ロマンティック
1.エッダ水道-【提灯あんこう】秘密基地-居間
無論……言うまでもなく、だ。この俺が自ら望んでネフィリアのアジトに留まっているなどということはあり得ない。ウサ吉を人質に取られた俺は屈服を余儀なくされ、軟禁生活を送っていた。
ネフィリアとの交渉の結果、アジトを自由に歩き回る権利と三食昼寝付きまでは譲歩を引き出したが、その代償としてセクハラ禁止を申し渡された。いや、俺は紳士だ。言われるまでもなくセクハラなどしないが、バレなければ問題ないのかどうかは慎重に見極める必要があるだろう。その点において俺は後手に回ったと言える。くそっ、ネフィリアめ。
俺は怒りに打ち震えながら日課の経験値稼ぎに精を出す。
しかしまさかネフィリアがクソ虫どもと手を組むとはな……。俺は忸怩たる思いだ。兆候はあった、と言う他あるまい。俺はクソ虫どもが海底で何やら怪しい動きをしているのを知っていたし、アットムがエッダ水道で遭遇したクソ虫を撃破しイベントアイテムらしきパーツを手に入れたことも知っていた。???回路、だったか。リチェットはチップがどうこうと言っていたな。
そして極め付けがネフィリア率いるクラン名称だ。【提灯あんこう】。深海の生き物である。
これだけの材料が手元に揃いながら俺がネフィリアの策謀を見落としたのは何故か? はっきり言おう。興味がなかったのだ。完全に他人事だった。
これがネトゲーの恐ろしいところよ。放っておけば他の誰かが何とかするだろうという甘え。そこを突かれた。いや、ネフィリアが俺より一枚上手だった。そういうことなんだろうな。なんてやつだ。この俺を掌の上で転がすとは。つまり俺がこれまでに働いた悪事は、やはりと言うべきか、それら全てネフィリアが裏で糸を引いていたと解釈することもできる。どうやってかはまるで分からないが、そう考えれば辻褄が合うのだ。俺は先生の第一秘書として光の勢力に属するナイスガイだからな。このことは後日キッチリと報告書にまとめて提出しなくてはならないな。俺の胸に留めておくには余りにも危険すぎる情報だ。
となるとアジトに転がり込んできた俺を招き入れたのも計算の内、か。一体どこまで用意してある……。
俺がどうにかしてネフィリアを出し抜けないかと策を練っていると、【提灯あんこう】のクランメンバーがキャッキャしながら居間に雪崩れ込んできた。マゴットも一緒だ。
悪の秘密結社【提灯あんこう】の主な構成員はマゴットのリア友だ。ソファのど真ん中に居座る俺を発見した連中は、どやどやと俺の周囲に押し掛けてきた。
「おー。あんたがタマっちかー」
「ふーん。へー。はーい、はーい。一言で言うとぉ……モブいっ。ウケる。きゃはっ」
「うぇーい。タマっちうぇーい。んお? 何作ってんの?」
藁人形だよ。俺は小娘どもに身体中を小突かれながら簡潔に答えた。
別に作るものは何でもいいんだがな。人事を尽くして天命を待つって知ってるか? やるだけやったら後は運任せってことなんだが、これにはもっと深い意味があってな。やるべきこともやらんで結果が出なかったからって運が悪かったで済ませるのはおかしいだろってことだ。
だから俺は藁人形を編むのさ。日頃からキッチリと目障りなやつを呪っておけば、いざダメだった時に前向きでいられる。野郎、俺の呪いを返しやがったなってな。そりゃあつまり敵が新手の陰陽師を雇ったってことだ。しかもかなりの腕利きと見たぜ。だがな、俺のバックには銘打ての陰陽師、矢部野ピコ麻呂が付いてる。ピコ麻呂は言ってたぜ。ぷよぷよしなければ自ずと道を開けるってな。
「……?」
アホの子たちはキョトンとしている。
そういうトコなんだよな。俺は溜息を吐いた。お前らな、適当に話を合わせるすべくらいは身に付けとけよ。直結厨ってのはターゲットの年齢を知識量で量る。少し話しただけで二十年生きてるか十五年生きてるかってのは分かるんだよ。頭の良し悪しは関係ねえ。探らせるな。予防線を引け。こいつは警戒してるなってやつにわざわざ的を絞るほど連中は馬鹿じゃねえよ。お前ら、犯罪に巻き込まれるなよ? おっかねえなぁ……。ネフィリアはお前らに一体何を教えてるんだ? あいつのガードは半端なく硬えぞ。可愛げのねえ話し方してるのもその一環だ。このゲームは表情に感情を出せるが、チャットだけだった頃は敵意を乗せるくらいじゃねえと警戒心が伝わらなかったからな。
俺が藁人形を編みながらくどくどと説教してやると、アホの子たちは俺の話を理解しているのか理解していないのかぱちぱちと疎らに拍手をした。
「スゲー喋るね、この人」
「マジ詐欺師じゃん。壺とか売ってそう」
「自由作文とかやらせたらチョー便利そう」
自由作文だ? あんなの体験談を交えて脱線して最後に戻っときゃいいんだよ。一時間で終わるわ。
おい、俺が詐欺師だって言ったの誰だ。今の口ぶり、情報源があるな。聞いたことあるぞ。マゴット。お前か。ちょっと来い。何隠れてんだ。
俺がマゴットに出頭を命じると、アホの子たちが俄かに活気付いた。
「マゴットだって!」
「呼んでるよ、マゴっち!」
「マゴっちのカレシってホントっすか!?」
あーん? 不穏な情報に俺が顔を上げると、押し出されたマゴットが両手をバタつかせて喚き声を上げた。
「ちがっ、それは違くて! 誤解って言うかぁー! や、誤解っつーのもアレなんだけど!」
ちっ、そういうことかよ。まぁ俺もかつてはポチョに粉を掛けて惨殺された身だ。よく分かるぜ。俺も不本意ながら名が売れちまったからな。売り言葉に買い言葉で大言壮語を吐いたんだろう。
仕方ねえなぁ。俺も鬼じゃねえ。良からぬ噂を立てられたからって零式牙突を叩き込んだりはしねえよ。もう少し具体的に言うと、その後に粘着されて100%戸愚呂弟にブン殴られた幽助みたいになったからな。勝てねえ……!って感じだよ。だが俺はポチョとは違う。危機感が足りる足りないの話にはしないでおいてやるのさ。
俺は大言壮語を吐いたアホをフォローしてやった。
ああ、それな。カノジョってーのとはちょっと違うんだが、将来有望そうだから予約って感じかな。ガッコ卒業したあと気が変わってなかったら改めてって話なんだわ。
「なななっ……! や、やっぱりロリコンなんだ! ロリコンなんだー!」
ざけんなテメー!
言うに事欠いてロリコンだと!?
俺の完璧なフォローを何と心得やがるっ。完っっっ璧だったろうがよ! これが少女漫画ならテメー完璧すぎて話が回らねーってんで新キャラ投入でテコ入れ図るレベルだぞ! 何ならそのまま連載終わって次回作にご期待くださいって煽り入っても違和感ねえだろがーっ!
俺の善意を踏みにじったアホを怒鳴りつけていると、いつの間にかログインしていた赤カブトが俺の隣にちょこんと座った。
「おはよ。ペタさん、朝ごはんもう食べた?」
寝起きで頭がゆるくなっているらしく、無意味にはにかんだ森のくまさんにアホの子たちが過敏な反応を示した。
「二股じゃん!」
二股じゃねーよ! 一股ですらねーよ!
俺は吠えた。
よしんば二股だったとしても何か問題でもございましたかぁー!? お前らに言わせてみればさぁ! 伝説の樹の下で告白されてもさぁ! それは彼女が出来たってことにゃならねえんだろ! ゲームで結婚とかキモいとか意味分かんないとかお前らは常日頃から言ってた訳じゃん! それをさぁ! VRだからっていきなり恋愛に結び付けるのはおかしくない!? おかしいだろ! 筋を通せよぉ!
俺は居間の中央まで歩いて行くと両脚を交差してくるりとターンして荒ぶる鷹のように両腕を広げて強く主張した。
「俺ぁゲームがしてぇんだよぉー!」
2.朝食後
朝っぱらから俺を筆頭にぎゃんぎゃん吠えていたらネフィリアたんに叱られた。
そりゃ叱られるわ。俺、既に軽く喉が枯れてるからね。
アホの子たちを居間から追い出したネフィリアは、ソファに仰け反り返ってやさぐれる俺に無情の宣告を告げた。
「働け」
ちょっと待ってくださいよ!
うぐっ、喉が……。
あ、あのな。ネフィリアさんよ。言いたいことは分かるんだが、もうちょっと言葉を選んでくれ。脱ニートみたいなニュアンスを込めるのはやめなさい。
ネフィリアはふいっと顔を逸らした。かつて俺にモーションを盗まれたことで無理やり作り上げた仕草矯正用のアクティブ癖である。そこまでモーション盗まれるの嫌かね? 精々その日の気分とか何考えてるのか大体分かるくらいじゃん。ダメか。ダメだな。俺だったら耐えられないわ。
アクティブ癖で心を閉ざしたネフィリアが脚を組んで得意げに鼻を鳴らした。
「ふふん。悪くない気分だ。お前は私の命令には逆らえない。そうだな?」
まぁね。
「ふふふ。モンスターに情を移すとはな。まったく愚かな弟子を持つと師は苦労する」
ご面倒をお掛けしますね。
「ふっ。いい。気にするな。私は寛大だ。一度は見限ったお前を快く受け入れよう」
あざーす。
じゃ、さっそくなんだけどさ。お前の新弟子な、方向性を変えろ。あいつらは俺と同じようには育たない。根本的な考え方が違う。そしてお前に憧れてるみたいだから自覚がない。あいつらにとって、このゲームは教室の延長だ。友達と仲良く遊ぶのが本当の目的なんだろう。その意識が抜けないから味方が邪魔になるMPKと噛み合ってない。
「いいや、そんなことはない。少し物覚えが悪いだけだ」
分かった。次の段階へ進もう。俺は言っても無駄だと諦めた。
で、俺に何をやらせるつもりだ?
「……もう少し食い下がってもいいんじゃないか? お前にとっては妹弟子に当たるんだぞ。心配じゃないのか?」
心配だよ。はい、心配した。次ね。で?
ネフィリアは首を傾げた。
「どうしてこの非情さがあいつらには備わらないのだろうか。……コタタマ。お前、実は最初から猫を被ってたとかじゃ」
そんな訳ないじゃん。俺は食い気味に言った。もしもそうだったらお前に人を見る目がなかったってことだぞ。それはないってお前いつも言ってたじゃん。
「そうだな。特に人材育成には自信がある。誰あろうお前を鍛えたのはこの私なのだからな」
そうですね。俺は深々と頷いた。
ネフィリアは夢を語り出した。
「だが、そんな私も一つだけ失敗したと思っていることがある。お前のセクハラ癖だ。だが弟子が女ならばその問題は解決できる」
浅っ。浅いなぁ〜。俺は内心で呆れた。昔からそうだった。ネフィリアって頭良いバカなんだよな。おっといけない。悪の華たるネフィリアたんをヨイショしなくては。
「ふん、どうだかな。俺を超えるだと? 今の俺はお前にだって負けてるとは思わないがね」
「弟子が師を超えることはない。永遠にな」
気分良くさせたところで話を本題に戻すとしよう。
「そいつを証明する機会をくれるんだろ?」
「ふっ、察しのいいことだ」
ネフィリアを接待するのは疲れる。さっさと終わらせたい。
俺の内なる願いに応えるかのようにネフィリアはぐっと身を乗り出した。おっぱい。いや、ダメだ。セクハラしないって約束したんだ。俺、がんばる。
ネフィリアはテーブルの上に整形用のチケットを二枚置いた。
「三日やる。とあるクランを潰せ」
胸の谷間が何だって? 俺は反射的にセクハラしそうになったが、ぐっと堪えた。
ギリッと奥歯を噛みしめる俺に、赤カブトが俺の胸の内を代弁してくれるのかと思いきやそんなことはまったくなくて真面目な話をし始めた。
「卑怯者っ……! ペタさんはそんなこと……!」
いや、赤カブト。やるよ。ウサ吉を守るためだ。
「ペタさんっ、でも!」
無理でもやるんだ。俺はウサ吉のためとあらばこの手を汚すことも厭わない。その覚悟でネフィリアに降ったんだ。
俺は席を立った。
ジャムジェム、着いてくるな。お前には見られたくない。
3.翌日
一日で潰れたわ。
無事に帰還し居間で寛ぐ俺に、通り掛かったネフィリアがびくっとした。
「何をしている。猶予は残り二日だぞ」
いや、もう潰してきた。つーか潰れた。
やっぱアレだね。ゲーマーの質って落ちてるのかもな。環境の違い、慢心。無条件に他人を信用するってどういうことなんだろうな。理解し難いわ。
おう、ネフィリア。お前にも予定はあるんだろ? 三つくらいまとめて潰してくるから俺に休みをくれよ。俺の死を悼んでいる筈の連中に抜き打ちテストを実施したい。
労働者の責務として有給申請する俺を、ネフィリア社長はじっと見つめて、
「お前……Goatの下で何を学んできた? てっきり甘くなったと思っていたんだが」
いや、それはおかしいでしょ。俺に命令してるのはお前じゃん。俺は悪くないよ。俺はウサ吉を人質に取られて仕方なく。脅されてだよ? お前に手を貸してる訳よ。むしろ逆じゃね? ウサ吉への愛が俺を強くしてるんじゃないか。これ甘さだよね? ああ、俺も丸くなったもんだな。
おう。あくしろよ。チケット寄越せ。タイムアタックに挑戦して来るわ。どいつもこいつも腑抜けた面しやがってよぉ。そんなに俺が消えたのが嬉しいのかよ。気に入らねえ。地獄を見せてやる。
ネフィリアっ、チケットを寄越せ! 脅されたんじゃ仕方ねえよなぁ! ウサ吉のためだからさぁ! 月に代わっておしおきしてやんよぉー!
4.ポポロンの森-人間の里
轟々と燃え盛るアホどものクランハウスを俺は崖の上から見下ろす。最高の気分だぜ。
「くくくっ、ふはははははははははは!」
同士討ちした挙句にクランハウスに火を放ったアホどもが、哄笑を上げる俺を発見して今更になって事の真相に気が付いたようだ。
「て、テメェの仕業か!? なんでっ、こんな……」
なんで? なんでって言ったのか?
ハッ……呆れたぜ。
ストレスフリーのソシャゲーなんぞやってる内に腑抜けたんじゃねえか? 食うか食われるか。それがオンゲーのたった一つの真実だぜ。
俺はアホにも分かりやすく教えてやった。
お前らのクランは居心地が良かったよ。そりゃあそうだ。どいつもこいつもいい子ちゃんぶりやがってよ。だが、それだけだったな。
浅え浅え。表面上どんなに取り繕ったってよ、人間なんざ一皮剥けば一緒じゃねえか。
例えばお前だ。クランマスターの、名前は忘れたが。お前は部屋に一人で居る時によ、ちょっとでも人格が変わらねえのか? そんなことねえよな? 何か一つでも気に入られねえことがあれば罵るだろうよ。くそがってな。それがお前の本質だろうがよ。なのにお前は人前じゃ借りてきた猫みてえに大人しいんだな。
そうじゃねえだろ!
もっと見せろよ! お前を俺に! 全身でぶつかって来いよ!
俺は見せる! 俺はぶつけたぜ!
だからお前は負けたんだよ! 俺の100%にお前の30%が勝てる訳ねえだろうが!
俺は処置なしとばかりに首を振った。
まったくよぉ。何がギスギスオンラインだよ。お前らはまったく本気を出しちゃいねえ。そりゃギスるわ。揃いも揃って手を抜いてんだからな。そりゃムカつくわ。もっとやれるって分かってるんだからな。
なあ、知ってるか? 国内サーバーはヌルいんだとよ。俺らは舐められてるんだよ。舐められたらどうする? ガツンとブン殴るんだよ。舐めんじゃねえってな。そうだろ?
そんなことすら分かってねえから浅えってゆーんだよぉー!
「ペタタマくん。楽しそうですね」
いえ、そのようなことは。
俺は借りてきた猫のように大人しくなって、背後から現れた赤カブトさんに誤解であることを告げた。
楽しそうに見えましたか?
「ええ。とても」
困りましたね。気の所為ではないでしょうか……。
俺は10%くらいに自分を抑えてすっとぼけた。
赤カブトさんが片手に剣をぶら下げたままゆっくりと近寄って来る。
俺は動揺して問い掛けた。
「お、俺を殺すのか?」
赤カブトさんは淡々と答えた。
「そうですね。悪いことをしましたから」
俺は両手を突き出して身の潔白を訴えた。
「ち、違う。脅されたんだよ。お前だって知ってるだろ? ウサ吉を人質に取られてるんだ。逆らえねえんだよ」
「とても熱心にお仕事に取り組んでいたようですが」
「いやっ。そうじゃねえんだ。作戦……そう、作戦なんだよ。ネフィリアの油断を誘うためにだな。と、友達じゃないか。だろ?」
「もちろんです。ペタタマくん」
へへっ。だったら話は早えや。仲直りの握手だ。な?
へこへこと頭を下げながら差し出した俺の手を、赤カブトさんがぎゅっと握った。
よっしゃ。これで手打ちだな。まぁ俺もちょっと調子に乗りすぎたな。今後は心を入れ替えて……赤カブトさん?
「私の、大切なお友達」
赤カブトさんが俺を投げ飛ばした。トップクラン直伝のゲーマーサンボだ。
「えっ」
キョトンとする俺に、赤カブトさんが剣先を突き付けた。
赤カブトさんは興奮していた。潤んだ目。紅潮した頬を吊り上がった唇が押し上げていく。
「ひっ、やぁああああああああ!」
光の輪が放たれた。
「ベっ……ベジー……!」
俺は全身が粉々になって死んだ。
これは、とあるVRMMOの物語。
汚い花火ですね。
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