【敗残兵】の崩壊
1.クランハウス-居間
居間で経験値稼ぎをしている。
マグちゃんが編んでくれた藁人形に戒律を打ち込んで、ゆくゆくはセルフで丑の刻参りしてくれるようにしたいものである。特にウチの丸太小屋に勝手に上がり込んで勝手に殺し合っている知らないゴミをオートで呪い殺してくれると大変助かる。
殺し合っている知らないゴミは何も言わない。会話パートはとうに済ませてしまったのだろう。刃傷沙汰に発展した経緯やら何やらはさっぱり分からない。ご丁寧に説明してくれる気もなさそうだ。
まぁうるさくないのは助かる。スラリーの消音効果により室内を走り回っていても静かなものである。
きらめく白刃が交差し、無音で吹っ飛んだゴミ二人が空中でとんぼを切る。壁を蹴って慣性を殺すなり飛び上がって音もなく着地する。一歩、二歩、互いに距離を縮めて足を止める。遠い。一足一刀の間合いではない。
俺は藁人形に戒律を刻みながら息を呑んだ。
揺れ切りを使えるのか……。
揺れ切りとは捻流の高等技術で、簡単に言うと一時的にリーチを伸ばすワザだ。
攻撃をより速く、より遠くへ届くように。それ自体はどんな流派もやっていることだ。ただし届けばいいというものでもない。本来であれば。
……そう、このゲームにはスラリーがある。慣性を制御できるということは、ほぼ何でもできるということだ。
だからスラリーを用いることを前提とした戦闘術は、突き詰めていくと人体ではなく武器へと主体を移していく技術になる。
腕と身体が伸び切った死に体で刃を振るうことにより、傍目から見ると武器に振り回されているような動きになる。
それが捻流の揺れ切りだ。
俺も理屈だけは分かる。
言うは易く行うは難しというヤツだ。斬撃に力を乗せたり次撃への備えを全てスラリーで補う荒業なので、それこそサトゥ氏やスマイルくんが使ってるのしか見たことがない。
ただの知らないゴミに使えるワザじゃない。コイツら【敗残兵】のメンバーか……。
仕掛けた。頭上を飛び越える動き。申し合わせたように片方は上下反転して足元を潜る。揺れ切りを使えるほどの腕前なら重力の助けを借りずに致命打を繰り出すことは可能だ。
熟練者同士の戦いは一瞬で決着が付く。スラリー(速い)による攻防は人間の反応速度をやすやすと越えていくからだ。
切断された腕と脚が宙を舞った。人間の反応速度を上回る攻防も俺の目ならハッキリと捉えられる。
相討ちか……。
着地した廃人二人の首がメリメリと裂けていき、大量の血が噴出する。どうと倒れ伏した廃人二人が絶命した。
返り血を浴びた俺は気にせず黙々と経験値稼ぎを続行する。
結局何だったんだ……と思うものの、ウチの丸太小屋は先生のログイン地点なので何が起こっても不思議ではない。
なんでも【敗残兵】の内部分裂が本格的に始まったらしい。内部分裂と言うか……まぁPvP熱が再燃したとでも言うのか。このゲームのMOBはクソ強いので攻略に躍起になっていた連中が、今まで肩を並べて戦っていた仲間が実はとんでもなく強くなっていたことに気が付いてしまったらしい。
少し目を離すとすぐに殺し合いを始める廃人どもに、サトゥ氏のあとを継いでクランマスターの座に収まったリチェットはヒィヒィ言っている。
再教育に成功したみたいなことを言っていたが、廃人だからと特別頭がいいということにはならない。やっぱりアホだったんだな。まぁメガロッパとハチが居るので何とかなるだろう。特にハチはこうなることが分かっていたふしがある。
俺はどさくさに紛れてバンビちゃんとフレンド登録できたので満足だ。バンビちゃんはじっくり育てていこう。促成栽培は良くない。以前にそれでハチがギャルになっちまったからな。今のハチを思えば成功したと言えなくもないが、思ったのと違う方向に進んじまったのは確かだ。同じ轍は踏むまい。
俺はチラッと壁に掛かっているカレンダーを見た。懐から手帳を取り出してパラパラとページをめくっていく。
……うん。そろそろ狩るか。
俺は出掛けることにした。チェーンをジャラジャラと首に巻いて鋲付きの革ジャンを羽織る。初対面の印象は大事だからな。舐められないよう、こうしてキチンと正装しなくちゃ。
俺は斧を肩に担いでウチの丸太小屋を出た。
2.山岳都市ニャンダム-露店バザー
友人同士で金を貸し借りするのは良くない。
銀行というシステムは成立しない。
では、どうしても買いたいものがあって、手元のお金が足りない時、プレイヤーはどうするのか?
相互組合や商会連合から金を借りるのだ。
だが、ここで問題が一つ。
貸した金は返ってくるのか?という問題である。
まず返ってこない。
ゲーム内の世界に法律などというものはなく、仮に契約書を作ったとしても、それは単なる紙切れである。
借金の返済を迫ったところで大半のプレイヤーは金を貸したほうが間抜けなのだと開き直るだろう。
それはそう。彼らの言っていることは正しい。プレイヤーの所持品は所有権で縛られており、もちろん財布とて例外ではない。つまりこのゲームのシステムは債務者の言い分を肯定しているのだ。
だからと言ってハイそうですかと納得していては融資そのものが成り立たなくなる。困るのは駆け出しの生産職だ。彼らは別にモンスターと戦いたくてこのゲームをやっている訳ではないので、レベルを上げようにも魔石が手元にないことには始まらない。放っておけばスタダを決めた悪徳商人の天下になるだろう。
市場を正常化するためにも融資は絶対に欠かせない。しかし貸した金は高確率で返ってこない。
そこで、困ったシロ様クロ様を見かねて立ち上がったのが正義の返済代行人である。
俺もその一人だ。
要は相互組合が貸した金をこっちで回収して、回収した金を相互組合に渡してくる訳だな。
言葉にすると簡単だが、世の中には必要経費というものがある。
俺たちは意地でも金を返そうとしないクズどもとタフな交渉を繰り広げることになるので、うまい肉とうまい酒を飲んで鋭気を養わねばならない。よって自然と借金の利息分は俺たちの懐に収まることになる。
俺たちは利息分でうまいメシを食えて幸せ。貸した金が返ってきて相互組合も幸せ。借りた金を返せてスッキリできるので債務者も幸せ。みんな幸せ。
俺たちゃ返済代行人。面倒臭くて誰もやりたがらないことを俺たちがやるのさ。今日もみんなを幸せにするために。
まぁ俺は代行人の中でも割と知られたほうなので、俺がひょこっと顔を出すと大抵の債務者は大人しく金を返してくれる。優しい世界ですよ。
世紀末のモヒカンみたいな同僚を従えた俺はべべべッと札束を数えて言った。
足りないねェ。
「えっ。利息分は確かに……」
俺はパッと手帳を開いて見せた。
ほら、ここ。利息は月10パーって書いてある。何か……勘違いしちゃったのかな? まぁ……コレは預かっておくよ。なーに、残り少しだ。すぐに返せるでしょ。ただ、利息分は元金の10パーだからね。お客サンは三ヶ月ウチから借りてるから次の利息はデカいよ。そこだけ気を付けて貰って……。
「ま、待て! 月10パー? そんな話は聞いてないぞ! そもそも違法金利だし……!」
俺は溜息を吐いた。
お客サン。契約書なんて作っても無意味なのは知ってるでしょ? 誰が裁判してくれるんだって話だよ。違法金利だって? それリアルの話でしょ。じゃあPvPしたら警察に捕まるの? そんなことないでしょ。殺しがアリなら何でもアリだよ。それに、ウチも商売だ。年15パー、20パーじゃ食ってけないよ。ロストされたらそれまでだからね。常識的に考えて月10パーは妥当な線。むしろ良心的な部類だと思うけどね。誰に聞いてもそう言うと思うよ。だって返すアテがあるから借りるんだ。最初から踏み倒そうと考えてたら、そりゃ単なる詐欺だよ。
厳密に言うならロストしようが何だろうが俺の目からは逃れられないのだが、引退されたらどうしようもないのは事実だし、ピエッタくらい徹底されたら手の打ちようがない。それらの例外を除けば、大抵のプレイヤーは顔を変えようが名を変えようが癖や行動パターンを変えようとしない。ひどい例になると人間関係すらロスト前とまるで一緒という、隠す気ないだろとツッコミたくなるようなヤツも居る。そして、そうした専門的な話は今ここでする必要はない。事実として残るのはロストして踏み倒すような輩まで居るのだから金利は高くて当然という常識であった。
契約書は作らない。作っても無駄だからだ。作ったところでクラフト技能を使えば簡単に偽装できる。そんなものは信用に値しない。俺が信じるのは俺自身の手で書き込んだこの手帳だけであり、仮にあとで何か書き加えたとしても、そこには俺なりの信じたい気持ちがあるのだ。このお客さんならこれくらいは払えるだろうという信頼であり、一ヶ月過ぎても音沙汰ナシってことはないだろう……トラブルがあったならすぐに知らせてくれるだろう……という信頼だ。もしくは、この客はもうダメだから絞れるだけ絞って切ろう、という信頼かもしれない。実際、三ヶ月も借りっ放しというのは人としてどうだろう。リアルの友人ならフツーにコイツ借りた金を返す気がないなと信頼が消え失せるレベルである。金にルーズな人間の何をどう信じろというのか。
「だ、だ、誰が払うか!」
じゃあ身ぐるみを剥ぐしかないねェ。
俺はパチンと指を鳴らした。借りた金を返したくないと主張するお客さんを同僚の代行人が羽交い締めにして腹パンを叩き込んでいく。女神像は押さえた。事前にお客さんのセーブポイントは把握している。リスキルの準備は万端だ。
俺だってツラいのだ。手荒なことはしたくない。しかし全てはシロ様クロ様のため。俺は着ぐるみ部隊の熱烈なファンなので、彼女たちを悲しませるような輩を放置することはできない。数は力であり、人は金で動く。利息分を多めに回収して俺たちがうまいメシを食うという仕組みは絶対に必要だ。それが嫌なら自主的に借りた金を返せばいい。ただそれだけのことではないか。なのに、こうやって俺が出向くまで金を出そうとしない、あわよくば踏み倒してやろうなんていう輩が後を絶たない。それはとても悲しいことだ。
俺は悲しみを胸に人間のクズを水責めしていく。おらぁ! おらぁ! しかし悲しんでいると思われると舐められるから仕方なく楽しそうにするのだ。フゥーハハハァ! 俺がトコトンまでやる男だと知っていながら、こうして反抗してくるヤツが未だに居るんだからなぁ! 堪んねぇぜ〜!
正義を執行していると、不意にささやきが入った。
おっと、ポチョ子。俺の可愛いポチョ子からの着信だ。
『ママ。今ひま?』
うんうん。ママはひまだよ〜。どうしたのかな?
『スズキがログイン遅れるって。だからぁ。今、一人で寂しいなぁって。ママ、うちに帰ってこれる?』
よしよし、すぐに帰るからね〜。
俺は振り返って人間のクズに腹パンを叩き込んでいる同僚に声を掛けた。
おい。俺は帰る。あとはお前らの好きにしろ。
世紀末のモヒカンみたいな連中が急にキリッとした。
「ポチョさんか?」
「……バカな。むざむざ殺されに行くようなもんだ」
……生きて帰るさ。お前らは知らないだろうが、最近じゃウチの子たちは自制できるようになったんだ。
「それはそうかもしれない。だが、今日はダメだ。お前、この前、女どもに囲まれて派手に殺されてただろ」
「……二人きりになれるからとでも言われたか? 崖っぷち。お前も分かってるだろ。リアフレならログイン時間はコントロールできる」
……ポチョとスズキはリアルで連絡の遣り取りをしている。AI娘たちはプライベートな時間を取るために意識的にログインマーカーを消灯できる。
それでも。
俺は言った。
行かせてくれ。惚れた女が俺を呼んでるんだ。
……俺はハーレム願望の最低のクズ野郎かもしれない。二股、三股は当たり前。既婚者で、しかも子持ちだ。
それでも!
そんな俺にポチョは会いたいと言ってくれる。彼女の思いを踏みにじることはできない。たとえ殺されたとしてもっ……! その前にイチャイチャして軽いお触りなら許してくれるんだよ!
「……決意は固いようだな」
「崖っぷち。せめてこれを持っていけ。ライターだ。火は点かないが……。胸ポケットに入れておけ」
「……死ぬなよ」
彼らにしても他人事ではなかった。
このゲームの女キャラは何故か男を殺したがる。それはリアルでは腕力で勝る男を屈服させる快感なのかもしれないし、そうではないのかもしれない。特別な所有権で守られている反動なのかもしれないと考えたことはあるが、真相は定かではない。直接問い質しても恥ずかしがるばかりで答えてくれないし、殺される。それでいて、ほんの少しでも歩み寄ろうとして他の男を殺さないでくれと言えば変態扱いされる。
ティナンも少しおかしい。欲望に忠実な子ティナンは種族人間の鼓膜を破ろうとしてくるし、指をポキポキとへし折ってキャッキャとはしゃぐ。分別を知る大人ティナンですら実は俺たちのことをそういう目で見ているふしがある。そのくせ、他のモンスターは俺たちのことを不味そうなエサを見るような目を向けてくる。
……答えなんかないのかもしれない。人を愛することに理由なんか要らないように。
俺は同僚のモヒカンから貰ったライターをぐいぐいと胸ポケットに押し込んだ。
へっ、大して役に立ちそうにねーが……ありがとよ。
素直に礼を言うのも照れ臭く、くるりときびすを返す。
……そうさ、生きて戻るんだ。コイツらのところに。
俺はザッと踏み出した。ポチョ子が待つウチの丸太小屋へと向けて。
ティナンの家の屋根に降り立ったブーンが、ぢょんとひと声鳴いた……。
これは、とあるVRMMOの物語
マレ〜マレ〜。ご飯炊けた? よっしゃ……。炊き立てのツヤツヤ白米に〜……セブンの魂をオンザライス! ん〜これこれ! ソウルフードって感じね! コタタマの魂は食後のデザートにする〜!
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