新たなる冒険の始まり
1.チュートリアル空間
チュートリアルが始まった。
なんとなく整列した俺たちを眺めていた【NAi】が魔石を取り出す。
「かつてここは戦場でした。あなたたちの先輩がレイド級ボスモンスターと死闘を繰り広げ、遂には打ち倒した。あの日のことを私は生涯忘れることはないでしょう」
地獄のチュートリアルのことだろう。正式オープン当日にプレイヤーを地獄に叩き落としたレイド級ボスモンスターとの二連戦。ネトゲー史に燦然と名を刻んだ最悪のイベントだ。
「ですから、これは私なりの彼らへの敬意の表れと言えるでしょう」
そう言って【NAi】は粘土をこね始める。クラフト技能だ。相当上質な魔石であるらしく、様々な武器がぽんぽんと作り出され床に散らばっていく。
「お好きな武器を手に取りなさい。ただし一人につき一つまで。質までは保証しませんよ。当時のプレイヤーと同程度に合わせてあります」
チュートリアルらしくなってきた。
わらわらと武器に群がる新人を尻目に【NAi】はしゃがみ込んで床に指を這わせている。
俺の視線に気が付いたらしく、【NAi】は作業を続けながら言う。
「あなたも武器を選びなさい。私はあれらまで賭けの対象にしたつもりはありません」
そうかい。じゃあ遠慮なく。
しかしパンイチで武器だけ持ってるって正直どうよ? 街で通報されたりしない? 大丈夫?
疑念は捨てられなかったが、ともあれ俺は斧を選んだ。ハッタリが利くってのもあるけど、このゲームは斧を使うプレイヤーが多いらしい。地獄のチュートリアルで斧を大量生産してポポロンに対抗したのがきっかけのようだ。大量生産するなら武器種は絞ったほうが良くて、一つに絞るなら間違いないのは扱いやすくて威力が高い斧であるという理屈だろう。
それとなく周りを見ると、この場で人気があるのは剣と槍みたいだな。もちろん俺は他人の武器選びに口出しするつもりはない。別に斧が正解って決まった訳じゃないしな。
ただ、需要が高い斧はバザーで売れやすいのは確かだろう。
ん? 赤毛の女がお悩みのようだ。いつまでも赤毛ってのも何だし、名前は知らんから赤カブトと命名しよう。
ふと顔を上げた赤カブトはパンイチで斧を持って佇む俺に「うっ……」と呻き声を漏らした。
「……あのぉ。やっぱり魔法使いって杖にしたほうがいいんですよね?」
そうだな。俺は頷いた。杖には魔法の射程を伸ばして威力を上げる効果がある。はっきり言って杖を持たない魔法使いは地雷だ。
だが……。将来的にどうなるかは分からない。もしも魔法戦士の転職条件が判明したら近接戦をこなせない魔法使いは地雷扱いされる可能性だってある。確かなことは言えない。
結局のところプレイスタイルの問題だと思うぜ。斧なんてどうだ?
気さくに斧を強力プッシュする俺に赤カブトが小さく悲鳴を上げた。
「やっ、斧はイヤですっ。斧を強要するのはやめてくださいっ」
強要なんてしてないだろ。俺は歯列を剥き出しにして善意のアドバイスであることを強調した。
「ッ……!」
赤カブトが手近な剣を掴んでパッと身を翻した。素早く距離を取り、剣をぎゅっと抱き締めて俺を警戒するような眼差しで見つめてくる。
ちっ、何なんだよ。剣なんて軟弱者が使う武器だぜ。いや、そうでもないのか。国内サーバー最強の男って言われてるプレイヤーは剣士らしいな。だが才能があるやつは何使っても強いだろ。
その後、俺たちはチュートリアルと称した新兵訓練を受けることになった。
【NAi】が地面から生やしたカカシを武器でブッ叩くよう俺たちに命じた。
大きなカカシだ。それだけじゃない。
「こ、こいつ動くぞ……!」
両腕を振り回して反撃してくる。
コンボの練習でカカシをブン殴るネトゲーは幾つか思い浮かぶが、プレイヤーを鷲掴みにして握り潰すようなカカシは初めて見たぜ。
奮闘する俺たちをあざ笑うかのように【NAi】は言う。
「この世界においてあなたたちは圧倒的な弱者です。死を恐れていては先へは進めません。セーフティロックは掛けてありますが……気分が悪くなるようなら私に言いなさい。個人差がありますからね。再調整します」
胸くそが悪いのはどうにもならないんだろうな。チュートリアル空間に入ってからどうも身体を探られている感じがしていたのだが、どうやら動作確認の為らしい。
「各種メニューは念じれば開くようになっています。ログアウトや所持品の確認はそちらから行うように。モンスターに敗北した際、アイテムをロストしないようプレイヤーが持つアイテムには所有権というロックが掛かっています」
ラスボス候補が指揮者のように指を振っている。こいつがカカシを操っているのか?
俺は奇声を上げて【NAi】に突進した。死に晒せよやぁー!
【NAi】の手刀が閃く。俺の首が刎ねられた。
「加護は正常に作動しているようですね」
即座に復活した俺を、【NAi】が片手で持ち上げる。なんて馬鹿力だ……!
【NAi】はジタバタと足掻く俺をじっくりと観察してから、俺の心臓をえぐり出した。
赤カブトが悲鳴を上げる。
「そう、人は成長する。未体験のことであれば尚更です」
早々に俺への興味を失った【NAi】が俺を放り捨てて赤カブトに迫る。
「あ、あ、あ……」
赤カブトは恐慌状態に陥っている。
【NAi】は微笑んだ。
「中にはあなたのように拒絶反応を示すプレイヤーも居る。こればかりはやってみないと分かりません」
俺は【NAi】に斧を叩き付けた。
へし折れた斧が宙を舞う。
「そして逆に、まったく死を恐れないプレイヤーも居る……。それは怒りですか? それとも……」
さあな。ただ、はっきり言えるのは……お前が気に入らねえってことだ。澄ました顔しやがって。そのお綺麗な面を屈辱に歪めてやったら、さぞや気分がいいんだろうな。
「まるで憎悪の塊であるかのようだ。やはり……あなたは危険なプレイヤーですね。良い機会です。ここで少し躾をしておくとしましょう」
犬コロ扱いかよ。上等だ。やれるもんならやってみやがれ!
俺は地面に転がっていた斧を引っ掴んで怪鳥のように飛び上がった。
こうして俺は幾度となく【NAi】に挑み、殺され続けたのである。
2.チュートリアル終了
死ね! ファッキュー!
中指をおっ立てて【NAi】を挑発する俺を、赤カブトが引きずっていく。
「こらっ、やめなさい!」
離せっ、赤カブト! ヤツを殺せないだろ!
「私は赤カブトなんて名前じゃないって言ってるでしょ!」
名前なんてどうだっていいんだよ! 畜生! 【NAi】! お前はいつか殺す! 首を洗って待ってやがれ!
【NAi】は艶やかに笑った。
「ええ。その日を楽しみに待ってますよ」
けっ、余裕じゃねえか。運営の手先め。
「さあ、冒険者たちよ。旅立ちなさい。私はいつでもあなたたちを見守っていますよ。度を越すようならおしおきします」
不穏な発言をする【NAi】に見送られて俺たちはチュートリアル空間をあとにした。
3.ポポロンの森
このゲームの空間移動にデスペナは付き物だ。指先が微かに震える。
パンイチで斧を肩に担いで森に佇む俺。しかも無一文と来てる。金太郎もびっくりの益荒男ぶりよ。
さて、どうしたもんかね。
「じゃあな、崖っぷち」
金ちゃんが俺に一声掛けて去っていく。
金ちゃんとは少し仲良くなった。【NAi】に決死の突撃を繰り返す俺に助太刀してくれたのだ。
ああ、達者でな。俺は金ちゃんを見送った。
別れは悲しいけど、金ちゃんは多分新規ユーザーじゃない。何らかの事情でキャラクターをデリートして作り直したのだろう。初々しさがまったくと言っていいほどなかったからな。
その点、俺の同期ということになる連中は目を輝かせている。
「凄いリアル!」
「これ映像なのか? 凄いな。実物みたいだ」
「街ってどっちに行けばいいんだ?」
そんな中、連中の輪を離れて立つ赤カブトがじっと俺を見つめている。
何だよ?
赤カブトは首を傾げた。
「崖っぷち……って?」
あ? 何だそりゃ?
「え。だって普通に返事してたよ」
ん? そうだったか? だが俺は崖っぷちなんて名前じゃねえ。
おっと、自己紹介してる場合じゃねえな。
バラバラに動き出そうとする連中に俺は声を掛けた。
まぁ待て、お前ら。逸る気持ちは分かるが、ここはまとまって動くべきじゃないか?
俺は少し焦っている。こいつらは理解していないようだが、俺を含め新規ユーザーってのは極め付けのゴミだ。一方的に狩られる存在なのだ。もっと危機感を持つべきだ。
アホがバカにしたような目で俺を見る。
「そりゃあ、あんたは服も金もないからな」
ああ。その通りだ。だから俺も必死よ。その為に【NAi】に挑んだんだが、そう甘くはねえな。
「あん? どういうことだ?」
アホが食い付いて来た。
俺は内心でほくそ笑んで答えてやった。
カカシなんぞより【NAi】のほうが強そうだったからな。【スライドリード】を解放する条件はよく分かってないらしいが、強敵と戦うのが必須だと言われてるんだよ。
俺は戦士を装った。もちろん鍛冶師の俺は【スライドリード(速い)】なんざ逆立ちしても使えない。だが俺が鍛冶師なんてことは言わなくちゃ分からねえ。
俺が【NAi】に挑み続けたことにも意味があったのだと知り、アホがなるほどと頷いた。
「まとまって動くことにも何か意味があるのか?」
ああ。何もお友達になりましょうって言ってる訳じゃない。俺らの競争相手は同じ新入りさ。要は有望な新入りだと思われれば今後何かと有利じゃねえか? その為にはこの場でソロに走るのは愚策ってことだ。ここで会ったのも何かの縁だろ。一日くらいは一緒に行動したほうがいいんじゃねえか? どうしても集団行動が肌に合わねえと思ったら抜ければいい。もっともそれが利口とは思えないがね。ソロで動くのはいつだってできるからな。
アホが何か言いたそうにしてる。すかさず俺は機先を制した。
集団行動するなら頭を決めるべきだろうな。だが、言うまでもなく俺はこの体たらくだ。頭を張るのは御免被るぜ。器じゃねえ。
くくくっ……。どのゲームでも一緒だ。アホってのはどうしてこうも猿山の大将を気取りたがるのかね。
俺はアホの肩をぽんと叩いた。
お前がリーダーでいいんじゃねえか? やってみて面倒だったら他のやつに任せればいいんだしよ。そんなにキッチリと決めなくてもいいだろ。
「おう、そうか? じゃあ、どうする? それで行ってみるか? 確かにいきなりソロってのは厳しいかもな」
アホは振り返って他のアホどもの意見を募る。アホどもは賛同した。
俺はにっこりと笑ってアホの背中をぽんと叩いた。よろしくな、リーダー。俺はラッキーだ。ラックとでも呼んでくれ。俺は偽名を名乗った。
4.三時間後
俺たちはポポロンの眷属を倒して休憩に入った。
いきなり狩りを始めたのは、街に向かう前に幾らか稼いで行ったほうがいいとリーダーが主張した為だ。まぁ俺の入れ知恵によるものなんだが。
「モンスターってのは強えな! 怪我をしたやつはいねえか?」
リーダーは意外と爽やかボーイだった。気遣いのできる男だ。
俺は幽体のままニコリと微笑んで頷く。
「おう、ラック……。お前、開戦と同時に捕まって死んだんだったな」
気にするな。すぐに戻ってくるさ。女神像の位置は前以って調査済みだ。
俺は死に戻りしてアホどもに合流した。
よう、リーダー。少し魔法の練習に時間を割いたほうがいいかもな。どう思う?
「魔法か。すぐに使えるようになるのか?」
いきなりは無理でもきっかけくらいにはなるかもな。お前のリーダーぶりはなかなかのもんだ。もしかしたら今日限りのパーティーじゃなくなるかもしれねえ。長い目で見たら魔法の練習はしておいたほうがいい。
「脳に力を込めるんだっけな? どうもぴんと来ねえが……」
まぁやってみるだけやってみようや。だが気を付けろよ。魔法は味方にも当たる。万が一に備えて離れておいたほうがいい。その間、鍛冶師の連中には武器の修理をさせておこう。いざ耐久度がヤバいって段になって修理ってどうやるんですかじゃ話にならねえ。
「ああ。分かった」
リーダーの同意を得た俺は魔石を預かる。そして鍛冶師の連中に声を掛けてアホどもの武器を集めさせた。
地べたに車座になってクラフト技能の説明をする。戦士ということになってる俺はうまい具合に鍛冶師の監督という地位にありついた訳だ。
よし、さっそく修理してみてくれ。【NAi】が武器を作った時になんか粘土みたいなのこねてただろ。念じれば何とかなる筈だ。
生産職を志すプレイヤーってのは大人しいやつが多い。鍛冶師どもははーいと従順に返事して修理を始めた。
粗方修理が終わったところで俺はギョッとした。
ん!? やっぱ【NAi】が作った武器ってのは特殊なのか?
お前ら、ちょっと武器を見せてみろ。
「な、何かマズイんですか?」
いや、マズイってことはないが……。ちょっとリーダーに見て貰おう。お前ら、ここで待ってろよ。なに、うまく言うさ。
俺はごっそりと武器を持ってトンズラした。
へへっ、うまく行ったぜ。まぁ二束三文にはなるだろ。
森を駆ける俺の行く手に、赤カブトが立ち塞がる。
なにっ!?
「……どこ行くの?」
コイツ……。見た目はぼーっとしてる癖に勘の鋭いやつだな。
まぁいい。見たところ仲間を連れて来てる様子はない。
くくくっ……。俺は含み笑いを漏らした。
どこへ、か。お察しの通りだ。街に行くのさ。間抜けどもの武器を売り払いにな。
「ダメだよ。そんなの」
ダメか。そうだよな。俺は反省した。
赤カブトよ。悪いが、俺の代わりに連中に武器を返しておいてくれねえか。一度は連中を裏切った身だ。今更おめおめと戻ることはできねえ。達者でな……。
俺は間抜けどもの武器を地面に置いて、少し離れる。
近寄って来た赤カブトに、俺は斧を振り上げて突進した。お前も間抜けの一人だがな!
赤カブトが人差し指を俺に突き付けて嬌声を上げた。
「んあああああああっ!」
光の輪が放たれた。この短期間でっ、魔法を……!?
「おごぉっ!」
俺は全身を強打されて死んだ。
これは、とあるVRMMOの物語。
また死んでる……。
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