パンモロ
1.ポポロンの森-【敗残兵】基地
「もぉおおおおおおおおおおおる!」
攻略最前線を走るトップクランの幹部どもが遠吠えをしている。
サトゥ氏が謝罪した。
「騒がしくて悪いな。俺が留守にしてる間に耐久走の更新に挑んでいたらしく、少し理性が飛んでるんだ」
マラソンバトルか。
このゲームの戦闘はかなり疲れる。だからガチクランのメンバーは継戦能力を伸ばすために長時間に及ぶ連戦を実施するらしい。筋肉と同じで精神力も叩かなければ伸びないのだ。
その結果、プレイヤーを牽引する立場にある廃人どもは一時的に理性を手放してしまったという訳だ。
「もるるるるるっ……!」
俺を威嚇しているアホをサトゥ氏がめっと叱った。
しかし何だな。やっぱり女らしい仕草ってのは重要な萌え要素の一つなんだな。
俺はしみじみと実感していた。
見てくれだけは美少女と言っても差し支えない連中がパンチラどころかパンモロしてるってのにガサツを通り越して野生化してる所為なのかちっともときめかない。まぁネカマだからってのもあるかもな。
【敗残兵】の廃課金六人衆が生放送の視聴者に媚びてエグいキャラ設定を演じているのは割と有名な話だ。それでいて視聴率は順調に伸びているという話だから、まったくもって救いようがない。
俺が世の無常を嘆いていると、キッチンのほうからエロいシスターさんが出てきた。ガンガンと中華鍋を叩いてアホどもに告げる。
「エサが出来たぞ〜」
「もるっ」
「もるるっ」
鍋ごと床に置かれたチャーハンに瞳を輝かせたアホどもががっつく。
やれやれとエプロンの腰ひもを解いたシスターさんが俺を見てギョッとした。
「わ、わぁー!」
ガタガタと椅子を薙ぎ倒したシスターさんが床に引っくり返った。
「コタタマの怨霊だっ! やっぱり化けて出たんだー!」
起き上がろうとして失敗したシスターさんが再度すっ転んだ。
シスターさんの悲鳴を聞きつけて居間に飛び込んできた【敗残兵】の平メンバーが一斉にシスターさんに駆け寄る。
「り、リチェットさん! パンツ! パンツを隠して!」
「パンモロしてますよ! リチェットさん!」
「あと怨霊じゃありませんから! マスターから話があったじゃないですか!」
うん……。
リチェットさんか。これまた有名人だな。サトゥ氏の右腕にして【敗残兵】最古参のメンバーの一人だ。
リチェットさんは修道服の裾を押さえながら涙目で俺を指差す。
「だ、だって似てるなんてもんじゃないぞ。まるっきりご本人様じゃないかぁ……」
そいつは聞き捨てならねえな。
俺はネクタイの結び目をキチッとして人違いであることを強く主張した。
もうサトゥ氏には何度も説明したが、俺はコタタマ氏とは縁もゆかりもねえ善良な新規ユーザー様だぜ。
確かに紛らわしい見た目をしてるかもしれねえよ。その点に関しちゃあ俺の落ち度でもあるわな。済まねえと思ってる。だがな、だからと言ってろくに確認もせずに罠に嵌めるってのはやり過ぎじゃねえか?
いや、勘違いしないでくれよな。俺は別に金を寄越せって言ってる訳じゃねえんだ。ただ、誠意を見せてくれと、こう言ってるのさ。分かってくれるよな?
歩み寄りの姿勢を見せる俺に、リチェットが小さく悲鳴を上げた。
「し、初対面の人間にこうまで強気に出れるものなのか……? どう考えても本人としか思えない……」
人違いだって言ってんだろ! 殺すぞ!
「ほらぁ! 殺すって言った! この口の悪さは絶対に本人だよ!」
くそがっ。人間はやっぱ見た目なのかよ? 俺から醸し出てる筈の穏やかなオーラがうまく伝わってねえ。先入観ってやつは本当に面倒だぜ。
喚き立てるリチェットにサトゥ氏が片手を上げた。
「リチェット。少し黙れ」
お口チャックしたリチェットに一つ頷き、サトゥ氏はじっと俺を観察する。
「飽くまでも別人だと言い張るんだな?」
おうよ。何しろ本当に別人だからな。
「外見については意識して似せた訳ではない、と。まったくの偶然だと。時期的にも完全に一致しているが……それについてはどう考えている? つまり今日までお前がこのゲームに見向きしなかった理由だ」
そりゃあ胡散臭いからだよ。このゲームはな、いつデスゲームが始まっても不思議じゃないとか言われてるんだぜ? 巻き込まれたら堪ったもんじゃねえ。だが、まったく興味がなかった訳じゃねえからな。いつかは我慢できなくなると思ってた。それがたまたま今日だったのさ。
「しかし証拠は出せない。イベント当日の記憶はあいまいで、何をしていたのか明確には覚えていない、と……」
それってそんなに変なことか? 自分がいつどこで何やってたかハッキリ言えるやつなんてそうは居ねえだろ。スマホいじってたら二、三時間なんてすぐだしよ。
「言ってることが滅茶苦茶だ。しかし……何故か真に迫る感じだ……」
滅茶苦茶ではないだろ。完全に筋が通ってるじゃねえか。
サトゥ氏は肩をすくめて笑った。
「冗談だよ。俺も本気でお前を疑ってる訳じゃない。他に怪しいやつは幾らでも居るからな。理屈で言えば確率は1%もないと思っている」
……嘘だな。こいつは俺を疑っている。
「俺がお前をこうして保護したのは、お前を匿うという意味もある」
保護、ね。物は言いようだ。
俺と一緒に連れて来られた赤カブトがサトゥ氏に食って掛かる。
「匿うってどういうことですか?」
サトゥ氏は俺から目を離さない。
「ネフィリアだ。コタタマ氏と似たプレイヤー……もしかしたらコタタマ氏本人かもしれないプレイヤーをあいつが放っておくとは考えにくい」
ふん、どうだかな。
サトゥ氏。お前、最初にこう言ったな。俺が記憶を失ってるってよ。ありゃあ一体どういう意味だ?
「……そう。お前はそういうやつだ。何食わない顔してキッチリと話を聞いてるし、それを悟らせない」
何が何でも俺を疑いたいらしいな。だが、お前はもっと焦るべきなんだよ。俺はコタタマ氏じゃねえ。絶対の確信を持ってそう言える。お前、俺に構ってる場合じゃないんじゃねえか? こうしてる間にも本物のコタタマ氏はのうのうと次のイベントに向けて準備を進めてるかもしれねえぞ。
「……3%……まさか本当に……?」
やめろやめろ。勝手に俺をプロファイリングするな。
「しかし少なくとも……俺たちは表向き利害関係が一致している訳だ。お前は身の潔白を証明したい。俺は真相を明らかにしたい」
そうだな。それは確かだ。
「よし、いいだろう。あの日、何があったか教えてやる」
そう言ってサトゥ氏はカイワレ大根勇者事件のあらましを語り出した。
そこには俺も知らなかった真実があった。
コタタマ氏の最期については様々な憶測が飛び交っている。それは何故か。動画が残らなかったからだ。
GMマレとの決戦においてコタタマ氏はチートを使ったとされている。しかしその瞬間を捉えた映像が出回ることはなかった。
運営の検閲が入ったのだ。あの日、コタタマ氏はティナンに変貌したのだという。
ティナンの撮影は禁じられている。だから問題の場面でコタタマ氏を映したデータは残らなかった。コタタマ氏の最期についても同様だ。
一応、筋は通っている……か? しかし相手はGMだ。何があっても不思議ではないとも言える。
しかしキャラクターデリートではなく、セーブデータの破損とはな……。
ゲームの出来事がリアルの記憶に影響を及ぼすってのか? 完全にデスゲームの兆候じゃねえか。本当に大丈夫なのか、このゲーム。
まぁ今更の話ではある。自分の思い通りにキャラクターを動かせるってのはそういうことだ。運営がその気になればユーザーの脳みそをハッキングすることも可能だろうってのはリリース当初から言われていたことだ。
しかし赤カブトにとっては寝耳に水だったらしい。この子、下調べをまったくしてないからね。スマホの機種変更する時にバックアップとか全然してなくてケータイショップでデータ移行お願いしますとか平気で言うタイプだ。
赤カブトさんはぽかんとして、
「え? 記憶が? え? あれ、ゴメンなさい。私、全然理解できてないです。私だけですか? ペタさん、分かった?」
まぁな。
話を整理すると、コタタマ氏は【NAi】の手駒だった。具体的に何があったのかは分からないが【NAi】はレ氏に反旗を翻そうとしていて、しかし失敗に終わった。
【NAi】がコタタマ氏に埋め込んだチートの種はレ氏の手で封印され……。
だがコタタマ氏はその封印を自力で打ち破った。いや、【NAi】が何か手を加えた可能性もあるな。女神の加護を奪われまいとしたのかもしれねえ。
いずれにせよ、チートの代償は大きかった。セーブデータの破損。それはあり得る事態だとGMが認めている、か……。
もちろん俺はコタタマ氏じゃない。それは断言できる。だが、その根拠は内面的なものだ。俺が心根の優しい立派な男であることを、他人に証明するのは難しい。心は目に見えるものじゃないからな。
しかし、なるほど……。そういう状況であればサトゥ氏が俺を疑うのも頷ける。
そして……セーブデータの破損ってのは確定情報じゃない。そうだな? サトゥ氏。
サトゥ氏は頷いた。だろうな……。俺たちは同時に呟いた。
「チートは再現できる」
GMマレはコタタマ氏に脅された可能性が高い。ティナンを人質に取られたな。
コタタマ氏のセーブデータが本当に破損したかどうかは調べようがない。だが……。
「コタタマ氏のことだ。仮にセーブデータが破損したとしても記憶を取り戻せるよう仕組んである筈だ」
そして破損していなかったとすれば、記憶喪失のふりをする、か。……いや、だったらビジュアルを変えるんじゃねえか? そのほうが確実だ。
「そっちは考えても無駄だ。もしもそうだったら手の打ちようがない。だが……コタタマ氏が先生から離れるとは思えない。放っておいてもすぐにボロを出す」
コタタマ氏は先生と呼ばれる羊さんに心酔していたらしい。
サトゥ氏は俯いた。
「俺は……何としてもコタタマ氏の記憶を取り戻してやりたい。友達なんだ。しかし、むしろ厄介なのは記憶を失っているふりをしている可能性……そっちのほうだ。ネフィリアの悪意と先生の知恵、二つが合わさったならもはや俺の手には負えない。どうやってヤツの犯行を暴くか……。お前ならどうする?」
俺はサトゥ氏を指差した。
「コタタマ氏しか知り得ないことを喋らせる。今お前が俺にやっていることだ」
「お前絶対に本人だろ!」
凄い勢いで突っ込まれた。
いや、だから違えって。もー。どうしたら納得してくれるんですかね?
これは、とあるVRMMOの物語。
犯人はこの中に居る。
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