曜日ダンジョンの悲劇
1.曜日ダンジョンB1F
プレイヤーの活動範囲は限られていて、アップデートの際にブチ込まれるイベントに応じてマップは解放される。
直近の例ではマールマール鉱山だ。
ネトゲーの場合、プレイヤーのレベルは一定ではないからイベントの難易度調整は永遠のテーマになる。
このゲームはそこの部分を何か勘違いして上級者も初心者も等しく死ぬという大胆な手法で乗り切ろうとしているようだ。
しかしたまには生きて帰りたいというユーザーの切実な要望により実装されたのが、ここ曜日ダンジョンなのである。
取材に応じた運営ディレクターのョ%レ氏(発音できない)によれば、曜日ダンジョンは新規ユーザーでも楽しめるようナノミクロンまで手加減してやったイベントマップである。ゴミのような火力しか持たないモンスターだけを配置しており、これまでの少し本気を出したイベントとは違い、いきなりボスモンスターと遭遇してレーザー砲みたいなのでパーティーメンバーが消し飛んだりはしないと微かな自信を覗かせた。
地下一階に降りた俺たちの行く手を阻みポチョさんに首をはね飛ばされたモンスターは、いわゆるゴブリンと呼ばれる魔物だった。
ゲーム内での正式な名称は分からない。俺たちの知るゴブリンと特徴が合致しているだけであり、ただ思ったよりも少し可愛かった。
叙述が追いつかないレベルで瞬殺された仲間に、ゴブリンたちは嘆き悲しみながらも思い思いの武器を構えて襲い掛かってきた。
多彩な攻撃パターン。俺が苦手とするタイプの魔物だ。しかし今の俺は一人ではない。心強い仲間が居る。
応戦するポチョさんたち。煌めく白刃が交差し、ゴブリンたちは全滅した。
おぅ、早いな。俺は呻き声を上げた。いくら相手はモンスターとはいえ、一瞬の躊躇もなく殺しに掛かる手管に、思わずコイツらは真っ当な人生を歩めるのかと心配になったぜ。
2.曜日ダンジョンB2F
後から後からウジ虫のように湧いて出るゴブリンの群れを、俺以外のパーティーメンバーが危なげなく処理していく。
ゴブリンが弱いと言うよりはウチの子たちが強い。一時はパーティー崩壊を危ぶまれたチームポチョだが、あの程度の衝突は日常茶飯事であり気に留めるほどのことではないようだ。その事実がむしろ俺は怖いのだが。
前衛のポチョとアットムを後衛のスズキが援護射撃で支え、俺は邪魔にならないよう壁との一体化を試みる。コンビネーションは抜群だ。
ゴブリンは確かに弱いが、正面から殴り合ったら多分俺は負ける。絶対とは言い切れない辺りが、なるほど初心者向けだなと俺を唸らせる。他のダンジョンでゴブリンっぽいモンスターと戦ったことがあるのだが、あちらはもっとゴツくてデカかった。俺、こん棒の一振りで水風船みたいに弾けたからな。惨劇だよ。
しかし大分カラクリが見えてきたぜ。今ここで行われているのは、生態系の最底辺を決める戦いだ。ゴミとカス、一体どちらが上なのかを競っている。心なしゴブリンたちもこんな雑魚が自分たち以外にも地上に存在したのかと驚いているように見える。なんて悲しい戦いなんだ。
3.曜日ダンジョンB3F
逆トーナメントの様相を呈してきた曜日ダンジョン。ゴブリンと人間、下から二番目の栄冠を手にするのは果たしてどちらなのか。
おっと? 何やら上位種らしきゴブ公が出てきたな。いいぜ。こっちは人として大切なものを失ったメンバーが揃ってるからな。これでようやく条件は五分と五分。互いにスタートラインに立った訳だ。
装飾品を身につけたゴブリンを、ノーマルゴブリンがよいしょと背負う。群れなすノーマルゴブリンが左右前後を固め、こちらにぞろぞろと……!?
俺は自分でも驚くほど早く動き出していた。
前線でゴブリンを殴り倒しているアットムの首に腕を回し、ポチョを残して退避する。説明している暇はない。抗議の声を上げるアットムを引きずって地面に転がすと、上から覆い被さって衝撃に備えた。
俺は決してホモではないが、事は緊急を要する。誰か一人しか救えないなら、優先するべきは仲間の傷を癒せる僧侶だ。
だが守りきれるか? もしも俺の考えが正しいとすればっ……!
肉壁に守られて突撃してきた上位種ゴブリンを、スズキさんがあっさりと射殺した。
おぅ、そうか。いい腕してるな。肉壁の隙間を縫って標的を狙い撃つなんてなかなか居ないぞ。
……いや、違うな。
もしも俺が同じ立場だったなら狙撃を許すなんてヘマはしない。
ヤツらは、肉壁として未熟だっただけだ。
担ぐ神輿を失って悲嘆に暮れるゴブリンどもを、すかさず突出したポチョさんが惨殺した。更なる増援に舌打ちし、いったん後退する。
ある思い付きを頭の中で検証していた俺が、ふと顔を上げると、ポチョさんとスズキさんが気まずそうに俺を見ている。
意を決したように頷いたポチョさんが、アットムを押し倒したままの姿勢でいる俺に言った。
「BLタグは付いてないが大丈夫か?」
そんなんじゃねーよ!
着衣の乱れを直して立ち上がったアットムが咳払いをした。
「コタタマ。あいつら、今……」
どうやらアットムも俺と同じことを思い付いたみたいだな。ああと俺は頷き、
「魔法で俺たちを一掃しようとしやがった。仲間ごとだ」
それだけじゃない。
とてもモンスターとは思えない人間臭い動き。数で圧倒しながらもポチョを仕留めきれなかった、言ってみればバラつきのある稚拙な連携。
俺はポチョを見た。白い肌に金髪碧眼の、見てくれだけは美しい女だ。洋モノが好きなんだろうな。隠しても隠しきれない性癖が割とダイレクトに滲み出ているこの西洋かぶれは、対人戦において絶大な能力を発揮する。
俺はポチョを押しのけて前に出ると、迫り来るゴブリンどもの群れをキッと見据えた。
「お前らモンスターじゃねーな!?」
俺の指摘に、ゴブリンどもはびくっとして立ち止まった。俺がフェイントを交えて端のほうに居るやつに視線を振ると、そいつは俺からさっと目を逸らした。
……確定だな。
そう、アイツらはモンスターじゃない。中の人が居る。
その正体は、見た目だけ変えたプレイヤーだ。
キャラクターの外見を修正するだけなら、課金アイテムを使えば可能だ。
だが、これだけの人数が一斉に、というのは考えにくい。
そして何よりも決定的なのが、これまで数え切れないほどのゴブリンを天国に送ってきたウチの子たちにキルペナが付かなかったという事実だ。
手の込んだ真似しやがって……。
俺は激怒した。
「遊ぶ金欲しさに運営の手先に成り下がったのか」
曜日ダンジョンを徘徊するゴブリンどもは、運営に金で雇われたバイトだった。
正体がバレておろおろしているゴブリンたちに、俺の目頭が熱くなる。
情けなかった。悔しかった。
こみ上げてくる熱いものを止めることができない。俺の頬を伝った涙が、曜日ダンジョンの、この下らない喜劇のステージにぽたりと落ちた。
俺の涙に心を動かされたのか、一人のゴブリンがふらふらと近寄ってくる。
遠慮なく斬り殺そうとしたポチョさんをぎょっとしたアットムが押しとどめるも、一歩遅かった。空気を読めない惨殺魔の凶刃によって、改心ゴブリンは深手を負ってしまった。
慌てて俺はゴブリンさんを抱きとめ、地面にゆっくりと横たえる。
急所をざっくりとやられている。このゴブリンはもう助からない。死期が近いことを悟ったのか、ゴブリンさんは穏やかな顔をしていた。差し出された震える手を、俺はしっかりと握った。
悲しかった。今にも零れ落ちてしまいそうな儚い命が愛おしくて仕方なかった。
俺は叫んだ。
「馬鹿野郎っ! 運営なんかにまんまと躍らされて……!」
お前らバイトは俺なんかよりもずっと早く気付いていた筈だ。知らないとは言わせないぞ。
この戦いは地上最弱を決する場なんだよ。
運営がわざわざ金を出してお前らを雇ったのは何でだ?
簡単だ。反吐が出るような理由さ。
あのクソ運営は、形だけ変えた同じプレイヤーを最下位レースに放り込んで後日正式に謝罪するつもりなんだ。そうだろう?
文面はこうだ。
【重要】曜日ダンジョンの開設におきましてクソのような雑魚をご用意致しましたが、ユーザーの皆様が雑魚だ雑魚だと仰りつつ割と互角の勝負を繰り広げていた雑魚が実は私共にて雇用致しましたユーザーの皆様であったことを慎んでお詫び申し上げます。
ここまでコケにされて!
お前たちは悔しくないのか!?
俺は悔しくない。ゲームしてお金を貰えるって最高じゃんね。時給いくらなの?
俺は、腕の中で冷たくなっていくゴブリンさんに自分のキャラクターIDを伝えてバイトが終わったら忘れずに連絡をくれるよう念押しした。
これは、とあるVRMMOの物語。
努力が必ずしも報われるとは限らない。一握りの天才と呼ばれる人種にしても、大部分の者は表舞台に立つことなく世を去っていく。そうしたエラーをなくすために、人は取り零しの少ない社会を築き上げてきた。それでもまったくのゼロではないから、己の才能を信じるならば這い上がる力を身につけなくてはならない。努力だけでも、才能だけでも駄目なのだ。先立つものがなくては。
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