リュウリュウの戦い
1.クランハウス-居間
「まず……ポチョさんだな。ポチョさんはかなり強ぇ。メガロッパとサシでヤって勝ったってぇ噂だ。攻略組でも上位の腕前だろう」
ふむふむ……。
朝起きたらウチの丸太小屋で経験値稼ぎしてた知らないゴミにウチの子たちの戦力評価を聞いている。
以前にアイドル気取りどもと殺し合いをさせてどの程度のモンか見極めようとしたのだが、結局勝敗だけでは大したことは分からなかったのだ。そもそも【目抜き梟】のメンバーは魔法職が多すぎる。魔法職は乱戦に弱く、近接職の強みを活かしたポチョさんが皆殺しにしてしまった。
俺はメモ帳に「メガロッパ≦ポチョ」というふうに書き記していく。
俺があんまりにも簡素にまとめるものだから、隣で見ていて不安になったらしく、知らないゴミが付け加えて言う。
「個人戦の話だぞ。俺はメガロッパの真価は集団戦にあると思ってる。ありゃあ相当キレる」
知ってるよ。俺がメモ書きするのは視覚化して記憶に落とし込むためだ。頭で考えたことなんかすぐに忘れるからな。
「だったらいいんだが……。次はスズキさんか。あの子は、なんていうか、AIMが凄ぇ。当て勘が尋常じゃない。前衛ナシでどこまでやれるのか未知数な部分はあるが……たまに野良パに混ざってるのを見掛ける。自分に何が足りないのか分かってるんだろう。とはいえログイン時間の兼ね合いもあって攻略組には一歩及ばねえ感じかな。撃ち合いなら相当なモンだろう」
撃ち合いってのは? サバゲーみたいな感じか?
「そうだな。決まったエリア内で遮蔽物アリの潜伏アリ。実戦に近い形式でも同職が相手なら射程で有利を取れる筈だ。逆に、他職混合のチーム戦だと崩れるかもな。狙撃ってのは集中力が要る。セブンとはタイプが違う感じだ。てかセブンと比べるのはヒデェ話なんだが、弓職はどうしてもな……。あんなの他に居ねえし」
セブンは例外、と。あのセミくん、とりあえず出しとけば笑い取れるキャラみてーだよな。
「いくら廃人だからってそうはならんだろって感じだよな。で、最後はジャムちゃんか。ジャムちゃんは珍しいタイプの魔法使いだな。まず殴り魔自体が珍しい。結局その手の偏ったビルドはゲームバランスに依存するからな。三人パーティーだと重宝されるが、四人パだと器用貧乏になりがちだ。その点、ジャムちゃんは何故か前衛寄りの魔法職で……評価が難しい。アジテーターになれば一気に化けそうな気配はあるが……いや、そうでなくとも……なんて言ったらいいか、ゴールへの嗅覚が鋭いフォワードみたいな感じだ。ここぞという場面で何故かイイ場所に居る」
うーん……? そういう不安定な能力を排除するとどんな感じなんだよ? 攻略組にも魔法戦士の一人や二人は居るだろ。そいつらと比べたらやっぱり厳しいか?
「そう、だな。さすがに厳しい。が、何かやってくれるんじゃないかという期待感はある。ポチョさんと手合わせしてるのを見るとな、剣士としちゃあ相当なモンなんじゃねーかと思う時もある。スラリー(速い)が使えねえぶん独自の路線を進みつつある……とは言われてる」
ああ、そういうことか。スラリー(遅い)はニャンダム様の究極奥義みたいなトコあるからな。
「どういうことだよ?」
スラリー(遅い)はプッチョムッチョのスキルと同じで変な声を出さなくても使えるだろ。極めればたぶん鬼滅の全集中の呼吸(常中)みたいな感じになる。DBで言うところの精神と時の部屋から出て来た悟空だな。あれほど劇的なパワーアップはできねーかもしれねーけど、意識せずともスラリーを使えるようになったら……ちょっと面白いことになるかもな。慣性制御が日常的な動作になるってことだ。
「なるほどな。あとは……マグナさんはどんな感じなんだよ? 俺ら心配してるんだぜ。ジャムちゃんの妹分だって言うじゃねーか。たまに固定パで狩りに出てるとは聞くが……悪質なプレイヤーも居るからな。大掃除しようにも周期が安定しねえとガタガタになる」
マグちゃんにはリュウリュウが付いてるから大丈夫だ。
「リュウリュウ……。強いのか?」
……何が言いたい?
リュウリュウは着ぐるみ部隊の一員だ。今やすっかり有名人で、白龍の生まれ変わりであることも広く知られている。強いに決まっている。ならば知らないゴミの質問には別の意図がある。
知らないゴミは俺から目を逸らして手元に視線を落とした。強張った拳をゆっくりと開き、手のひらをじっと見つめる。
「……俺も李信馬准と同じだ。本気のアイツとヤりてえ」
……俺にそれを言ってどうなる。
「一度でいいんだ。お前はリュウリュウと親しいだろ。なんとか……頼んでみちゃくれねえか」
イヤだよ。なんで俺が……。
知らないゴミがガッと俺の両肩を掴んだ。
「白龍はカートリッジを積んだジョン・スミスと引き分けた男だぞ!? お前も男なら分かるだろ……! 俺は半端な気持ちでこんなこと言ってるんじゃねぇ……!」
さわんな。俺は知らないゴミを払いのけようとしたがびくともしなかった。
「お、お前でもいいんだぜ……?」
どういう理屈だ! ブッ殺すぞテメー!
ギルド化して首を刎ねてやろうかと思ったが、それよりも早くのしのしと近付いてきた話題のパンダさんが知らないゴミの襟首を掴んでひょいと持ち上げた。
リュウリュウの登場に知らないゴミが動揺を露わにする。
「ち、違うんだよ。俺はそんな……。お前のことは……特別に思ってて……が、崖っぷちが……」
言ってることが支離滅裂だ。ただし身体は正直なもので、小刻みに震える手がふらふらと宙をさまよい、腰に差した武器の柄に吸い寄せられていく。
リュウリュウは知らないゴミの顔面を床に叩き付けた。
「がっ、リュウ……リュウゥゥゥッ!」
知らないゴミのボルテージが一気に上がった。鼻血を垂らしながらリュウリュウの腕に巻き付いて腰の武器を引き抜く。リュウリュウがバッと絡め取られた腕を引っこ抜いた。獰猛な唸り声を発して知らないゴミの頭を両側面から掌打で挟み込む。
知らないゴミがぐらりと大きく体勢を崩した。
「おぉぉぉ……」
ふらふらと後ずさりながら口からボトボトと血を吐く。
「け、《勁》、か? 俺に、《勁》を……?」
リュウリュウがふんすと鼻息を吹いて吐き捨てるように言う。
「穢らわしい。先輩に寄るな。下衆が」
知らないゴミの身体がガクガクと痙攣している。おいおい、大丈夫かよ。俺も中国サーバーで拳法習ったことあるけど、《勁》ってそんな感じだったか? ヤバい病気みたいじゃん。
つい先ほどまでブッ殺してやるつもりで居たが、このゴミはウチの子たちのことを色々と教えてくれた。その点を俺は高く評価している。大切なことだからな。
死に掛けてるゴミの背中をさすってやるが、ゴミはもう俺なんかのことは眼中にないらしい。
「も、もっとだ……! リュウリュウ! もっとくれ! 俺はまだ生きてるぞ……! こんなもんじゃ足りねえ! もっと……!」
そう威勢良く叫んだものの、ドロリと吐血して前のめりにどうと倒れる。死んだか。
俺は知らないゴミの死亡確認をしながら感嘆の声を上げた。
ふえー。《勁》ってのはスゲーなぁ。それともリュウリュウが特別スゲーのか?
リュウリュウは頭をふりふりして謙遜した。
「そんなことはない。おおむねこんな感じだ」
マジかよ。どうなってんだ中国人は。
俺の中の中国人像がどんどんおかしくなっていく。とはいえリュウリュウ本人がそう言うのだから信じるしかあるまい。人体って凄いね。
おお、そういえばリュウリュウ。ちょうど今マグちゃんの話をしてたんだよ。まぁ座れ。
俺はソファに座ってリュウリュウに着席を促すが、リュウリュウは俺の傍らに立った。
「マグナの……?」
俺がメモ帳を開いて見せると、リュウリュウが上体を屈めてまじまじとメモ帳の記載を見つめる。
「……読めん」
ああ、そっか。日本語だもんな。ほら、俺は先生のあとを継いで【ふれあい牧場】のクランマスターになっただろ? ウチの子たちがどのくらい強いのか知っときたいと思ってよ、色々と聞いて回ってる。最近のマグちゃんはどうだ?
「あまり成長してないな。マグナの仲間は……男女で多少は意識の差があるようだが……レベルを上げることよりも旅そのものに興味があるようだ。俺もそれでいいと思っている」
へえ。そんな感じなのか。俺もそれでいいと思うぜ。マグちゃんがやりたいようにやるのが一番だ。人生楽しまなきゃ損だしな。
するってーと、やっぱりウチのクランはエンジョイ勢ってことになるのか。ガチ寄りになるとマグちゃんは居づらく感じるかもしれねーしな。しかしチームポチョの戦力は俺が思っていたよりも高い。身に付けた力は試したくなるもんだ。どっかでそういう場を設けてやらねーと……。
俺が今後のクラン方針について頭を悩ませていると、リュウリュウがぽつりと言った。
「先輩」
なんだ?
「クリスピーに気を付けろ。あれはやはり人間とは違う。悪いヤツではないが……何か根本的なズレを感じる時がある」
お前の直感は当たるからなぁ。やっぱり避けて通れないのか。嫌だなぁ。先生は楽しそうにしてるよ。教え甲斐のある奴なんだろうな。もうバッチリ情を移しちゃってるだろうし……。何とかしてやりてぇ。西側の国じゃ歌ったり踊ったりして決着を付けるらしいじゃん? 俺らもさぁ……今からでも路線変更したいよな。
「俺は戦うことしか能がない。だが先輩がそう言うなら協力しよう」
無理せんでもいいんだぜ? 戦いたい奴は戦えばいいさ。そういう生き方もあらぁな。俺は根っからの生産職だからよぅ。平和な世の中のほうが何かと商売がやりやすいんだよ。
よし、と。こんなもんか。俺はメモ帳を閉じて席を立った。リュウリュウが「どこへ?」と尋ねてくる。
俺はニカッと笑って言った。
「初心者狩りだ。お前も来るか?」
2.ポポロンの森
初心者狩りとは言うが俺はレベル1なので条件は互角。つまり適正なレベル帯での狩りということになる。
初心忘るべからずという言葉もある。なんというか、このゲームに染まり切った連中とばかり一緒に遊んでいると、ドロドロしたものが身体の中に溜まっていくのだ。フレッシュな新チワワたちと一緒に遊ぶことで、そういったものがリセットされてスッキリする。
しかし俺くらい名前が売れてしまうと、今更になってチワワたちと一緒に遊ぶのは気恥ずかしいものがあるのだ。なので、シャイな俺は初心者狩りという体でチワワたちに絡んでいくことになる。実戦に勝る経験はないって言うしな。知らんけど。俺の拙い漫画知識によると実戦を経験した人間は百倍くらい強くなるらしい。つまりチワワはさっさと殺してあげたほうが将来のためになるのだ。
チワワぁ……。チワワよぅ……。堪んねえよ。早く俺にお前らの血を見せてくれ。
俺は斧の刃をベロベロと舐めて逸る気持ちを鎮めた。
同行したリュウリュウが驚きの新事実に目を見張る。
「凄まじい世界観だ……。俺たち以外にも五人潜んでいるぞ……」
分かるのか?
「分かる」
分かるらしい。五人か……。妥当な線だな。
だが安心しろ、リュウリュウ。紳士協定ってのがあるんだよ。大抵のチワワはどういう訳かチュートリアルを終えるなりバラけるからな。他人の獲物には手出ししない。そういう暗黙の了解があるのさ。
「なるほど。先輩。俺は身を潜めている五人を始末しに行く。先輩はここで待っていてくれ」
うん? なんでだ?
「初心者が相手では楽しめないからな」
なるほど? よし、行け。気取られるなよ。一人ずつ確実に始末しろ。
「承知」
短く答えたリュウリュウが、その巨躯からは想像も付かないような身軽さで木から木へとひょいひょい飛び移っていく。
五連戦ということになるのだが、俺は心配していない。リュウリュウは野戦に強い。本人は猛者との尋常な決闘を好むが、悪条件であるほど圧倒的なスペックを発揮するパンダさんである。初心者狩りで憂さ晴らしをするようなカスでは勝負になるまい。
おっと、おいでなすったな。チワワの集団だ。初心者は初心者らしく固まって動けばいいものを、何故か不必要に接近しないように距離を空けて歩いている。チュートリアルで打ち解けたチワワも何人か居るようで、そいつらは楽しくお喋りしながら街の方向へ歩いていく。リア友の距離感じゃないな。それならば遣りようはある、が……やはりここは堂々のソロ活動に身を投じた勇気あるチワワを狙いたい。女キャラはダメだ。悪評が悪評を呼び、俺の今後の活動に支障をきたしかねない。俺を楽しませてくれるのはやはり男だけ。くくくっ……。おいおい、よりどりみどりじゃないか。目移りするぜ。
今回は豊作だった。ネトゲーの男女区分は大きく分けて四つ。男、女、ネカマ、ネナベだ。その内、女キャラとネカマだけで七割は固い。タイトルによっては九割を越えることもある。このゲームの場合は見目麗しい女キャラ鑑賞が楽しすぎるので七割のラインにとどまっているに過ぎない。ネナベは知らん。ほとんど伝説のような存在だ。そもそもネトゲーマーにリアル女自体が少ないし、そいつらがわざわざ可愛くない男キャラを選ぶ理由が分からない。人口比率で言えばおそらくネナベは一割に満たないので、俺は居ないものと見なしている。
男キャラと女キャラの比率はおよそ3:7。俺らソウル・ソサエティの住人の肩身がいかに狭いかを如実に物語る数値である。
が、今この場に限って言うならば男女比率は5:5という奇跡的な数値をマークしていた。しかも一緒の方向に歩いていくのが気まずくなったのか、群れからはぐれようとしているチワワまで居る。殺してくれと言わんばかりの無防備な姿に俺は生唾を飲み込んだ。
り、リュウリュウ、まだか……?
い、いや、焦るな。群れからはぐれようとしているチワワは一見チワワのようでいて実はロスト帰りのゴミかもしれない。いわば偽チワワ。俺の純情な心をもてあそぶ罪なヤツだ。見極めるんだ。真にフレッシュで、生まれたままの姿のチワワを……! 俺ならできる。俺にはこの目がある。
俺は金属片で組み上げたスコープをキリキリと回してチワワたちの瑞々しい肉体を隅々まで凝視して吟味していく。
むっ、あのチワワは怪しいぞ……。先を行く女キャラの尻を眺める仕草がこなれている。バレてもいいやくらいの思い切りの良さを感じる。あの思い切りの良さはリアルで身に付くワザじゃない。
……奥のチワワは一見すると自然に微妙に視線を逸らしているように見えるが……あの位置取りが演技臭い。女キャラを一望できる角度を保ちつつ、ポーキーの襲撃に真っ先に対応できそうなポジだ。MOBがとんでもなく強いゲームという程度の事前知識は仕入れているだろう。あんな茂みに近い場所をわざわざ通るか? しかしロスト帰りならば、むしろポーキーの狙撃に対応するのは困難という見方も……。
ううっ、くそっ。どいつもこいつも怪しく見えてきやがる。もう少し経験を積んだプレイヤーなら個性が枝分かれしていくので、ひと目で大体のことは判別できるのだが。
こうやっていつも俺の心をザワつかせる。チワワとはそういう存在だ。
だから結局はこうして賭けになる。俺はもっとも逞しい肉体を持つチワワに目星を付けた。男ならば誰もが羨むような分厚い胸板と丸太のような上腕二頭筋が決め手だった。
鍛え抜かれた鋼の肉体もレベルが支配するゲームの中では意味を為さない。屈強な男をこの手で葬ることにオスとしての強い喜びを感じるのだ。
しかし次の瞬間、俺は目を疑った。
あいつ、リュウリュウ……!?
整形チケットを使って姿を変え、歩き方も変えているが、俺の目は誤魔化せない。腕の振り幅、ふとした仕草、体幹のブレなさ……それら全てがチワワを演じるリュウリュウだと俺に告げている。
リュウリュウ、お前……俺を誘っているのか? そうなんだな? そんな俺好みの男に化けてまで……俺の視線を独占したかったのか。
なんて健気な後輩なんだ、お前は……!
この瞬間、俺の頭からチワワの存在など消し飛んだ。
リュウリュウと比べたら、他の男など路傍に転がる石ころほどの価値もない。
ヤろうぜ。
俺は茂みから飛び出すと、雄叫びを上げて森の斜面を駆けていく。
俺はこんなにもお前に夢中なんだと知らしめてやらねばならなかった。
他の男どもに見せつけてやりたかった。それでほんの少しでもリュウリュウが優越感に浸れるならば悪くない。
チワワを演じるリュウリュウが武器を取り落として焦った様子で拾い上げる。武器と服装に不自然な点はない。はぐれたチワワと話を付けて借り受けたのだろう。そんなところも不器用で愛おしかった。初心者狩りは俺以外にも五人居て、そいつらから武器防具を奪うこともできた筈だ。そうしなかったのは俺の目を欺くため。自分が選ばれるという自信がなかったのだ。
ばかだな。俺はいつだってお前を見つけてやるんだ。こんなふうにな。
俺は奇声を上げて怪鳥のように飛び上がった!
これは、とあるVRMMOの物語
リュウリュウは戦う。魔族の魔の手からチワワを守るために……!
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