魔王、復活
1.スピンドック平原-深部
【ギルド】の総攻撃が始まった。
完全に囲まれている。逃げ場はない。俺は赤カブトの手を引いてクレーターに滑り込んだ。ウサ吉が作ったクレーターだ。段差が大きい場所に身を潜めれば塹壕代わりにはなる。
ちょいと失礼しますよ。金髪ロリの凸凹コンビの隣に腰を落ち着ける。考えることは同じか。
「えっ。変態?」
俺は怪しいものじゃない。通りすがりのマスクドペタだ。早くも目出し帽が効果を発揮した。
しかし厄介なことになったな。この局面どう動くべきか。俺は査問会の連中に命じた。穴を掘れ。深い穴だ。穴は大きいほうがいい。連中はスコップを常備している。コタタマ氏の薫陶によるものだろう。厄介事は山に埋めれば大抵解決するからな。
ロリ系がハッとした。
「ウサ吉が撃たれちゃう。ウサ吉が入れる穴を掘って!」
無茶言うな。しかも意味がない。スピンは自分で掘った巣穴にしか入らない。そういう習性だ。
洋モノが希望的観測を述べる。
「ウサ吉は【ギルド】なんかに負けない。強い子なんだ」
それも違う。今回【ギルド】を率いてるのはネフィリアだ。勝算があるから仕掛けたと見るべきだろう。あるいは先生さえ居なければどうにでもなると考えたのか? それはあり得る。
標的はウサ吉か。……ウサ吉はデカブツを倒して騎士の称号を手に入れたんだったな。クソ虫どもはウサ吉を付け狙っているとGMマレは言っていた。
マズいぞ。何かマズい事態が進行しているような気がする。
だが本当にそうか? 頭上を銃弾が飛び交っている。あんな豆鉄砲じゃウサ吉はびくともしない。棒立ちになってうろうろしている。俺は穴掘りを始めた査問会を監督しながら考える。
疑え。どんなことにだって裏がある。ウサ吉はデカブツを倒して何かを手に入れたと仮定しよう。それはクソ虫どもが欲しがる何かだ。
上位個体は厄介な存在だ。レイド級じゃないから女神の加護は発動しないし、倒したところで新しい魔法が手に入る訳でもないだろう。かといって放置しておけば際限なく成長していく。クソ虫どもがウサ吉を討伐するというなら任せてしまうのも一つの手だ。
偵察をしていた査問会のメンバーが報告を上げた。
「【ギルド】が合体を始めました!」
こいつら便利だな。モグラっ鼻の選民思想を煽ってウサ耳との戦争に駆り立てた手腕は伊達じゃない。
ネフィリアの麾下に落ちたクソ虫どもが続々と合体し始めた。銃弾をばら撒いてこちらの動きを制限した上で次の手を打つ。堅実な作戦だ。金髪ロリには悪いがウサ吉を助けるのは無理かもしれねえな。
ウサ吉はタゲを散らされて右往左往している。AIの脆弱性を突かれたな。
このゲーム。NPCはおそろしく高度なAIを積んでる癖にモンスターはそうでもない。機械的なヘイトの増減によって行動選択をする。だからこそMPKが成り立っているとも言える。
まったく同じ戦力の敵に同程度の火力をぶつけられると、身動きが取れなくなる。
組み上がったデカブツの十字砲火が始まった。これにはウサ吉も嫌がっている様子だ。
Nuu……Nuuu……
「ウサ吉っ」
飛び出そうとするポチョを俺は制止した。待て待て。考えなしに飛び出してどうする。蜂の巣にされるだけだ。
ポチョは俺をキッと睨み付けた。
「ウサ吉はコタタマの形見だっ!」
いや形見って。モンスターだぞ。
ウサ吉が悲鳴を上げている。
そうだ。あれはモンスターだ。
なのに、俺はどうしてこんなに動揺してるんだ?
ウサ吉……。
ずきりと目の奥が痛んだ。なんだ、これは。キャラクターの痛覚はカットされている。その筈だ。
俺は両目を手で覆って蹲った。お目々が痛いの。割れちゃいそう。
「ペタさん? どうしたの?」
赤カブトが俺の肩を揺する。いえね、大したことじゃないんだけど、なんかね。俺は強がった。ドライアイかなぁ。
俺がドライアイの症状に苦しんでいる間にもクソ虫どもの砲撃は続いている。ウサ吉の悲鳴が聞こえるたびに俺の眼窩が熱くなる。
痛い。痛い。痛い。涙が出ちゃう。涙っていうか、これ血じゃん。
「ペタさん!? め、目が……」
俺を心配する赤カブトの声が遠ざかっていく。
(コタタマ。目で覚えろ)
誰だ? 女が何か言っている。
(人間は寝ている時に夢を見る。どこで見ている? 目だ。人間の身体には想像したものを目で見る機能が備わっている)
いやそんなことないでしょ。裸のチャンネーを自由に見れるなら戦争なんて起きてねえよ。
(セクハラやめろ! 私が言ってるのはそういう意味じゃない。お前はすぐに無理だのできないだのと言うが、実際に私はやっている。それは多分こういう理屈だろうという話だ)
お前、説明下手だなぁ。いいから結論を言えよ。
(ムカつく……! 何なんだ、この男は……! どんどん態度がデカくなっている。最初の頃はあんなに大人しかったのに……)
いや知らねえよ。お前が物騒なところに俺を引っ張り回すもんだから大人しくしてても得するコトはねえなってなったんじゃねえか。
(とにかく。結論から言うと、私はリアルを超えた何かを見ている。おそらくは外部の情報を内面で加工したものだ。相応の無理は生じるがな。しかしこれはゲームだ。多少命が削れたところで問題はない)
女がふいっと顔を逸らした。俺の妄想に足が生えて歩き出したような女だ。
(とある着ぐるみは飽きにくい脳を作れだのと言うが、私はそうは思わない。飽きは人間が獲得していった能力の一つだ。この世のありとあらゆる生物は進化の最先端に居る。昆虫も動物も人間も変わりない)
ふーん。
(……がんばれば、裸の女を自在に見ることもできるかも)
マジかよ。俺、がんばるわ。
「あ、あ、あ……」
「どうした!? ペタ氏!」
サトゥ氏。来てくれたのか。
でも、俺は……。
うぅ……。俺は呻いて地面に這いつくばった。くそっ、裸のチャンネーなんて見れなかったじゃねえか……。
それで、俺は生きる希望を失って……。
(先生! 路上でいきなり告白された! 私はどうしたらいいのだろうか?)
告白じゃねえ。ナンパしたんだ。だってエロい身体付きしてたから。洋モノって特別感あるよな。俺の彼女ですけど何かドヤァとかしたらめっちゃ気分良さそうじゃん……。ゴメンなさい。もう二度としません。許してください、ポチョさん。少しイキがってました。
(君は……)
神だ。神が居る。こ、これが着ぐるみ部隊の先生か。おおっ、思ったより動いてる。しゅごい。骨格は疎か筋肉の付き方まで組み上げてるのか? 一体どれほどの……。
(先生。その人は札付きのワルですよ。崖っぷちだったかな? 詐欺、恫喝の常習犯だ。下らない人間です。関わってもろくなことはありませんよ)
そういうお前はホモ臭え女男だな。なよっとした面しやがって。カヲルくんかよ。ケツ撫でるぞ。下がってな。ふん、こいつとはどうあっても仲良くなれそうにねえな。
(同感だね。僕も君みたいなやつが大嫌いだ)
おう。表に出ろよ。あくしろよ。
(喧嘩はやめなさい)
羊さん、止めないで! 誰かがコイツをぶってやらないと。ぶたれもせずに一人前になったやつなんて居るもんか!
(やらせておけば)
おっと無口キャラだ。無口キャラが居る。置き物かと思ったぜ。何も喋らねえからよ。ひっ、ひゃーひゃっひゃ! いや、それは嘘。でもよ、綾波タバサと来て三番煎じは正直どうよ? わっはっはー。わっはっはー。ぶたれた。いや俺がぶたれるのかよ。
Nuu……
ウサ吉。ウサ吉が泣いてる。
誰だ。お前をいじめるやつは。俺の可愛いウサ吉を、よくも……!
俺は……。
俺は……!
「ぶるぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
俺は両目を押さえたまま仰け反って絶叫した。
どろりとした血涙が手から溢れる。
2.回想-マレ戦-アットムとの会話
「記憶を……?」
しっ。声が大きい。周りに居るのはバカばっかだから大丈夫だとは思うがね。サトゥ氏が死んだのはラッキーだったな。あいつは勘がいい。
そうだ。アットム。俺はこの戦いで記憶を飛ばすつもりだ。
少し前から……具体的にはクリスマスイブから俺はどうにか偽装引退できねえかと考えていてな。俺はやり過ぎた。何かと警戒されてるしよ、ティナン当局にマークされてる。生きにくくて仕方ねえ。
そこでだ。他のアホどもを証人に仕立てて俺自身をキャラクターデリートに追いやるっつー手を考えてた。だが、どうにも確実性に欠ける。ゲーマーってのは人を信じることができない悲しい人種だからな。勝手に並んで勝手に混雑しておいて物売るってレベルじゃねぇぞとキレる有様よ。
プレイヤーの良心には期待できねえ。だが、GMの言質を取れるなら話が変わってくる。
いいか。アットム。俺は自分をキャラデリに追い込むつもりだ。おそらくはセーブデータの抹消まで持って行ける。
以前に先生が言ってたんだ。オンゲーの構造上の欠陥は賞罰の釣り合いが取れないことだってな。だが、このゲームは違う。エッダ水道で先生はこのことを言ってたんだな。俺の反応を観てたのか。
そうさ。このゲームにはプレイヤーの記憶を飛ばす手段が用意されてる。俺はそれを利用してイチから再出発するつもりだ。
それでも疑うやつは出るだろうな。だから、俺は失った記憶を取り戻すつもりはねえんだ。
「そんな……」
まぁ聞け。アットムよ。
どうやら記憶を飛ばすって言っても完全に消すことはできないらしい。実際にこうして俺はレ氏との遣り取りを思い出してる。限界はあるんだ。当てもある。目だ。
目を鍛え直した俺が極限状況に追い込まれれば、おそらく記憶は戻る。だが焦るな。そうだな……三ヶ月だ。三ヶ月待て。その頃には俺を探そうっていう動きも鳴りを潜めるだろう。
だから問題になるのは……最初の一ヶ月をどう乗り切るか。ここだろうな。
俺はな、俺っていう人間をよく知ってる。当たり前のことだがな。
記憶を失った俺は、今の俺と似たようなキャラクターを作るだろう。別に好みで作ったビジュアルじゃねえからな。たとえ記憶を失っても考え方ってのは変わらねえ。下手をすれば丸っきり俺になる。(※なりました)
当然、疑われるわな。だが、俺は図らずも面が割れてる。俺のキャラクリを真似るやつが居ても特定まではされない筈だ。そして記憶を失った俺はネフィリアと出会う前のピュアボーイに戻るだろう。(※戻りませんでした)
目も失う。(※失いませんでした)
サトゥ氏辺りは俺が記憶を取り戻す手段を用意してると考えるだろう。だが俺はそんなもんは用意しねえ。ありもしねえ証拠なんざ見つけようがないだろ。不変の友情なんてもんはねえんだ。三ヶ月もすれば諦めるさ。ま、その辺の調整はお前に任せる。
厄介なのはネフィリアだ。あいつは人を見る目がないからな。純真な俺を再び悪の道に引きずり込みかねない。
アットム。お前はピュアタマくんを守れ。査問会の連中に協力させてもいい。あいつらには、もしも俺が居なくなったらお前に従えと言ってある。
ネフィリアは慎重な性格をしてる。第二の俺という犠牲者を生まないために先生が目を光らせている間は迂闊には動かない筈だ。(※お籠りです)
ああ、そうだな。先生は偉大なお方よ。先生だけは騙し通せないだろう。(※騙し通しました)
だがお前から話を通せば先生も協力してくれる筈だ。先生は優しいからな。俺が幸せになるためのプランを無碍にはなされないだろう。
ポチョとスズキは正直どう出るか分からん。俺のことを大切には思ってくれてはいるんだろうが、時々粘着質な執念めいたものを感じる。何気に一番の難所かもしれねえな。そこはファジーな感じで対応していこう。あいつら、あんまり頭良くないから情報漏洩は最低限に抑えてくれ。お前がそれっぽいことを言えば無駄に空回りさせることくらいはできる筈だ。(※暴走しました)
そしてここからが肝心なんだが……。
アットム。俺はな、用心深いんだ。お前がどんなに前世のダチだったと言ったところで俺は信用しないだろう。まして俺は悪行に悪行を重ねちまったからな。記憶もねえのに実行犯は自分だったなんて信じる訳がねえ。どんな証拠を用意しようと無駄だ。信じるメリットがねえからな。
だが例外もある。
アッガイだ。
言ったろ? 俺は俺のことを誰よりもよく知ってる。
断言してもいいぜ。俺はアッガイの言うことだったら信じる。理屈じゃねえんだ。アッガイだからな。
一週間だ。アットム。ネフィリアが動き出すまで一週間の猶予はあると見たぜ。その間にお前はアッガイのモデリングを作れ。着ぐるみよりは簡単な筈だ。これ、整形用のチケットね。
頼んだぞ。アットム。お前だけが頼りだ。俺を幸せにしてください。
3.スピンドック平原-深部
なんだ、この状況は……。
俺は呆然とした。
まったく計画通りじゃない。
ていうかペタタマくん、まんま俺じゃん。そりゃバレるわ。バレんほうがおかしいでしょ。
何故だ。何故こうなった? 俺のキャラクターデータは確かに全損した。なのに性格はそのままで目も残った? どうしてだ? そんなことができるとすれば……。
俺はハッとして振り返った。
ネフィリアとは反対方向の小高い丘の上に女が立っている。
な、【NAi】〜!
【NAi】はニヤリと笑った。
ささやきが飛んでくる。
『ほんの一瞬でもこの私を出し抜けると思ったのですか?』
お前ぇ……! セーブデータを勝手に移植するなんてやっていいと思ってんのか!?
『ええ、分かりますよ。手に取るように分かる。運営は公平であるべきだとあなたは考えているのですね。それが当然あるべき姿であると』
そこを踏み外したらもはや戦争だろうがよ! 違うってのかよ!
『何故です? 私にプレイヤーの機嫌を取れと? それは一体何のために? ああ、理解できたようですね。私はあなたの記憶を奪い、そして戻しました。あなたの思い通りに動くなど真っ平御免ですからね。冒険者ペタタマよ、改めて言います』
【NAi】は楽しくて仕方ないというように笑った。
『GumS Gems Onlineの世界へようこそ』
これは、とあるVRMMOの物語。
計画通りです。
GunS Guilds Online




