笑して言う。
「おいおい、セブン。俺のことは応援してくれないのか? 親友だろ?」
セブンは楽しそうだ。
「今のオメェーじゃ勝てねえよ。ボロッカスにされちまいな」
一方、カメラマンのネカマ六人衆ははらはらしている。
「ま、負けちゃったらどうするんだよ……」
「……リチェット? セブンの言ってることは気にしなくていいからね?」
「ぺ、ペタ氏? いざという時はお願いね? 頼りにしてます」
いや……。どうやら俺はまたぞろ出しゃばっちまったらしい。俺は口出ししない。オメェーらの問題だ。オメェーらが何とかしろ。
俺はここに来てようやく気付いた。
勝つにせよ負けるにせよ、リチェットにはこういう場が必要だったのだ。彼女はサトゥ氏やセブンと肩を並べたいとずっと願っていたのだから。
今、試練の時。
戦いはすでに始まっている。
カエルくんの挑発。
「隊長。あんたじゃ俺には勝てない。なんでか分かるか? 体力差だよ。練習の質、量。それらは生まれ持ったタンクの大きさに左右される。そして枯渇ギリギリまで同じパフォーマンスを保てる人間なんか居ない。同じクランの仲間だからな……。同じことをやってても、あんたと俺じゃ得られるものに絶対的な差があるのさ」
……カエルくんが人前でこうまで隊長をこき下ろすのは初めてだ。
つまりそれだけ本気ということ。
俺が思っているよりも両者の実力は拮抗しているのかもしれない。
リチェット隊長の反撃。
「私が女だからと言いたいのか? オマエたち男はいつもそうだな。さも自分たちが生物的に優れているかのように言う。同じ口で人間の素晴らしさは精神性にあると言うのにな。本当は私たちが羨ましいんだろう? 知ってるぞ。オマエたちは美少女に生まれたかったんだ」
この遣り取りに大した意味はない。自分ではどうしようもできない性別の壁を突ついて不用意な攻撃を誘っている。常日頃より互いの手札を晒し合っている二人だから、拳よりも先に言葉で殴り合い、ほんの少しでも優位に立とうとしている。
互いに一手先を読んでいる。
リチェットは傷付いたフリをすればサトゥ氏を一方的に悪者にできた。だからそうはさせじとサトゥ氏は女性全体を敵に回すような発言をした。そうすればリチェットは反論せざるを得ない。
対するリチェットは論理的な罠を仕掛けた。そんなことはないと言いたくなる論調でサトゥ氏の反論を誘った。
ネトゲーマーの大半はネカマだ。それは全部が全部、女体化願望の表れではないと反論することもできるが……形勢は苦しくなる。
それゆえにサトゥ氏は乗らない。この話題に活路はないと見て舵を切る。すらりと剣を抜き放ち、鞘を放り捨てて言った。
「俺は美少女だぜ」
奇手……!
言語の組み立てを捨てたか? 男女の違いなど心底どうでもいいのだろう。追ってリチェットも同じ領域に足を踏み入れる。
「それがオマエの弱さだ」
中身のない会話を繰り広げた二人が同時に仕掛ける。
カエルくんが跳んだ。リチェット隊長の得物はメイス。鈍器は空中殺法には向かない。斬撃による出血を見込めないからだ。
隊長が緩急を織り交ぜて一歩下がる。アオも同じことをやっていた。捻流への対策として有効な手なのかもしれない。
しかし目測を狂わせる程度ではカエルくんは止まらない。手指を用いた繊細な慣性制御。伸び切った片腕で剣を振る。
揺れ切りの解禁にゴミどもがオオッと歓声を上げた。
人ひとりを殺傷せしめんとした時、最低限これだけはという体重の乗せ方がある。が、揺れ切りにはそれがない。
奥義の解禁にゴミどもが瞠目する。ワザを盗もうとしている。理屈は分かっても再現ができないのだろう。
俺もまた瞠目する。
届くのか……! その距離で……!
サトゥ氏が大きく旋回しながら三度切り付けた。リチェットのジャストガード。この上ないというタイミングでメイスで剣を弾く。しかしサトゥ氏は止まらない。体勢を崩しながらも剣を振り抜いた。どういうバランス感覚だよ……! 何故そんなことができるのか分からない。
リチェットは裂傷を負った。トレードマークの修道服の袖口が血で染まっていく。
り、リチェット……!
俺は今すぐに駆けつけてサトゥ氏をボコしたかったが、逸る足をぐッと抑えた。
リチェットの傷は浅い。腕は動く。ギリギリのところで躱したのだ。
着地したカエルくんが極端な猫背になってハァーと熱のこもった息を吐く。剣先に付着したリチェットの血をベロリと舐め上げた。
クソのような廃人は気付きを得た。
「今、お前は俺の一部になった」
キッショ……。
「血は骨髄で作られる。お前の身体の一番奥と、俺は今繋がった。でも何故かな。嫌な気分じゃない。そうか。これが意識するという感覚なのか」
何を言ってる? 絶対に違ェーだろ……。
リチェット隊長はひるまない。
「あの丘で誓い合ったことを覚えてるか?」
……別ゲーでの話かもしれない。リチェットが続ける。
「正直……あの時の私はオマエが何を言ってるのかよく分からなかった。ただ、私は……オマエやセブンとずっと一緒に……それが嬉しくて……」
懐かしむように微笑したリチェットがキッとまなじりを決した。
「なのにオマエはキョロキョロキョロキョロとヨソ見ばかり」
リチェットの告白が止まらない。堰を切ったように吐露していく。
「なんでずっと同じじゃダメなんだ。なんで変わろうとするんだ。ずっと同じでいいじゃないか。セブンなんか昔からずっとあんな感じだぞ。試しに数えてみたら効率が悪いしか言ってない日もあったじゃないか。後半は本人もチョット無理してたけど。変わらないものはあるんだ」
サトゥ氏はかろうじてこう答えた。
「……あいつは例外だろ」
言い終わる前には仕掛けている。サトゥ氏はそういう男だ。会話パートには興味がない。地に足を付けての火を吹くような連撃。押し込まれたリチェットがのけぞると共に足を跳ね上げた。
蹴り!? リチェットは蹴りも使えるのか……! サトゥ氏は知っていたのだろう。あごを狙った一撃を回転して避ける。お返しとばかりに回し蹴りを叩き込む。リチェットが腕でいなしてメイスを叩き付ける。剣で受けたサトゥ氏が自ら後方に跳んで距離を空けた。刃こぼれした剣を見てチッと舌打ちする。
「リチェット。お前はしょせん三番手だよ。俺やセブンなら今の流れで仕留めてる。とはいえ、今の蹴りは良かった……」
そう言って口を半開きにすると斜め上を見る。リチェットは動かない。迂闊に仕掛ければ負けるからだろう。
アイドル解放戦線のリーダーいわく、サトゥ氏はゴチャゴチャした場面に恐ろしく強いらしい。適応能力が異常に高く、できる限り「試合」に近い環境で挑んだほうが勝ち目があるのだとか。
何を思ったか、サトゥ氏がカエルくんスーツのジッパーに手を掛ける。ジッパーを引き下ろし、スーツを脱ぎながらカメラマンのイッチたちに歩み寄っていく。にこやかに笑いながら言う。
「イッちゃんたちさぁ。りっちゃんのこと大切にしてンじゃん? ちょっと過保護かなーってくらい。でもさぁ、今ここで俺が食っちまっていいかな?」
範馬さんちの勇次郎みたいなことを言い始めたぞ……。
「ほんの味見くらいの感覚だったんだけどなぁ。なんか【目抜き梟】の連中とイチャイチャしてっし、そっちのほうに行くのかなって。それはそれでいいかなって思ってたよ、俺は。でも……そうなんだよな。思い出したわ。りっちゃんは頭のイイ女だ。一人で黙々とやるタイプじゃないんだよな。海外勢と遊んでるうちに英語覚えたし。味見のつもりだったんだけどなぁ。こうまで美味そうに育っちまうと……な?」
イッチたちは激しく動揺した。
超一流のプレイヤーはギアを一つ多く持っている。それは多くの場合、狂気を伴う。
答えられずにいるイッチたちに、リチェットが静かな声で言う。
「イッちゃん」
腕の出血が止まらない。大丈夫か? 話し込んでる余裕があるのか? 俺ははらはらしながら見守ることしかできない。
リチェットが続けて言う。
「サトゥとセブンは急ぎすぎるんだ。自分ができたからって他のメンバーもできると思ってる。そんなのがたまたま二人揃ったから勘違いした。でも私たちは機械じゃない。廃人だってオシャレしたいしお風呂して友達とカフェでお茶したい」
「いや、お風呂には入ろう?」
「オシャレって。でもリチェットあなた……」
何か言おうとした六人衆が口を噤んだ。
……国内サーバー最強の女キャラは誰かと言えばリチェットだろう。最強の座は決して安くない。風呂に入る手間を惜しみ、ボサボサの髪は伸びっ放しで、部屋のカーテンは一日中閉まっていて、頭から布団を被ってコントローラーをカチカチやっているような生活を送っているに違いない。
これはネトゲーだから、メイキングしたアバターとリアルの姿が一致していることはまずない。リチェットの女性としては平均的な体格や均整の取れたプロポーションは、彼女のコンプレックスの裏返しでもある。もちろん単なる好みの問題という可能性もあるが……それはそれで闇が深い。
いずれにせよ、日がなモニターと睨めっこして過ごし、慢性的に睡眠不足のリチェットは貧相な身なりをしている可能性が高い。
そのリチェットがオシャレに興味を持つようになった。自分を着飾る喜びに目覚めようとしている。
それは……廃人としては失格かもしれない。
しかし人の輪に身を置くということ……それそのものは本来であればMMORPGにおける強力な武器の一つである筈だ。
それに関してはサトゥ氏も理解しているだろう。ただしヤツはヘタクソなプレイヤーを内心見下していて、甘い顔をすればすぐに付け上がることを知っていた。
前提となる条件が違う。
リチェットは空のペットボトルと自分を結び付けることができなかったのだ。
それは彼女が女性で、リアルの自分に無頓着にはなれなかったから。
ウチの洋モノやちんちくりん一号とお喋りして得るものもあっただろう。
アイドル気取りどもと仲良くしていればリアルの話をすることもあるだろう。
そうしてリチェットはちょっとずつ……赤子のようにゆっくりと一歩ずつ成長していったのではないか。
俺にはそれができなかった。サトゥ氏を変えてやることはできなかった。俺はゴミのような人間だから。オフ会などやった日には潜り込んだ刺客に顔写真を晒され明日の朝刊に載ってしまう。俺はそういうプレイヤーだから、ネットリテラシーが甘いだの何だの言って、さも自分は正しいという態度を取ってきた。
しかし本当は違うのだ。
リアルとネットは別世界などではなく、繋がっている。
本当に勝ちたいなら、強いプレイヤーになりたいなら、リアルを利用するのが正しい。ましてリアルあってのネットなのだから。当然、比重はリアルに重きを置くべきだ。
変わるなと言った彼女自身が、自分も気づかないうちに変わりつつある。
つまるところこの瞬間、サトゥ氏とリチェットはハッキリと道を違えたのだ。
リチェットがふと手に持つメイスに視線を落とした。かすかに眉をしかめると、あるかないかの吐息を小さく漏らす。
足元から這い上がった戒律の文言がリチェットを黒く染め、換装していく。
バッと振り返ったサトゥ氏が堪らないというように笑った。
2.決戦
換装を終えたリチェットが言う。
「【Teach】。私だ」
スキルは覚醒している。
【限界突破!】
サトゥ氏が応える。
「オハヨウ【Skin-Doll】」
【限界突破!】
命は重いなどという決まりはない。人間など塵あくたと変わらない。だから人柱を立てても天変地異がやむことはない。
そうと認めてしまうのはツラいから人は正しく生きる「理由」と「意味」を作った。それが戒律。
「死」に強い価値を置くルールだ。
それらを下敷きに罰則を付与する。それがスキルの正体。
法というものは人が人を裁くから不備が生じる。
裁判官と執行者は法そのものであることが望ましい。
法に則り審判し裁きを下す。そうしたものを人は「神」と呼ぶ。
惜しげもなく手札を晒す【敗残兵】の二人にゴミどもの興奮が止まらない。
ヘタクソな指笛を吹いて喝采を上げるゴミどもの見ている前で、サトゥ氏の頭の横にツギハギだらけのブサイクな人形が出現した。
相互協力型のアビリティ……!
スキルに人格を与えるということは、つまり制御を放棄するということだ。
種族人間は弱い。弱いから底が浅く、底が浅いということは本質に辿り着きやすいということでもある。
アビリティの多くは自己強化の性質を持つ。しかし【全身強打】や【心身燃焼】が敵味方の区別をしないように、対象指定はスキルの足枷となる。
ブサイクな人形がサトゥ氏の傍らから離れ、短い腕をリチェットとサトゥ氏に向ける。人形を操るように、いびつな造りをした手を蠢かす。
リチェットとサトゥ氏。双方の顔からストンと表情が消えた。両者同時に地を蹴って前に出る。速い。無詠唱のスラリー。
サトゥ氏が新たに獲得したアビリティは、おそらくその場に居合わせたプレイヤーのアビリティを一時的にコピーするものだ。一つ一つはゴミのようなスキルでも、束ねれば強靭なバフ効果となる。
迸る稲妻が二人を繋ぐかのようだ。糸を振り切るようにリチェットが跳んだ。頭上を取る動き。鈍器は空中殺法には向かないが、できないということはない。大きくスリットの入った修道服の裾がめくり上がる。
「ちぃぃーっ!」
大きく舌打ちしたサトゥ氏がやや遅れて跳ぶ。俺も舌打ちする。邪魔だ! どけッ!
空中で交錯したリチェットとサトゥ氏が着地を待たずに再接近する。サトゥ氏の腕が変な方向に曲がっている。身体を大きく振ってへし折れた腕を盾にした。リチェットが構わずメイスを振り下ろす。サトゥ氏のカウンター。メイスと接触した剣が砕け散る。リチェットの渾身のひと振りがサトゥ氏の顔面を捉えた。リチェットの追撃。大きくのけぞったサトゥ氏が歯列から血を吹き出しながら砕けた刀身を振り下ろす。いつの間にか逆手に持ち替えている。狙いはリチェットの首だ。リチェットが空中で身体を丸め……。
リチェットのひざがサトゥ氏の顔面にめり込んだ。
今度こそ踏ん張りきれずに地べたに叩き付けられたサトゥ氏の頭を、リチェットが踏み付ける。
み、見下ろしている……!
睥睨しているッ!
い、いつものリチェットとは何かが違う……!
鬼気を発している隊長殿が、不出来な隊員の頭を靴底でぐりぐりと執拗に踏み付ける。
サトゥ氏は事切れていた。
ザッときびすを返したリチェット隊長が振り返ることなく歩き去っていく。言った。
「私が【敗残兵】のクランマスターだ」
これは、とあるVRMMOの物語
決ッッッ着ッッッ!
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