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ギスギスオンライン  作者: ココナッツ野山
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チワワの楽園

 1.スピンドック平原


 久方ぶりに作家大先生と旧交を温めたので、ちょうど良いと思ってキャメルを連れてメメリュとワニワニの指導に当たっている。

 見晴らしの良い原っぱで狩りをしていると絡んでくる俺を、生意気なチワワ二人はウザったそうに見てくる。


「あれだけのことをしでかして、当たり前のように接してくるな、この男……」

「逆にこっちが気まずい思いしてるのは何なの?」


 言いたいことはそれだけか?


「は?」


 察しが悪いな。こんなことまでいちいち説明しなきゃダメなのか……。

 俺は溜息を吐いた。仕方ないので説明する。

 俺がお前らを殺そうとした件は俺が死んでオチが付いたからもういいんだよ。終わった話だ。そんな細けぇこといちいち気にしてたら今に人間関係で身動きが取れなくなるぞ。実際、このゲームに適応した知らないゴミどもは日をまたぐと好感度がいったんリセットされるふしがあるしな。お前らもそうしろ。もちろん俺に惚れたらその限りじゃないが、そういう予定はないんだろ?


「ある訳ないでしょ」


 だろ? だったらいいじゃねーか。好きの反対は無関心って言うじゃん。俺は違うと思うけど、お前らは納得してンだろ? それなのに俺の所業を引きずるのはおかしいだろ。そういうのを矛盾って言うんだよ。ちゃんと好感度をリセットしろよ。それができねーってんなら、せめて俺を利用してやろうってくらいの気概を持て。言っとくがお前らに構ってくれる熟練者なんか俺以外に居ねーぞ。俺にしたってお前らがジャムのダチじゃなかったら無視してる。

 この話はそれでおしまいだな。気になる本日のゲストを紹介するぞ。こっちの金髪はキャメルだ。【学級新聞】っつうクランに所属してるブログ屋だ。絵描きでな、今日はお前らのことを記事にしてくれる。

 キャメルが口出ししてくる。


「コタタマさん。初耳なんですけど」


 言ってないからな。お前、前にジャムをメインにシリーズ物やりたいって言ってただろ。初心者向けの記事を書くとか何とか……。あの時の言葉は嘘か?


「嘘じゃないですけどぉ」


 だったらやれ。こっちの剣士はメメリュ。魔法使いはワニワニだ。二人とも初心者で、イイモノを持ってる。この俺が言うんだから間違いないぞ。

 ……正直なところ人材の良し悪しなど俺には分からないが、俺には数々のプレイヤーを一人前に育てた実績がある。世間は俺の実績を見て俺に人を見る目があると思い込む。そうなれば俺に見初められたヤツらも俺に付いていけば間違いないと勝手に勘違いしてくれる。そして将来が保証されていると勘違いしたヤツらはそこそこ真面目にがんばる。結局のところ俺の人材育成術はそういう理屈だ。真面目にがんばるだけで他の不真面目なゴミどもより一歩も二歩も先んじることができる。それが現実の社会というものだ。休日をスマホをいじって潰す連中には辿り着けない境地というものがある。

 キャメルはチワワコンビに少し興味が湧いたようだ。二人をまじまじと眺めて一瞬だけ怪訝な顔をしてから、すぐに表情を改めてにぱっと笑った。


「申し遅れました! 私はキャメルと言います! メメリュさんとワニワニさんですね! よろしくお願いします!」


 ぺこりと頭を下げるキャメルにメメリュとワニワニが困惑しながらぺこぺことお辞儀を返した。

 キャメルの見てくれは金髪碧眼の美女だ。メメリュは満更でもなさそうにしている。お堅い口調やキビキビした働きぶりで誤解されそうなキャラをしているが、メメリュは女キャラに対してガードがゆるい。人見知りのケがありそうなのは、むしろワニワニのほうだ。

 ワニワニは未だに俺を疑っているらしく、終わった話を蒸し返してくる。


「全然納得できないんですケド。好感度をリセットしろとか意味分かんないこと言って誤魔化さないでください!」


 じゃあ本音を言おうか。お前らはジャムジェムの足手まといなんだよ。あいつはああ見えて腕が立つぞ。この前、お前らの戦闘指南をやってたバンビ。知ってるかもしれんが、あいつは【敗残兵】っつー国内最強の戦闘集団のメンバーだ。ジャムジェムは【敗残兵】で当時クランマスターだったヤツから直々に教わってて、そいつから才能があると認められてる。俺の言ってる意味分かるか? 俺がお前らに厳しく当たるのは、お前らが雑魚だからだよ。もしもお前らがウチのジャムのダチだってんなら、少しくらいはあいつの助けになってくれてもいいんじゃないか?


 俺は赤カブトの正体についてはこの場では伏せた。少しでも興味があれば調べれば分かることだし、何の実績も持たないチワワは信用に値しない。なんならチワワの中でも極めて低いほうだ。俺はコイツらに関して、偶然を装って赤カブトに近付いた不審人物くらいの目で見てる。いっそ二十四時間粘着攻勢を仕掛けて引退に追い込みたいくらいだ。

 しかし、ここにコイツらが俺の魔の手を逃れて生き残る唯一のルートがある。

 マグちゃん親衛隊しかり、この二人を赤カブトの親衛隊に組み込むというルートだ。

 とはいえ赤カブトにはポチョにスズキという強力な護衛がすでに居る。マグちゃんとは事情が異なる。

 俺がマグちゃんのパリメンに虎の子の暗たまを付けたのは、あいつらがマグちゃんにとって初めて出来たフレンドで、一緒に成長していくことができるからだ。重要なのはその立場であって、別に才能がなくとも良かった。

 そこに来てメメリュとワニワニに関しては、よほど才能がなくては赤カブトの近くに置く価値を感じない。

 俺は手元に金属片を浮かべて言った。


「時間が惜しい。始めよう。まずはお前らの現在地を知る。俺が相手をしてやるよ」


 ダッシュで死に戻りした俺は、俺殺害RTAのタイムを見て眉をしかめる。

 ほぼ予想通りだな。良くはないが悪くもない。無難なタイムを弾き出しやがってからに。こいつは骨が折れそうだぜ……。

 おい、メメリュ。お前は前衛だ。なんで突進しなかった? 俺の手札をお前は知らねーだろう。お前は前に出て攻めるしかなかった。ワニワニを置いて死ねないという意識があるな? その意識はどこから出てくる? 答えなくていい。お前の個人的な事情はお前が自分で解決しろ。俺はお前らのリアルの面倒まで見てやるつもりはない。

 ワニワニ。ちょっと来い。メメリュも。

 俺は二人を手招きして地べたに石ころを置いて図解した。

 今、お前らは二対一の構図。圧倒的に有利な状況だった。プロの格闘家だって一対ニは嫌がるぜ。何しろ人間ってのは軽く小突いただけで同じ人間をブッ飛ばせるようには出来てねーんだ。つまり、ワニワニ。お前はその杖で俺に殴り掛かっても良かった。PvPとPvEは分けて考えろ。人間とモンスターはまったく別の生き物だ。部屋に入ってきてプンプンと飛び回るウザい蚊トンボを大技で葬る必要はない。むしろ大振りになるから当たりにくいだろ。


「でもコタタマさんはゴキブリみたいになれるじゃないですか」


 ゴキブリって言うな。俺を誰だと思ってる。舐めんな。オメェーらチワワごときに変身するかよ。俺の空気を読め。よく見るってのは観るってことだ。よく聞くってのは聴くってことだ。

 俺は頼りになる男、承太郎の言葉を引用した。


「ちょくちょく変身してるくせに何言ってるんですか?」


 俺は論破された。黙って事の成り行きを見守っているメメリュさんに助けを求める。

 ちょっとメメリュさん! この子、俺のこと嫌いすぎじゃない? 言葉にいちいちトゲがあるんですケドぉ!

 俺は叫びながらキャメルの挙動を観察した。キャメルはメメリュを見て何か言いたそうにしている。……コイツ、メメリュが女キャラってことに気が付いたな。この場で俺が指摘してやってもいいが……それだと俺はつまらないなァ。貴重な男装キャラだ。知らないふりをして風呂上がりに対面して「お、お前……!?」みたいなイベントをやってみたいじゃないか。

 俺は大袈裟に嘆くふりをして、くるりと回転するとキャメルにだけ見えるよう黙っておけとジェスチャーした。

 キャメルが小さく頷いて了解の意を示す。


 ワニワニが生意気すぎるので反省会は中断。そうまで言うなら俺を倒してみな!

 そういうことになった。



 2.マールマール鉱山-山中


 ジャンケンで勝った俺はエリア指定の権利を獲得。マールマール鉱山の山中で雌雄を決することにした。何しろ俺にはモグラさんぬいぐるみの加護がある。別にそうと決まった訳じゃないが、ここなら視界が悪いため有利に立ち回れる。

 俺とチワワコンビの争いは熾烈を極めた。俺は木々に紛れて奇襲を仕掛けるが、回を重ねるごとにチワワコンビの動きは洗練されていく。

 茂みを掻き分けて俺を捜索するチワワコンビは完全に俺を殺る気マンマンだ。俺はキャメルと共に息を潜めて二人を遣り過ごす。

 くそがっ、これから奇襲しますと宣言してるようなモンじゃねーか。こんなモンは奇襲じゃねえ。何より敵は二人。いくら俺でも二人を同時に相手したら秒で殺られる。

 俺は茂みからこそっと顔を出してメメリュを指差した。俺の爪と肉の隙間から這い出したウッディがピュンとレーザー光線を放ってメメリュを射殺した。

 ザマァー! しょせんチワワなど俺の敵ではないのだ。

 俺は茂みから飛び出して相棒の射殺をむざむざと許したワニワニを煽った。

 あれれぇ〜!? おっかしいなー! レーザー避けられないんですかァー!? 近接職なのになァー!


 このゲームのプレイヤーは光学兵器に対して一定の耐性を持つ。当たっても弾くとかじゃない。回避判定にボーナスが付く。それはパッシブスキルの一種で、ギルドに対抗するための機能だった。

 俺たちにとって厄介なのはむしろ実弾兵器のほうで、歩兵ちゃんがバラ撒く鉛玉に関しては自力で何とかするしかない。


 相棒を殺られてカッとなったワニワニが杖で殴り掛かってくる。

 おっと! ひらりと身を躱した俺はぴょんぴょんと跳ねながらピロロロロロロと怪音波を放って凶暴な魔法使い女の甘さをなじった。

 考えが浅ぇーんだよ! 俺がギルドの力を持ってるのは何度も見せたよな!? 狙撃はないとでも思ったか? どこまでおめでたいんだ、オメェーらは! ばーか、ばーか!

 しかしワニワニにはちっとも反省した様子がない。杖を振り上げて一直線に俺を追ってくる。狂戦士ですわ。近接職のほうが向いてるんじゃねーの? いや、俺の挑発に乗ってくるようじゃダメかな。

 へっ、ちっとばかし頭を冷やしな!

 俺は片手を突き出して指を蠢かせた。

 コンテナぁ!

 箱状に組まれた金属片がワニワニを閉じ込める。よしよし。勝った……! このまま無惨に押し潰してやる……!

 俺は勝利を確信したが、次の瞬間に俺のコンテナが弾け飛んだ。

 何っ? 俺は驚愕した。【重撃連打】じゃない。【四ツ落下】でもない。【全身強打】だと? 【全身強打】は金属片に有効なのか……!?

 いや、有効どころじゃない。考えが浅かった。俺の指先に軋むような感触があり、俺の身体をビキビキと亀裂が這い上がってくる。

 何ぃぃぃ!?


 最初期に開放された【全身強打】は未だに種族人間の切り札であり続けている。

 非生物透過の性質や指先に掠っただけで標的を死に至らしめる高い殺傷力がそうさせるのだ。

 そして【全身強打】の非生物透過は所有権で縛られたプレイヤーの装備品には適用されないことが判明している。逆に言えば防具が防波堤として機能することも。

 金属片は俺の身体の一部だ。

 俺のコンテナにはッ、こんな弱点があったのかッ……!

 メリメリと身体の亀裂が広がっていく。

 俺は片膝を屈して、こちらを見下ろしているワニワニのふくらはぎをじっと見つめた。

 俺は内心で呟く。

 どうした。さっさと殺せよ。冥土の土産でもくれるってのかい?

 だから甘いってんだよ!

 俺はスラリー(遅い)を解除して斧を跳ね上げた。ワニワニの杖と俺の斧が交錯する。俺の肘が砕けた。斧がすっぽ抜ける。

 ワニワニが再び杖を振り上げる。

 待っ……!


「死んじゃえバカー!」


 俺は死んだ。



 3.クランハウス-居間


 まぁそんな感じですわ。

 厳しい特訓を終えたメメリュとワニワニはウチの丸太小屋で眠りこけている。せっかく俺が総括をしてやっていたのに途中で居眠りを始めやがったのだ。

 ソファの上で身を寄せ合って眠る二人の寝顔は無邪気なもので、つい先ほどまで俺をなぶり殺しにすることに並々ならぬ情熱を燃やしていたとはとても思えない。

 俺は総括を締め括った。

 終盤はメメリュもレーザーに反応してたし、まーまーだな。いいコンビだよ、お前らは。

 そう言って俺はボールペンをテーブルの上に放り投げた。

 特訓の一部始終を見学していたキャメルが微笑ましそうに俺を見ている。


「そういうの、ちゃんと言ってあげればいいのに。なんだかんだで真剣に付き合ってあげてたし、コタタマさんは面倒見がいいですよね〜」

 

 俺一人じゃ無理だからな。


「へ?」


 そうだな。お前には話しておこう。俺はな、この世界でデカい戦争を起こすつもりでいる。この世に人間がいる限り永遠に終わることはなくて、延々と共食いするようなモンが望ましい。

 そこで俺たちは考えた。俺たちはその手の戦争に心当たりがある。要するにリアルの真似をすればいいんだとな。

 リアルから戦争がなくなることはないだろう? それは100年後も200年後も……きっと1000年経っても変わらない。

 このゲームは良く出来ちゃいるが、どこか嘘臭い。バランスが狂ってるんだ。もっとリアルに寄せるにはどうしたらいい?

 簡単だ。もっとメチャクチャにしちまえばいい。チワワどもを育てるのはその一環さ。どうも人類社会ってのは軍事バランスが極端に偏っていたり主従関係がハッキリしてると安定しちまうらしい。

 だから対立構図を作り出す。チワワどもを鍛えて、ゴミどもに対抗できる力を持たせる。そして……力ってのは良くも悪くも人を変える。

 キャミー。わくわくしないか? この世界をメチャクチャにするのはコイツらチワワなんだ。先輩風を吹かせてマイナールールを押し付けてくるゴミども。けど、コイツらチワワは納得しねえ。そんなの知ったこっちゃねえと牙を剥く。力があればそうなる。

 リリララじゃない人は惜しいところまで行った。まったり派を率いて一時はガチ勢を追い落とした。が、パピコ戦。結局のところ主役を張ったのは廃人だった。お陰でよく分かったよ。あの遣り方じゃダメなんだ。

 だから今度は俺がやる。

 俺が最後の異常個体になる。




 これは、とあるVRMMOの物語

 暗黒時代が産み落とした怪物が動き出す……。



 GunS Guilds Online



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― 新着の感想 ―
[一言] VRMMOをもっとリアルにするために、モラルもルールも取っ払ってホンモノの戦争起こす。は、これだけでメインテーマになる位めちゃくちゃカッコイイと思う。 言ってるのがタマ氏じゃなければ…
[一言] モグラ対ウサギを消えない火種にした奴だ 言うことが違う
[良い点] ワニワニいいね [気になる点] たちって誰だよ。メイヨウ? [一言] まぁどうせ空中分解するだろうけど
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