闇のスキル
1.スピンドック平原-女神像
死に戻りするなりリチェット隊長殿からささやきの着信があった。
時間差かもな。幽体はささやきを受け付けない。その場合、送られたささやきは肉体の再構成を待って届く仕様になっている。
隊長殿のささやきの内容はこうだ。
『サトゥは全て自分がやったことだと証言している』
なるほど? 罪を一人で被ることで好印象を与えようとしている、のと……そう言っておけば俺が乗っかると読んだのか。とんでもねぇ野郎だな。何か逆転の策があるのか……? 面白い。その勝負、乗ってやるよ。
俺は地下から這い出しながらリチェットにささやきでサトゥ氏の考えていることをブチ撒けた。ついでにこう付け加えておく。
ヤツはそういう小賢しい計算をしてるってことだ。本当に心から反省してるなら出て来ない発想だ。手を緩めるなよ。
おっと、サトゥ氏からささやきが。
『コタタマ氏。口裏を合わせないか? 俺とお前でコイツらをハメる。勝負しよう。面白そうだろ?』
くくくっ、サトゥ氏よ。お前もだいぶ俺の操縦法が分かってきたじゃないか。断ってもいいが……それだと少しばかり盛り上がりに欠けるかもな。いいだろう。
サトゥ氏、リチェットにこう言え。
でも、お前らはギャルじゃないじゃん?とな。
……サトゥ氏はバンビちゃんをギャル化した件で尋問を受けている。だが、サトゥ氏の教えを受けた人物がギャル化するというならば【敗残兵】のメンバーはもっとギャルが多くなっているハズだ。つまりバンビちゃんのギャル化とサトゥ氏に因果関係はないという論調だな。もっとも……。
『やったのは俺とお前だろって突っ込まれたぞ』
当然そうなる。
甘い甘い。真偽なんかどうでもいいんだよ。論理に隙を作ってそこを突かせるなんて初歩の初歩だ。5chでもめちゃくちゃなこと言ってレス乞食するヤツが居るだろ。スルーしろって何度言わせるんだ。そういうことだよ。相手の話を聞く流れを作っちゃダメだろリチェット〜。
よーし、サトゥ氏。次はこう言うんだ。
じゃあ勝負しようぜ。
そして俺はマナ切れだ。あとはお前がうまくやれ。お前ならやれるさ。何しろクソ廃人どもは別にお前を是が非でも処刑したい訳じゃないからな。
……サトゥ氏は助からんな。俺は原っぱを歩きながら内心そう思った。
いつものパターンってヤツだ。俺やサトゥ氏がゴチャゴチャやってもリチェットは最後の最後に俺らの予想を越えてくる。第三者の視点に立つと、そのことがよく見える。最後の最後に牙を剥いてくるのは日頃の行いだ。リチェットは日頃から純粋さという名の牙を研いでいて、その牙は俺やサトゥ氏によく刺さる。相性が悪い。おっかねぇ女だ。
俺は廃人三連星の中で言うならリチェットを一番高く評価している。それは彼女がヒーラーで、しかも正常個体だからだ。アビリティは他のプレイヤーを補助するバフ型と、申し分ない仕上がり。サトゥ氏やセブンのアビリティはレアリティこそ高いが、運だけ星人の種族人間には適していない。
リチェットはイイ女だ。
さて、お前らはどうかな?
偉そうに歩いて戻ってきた俺を、男装チワワと元気チワワは呆れたように見ている。
「少しは悪びれたらどうなんだ……」
「あのあと三人で大変だったんですケド……」
俺に優しくしてくれるのはバンビちゃんだけだ。
「おかえり、コタタマくん。このあとどうするんスか?」
ん? このまま解散じゃダメなのか?
俺はすっとぼけた。
俺は目がいい。戻ってくるまでの道中、バンビちゃんに男装チワワが何か聞きたそうにしているのは見えていた。
キャラクリで性別が選べるのに、わざわざ女キャラを選択して男装するというこじらせぶり。チワワにしては腕が立つほうでありなからも、立ち回りの未熟さがイヤに目に付く。それらは固定パーティーのアタッカーによく見られる特徴だ。
二人一組という、最低限の役割すら満たせない編成。コイツらはリア友だろう。だから赤の他人をパーティーに誘わず、不利を承知でモンスターに挑むという選択肢が出てくる。
俺が居ない間に自己紹介くらいは済ませているだろう。バンビちゃんだって熟練プレイヤーと言えるほどじゃない。それでも現時点で、これだけの大きな開きがある。それは普通に遊んでいたら巻き返せるほどの甘いものじゃない。
俺は視界の端っこで何か言いたそうにしている男装チワワの挙動を観察する。
……言い出さない、か。
事情は人それぞれだ。それが一概に悪いことだとは言わない。が、それだと俺はつまらないなァ。
ま、ウチの赤カブトのダチだしな。大目に見てやるとしよう。
俺はバンビちゃんの肩にガッと腕を回した。
よう、バンビ。少しコイツらに戦闘指南してやれよ。危なっかしくて見てらんねぇ。さっきも言ったがコイツらはウチのジャムのダチでな。ここは俺に免じて頼まれてやってくれねぇか?
チワワコンビは意外そうに俺を見た。初対面の印象が最悪だったので、俺が初心者のサポートに関心があるとは思っていなかったのだろう。
バンビちゃんは快諾した。
「いいスよ。コタタマくんも一緒に見てくれるんスよね?」
バンビちゃんは素直で可愛いなぁ。
そういうことになった。
2.ポポロンの森
男装チワワのキャラネはメメリュ、元気チワワはワニワニと言うそうだ。道中、バンビちゃんがそう呼んでるのを聞いた。
俺は自ら進んで自己紹介しなかった。
どうせチワワの大半は引退する。コイツらが生き残るかどうかは分からんし、生き残ったとしても廃人には遠く及ばない。良くも悪くも俺の肥溜めのようなフレンドリストにブチ込むほどの価値は感じなかった。
ポポロンの森に場所を移して狩りを再開する。
大まかなことは歩きながら話してある。
やることは大して変わりない。バンビちゃんが前衛に加わるが、前に出すぎると独壇場になってしまうので、三人目であることを強く意識すること。要するに役割分担しろってことだ。
このゲームにおいて四人パーティーが基本なのは二人、三人では手が回らない場面が多いからで、そこにデキる三人目が加わると劇的な改善が見込める。
俺は戦ってる三人を見てあれこれと口出しする係だ。ずっと二人でやってきたメメリュとワニワニにイキナリ四人目が加わってもバタつくだけで、ろくな結果にならない。
狩り場をポポロンの森を移したのは基礎的なヘイトコントロールを叩き込むためだ。なまじ動けるメメリュはその辺がおざなりになっている。メメリュが、と言うよりチワワ全般だな。
このゲームのクソ運営は無駄を嫌う。キャラクリを終えたプレイヤーがポポロンの森からスタートするのはモンスターの行動パターンが機械的で、そのことを実地で学ぶのに適しているのが遠距離攻撃を持つ野生のポーキーだからだ。
大半のチワワは街に向かうため、ポーキーと一戦か二戦だけして基礎的な戦い方を知った気になる。今の山岳都市にはさも当たり前のような顔してポーキーが居着いているのでなおさらだろう。ティナンのあざとさに頭をヤられたプレイヤーはペット枠のポーキーと事を構えようとしない。
だが俺たちは知っている。ここは魔の森だ。人間の里がある外縁部は種族人間にとって安息の地という扱いだが、それはつまり他のモンスターが立ち入るのを躊躇う場所であることを意味する。
群れを成したポーキーの凶悪さや貪欲さはウサギさんやモグラさんをも凌ぐ。
ポポロンという元締めが居なければ、こんな森は半日もあれば食い潰してしまうだろう。
ポーキーは森の捕食者だ。それゆえに学ぶことも多い。
【敗残兵】の戦闘員、バンビちゃんはそのことをよく知っている。メメリュとワニワニも警戒はしているつもりだろう。しかし彼女たちは知らない。注意力というものはよく見て、よく聞くことではない。種族人間は精神力が弱い。未経験のことには対応できない。どんなにエロ本を読んでイメージトレーニングを積んでも百戦錬磨の猛者ということにはならない。それと同じで、初心者がどんなにうまくやろうとしても大した意味はない。
……バンビちゃんは気付いたな。
深部に近付くごとに野生のポーキーは獰猛さを増す。のんきに地べたを這ってそこら辺に生えているキノコを食べたりしない。
木の幹に巻き付いて、こちらの様子を窺っているポーキーが一体。いつでも狙撃できる体勢だ。メメリュとワニワニは気付かない。気付けと言うほうが無茶だ。ポーキーは巧妙に核を隠している。木々に生い茂る葉っぱは陽光を浴びる表面積を増やすためのもので、人の手が入っていない森は昼間だろうと薄暗い。索敵の大部分を視力に頼る種族人間では、よほど勘が良くないと異常に気付くことはない。
バンビちゃんが狙撃手の存在に勘付いたのは、ポポロンの眷属が一定間隔で配置されていることを知っているからだ。脅威を肌で感じつつも口出しはしない。三人目に徹するということはそういうことだ。
俺は先を行く三人の尻を眺めながらニヤニヤと口元を綻ばせる。胸中で告げる。
……どうだい? バンビ。勉強になったろう。チワワなんてこんなもんだぜ。メメリュとワニワニは別に悪くない。むしろマシなほうだ。異常なのは……恵まれてるのは【敗残兵】のほうなのさ。
メメリュとワニワニは最後までポーキーに気が付かなかった。たまたま運良くポーキーの狙撃ラインに足を踏み入れなかった。
ワニワニがのんきに言う。
「全然モンスター居ないね。バンビさん、どう?」
俺が勝手にバンビと呼んでるだけでキャラネは別にあるのだが、バンビちゃんは二人にそう名乗ったようだ。何故かは分からない。混乱を避けたのか、あるいは自分のキャラネがバンビだと思い込んでいるのか。だとすれば申し訳ないことをした。
「そうスね。今ンとこ異常なしっス」
くくっ、役者じゃないか、バンビちゃん。それでいい。何ができて、何ができないなんていちいち口で説明していたら日が暮れる。
ワニワニは振り返って俺にも声を掛けてきた。
「コタタマ……さんは、どう、ですか? 何かあれば言ってくれれば……」
別にぃ? 俺はニヤニヤしている。
ワニワニがムッとして歩調を落とした。俺との距離を狭めて、後ろ歩きで俺に言ってくる。
「そんな顔で別にって言われても信じられないんですケド。コタタマさんはこのゲームじゃ先輩なんでしょうけど、パーティーなんですから、ちゃんとしてくれないと困りますっ」
……それはそうだな。
俺は考え直した。ワニワニの言うことはもっともだ。ネトゲーマーは対等でいい。仮に総理大臣だろうと何だろうとゲームの中で命令されても俺は従わないし、俺のほうが正しいなら俺の命令に従って貰う。ならば……。
俺はぴたりと立ち止まった。
気になっていたことを口に出して尋ねる。
お前らはジャムのダチなんだよな? たまに遊んだりしてるのか?
メメリュは何故か俺を警戒している。足を止めた俺に怪訝な顔をしてワニワニの近くに寄る。剣の柄に手を置いて答える。
「……たまには。それが何か?」
あいつは無意識のうちに他人に合わせるところがある。お前らがどんなヘマをやっても一緒にヘマをする。それは意識してのことじゃない。勝つとか負けるとか、そんなことはどうでもいいんだろう。お前らと一緒にいる時はお前らのことで頭がいっぱいなんだよ。どんな人なのかな?とか、どんなことが好きなのかな?とか……そんな感じだ。
メメリュは顔を赤くした。
「そ、そうか」
だからさ。
俺は言った。
お前らが引退したらあいつは悲しむだろう。だったら今この場で俺がお前らに引導を渡してやるよ。
そう言って俺は黒い波を放った。
ゴミのようなアビリティが森で狩りをしているゴミどもと干渉してバチバチと黒い稲妻を上げる。
種族人間の多くは俺と同じアビリティを持つ。人によって使い勝手や効果は多少異なるが、基本的な性質は変わらない。
挨拶代わりのアビリティの応酬。寄せては返す黒い波が徐々に凝り固まっていき、黒い人形となって俺の頭の横に浮かぶ。
バンビちゃんがギョッとした。
「サトゥくんの……?」
スキルには四つの段階がある。開放されたスキルを重ねて作っていくんだ。限界突破って言うんだぜ。
アナウンスが走る。
【Hard-Luck-Skill-Chain(Ability!)】
黒い人形が頭を抱えてブルブルと震える。奇怪な声を上げ、黒い波を連続して放射する。
それらはバンビやメメリュ、ワニワニに干渉することなく、森の闇を濃くしていく。
イイ素質を持ってるじゃないか。それとも、まだ目覚めていないのか。いずれにせよ……。
「……!」
武器を構えたメメリュとワニワニに俺が無造作に迫る。言った。
ジャムジェムには俺から上手く言っといてやるよ。受験があるからしばらく学業に専念するとかな。そのほうが引退されるよりは幾らかマシだろう。
ワニワニが叫ぶ。
「離れて!」
杖を俺へと突きつけて集中する。
そこで仲間を生贄に捧げられる強さがお前にあったなら違ったかもな。
俺は構わず前に出た。【全身強打】は使えない。メメリュが近すぎる。
そうと悟ったメメリュがワニワニを庇うように前に出る。
俺はバンビを手で制した。この場で俺を殺れるとすればコイツだけだ。メメリュはバンビに頼るべきだった。バンビは俺の真意を計りかねている。俺が意味ありげに手出しするなとジェスチャーすれば身動きを封じられる。
だが、悪いな。真意もクソもない。俺は本気だ。メメリュの男装キャラというこじらせ方は社会人プレイヤーのそれじゃない。まず学生プレイヤー。ログイン時間は限られ、コイツらはネトゲーじゃ何者にもなれない。早晩にそう悟って、他に楽しいことを見つけて、この世界を去っていく。だったら最初からジャムジェムに近付くなって話だ。お前らにあいつが抱えているものは背負えない。
サトゥ氏も俺と同じことを言うだろう。
嘔吐いた黒い人形が苦しげに身体を丸めて戒律を吐き出していく。
スキルチェインはプレイヤーのスキルをストックし、一時的に使用権を得るアビリティだ。
俺のハードラックと融合したことで、それは著しく劣化して抽選という性質を帯びる。
つまりアビリティガチャだ。
それはそうとゲロを吐くみたいな演出はどうなの?
俺は黒い人形がえれえれと吐き出したゲロのような戒律を手に取って眺める。
どれどれ……。
むむっ、普通に読めん。なんだコレ? 見たことねえ。まぁいい。出たトコ勝負よ。
俺は奇声を上げてメメリュに突進した。つんのめって転ぶ。な、なんだ? 足が……。
俺の足を地べたから染み出た黒いモヤが掴んでいた。ほう。よく分からんが、俺は当たりくじを引いたらしいな。幻覚系か? 強そうなアビリティじゃねーか。よし、行け!
だが黒いモヤは俺に覆い被さってくる。
俺は鼻を鳴らした。
ふん。なるほどな。何か条件があるのか。ますます期待できる。強力なアビリティほどマトを絞って効果を上げる傾向がある。ホースの先を摘んで水圧を上げるようなモンだ。
だが俺は別にジョジョキャラではないので、この短時間で条件を見つけ出すのは無理だった。俺はささやきでサトゥ氏にクレームを付けた。
『おい! どうなってる! オメェーのアビリティっ、これ使いモンにならねェーぞ!』
返信は早かった。
『オメェーこそどうなってる! りっちゃんの様子がおかしい……! 俺を闇ダンに連れ込んでどうしようってんだ!?』
イチャついてんじゃねえ!
ハッ!? メメリュ、さん……。待てっ。待ってくれ! こんな筈じゃなかった! 誤作動……そう、誤作動なんだよ! 俺は万全じゃなかった……! ここはいったん仕切り直すとしよう。待てって! わ、分かった。お前らが引退すると決め付けて悪かった。友達くらい自分で選ばせろって話だよな? 俺もそう思う。そう……俺はお前らを試したんだ。本気じゃなかった。聞けって! 舐めるなよ……! お前らチワワごときが本気で俺に敵うと思ってンのか!? とうとう本気で俺を怒らせたな……。
俺は命乞いが通用しないと見るやバンと地べたを手のひらで叩いた。
……?
金属片で攻撃するつもりだったのだが、何も起こらない。つーか、今までどうやってたっけ? 急なスランプに頭が追いつかない。
黒いモヤが俺の身体を這い上がって手足を取り巻いていく。
コイツの正体はスランプか……! スランプを引き起こすアビリティ……! 条件は? 条件は何だ? コイツをメメリュに取り憑かせれば勝てる。ここから逆転できる!
……! 何も思い付かねえ! クソみてえなアビリティしやがって! 誰だ! こんなクソを生み出しやがったのは! 俺のスーパーコタタマくんは排出確率がゴミどもによって変動するんだよ!
……ワニワニ。お前ってよく見ると可愛いな。
俺はニカッと笑った。
メメリュがチャキッと剣を手元でひっくり返して俺の喉元に剣先を向ける。
こなくそっ! 俺は砂を投げつけて目潰しをした。メメリュがひるんだ隙に素早く立ち上がってダッと逃げる。
へへっ、甘いんだよ! 甘ちゃんが! 肩越しに振り返って捨て台詞を吐く。覚えとけよ! 次に会ったら絶対に殺す! あとジャムに告げ口したらマジ許さんぞ! それはルール違反だからな! ルールは守れ! それが最低限のっ……!
ゲェッ!
周囲確認を怠った。俺の首にポーキーの触手が巻き付く。ぐんっと俺の身体が宙吊りにされる。こ、この……! ノコギリの要領で斧で触手を断ち切ろうとするが、うまく力が入らない。
ポーキーの触手がぷるんと震えた。
俺の手足が力なくぶらんと垂れる。
俺は吊られて死んだ。
これは、とあるVRMMOの物語
ゴミのような限界突破。
GunS Guilds Online




