モルラー
1.ポポロンの森-【敗残兵】基地
住めば都のポポロン荘である。
サトゥ氏が是非にとせがむので仕方なく【敗残兵】のクランハウスで逗留生活を送っている。
しかしこれが慣れると快適なんだな。
黙っていてもネカマ六人衆が魔石を持って来てくれるから経験値稼ぎには事欠かないし、腐ってもトップクランの前線基地である。居間は広いし設備が充実しててメシが美味い。
不満点を挙げるとすれば大所帯ということもあり個室がやや手狭ってコトと、随所にトチ狂ったセンスが垣間見えるってトコくらいかな。
【敗残兵】の金づるもとい幹部の六人衆が割と無能ってことは有名だからな。
例えば、俺の部屋は天井から木彫り熊が吊ってある。こんなの笑うわ。でも完全に出オチだから慣れると段々飽きてくるし、そうなると今度はデメリットばかり目につくようになる。安全性が気になって木彫り熊の真下を歩けないとかな。
俺がコツコツと五寸釘をクラフトしていると、赤カブトがマイルームを訪れた。
よっすー。気さくに挨拶をする俺。
赤カブトは木彫り熊の真下を通らないよう迂回して俺の正面に座った。何やら改まった様子である。
「ペタタマくん」
なんでしょう。ジャムジェムさん。つられて俺も改まる。
「そろそろゲームをしませんか。ずっと家の中ではなく」
ああ……。俺は遂に来たかと思った。いつかはそういう話が出ると思っていたのだ。
どのゲームでもそうだが、遊び始めてすぐってのは一番面白い時期だからな。
だが、俺はここの快適ライフにすっかり身体が適応してしまった。性格上、荒事には向いてないってこともあるだろう。俺は鍛冶屋なのだ。
しかし赤カブトは戦闘職である。モンスターに魔法をぶっぱしてまとめて粉砕したいという欲は当然あるだろう。
俺は赤カブトの説得を試みる。
そう焦らなくてもいいんじゃないか。お前さん、【敗残兵】のクランメンバーから戦闘指南を受けたりもしてるんだろ? こんな機会はそうそうないぞ。
「しかしですね」
いや待てって。まず俺に言わせて。
サトゥ氏も誉めてたよ。お前のこと才能あるって。あとはサービス残業さえしてくれれば攻略組でもやって行けるようになるって太鼓判をだな。
「そこですよ。ペタタマくん。あの人、一日が三十六時間ペースなんですよ。私がそろそろログアウトして寝ようかなっていうタイミングで今日のスケジュールこれね〜とか言ってくるんです。真夜中ですよ?」
赤カブトさんは堰を切ったようにトップクランの実態を赤裸々に語り始めた。
「あと、優しいふりして時々凄く怖いこと言うんです。私に感情を捨てたマシーンになれとか言ってくるんです。すぐに笑って誤魔化してましたけど目がマジなんです。私、このままじゃ戦闘マシーンにされちゃう!」
おぅ、思ったよりも切実だったぜ。
まぁ……サトゥ氏って常識人ぶってるけど立派な廃人だからな。むしろ廃人の中の廃人っていうか、もはやリアルがメシ食べてたまに寝るゲームみたいな感じになってるご様子。
わっと両手で顔を覆って泣き出した赤カブトさんが、すぐに感情をコントロールして平静に戻った。
「それとですね」
あ、はい。
「私、あれから色々と考えたんですけど。やっぱりペタさんはペタさんだと思うんです。い、意外と優しいトコもあるし、そんなにひどい人じゃないって」
だろ? それってよく分かるよ。
俺、自分で言うのも何だけど偽悪的な部分があるんだよな。必要悪っていうかね。要は不器用なんだよ。実は芯の部分にさ、熱い一面を秘めてたりするのよ。
おっと、もじもじしていた赤カブトが一切の感情を捨て去ったような目で俺を見ている。
「でもね」
おい、ちょっと待て。その感情を一瞬で凍て付かせるのやめろ。お前、既に軽く洗脳され掛かってるじゃねーか。
しかし赤カブトさんは俺の言葉を無視して続けた。
「もしもそうじゃなかったらどうしようって。ペタさんが本当はコタタマさんで、もしもそうだったら、ペタさんの帰りを待ってる人だって居るよね。その人たちは、今どんな気持ちでいるんだろう……」
いや、それはどうかなぁ。
俺も色んなオンゲーやって来たけどさぁ。他のゲームに移る時って本当に波が引くみたいに元ゲーに興味がなくなるんだよな。
残される側になったことも数え切れないほどあるけど、言うほど気にしないぞ。それはゲームに限った話じゃなくてさ、人間ってのは感情を引きずらないように出来てるんだよな。
例えばの話な。環境破壊をテーマにした映画とか観ると、おぉ地球やべえよってなるよ。CO2抑えなきゃってなるけどさ。二、三日もすればエアコンガンガン掛けるじゃん。
それと同じことだと思うぜ。仮に俺がコタタマ氏だとしてもさ、居なきゃ居ないで何とかなるって。お互い赤ん坊じゃねえんだから。
「そこは個人差なので置いておくとして」
赤カブトは俺の話をこっちからそっちに置いた。
「ひとまず会いに行ってみようよ」
ええ? ちょっと抵抗あるなぁ。
コタタマ氏が所属してたクランって【ふれあい牧場】だろ? 俺、掲示板は見ない派だから詳細は分からねんだけどさ。サトゥ氏がコタタマ氏のクランメンバーについて何も言って来ないってのが不気味で仕方ないんだよな。
あっ。ジャムジェム、この話はあとにしよう。エサ遣りの時間だ。俺は立ち上がって居間に移動した。
居間では腹を空かせたモルラーが俺を待っていた。
「もるっ」
「もるるっ」
今日も理性を落っことして来ちまったらしいな。俺の足に纏わり付いてくるモルラーが、ただひたすら鬱陶しい。これが猫とかならまだ可愛げがあるんだろうが、実際は体重40キロオーバーだからな。普通に攻撃として成り立ってるわ。地味にゲージ削れる。
しかし動物好きに悪いやつは居ないっていうからな。俺は悪いやつじゃないから動物好きってことになる。
俺は歯列をギラつかせてこの俺という男が畜生風情にも優しいピュアボーイであることを強烈に示唆した。
「もるるっ……!」
「もるぁっ、もるあっ!」
モルラーどもが一斉に俺から距離を置いた。一定の距離を挟んで俺を威嚇してくる。
ふん、甘えた面をしおって……。俺が歩み寄ると同じだけ連中は引き下がる。やれやれ、追いかけっこか? だが生憎と退路はこの俺が塞いでいる。
「どこへ行こうというのかね」
俺は逃げ場のない閉鎖空間を逃げ惑うガキンチョを追い詰めるような優しい気持ちになってモルラーどもにぐいぐい迫る。
「もるぁーっ!」
進退窮まったモルラーどもが一斉に武器を抜いて突進して来た。
「ゲェー!?」
たちまち俺は串刺しにされて身体ごと居間を突っ切る。モルラーどもは止まらない。全身に力を込めて俺の身体にぐいぐい武器を押し込んでくる。惨劇を目の当たりにした赤カブトが悲鳴を上げた。
「ペタさん!?」
壁に磔にされた俺は、盛大に吐血してからモルラーどもの頬を優しく撫でてやった。
へっ、はしゃぎ過ぎだぜ……。やっぱり俺って動物に好かれる体質なんだな……。
「こ、怖くない。ね? ごほぁっ!」
俺はド派手に喀血して死んだ。
「ぺ、ペタさーん!」
2.食後-サトゥ氏帰還
モルラー共々ランチを済ませ、サトゥ氏の帰りを待つ。
いつ頃帰るのかとささやきを飛ばしてみたところ、ささやきが原因で死んだらしいのでそう長く待たずに済んだ。
「ただいまもる。そして居間が血の海もる……」
血痕やモツは放っておけば消える。わざわざ掃除する必要はないのだ。
本日のサトゥ氏は限界ギリギリまで攻めたらしく、語尾がもるっていた。
急に日本語にシフトすると思考がもる語に変換されるらしく、段階を踏んで少しずつ母国語に身体を慣らしていくのだ。
天井から滴る俺の血を悲しそうに見つめるサトゥ氏に、赤カブトが事情を説明した。俺の死因ではなく、コタタマ氏のクランメンバーに会いに行くという話だ。
サトゥ氏は渋い顔をした。やはり何かあるのか。
「もるぅ……。あまりオススメしないもるよ。もれは、違う、もっ、もっ……うっ、ごほっ、ごほっ」
サトゥ氏は無理に母国語を喋ろうとして咽せた。
「……もれは約束してるもる。お前のクランメンバーと。お前らしき人物を見つけたらもる? もるるっ……」
片言のほうが楽であるらしい。話にならなかったので、しばし間を置くことにした。
サトゥ氏に絵本を読んで聞かせることしばし。カメラのピントが合うようにサトゥ氏は少しずつ日本語を取り戻していった……。
「テーレッテー。こうしてティナン姫は空から降ってきたティナン王子にカウンターを浴びせ、互いに実力を認め合ったのでした。めでたしめでたし」
「いや、めでたくはないでしょ。完全に北斗の拳じゃん」
あわや添い寝かと危ぶまれたところでサトゥ氏が第二言語の呪縛から解き放たれたので、二人で居間に戻る。
しかし既に赤カブトがログアウトしていた為この日は解散ということになったのだが、サトゥ氏が腹を割って話したいことがあるというので少し付き合うことにした。
「お前な、戦う前から勝とうとするのはやめろ」
実は俺もたまにサトゥ氏から戦闘指南を受けている。
だが俺は鍛冶屋だ。【スライドリード(速い)】も使えないし、正面から戦って勝てる訳がない。よって闇討ちするか毒を盛ることになる。そんな俺のバトルスタイルがサトゥ氏は気に入らないらしい。
「訓練にならないだろ。いや、なってるよ? なってるけど、なんつーかジャンルが違うよねっつー。しまいにはガチでルール無用の殺し合いになりそうだから、ちょっとルール決めよ?」
話し合いの結果、ターン制ストラテジーが採用されることになった。
3.翌朝
サトゥ氏が俺の側面を取った。
えっと、俺のAGIが50でサトゥ氏のTECが71っつーステ振りだからサイドアタックボーナスで回避率は16%か。低っ。ちょっとぉ、計算式ゆるくない? つーか端数がヤラシイわ。何なん、その端数攻め。
「性格出るよなー。俺、リアル志向だからさー。数字がキッチリしてると逆に落ち着かないんだよね。じゃ、サイコロ振りまーす」
サトゥ氏のダイスロール。出目は2。俺に命中。
サトゥ氏のATKが63で俺のVITが90だからダメージは9だな。
「硬っ。重戦士じゃん。INT捨ててデバフ積むの反則臭くねーか?」
万能型は雑魚ってハッキリ分かんだよね。
ルールが決まったのでさっそくテストプレイをしていると、ログインした赤カブトが居間に降りてきた。
おいすー。ちょり、ちょりーっす。
俺らのテンションがおかしかったらしく、問い詰められて完徹したことがバレて怒られた。
させーん。させん、さっせーん。
俺らは目ん玉をかっ開き口を尖らせて謝罪した。
「む、ムカつく……!」
仮眠を取ることになった。すやぁ……。
4.三時間後
おい、話がまったく進んでねえじゃねえか。
ログインするなり俺は逆ギレした。
はいはい、すみませんねぇ! 俺の所為でさぁ! ご面倒をお掛けしますねぇ!
サトゥ氏が呆れている。
「それは一体どういう感情なんだ……」
いいから話をさっさと先に進めてくださいよぉ!
「分かった分かった。ええと……元クランメンバーに会いに行くという話だったな」
コタタマ氏のね。
「そうか。しかしな……。居場所は知っているが、あまり詳しくは話せないぞ」
何でだよ。
「保身だ」
サトゥ氏はキッパリと言った。
「俺は自分の身が可愛い。基本ノータッチの方向性で行きたい」
なるほどな。この話はなかったことにしよう。
「賢明な判断だ。では解散ということで……」
「ダメに決まってるでしょ」
しかし赤カブトは一歩も譲らなかった。
サトゥ氏が折れた。
「……コタタマ氏が所属していたクラン【ふれあい牧場】のメンバーは四人。先生、ポチョさん、スズキさん、アットム氏の四人だ」
魔王軍四天王とか言われてるメンバーだな。
「らしいな。あの人は今のコーナー。わー、パチパチパチ」
わーわーわー。
「ご声援に感謝。えー。まずは先生なんだが、長い瞑想に入ってしまった。お籠りです」
お籠りですか。
「ですよ。アットム氏は行方不明。捜索はしているが見つからない。ログインしているかどうかも分からない。そして問題は残る二人なんだが……」
ポチョさんとスズキさんか。
サトゥ氏は俺をじっと見つめて、ぽつりと言った。
「上位個体と一緒に暮らしております」
一体何が起ころうとしてるんです?
これは、とあるVRMMOの物語。
優しい時間は終わりを告げた。
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