アッガイ
1.ポポロンの森-山岳都市前
木陰に身を潜めた俺は山岳都市の門番をじっと見つめている。
山岳都市の防衛に当たっているのはティナン志士だ。元々山岳都市に警察機構はなかったと聞く。そこに薄汚れちまったチャレンジ精神を持つ種族人間が現れたことで、有志のティナンが警備を始めたらしい。
だが種族人間も負けちゃいない。一体どこまでOKなのか? 色々と試したらしい。結果、全裸はアウトだがパンイチにソックスとネクタイはギリギリセーフであるとの報告が上がっている。ソックスとネクタイか……。
思い悩む俺。
だが赤カブトは能天気そのものである。俺のスタートダッシュを挫いた宿敵であるが、何故か俺に着いてきた。
赤カブトは門番ティナンに心を奪われている。心を奪われるあまりシンクロしているようだ。
「ふぁ、ふぁ、ふぁ……」
門番ティナンがくちっとくしゃみをした。
「あぁ〜っ」
情熱を持て余した赤カブトが俺の腹をぼすぼすと叩いてくる。何なん。何なんよ。
赤カブトが俺を見据えた。
「ティナン可愛いっ」
まぁね。俺は認めた。ゲームにマスコットキャラクターは付き物だ。俺も大概可愛い生き物は見慣れたつもりだったが、ここにあざとさの一つの極致を見た思いだ。
そして俺はそのあざとい生き物をどうにか出し抜けないかと考えている。
山岳都市ニャンダムは読んで字の如く山の斜面に建物を並べた都市だ。山登りすれば密入国はできそうだが、面倒臭いのでそれは避けたい。ネトゲーってのはつまるところプレイヤー同士の競争だからな。無駄はなくすべきだ。
俺は少し考えてから門番ティナンを凝視している変態女に声を掛けた。
やい。赤カブト。ちょっとお前、先にバザーに行って俺のソックスとネクタイを買ってきてくれませんかね。金はあとで何とかして返します。
「そんなこと言って逃げるつもりなんでしょ」
逃げないよ。ていうか逃げちゃダメなの?
「私、ラックさんのこと友達だと思ってるから」
俺はそうは思ってないんだが……。
ん? ラック? 俺のことか? 俺は内心で首をひねった。……ああ、そういえば偽名を名乗ったきりになってたな。まぁいいや。このまま通そう。偽名を使わない理由がないからな。
俺は自称友達にニコリと微笑んだ。
ああ。俺もお前のこと友達だと思ってるよ。友達ってのは互いに信頼し合うもんだ。頼まれてくれるな?
赤カブトはじっと俺を見つめている。
「じゃ、フレンド登録しよ」
ぐっ……。コイツ……腹黒いぞ。猫被ってやがったな。いつの間にかタメ口になってるし、丁寧語で話し掛けてきたおどおど系女子だった頃の赤カブトさんが無性に懐かしい。この短期間でこうもひねくれちまうとは。もるるっ……。
悲しげに鳴く俺に、赤カブトさんがぐいっと迫る。
「早く」
くそがぁっ……!
俺がこうまで渋るのには理由がある。
フレンド登録ってのは諸刃の刃だ。まず本名がバレる。そしてフレンドにはささやきが送れる。いったん登録して後からリストから消しても相手のリストには残る。つまり不利にしかならない。ブラックリストもしかりだ。
……いや。ポジティブに考えるんだ。この女はどうやら魔法使いとして天性のものを持っているらしい。偽名を使ったことがバレるのは確かにアレだが、本名を明かさないのは当然のことだ。足が付くからな。
俺はメニューを開いて赤カブトにフレンド申請を送った。受諾された。早い。その早さが何だか怖い。
赤カブトはフレンドリストを確認しているようだ。じっと虚空を見つめてから、ぼそりと呟いた。
「名前違うし」
俺は頭を下げてお辞儀した。
ペタタマです。よろしくお願いします。
赤カブトもぺこりとお辞儀した。
「ジャムジェムです。よろしくお願いします」
頭を上げた赤カブトの薄くピンクがかった虹彩がキラリと光った。
2.山岳都市ニャンダム
ジャムジェムにソックスとネクタイを買ってきて貰った俺は、無事に入国審査を終えて山岳都市に足を踏み入れることができなかった。
「おい、お前。止まれ」
門番ティナンに呼び止められたのだ。
これは、まさか……ただしイケメンに限るってやつなのか? 俺は緊張した。
門番ティナンさんは立ち止まった俺をじろじろと見上げる。
「お前、コタタマだろ」
ああ、何だ。その件か。俺はほっと胸を撫で下ろした。
いえ、門番さん。人違いですよ。コタタマってあれでしょ? 大罪人の。いやぁ、俺も似ちゃったなぁとは思ったんですがね。紛らわしくてゴメンね。でもヤツは悪行が祟ってこの世界から追放されたらしいじゃないですか。人の噂も七十五日って言いますからね。居なくなったヤツに気を遣うのも変な話でしょう?
「……そうか。そうだな。だが、その格好はどうかと思うぞ。最低限、下着姿で往来をうろつかないことを勧める。行ってよし」
ありがとうございます。お仕事がんばってください。
俺は会釈して今度こそ無事に山岳都市に足を踏み入れた。一足先に門番チェックをあっさりとクリアした赤カブトと合流する。
「コタタマって有名な人なの?」
お前、少しくらい下調べしたほうがいいぞ。
俺は歩きながら赤カブトに説明してやった。
有名人も有名人。このゲームで一番ヤバいって言われてる魔女の一番弟子がコタタマだ。魔女とは袂を分かったっつー話だが、まったく改心していなかったらしくてな。立て続けに大事件を起こしてキャラクターデリートを食らった。
まぁ俺らみたいな善良な市民には縁遠い話ではあるがな。
「善良な市民は他人の武器を盗もうとはしないと思う……」
人聞き悪いこと言うなよ。未遂じゃねえか。俺は犯行に及ぶ直前になって連中に情を移しちまった自分に気が付いて、世の中には悪いやつも居るんだと忠告して連中の前から姿を消した、だろ?
「うん、私はそう説明したね。リーダーさん、凄く気にしてたよ」
だったらそれが連中にとっての真実なのさ。俺もそれでいいと思ってる。
「なんか無理やりイイ話にしようとしてない?」
してない。
要は需要と供給の問題なんだ。知らないほうがいいコトってあると思うんだよな。お前が黙ってればみんな幸せになれる。そうだろ? 赤カブトよ。
「赤カブトじゃありません」
でも鬼首よりは可愛いだろ。
「何言ってるのか分かりません」
そうこう言っている内にバザーに着いた。
俺の目的は服だ。俺という物語を、まずは服を着ることから始めたい。金は赤カブトに出して貰う。見方によってはまるでヒモのようだが……。飽くまでも俺は金を借りているだけ。たとえ最終的に踏み倒すことになろうとも、魂さえ屈さなければヒモではない。
バザーに足を踏み入れた俺は、しかしそこで信じ難いものを目にした。
バカな。あれは……。
突然足を止めた俺を赤カブトが不思議そうに見る。
「ペタさん?」
俺はわななく口元を片手で覆い、震える指でそれを指差した。
「あ……」
アッガイだ。アッガイが居る。
信じられない。一体どうしてこんなところに?
俺は吸い寄せられるようにふらふらとアッガイに近寄っていく。
ハッとした赤カブトが俺の腕を掴んで引き止めようとする。
「ま、待って! おかしいよ、あんなの。怪しいっ」
分かってる。分かってるんだよ。そんなことは言われるまでもなく。
でもアッガイだ。アッガイなんだよ。
あっ、俺に気が付いたぞ。アッガイが俺に手を振っている。アッガイが俺に手を……!
夢みたいだ。俺は赤カブトの手を振り解いて駆け出した。
そして落とし穴に落ちた。
「ペタさーん!」
一瞬俺の身に何が起きたのか理解できなかった。
落とし穴だと? 罠……か? 俺は……嵌められたのか!?
俺は穴の底でガバッと跳ね起きた。致死性のトラップじゃない。足止め、あるいは捕縛を目的としたものだ。
斧は? ある。こいつを足場にして脱出できるか? 穴の深さは……。
頭上を仰いだ俺を、一人の男が見下ろしていた。俺のアッガイの肩に馴れ馴れしく腕を回している。
「お前は……!」
「記憶を失ったというのは本当なのかな? こんな初歩的なトラップに嵌まるとは」
有名人だ。サトウシリーズの第二席にしてトップクラン【敗残兵】のクランマスター。国内サーバー最強の男。
俺は叫んだ。
「サトゥ!」
「コタタマ氏。見つけたよ」
サトゥ氏はニヤリと笑った。
これは、とあるVRMMOの物語。
急転直下……!
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