リアル、VRMMO、三つ巴
1.乱戦
呼び止める暇もなかった。
魔法環境はスキル完全停止。サトゥ氏の頭の横に浮いているツギハギ人形が断末魔の叫びを上げてグズグズに溶けて消える。そしてそれすら今のサトゥ氏にとってはどうでもいいことだった。猿のように屋根から屋根に飛び移って去っていく。
サトゥ氏は逃げた。全てを放り出してレベル上げに向かった。
……な、なんてヤツだ。
ここまで来るといっそ清々しくさえある。
生産職に歩み寄ろうとしていたのは印象操作のためだったとか、スマイルくんについてあーだこーだ言っていたのは全て嘘だったとか、そんなことよりも、この状況でレベル上げに走る精神性だ。イカれてる。
グレゴリオと交戦中のジョンが吠える。
「サトゥー! 戻れぇ! 私はここだ! ここに居るぞ!」
他の男にご執心のジョンの視界にドイツサーバーの女帝が割って入る。
「安心しろ! ジョン・スミス! 私はドコにも行かないぞ! 私を見ろ! 私だけを見ろ!」
「黙れ! しつこいんだよッ、貴様は!」
珍しく怒鳴り声を上げながらもジョンの剣に乱れはない。完成された技術とはそういうものなのかもしれない。
グレゴリオの四肢を総動員した嵐のような連続攻撃。猪武者のそれとは違う。緩急もある。並みのプレイヤーならとうに死んでいるだろう。それは互いに同じことが言えた。カウンターのタイミング、角度、速度、それら全てがエグすぎる。俺なら間違いなく一発でヤられてる。俺もジョンの戦いを見るのはこれが初めてじゃない。大抵のゴミは反応すらできずに死ぬ。上等なゴミなら反応はできるが不細工に躱すため後が続かない。しかしグレゴリオは違う。反応速度がケタ違いだ。これは……リリララがサトゥ氏とヤッた時にカレシが言っていた適合率ってヤツの違いなのか。
このゲームはプレイヤースキルを極力排除する仕様になっている。しかし生まれ持った反射神経の差はどうするのか? しょせんヒキニートのゲーマーは勝てない宿命なのか?
……その問題は、プレイヤーとキャラクターの間に別の何かが挟まれば解決できる。
ロストすれば記憶が飛ぶ仕様は、そもそもゲームの記憶がプレイヤーの脳に刻まれていないからなのではないか?
その「何か」がプレイヤーに触れている間だけ記憶を共有できるなら、プレイヤーは記憶を持ち帰れていないことを自覚できない。特に俺のような身バレを徹底して避けるプレイヤーは。
何故ならリアルで「俺、実はネトゲーマーでさぁ!」なんて話は絶対にしないからだ。
違和感を覚えることはない。記憶がないことを自覚することはできない。何かしら手を打ったとしても同じことかもしれない。
VRMMOをプレイするというのはそういうことなのだ。
俺たちは自分の心に他者が干渉することを許可している。長ったらしい同意規約をろくに読まずにチェックを入れてスキップしている。
魔法環境はスキル完全停止。
停止となる対象にはアビリティも含まれる。
俺は確認のためにゴミスキルを連発しているが、円環状に結ばれた戒律の文言がすぐに崩れて消えてしまう。
カウフマンはサトゥ氏を追撃しなかった。
エーミールは半泣きで地べたに這いつくばってジョンに踏み砕かれたガムジェムの破片を手で掻き集めようとしている。
哀れなエーミールをカウフマンは一瞬だけ見て、すぐに視線を正面に戻した。屋根のふちで休めの姿勢を取ると、スゥと大きく息を吸ってゴミどもの雄叫びを打ち消すほどの大声で号令を下す。
「敵勢力を撃滅せよ!」
ガムジェムの破壊と放棄を一部のプレイヤーはまるで当然のことであるかのように受け入れていた。……何を知ってる?
アンドレもまたその一人だ。戸惑っている麾下の兵に号令を下す。
「目標! ドイツ兵! イカす軍服を着た連中だ! 軍服じゃなくても怪しいヤツは殺せ! ついでにセンスが悪いヤツも殺していい! イマイチ仲良くなれそうにねえからな!」
カレンもジョンの暴挙に驚いている様子はない。
「ちょっと、アンディ。敵を増やさないでくれる?」
バカの一つ覚えみたいにエンフレを引っ張り出した粗大ゴミが命の火を撒き散らしながら山岳都市の大地に立つ。
俺たちは【八ツ墓】の八番環境にろくな思い出がない。スキルが停止した今の山岳都市はティナンを殺せる環境だ。エンフレはエンフレでしか止めることができない。隣人を信じていない俺たちはベガ立ちして互いに互いを監視することになる。参戦はしない。ちっぽけな人間が足元で小競り合いをしているようだが、そんなことはどうでも良かった。粗大ゴミ同士で武器を向け合って牽制する。
俺はギョロギョロと目ん玉を動かしてシルシルりんを探す。居た。知らない女と健気に抱き合って唖然とこちらを見上げている。俺はじゅるじゅると触手をくねらせてシルシルりんと知らない女を回収した。二人を俺の頭の上にちょこんと乗せる。これで良し。
「こ、コタタマりん! 戦っちゃダメ! またロストしちゃう!」
それは粗大ゴミ次第かな〜。どいつもこいつも醜い姿しやがって。さもティナンの味方みたいなツラして腹の底じゃナニ考えてんのか……。当ててやろうか? ホントはチャンスだと思ってるんだろ? ティナンに特別な所有権は適用されねーハズだからな……。
【そのセリフ、そっくりそのままお返しするぜ。ショタコン野郎】
【テメェがたまにジョゼットの家に泊まりに行ってるのは知ってるんだぜ……?】
【ティナンは魔石から産まれるらしいが……だから何だって話だよな……?】
俺と爺さんはプラトニックラブなんだよ。妄想は自分の部屋だけにしとけよ。それも一人で居る時に、ドアの鍵を掛けてな。イヤホンの整備は万全かい?
【生憎と俺には可愛い彼女が居るんでな】
へっ、エアプ野郎。それとこれとは別モンだろうがよ……。
戦いは佳境を迎え、俺たちは男がどうしようもない生き物だと熟知しているから、図らずもソロ活動の作法について情報共有を深めていくことになる。
三つのサーバーに属する兵隊が衝突した。武器を振るえるだけのスペースを求めて自然と乱戦状態に陥る。
スキル停止の環境でスラリーは使えない。雄叫びと剣戟が山岳都市を埋めていく。
それらに負けじとアンドレが声を張る。
「ジョン! やったか!?」
「ダメだ! やはりアレは……製造プラントを押さえるしかない……!」
エーミールは混乱している。せっかくの手柄を踏みにじられ、そのことについて何か知っていそうな連中は端的な会話で済ませようとしている。
「な、何を言ってる!? 何なんだ、お前たちは!? 何の話をしている!?」
泣き叫ぶエーミールをジョンとアンドレは無視した。
……アメリカは世界一の市場規模を持つゲーム大国だ。複数個のガムジェムを所持していてもおかしくない。他国の手に渡すくらいなら壊すという選択肢はアリだ。特に日本サーバーのガムジェムは米国サーバーにとっては手出ししにくく、放っておけば他の大国に奪われてしまうかもしれない。
それだけのことなのか?
いや、それにしては……。
スラリーによる空中殺法を封じられたプレイヤーは無様なものだった。飛び交う銃弾と矢群を受けてバタバタと倒れていく。
最終環境とはつまりリアルのそれだ。死者は地に伏し、手足に傷を負っただけで戦力はガタ落ちする。流れる血は止まらず、敵を一網打尽にする都合のいい方法などない。
そんな中にあってジョンとグレゴリオだけが別次元だった。最強格のプレイヤーは【八ツ墓】を使いこなせる資格を持つがゆえに最終環境での戦いを想定している。
大将同士の一騎討ち。負ければ兵は動揺して総崩れになるかもしれない。死に戻りまで封じられた訳ではないから、戦いに疲弊した兵は落としどころを探るようになる。そういう意味では大将の敗北は格好の付く言い訳だ。
それが分かっているからジョンとグレゴリオは目の前の敵を打ち倒すことに専念していく。
全軍の指揮をとっているのはアンドレとカウフマンだ。ここに二人の利害は完全な一致を見る。
つまり、ヤツを殺せば指揮系統を崩せる。
アンドレが好戦的な笑みを浮かべてカウフマンを見据え、地べたを指差して吠える。
「暇そうだな! なあ! 指示待ち人間がよ! 降りてこいよ! 俺が相手をしてやるから!」
カウフマンは長身を逸らしてアンドレを見下した。ニヤッと笑って答える。
「アンドレ! 少しは利口になったようだな! ジョン・スミスに勝つことを諦めたか! それでいい! 君では無理だからな! 天才か! 言うだけのことはある!」
屋根の上からバッと飛び降りたカウフマンが、低い声で呟く。
「チンピラ風情が……。私と同格のつもりか? 君は自分を大きく見せることしかできない。だから女に愛想を尽かされ、逃げられるのだ……」
ジュエルキュリのことだろう。
アンドレはにっこりと笑った。急に改まった口調で言う。
「原因はカレンじゃないかな?」
カレンちゃんは女性の素晴らしさについて一家言を持つ。銀髪褐色ロリキャラのジュエルキュリを熱心にスカウトしていたという証言もある。
アンドレと背合わせになってサイボーグ兵を槍で串刺しにしたカレンちゃんが忠告した。
「アンディ。背中に気を付けて。そこが一番危険かもしれないから」
アンドレは苦笑して大仰に肩を竦めた。
「誰よりも頼りになる仲間が居るのに? そいつは妙な話だ、な!」
言うが早いか腰の剣を引き抜いて前に出る。
カウフマンが手袋を外して、神経質そうに指で摘んだそれをパサッと地に落とす。外気に晒された手指は人間のそれではない。
武器精錬。強さのみを追求し、人のぬくもりを拒絶した機械の指をキリキリと回す。言った。
「30秒だ。もしも君が生き永らえていたなら……認識を改めるとしよう」
これは、とあるVRMMOの物語
ハッタリじゃない。いつも大口を叩いている自称カービィとは違う……。
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