Mother
いやぁ、上位個体との共同生活は成り立たないんじゃねえかな?
それとなく情報を聞き出そうとする俺だが、サトゥ氏は頑として口を割らなかった。本気で関わり合いになりたくないらしい。
俺は赤カブトに翻意を促すも、そっちはそっちで意地になっている。しまいには一人でも行くとか言い出す始末だ。
いやダメだって。お前一人で何て説明するつもりなのよ。言っとくけど特徴だけ挙げていったら俺完全にクロだからね? 俺の人となりを知って貰わないと嫌疑は晴れないから。つまりどの道会うことになるじゃん。だからさ、ここはしばらく大人しくしてよ?
第一、もしも俺がコタタマ氏だったらどうするのよ。記憶戻ったらお前のこと忘れちゃうんじゃないの? 漫画とかでよくあるパターンじゃん。それはさぁ、お前としてはどうなの? マイフレンドのジャムジェムさん的にはさぁ。
おっ、しめしめ。赤カブトが俯いたぞ。
「……そんなの、今も同じだよ。この先、どんなに仲良くなっても、記憶戻ったら……。だから、私……」
あ、くそっ。ミスった。地雷だ。地雷踏んだ。この路線はダメだ。つーかこれ説得するの無理だ。こいつそんなこと考えてやがったのか。これだからお人好しの甘ちゃんは手に負えねえ。
くそがっ、仕方ねえ。俺は妥協案を打ち出した。
分ーった。分ーりましたよ。じゃあこうしよう。まず偵察しよう。いきなり話し掛けるのはナシな。様子見して、そこでもう一回話し合おう。
あと記憶取り戻したからってお前のこと忘れるとかありえないから。それフィクションだからね。俺らの脳みそ、そんな別ユーザーでログインみたいな構造になってねえから。つまり杞憂なんだよね。
あれあれ? これ、もはや解決してない? ジャムジェムさんのお悩み解決してない? かーっ。つれえわ。なんか分かんねえけどつれえ。おーい、サトゥ氏ー。野球しに行こうぜー。
素早く離脱しようとする俺のネクタイを赤カブトさんが鷲掴みにした。ちょっ、ヤメロ。それお前が考えてるよりずっと俺の身体の一部と化してるんだからなっ。
赤カブトはにっこりと笑った。
「じゃあ記憶戻っても別にいいや。行こっ」
俺は良くねえ! いや別人ってのは分かってるけど、だからこそ嫌だ! じゃあ金くれよ! 俺にさぁ! 給料を払えよ!
「はい。あげる」
赤カブトさんが小遣いをくれた。
仕方ねえ。じゃあ行くか。俺はネクタイの裏面に金を収納した。
意見がまとまったところでサトゥ氏が俺に声を掛けてくる。
「どうしても行くというなら、せめてこれを被って行け」
おう、悪いな。恩に着るぜ。俺は目出し帽を装着した。いや恩には着れねえな。俺が捕まったらお前の所為だからな。覚えてろよ。
つーか服をくれよ。結局パンイチのままじゃねえか。
「マジで? つーか、むしろ何でパンイチなの? リアクションしたら負けだと思ってクランメンバーに通達してたし」
マジで? なんかもう俺も逆にリアクションしたら負けだと思ってたわ。勝負として成立してんじゃん。お前、負けな。
「いやパンイチって言い出したのお前じゃん。俺、勝ってんじゃん」
んだオラァ! 俺はサトゥ氏に殴り掛かってカウンターのジャブで綺麗に顎を打ち抜かれた。
おっと危ない。一瞬、意識飛んだわ。と思ったら完全にKOされてたわ。
気付けば俺は住み慣れたおうちから運び出されて原っぱに座り込んでいた。
意識を取り戻した俺を赤カブトがしゃがみ込んでじっと見つめている。
「サトゥさん、後から追ってくるって言ってたよ」
なら一緒に来ればいいだろ。いや、魔女を警戒してるのか。MPKの名手っつー話だからな。伏兵を置くのは有効な対策だ。
そうか、と頷いて俺は物思いに沈む。
……これまで散々否定してきたが、俺がコタタマ氏という可能性はあり得るのか? 記憶を失ってるというなら性格が違っていてもおかしくない。
これは誰にも言っていないのだが、俺はョ%レ氏のカイワレ大根育成日記を持っている。ハード本体を買ったのも最近じゃない。新規購入特典をネットで買うほど熱を上げているゲームを、いつでも遊べる環境に居ながらずっと我慢していたのか? それは……ちょっと不自然じゃないか?
……いや、しかし得体の知れないゲームだと思っていたのは本当だ。このことはサトゥ氏に言う必要はないな。コタタマ氏のリアルがどうだったかなんて調べようがない事柄だ。捜査には関係ない……。
「ペタさん?」
動こうとしない俺に、赤カブトが首を傾げた。
あ、ああ。何でもない。少しぼーっとしてた。いきなり動くと身体に悪そうだしな。
俺は愛想笑いを浮かべて慎重に立ち上がった。赤カブトがパンチラしていたことについては何も言わなかった。わざわざ恥を掻かせる必要はないと思った。
そうだ。俺はヤツとは違う。俺はラッキースケベに小さな幸せを噛み締めるシャイボーイなんだ。あんな両手に花の状態を当然のような顔をして受け入れているセクハラ野郎とは決して相容れない。
「やっぱり外は楽しいね! 風が気持ちいい!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねる赤カブトのおっぱいアクションを俺は目で追いつつ苦笑した。
ガキかよ。はしゃぎなさんな。そして内心では赤カブトの戦闘力を数値化していた。
82のCだと? おいおい、そいつはスカウターの故障だぜ。どう見ても80はないだろ。いや、でもこいつミニスカローブみたいな格好してるからな。イマイチ身体の線が出にくい。ド派手な髪の色してる癖に割と地味な性格してるし、何気に平均をやや上回ってて特に大きい小さいで悩んだことがないってのはありそうだ。中の上ってのは恵まれたポジションだよな。もちろん上を見ていったらキリがないんだが、そういう争いからも無縁でいられるっつーか。
だが太ももの外側をレザーでカバーしてるのは許せねえ。たまにゲームで見掛けるけど、それ何なの? 内ももって太い血管が走ってるから急所の一つなんだぜ? でも全開じゃん。内もも全開じゃん。
いや分かるよ? 俺、今ソックスで歩いてるけど草が容赦なく肌に刺さってくるから普通にキツイもん。でもミニスカローブ着といて太ももは半分だけよって、じゃあミニスカやめればって話になるじゃん。いや、やめんなよ。ミニスカはやめんな。諦めんな。そこ大事よ。
つまり俺が何を言いたいのかっつーと、ミニスカローブさんは剣士で行きたいのか魔法使いで行きたいのかどっちなの?っていう話よ。いや俺は構わないよ? 殴り魔なんて一時期のオンゲーじゃ珍しくも何ともなかったからね。LUC極が猛威を振るうよりはよほど健全だと思うよ。だってアサシンが適正レベル帯のMOBに正面から殴り勝つっておかしいじゃん。防御値貫通ってのが一番納得行かないわ。それ、もはやゴッドハンドじゃん。軽く獅子王院流百式拳闘術抜骨法じゃん。
おう、ジャムジェムさんよ。それに関してお前さんはどう考えてるんだね?
「何の話してるのか全然分からないけど……」
赤カブトは外ももカバーにちらっと視線を落としてから、俺を上目遣いに見た。
「えっと、外したほうがいい?」
いや、そう改めて聞かれるとさ。俺がセクハラしてるみたいじゃん。真面目な話よ。これ進路相談だからね。マジ。俺の性癖がどうこうじゃないのよ。外す外さないの問題じゃなくてね。もっと高次元な……聞いてる?
「じゃ、外さない」
いや外せよ。
「外しませーん」
外せって。お前、今外す側だったじゃん。流されんなよ。俺の意見に流されんな。お前自身がどうしたいかだろ。とりあえず、いっぺん外してみよっか。ビフォーアフターで比較してみないと。話はそれからじゃね?
お試し版アーマーオフを強く勧める俺に、赤カブトさんはしみじみとツイートした。
「ペタさんって結構な勢いで変態さんだよね」
違うよ。俺は思慮深いんだ。物事を深く掘り下げていくとな、どうあってもエロスの岩盤にぶち当たる。そこを倫理だ何だと無理に避けて通ろうとするから人間ってのは自分たちがどこに向かってるのかすら見失うのさ。
ちょうど、今の俺みたいにな。
そう言って、俺は寂しげに微笑んだ。
2.スピンドック平原-深部
問題の上位個体コロニー付近に辿り着いた俺たちは、草むらに身を潜めて蠢く人影をじっと見守る。
俺たちの視線の先では、何やら怪しい儀式が執り行われていた。
あの集団は……査問会のメンバーか? 友愛の使者イベントの動画で目にした顔ぶれだ。顔ぶれっつーか黒尽くめだ。完全に邪教徒だよな、あれ。
「罪状を読み上げます。被告人は山岳都市においてスリを働き〜。よって死刑となります」
スピード判決だな。もはや裁判というよりサイバイマンの短い一生を眺めているような気分だ。
査問会に囚われた不憫な容疑者が泣き叫んでいる。
「ま、待ってくれー! 俺はコタタマじゃない! 俺はコタタマなんかじゃないんだー!」
意味が分からん。何だそりゃ。コタタマじゃないって、コタタマ氏だったら処刑されるってことか? 逆じゃね?
「キミは何か勘違いしてるみたい」
容疑者の訴えを、金髪碧眼の女が棄却した。ポチョさんか。思ったより背が低い。いや、低くはないか? 普通だ。ちっこいのが横に居るから大きく見えるけど。
ちっこいのがコクリと頷く。
「誤解しているー」
うん。実にコンパクトだ。あれがスズキシリーズの盟主か。パジャマみたいなの着てる。服のセンスないな。狩人っつー話だったと思うんだが。
狩人はファッションセンスを問われる上級者向けの職業だ。鎧やらローブに逃げることができないからな。遠足とか行く時に動きやすい服装でって言われてまさかのパジャマみたいな根底的なズレを感じる。
そして悲しいかな相棒の金髪さんはスタイルが違いすぎて助言できないと見た。凸凹コンビってやつだな。しかも悪い具合に噛み合ってる。
「死刑といっても良い意味での死刑ナリよ」
「ナリ? ポチョ、なんかそれ違う」
おおっと金髪さんはキャラ変に取り組んでいるようだー。
しかし良い意味での死刑とは? 安楽死ってことか?
違うらしい。コロ助は両手でメガホンを作って大声を上げた。
「ウサ吉ー!」
上位個体のお名前だ。
正式に登録された名称であるらしく、呼ばれればそりゃあ来る。殺しに来る。
遥か前方よりウサ吉がぴょんぴょんと飛び跳ねて猛速度で接近中。
うっ……デカいな。レイド級とまでは行かないが、通常のスピンとは明らかに体格が異なる。そしてモンスターは元からデカい。もっとデカいのがぶんぶんと頭を振りながら一切減速せずに突っ込んで来る。共同生活を営んでいるという話だったが……。
Nuuuuuuuuuu
ちょっ、半狂乱じゃん……。よだれが凄い。発達した門歯をギラつかせたウサ吉さんが咆哮を上げた。
金髪がウサ吉さんに負けじとぶんぶん手を振る。
「こっちこっち!」
ええ? マジか? あれ本当に飼い慣らせるの? 無理でしょ。いや、しかし……。
無理でした! 大きく飛び上がったウサ吉が直下にこれでもかというくらいの連打を浴びせた。ラッシュラッシュ。地面にクレーターができた。月面か。
「残像だ」
しかしポチョは無傷。速い。あの一瞬で回り込んだのか。小脇にちっこいのを抱え、傲然と告げた。
「さあ、ウサ吉。今日も悪い人を連れて来たぞ。たとえ記憶を失っていようとも、お前ならばママを見つけ出せる。それが愛の力なのっ。きゃっ」
あ、そういうこと?
自分で自分の台詞に照れたらしく、くねくねしてる金髪はスルーするとして。
そういうことかぁ。
いやぁ、でもそれ無理じゃねえかな?
だって、ほら。今まさに査問会のメンバーが哀れな被疑者を突き出したけど、ウサ吉まったく見てねえじゃん。一瞥もくれずに普通に踏み潰したぞ。判定場面があったとはとても思えん。
しかし頭おかしい女二人はそうは考えなかったようだ。
「また外れか……」
しょんぼりする金髪を脇の下からロリ系が慰める。
「ポチョ、諦めないで。愛は奇跡を起こすんだよ。あと、いつまで抱えてるの。降ろして」
いやぁ……。なんて言ったらいいんですかね。たまげたなぁ。
コタタマ氏、とんでもない置き土産をして行きなすったね……。
いやはや。いやはや、まったく。言葉を失うとはこのことだね。
……えっ。俺、今からあそこに顔出すの? たまげたなぁ。おどれーた。
仮にだよ? 仮に俺がご本人様だったとしてもさぁ。あれは無理でしょ。
かなり前向きに考えたとしてもさ。ひゅー。おめぇ強えなぁ〜で終わるよ。
ねえ、赤カブトさん。帰りませんか? 俺は帰りたいです。おうちへ戻ろうよ。
赤カブトさんはニコリと微笑み、そっと頷いた。英断、であった……。
だが、事態は俺の予想を遥かに上回り混迷としていくことになる。
遠く離れた小高い丘の上に人影が見えた。誰だ? 遠すぎてよく見えねえ。髪は長い。女か?
女が片手を上げた。すっと降ろした手の先に、獰猛な唸り声を上げているウサ吉の姿がある。
アナウンスが走った。
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ゲリライベント……? だが、今のはどう見ても……。
いや。そうか。そういうことなのか。
遂に現れたんだな。
敵性NPC【ギルド】の側についたプレイヤーが。
そしてそれは、おそらく今に始まったことではないのだ。
「ネフィリア……」
これは、とあるVRMMOの物語。
ストーリー分岐の時が迫る。それは取り返しがつくものではない。二度とやり直すことはできない。人生がそうであるように。
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