第二章、ガムジェムの章
俺は新しくネトゲー始める前にキッチリ下調べをこなさないと気が済まないタイプだ。
キャラクタービルドをトチってイチからやり直しなんて馬鹿らしいからな。
という訳でね。Wikiやら何やら調べてみたら、まぁ出るわ出るわ。何つー胡散臭いゲームだよ。ハード本体からしてアレだし、今も俺のピンクバージョンから謎の発光物体が這い出て俺をじっと観察してるじゃねえか。運営も運営ならプレイヤーもプレイヤーだな。とにかく質がひでぇ。特にこのコタタマとかいうキチは最悪だな。悪行という悪行を重ねた挙句、イベントでプレイヤーの皆殺しを目論んでGMの怒りを買いチュートリアル空間に連行。チートでGMの殺害を企図するもクスリを打ちすぎて自滅してBANを食らったようだ。いやBANかどうかは定かじゃないのか。無理が祟ってキャラクターデータが吹っ飛んだってのが真相っぽいな。
いやはや、悪いやつも居たもんだね。こうはなりたくないもんだ。もっとも俺から言わせてみれば単なる間抜けだがね。勝利の為に手段を選ばない心掛けは立派だが、それでBAN食らってりゃ世話ねえよ。まぁ同情の余地はないわな。ざまぁ。ぷぎゃー。
よし、下調べはこんなもんでいいだろう。さっそく俺はログインしてキャラクターメイキングに入った。予習の甲斐もありテンポ良く項目を進めていく。
真っ先にキャラクターネームを付けるってのはネトゲーじゃ珍しいな。まぁサブキャラを持つのは不可能らしいからな。脳波か何かを検出しているのか、ハードを入れ替えてもマイキャラの呪縛から逃れることはできないようだ。つまり、登録後のキャラクリ遊びをどうあっても課金ユーザーの特権にしたいらしいな。儲かってるだろうに絞るところでキッチリ絞ってきやがる。
コナンくんの犯人みたいになっている俺はキャラクターネームをさらさらと記帳していく。名前は可愛らしい感じで行こうと決めていた。ピクミンで行こう。さて重複しなければいいが。
【キャラクターネームが重複しています】
ダメか。別に重複したまま進めることも可能なんだが、気分的に落ち着かないのと重複ネームを利用した詐欺行為が横行しているらしく、その一員と見なされるのは困る。少しひねって、ペタミンってのはどうだ?
【キャラクターネームが重複しています】
くそがっ、じゃあこうだ。ペタタミン。
【キャラクターネームが重複しています】
あ!? そこすら押さえられたら、もうほとんど発音できない領域に足を踏み込むしかねえだろがっ。とはいえ、こればっかりは早い者勝ちだ。ひとまず思い付く限り試してみるか。
ペタタミンでダメだったから……つーかペタタミンってどうよ。通らなくて良かったわ。俺的に五文字は長すぎんだよな。やり直しは利かないらしいし、慎重に行かないと。
そう、このゲームのキャラクリに最終確認はない。数々の無課金ユーザーを地獄に叩き落とした鬼畜仕様だ。ゲーマーの経験則を逆手に取った鮮やかなトリックプレイと言える。
ん〜。ここは埋まってるだろってトコから攻めてみるか。ペタタマっと。通った。え? 通ったの? ちょっ、待て! なんか悪名高きコタタマ氏と似た感じになってるじゃねえか! ええ? 俺、コタタマ氏とセンス似てるのかなぁ。嫌だなぁ。
しかし通ったものは仕方ない。次だ、次。
職業選択か。無職スタートじゃないのはありがたいが、紹介動画でョ%レ氏が無双してるのは何なんだ。いちいち出しゃばってくるな、この運営ディレクターは……。
まぁ職業については最初から決めている。鍛冶師だ。俺は虫も殺さないと評判の心優しい男だからな。戦闘職は肌に合わねえ。
次。
ふむ。本当にステータスポイントの割り振りはないんだな。用途不明と評判の性格診断と星占いが始まった。困った人が居たら率先して助けるかだと? 当然だ。むしろ困ってなくても助けてやるくらい俺はボランティア精神に溢れた男だからな。
性格診断をぽんぽん進めていく。おお、こうして改めて自分を見つめ直していくと、まるで俺は聖人のようだ。
さあ、気になる星占いの結果は?
残念……! 貫禄の最下位転落……! いや、そこは嘘でも一位にしとけよ。ユーザー様を接待してやろうっていう気持ちが欠けてるんじゃねえか? なってねえな、まったく……。
まぁ占いなんざどうでもいい。未来を切り開くのはいつだって気合いと根性だぜ。
さてお待ちかねのキャラクタークリエイトだ。俺はネカマプレイには興味ねえからな、野郎一択になる。ネトゲーマーの嗜みとして女キャラのクリエイトもいじっておきたいが、一度性別を決めたら戻れないってことは調査済みよ。
ビジュアルは、と。おぅ、話に聞いちゃいたがこりゃあ手間が掛かりそうだ。ファンネルを動かして彫刻を削っていく感覚に近いな。リアルの容姿をそっくりそのまま持って来るデフォルトモードから改造していくのが一番早いらしいが、俺はセミプロだからな。アマチュアと同じ手法に甘んじるのはプライドが許さねえ。ファンネルを操作してちまちまと削っていく。テーマはフツメンだ。
セミプロの俺はカワイイだのカッコイイだのといった表面上のことには囚われない。要は何を思い何を為すかだぜ。資金繰りに困ってやむなく食い逃げに走ることもあらぁな。他人の目を引く外見ってのは不利なんだ。ホストも裸足で逃げ出すようなイケメンにして女に貢がせるのも手だろうが、それは俺の流儀じゃねえ。
俺は、一番槍で敵陣に突っ込んで真っ先に串刺しにされてても違和感のないキャラクターを作っていく。
よし、こんなもんか。いい出来だ。いや完全にコタタマ氏じゃねーか!
くっ、野郎……。どうやら俺とまったく同じことを考えていたらしいな。返す返すも救いようのねえクズ野郎だぜ。
だが、ヤツと俺とで似ても似つかねえ部分がある。それは表情だ。人間ってのは表情一つでまったく違った印象になる。
見てくれ。この俺の人柄を表すような柔和な笑みを。ヤツの底意地の悪さが滲み出たようなドス黒い笑顔とは訳が違う。
いや、しかし……。他人の空似で通すには厳しくないか? どうする。
俺は散々悩んでから結局このまま行くことにした。あんな人を人と思わないような魔族と俺は違う。大切なのは心の在りようなんだ。そして何より俺は自分を曲げるってのが気に入らねえ。生憎と不器用なもんでね。
1.チュートリアル空間
キャラクタークリエイトを終えた俺はチュートリアル空間に放り込まれた。
そこには俺と同じ新規ユーザーが30人くらい居て、チュートリアルの始まりを待っている。
プレイヤーと一緒に卓を囲んでいるクッソ美人がニコリと微笑んだ。
「30人。揃ったようですね」
あれがチュートリアルナビゲーターの【NAi】か。なるほどな。噂に違わぬ別嬪さんだ。どっかで要らん個性を混ぜたがるプレイヤーとはモノが違う。作られしものの特権、か。
「では、チュートリアルを始めましょう」
チュートリアルは30人単位で行われる。初日組は全員すし詰めにされてレイド級ボスモンスターの討伐を強要されたらしいが、さすがに後発組に同じことをやれって言われても無理だ。
だが、チュートリアルは今すぐにという訳には行かないらしい。
「座りなよ」
【NAi】と一緒に卓を囲んでいたプレイヤーの一人が言った。
「まだ勝負は終わっちゃいない」
どうやら俺は鉄火場に足を踏み入れてしまったようだ。
お駄賃と称される初期資金を賭けた熱い戦いが始まろうとしていた。いや、それはとうに幕を開けていたのだ。
勝負の続行を告げた男は虚空の一点をじっと見つめている。
【NAi】は男を見下し、ぞっとするような酷薄な笑みを浮かべた。
「良いでしょう。ですが、その前に……」
要求を呑んで卓に着いた【NAi】が一転して花開くような可憐な笑みを俺たちに振り撒く。
「GumS Gems Onlineの世界へようこそ。そして……」
【NAi】が点棒を卓に投げた。
「リーチです」
これは、とあるVRMMOの物語。
敗北を知りたい。
GunS Guilds Online