選ばれし民
1.ポポロンの森-人間の里
オンドレぁ!
俺はやたらと頑丈なカカシを斧でブッ叩いた。
クリップボードを片手に審査員ティナンがチェックを入れていく。
臣民検査を受けている。
戦闘センス的なものを計測しているらしい。
審査に合格すればスマイルくんから臣民の称号を授与されるという仕組みだ。
さらに成績によって一級、二級、三級に分かれるのだとか。
当然ながら三級臣民より一級臣民のほうが優遇される。
まぁトップクラスの廃人を一級臣民とするなら、俺は二級か三級を目指すことになる。
しかし審査員ティナンの俺を見つめる瞳は冴え冴えとした冷たい光を放っていた……。
一人ひとり審査を受けていては日が暮れるので、何十人か一斉にカカシをブッ叩いて、それを十人の審査員ティナンが評価していく形式だ。
俺は審査の合間にスススと俺の評価を担当していると思しき審査員さんに近付いた。ペットボトルの水を飲みながらさり気なく声を掛ける。
久しぶりですね、マカロン警部補。あなたとは、よくよく縁がある……。
彼女とは旧知の仲だ。山岳都市の治安を守るティナン志士の一人であり、平均的な成人ティナンよりもやや幼い容姿をしている。ティナンにしては種族人間に厳しく、彼女に罵られたいというプレイヤーは多い。
マカロン警部補はじろっと俺を横目で見て警戒してますと言わんばかりに平坦な調子で言ってくる。
「……何故、私の名前を知ってる?」
……自己紹介されてなかったっけ?
されてなかったかもしれない。
では俺が何故彼女の名前を知っているのかと言えば、ロリコン先輩のデータファイルを見せて貰ったことがあるからである。ティナンの似顔絵と名前、その他諸々を収納した犯罪臭いファイルであった。そんなことはとても言えやしない。
俺は誤魔化した。
どうだったかな。小耳に挟んだ程度ですが、俺は貴族ティナンとも付き合いがありますからね。俺の目がいいのはご存知でしょう? メモ書きでも何でも一度目にすれば、ね……?
マカロン警部補は深くはツッコんで来なかった。代わりに鼻を鳴らして言う。
「ゴミタマ。お前は運が悪いな。私の審査は厳しいぞ」
まぁ見ててくださいよ。俺には奥の手があるんです。以前の俺とは違う。
……そう、俺には勝算があった。俺だってバカじゃない。いやバカかもしれないが、賢いフリをするくらいのことはできる。戦闘センスに欠けることは自覚している。
だが、この手の試験で大切なのはインパクトを与えることなのだ。要するに使えるプレイヤーを集めるための試験なんだからな。
試験は三つ。
一次試験は武器術。スラリーなしでカカシをブン殴る。
二次試験はスキルありでカカシをブン殴る。
そして最後の三次試験でスラリー(遅い)を駆使してカカシをブン殴る。
……さすがはスマイルくんと言うか、そつがないと言うか……まぁそうなるだろうなという内容だ。
スラリー(遅い)は無職でも使える。最終試験に置くことで暗に一番重要なのはそこだと伝えている。パワーレベリングしたプレイヤーは早々にスラリーの二段階目を使えるようにするため、スラリー(遅い)を使わせるとボロが出るのだ。これはアビリティを使えるプレイヤーが増えたことによる弊害と言える。リチェットの【Teach】ほどではないにせよ、スキルの段階解放を補佐するアビリティ持ちは探せばそこそこ居るのだ。
スラリー(遅い)は全職で扱えるがゆえにプレイヤーの基礎になる。基礎の重要さは今更言うまでもないだろう。
だが、俺はあえて二次試験に照準を絞っていた。どういう訳か俺はスラリーを使った攻撃が苦手だ。二段ジャンプくらいはできるが、そこに攻撃を織り交ぜようとすると一気に崩れる。たぶん俺はMPKに特化したプレイヤーなので「俺自身の攻撃力」を軽視してるんだろう。自覚はあるがどうにもならない。俺は間違ってないと思っているし、ステータスがそうなってるとしか言いようがない。
だから三次試験はあえて捨てる。二次試験で派手に爪痕を残して称号をゲットする。そのためには……。
二次試験が始まった。
スタートラインに立った俺は、すかさず完全ギルド化した。ゆっくりとカカシに近付き、鉤爪が生えた手でカカシの首を刎ねた。ザッときびすを返してスタートラインに戻る。
……決まったぜ。
俺はチラッとマカロンを見た。
マカロンはさして驚くこともなくサラサラと筆を走らせている。
……反応が薄いな?
俺はスススとマカロンさんに擦り寄ってそれとなく探りを入れた。
あ〜……。警部補? 今回の受験者はどうですか? 豊作だったりとか……。
「ダメだな。スキルを使えと言ってるのに妙な特技を見せるヤツが居たりと試験を勘違いしてる輩まで出てくる始末だ」
もるぁっ。俺は動揺した。完全に俺のことを言ってる。完全ギルド化は評価される項目ではなかったらしい。なんてことだ。思ったよりもお役所仕事だった。クラフト技能を使うべきだったのか。くそっ、今回はダメか……。
諦めかける俺に、マカロンさんがボソッと付け加えてくる。
「お前ら冒険者のリーダーは大した男だよ。本気で人間の里を変えようとしている」
マカロンさん……。
俺はハッとした。
彼女は俺が試験に受かると思っている。いや、信じてくれている。だからこうして俺の探りに付き合ってくれるのだ。
……次がんばればいいやだと? そうじゃない。考えろ。スマイルの旦那は決して無駄なことをしない。試験を手早く済ませたいなら、こうやって間を空けるのは無駄だ。一次試験から三次試験まで一気に済ませたほうが絶対に早い。
そうしないのは何故だ? 受験者に工夫する時間を与えるためだ。
例えば純生産職は武器なんかろくに扱えない。クラフト技能を使ったところで派手にアピールするのは難しいだろう。しかし他の受験者の動きを見て、三次試験をそれっぽくすることはできるかもしれない。ティナンの審査は正確だ。武器を振ってるのを見れば、受験者の戦闘経験を大まかに量り知ることはできるだろう。本当に重要なのは、その先。ろくに戦ったことがないプレイヤーでも、自分に足りないものを自覚して補おうとする意思なのだ。
俺は心を入れ替えて他の受験者に目を向けた。俺がスラリーをうまく扱えないのは何故なのか? MPKに頼りがちだから……俺の推測は間違ってないと思う。でも、だから仕方ないと諦めてたら俺は変われない。何か……ヒントはないか。
ヒントはあった。すぐに気が付いた。俺は……今までこんな簡単なことを見落としていたのかと愕然とした。いや、知識としては知っていた。ただ、どうせ俺には無縁だからと軽視していたのだ。マカロンさんの言葉で、俺はようやくその事実に目を向けることができた。
人によってスラリーの使い方が違う。
例えば【敗残兵】十八番の空中殺法だ。サトゥ氏やメガロッパがいつもやってるように手足を振って慣性をねじるのは単純に手足の可動域が広く、最適な方法だからだ。
じゃあ、腰をグインと回して慣性をねじるヤツが居るのは何故なんだ?
スラリーの使い方にも向き、不向きがあるのか……!
俺の目からボロンと鱗が剥がれ落ちた。ボソッと落ちた俺の鱗にマカロンさんがギョッとしたが、それはともかく……。
何か掴めたような気がします! ありがとうございます!
俺はマカロンさんにお辞儀をして足早に駆け去った。
2.三次試験
最終試験だ。
ザッとスタートラインに立った俺を、マカロンさんがじっと見つめてくる。
精いっぱいやるだけだ。
俺は雄叫びを上げてカカシに駆け寄った。斧を振り上げ、スラリー(遅い)を発動。ぶんと頭を振って慣性をねじる。横に吹っ飛ぶ動きからカカシに斧を叩き付けた。
できた……!
不恰好ではあるが成功した。飛び横切りだ。
この動きだ。そう思った。
俺には戦闘センスがない。サトゥ氏のようにはやれない。でも、だからって俺に成長の余地が残されてないなんてのは自惚れだった。傲慢だった。俺はまだまだ未完成のプレイヤーで、やれることはたくさんある。
ヘドバンからの慣性制御。この動きは俺に合ってる。手足を振るのと何が違うのか? それは分からない。ただ、何故だかイメージ通りに身体が動く。この感覚。心が沸き立つ。俺に合った遣り方なんてものがあったのか……!
マカロンさんはフッと微笑んだ。チェックシートにサラサラと筆を走らせる。その筆運びは心なし前回、前々回よりも長かった気がする。
かくして俺は三級臣民に合格したのである。やったぁ。
3.生まれる格差
でも正直、三級ってどうよ?
合格発表された時は雰囲気でめっちゃ喜んだけど、三級って要は将来有望なチワワ程度ってコトだろ?
俺ってそこそこ目立ってるプレイヤーだし、普通に一級くれてやってもいいと思うんだよな。だってそうだろ。レイド戦ともなればゴミどもはアホみてーに武器ブン回すだけだし、晒しスレで叩かれるのが嫌だからってクールキャラを気取って自分から声を上げようとしねえじゃねーか。俺が悪目立ちして晒しスレでクソミソに叩かれてるのは知ってるよ? なんなら俺が居ねえほうが安定したとか言われてるのも知ってる。けど、それは結果論じゃんね? ゴミどもに死ねと言ってやれる俺はもっと評価されてもいいと思う。どこどこの誰々が俺の口車に乗せられてロストした? だからどうした? 知ったこっちゃねーよ。ロストが嫌ならさっさとギルドに魂を明け渡せばいいじゃねーか。工兵憑きのギルド堕ちにお願いすりゃいいだろ。
そんな感じで腑に落ちず、受験しているゴミどもを眺めていると、さっそく調子に乗ったゴミどもが俺に絡んできた。
「おい、三級市民。お前だよ、お前」
誰と勘違いしている? 俺は一級市民だが、お前は?
俺は嘘を吐いた。
他人の称号などというものはアナウンスで晒されでもしない限り確認する方法などないのだ。
「おいおい崖っぷち〜。どんだけ受験者が居ると思ってんだよ〜」
「見てりゃ分かるんだよ〜。お前のさっきの動きじゃ二級はねぇーよ」
「へへっ。つまりオメェーは俺らの下ってことだな」
ゴミどもは俺の肩にガッと腕を回して心配してくる。
「……三級ってのも正直どうよ? お前、ヘタしたら新規プレイヤーにも負けるだろ」
「スマイルのことだ。どんな無茶振りされるか知れたもんじゃねーゾ?」
「……レイド級の称号には縛りがあるよな? この称号にも何か裏があるんじゃねえか?」
そうかもな〜。でも行動制限ってのはレイド級を縛るから価値が生まれる。俺らを縛ったところで大した意味はねーだろ。だったら代償も大したことはねーハズだ。
「ほー。三級市民にしてはそれっぽいこと言うんだナ?」
「二級市民の俺らにもっと色んなこと教えてくれよ。いいだろ? 崖っぷちクンよ〜」
俺はゴミどもにマウントを取られた。
4.直談判
スマイルくん。ちょっといい?
俺は直談判に乗り出した。
やはりどう考えても俺が三級市民……もとい三級臣民というのはおかしい。そして調子に乗った二級のゴミどもが絡んでくるのがひたすらウザい。何かってーと自分のほうが上だと主張してくるのだ。
俺は真の平等のために立ち上がった。
スマイルくんはエンフレのまま日常生活を送るのをやめたようだ。君主のジョブを奪われるのを警戒しての措置だったハズだが、何か心変わりでもあったのか。……まぁサトゥ氏を倒したことで自信が付いたんだろうな。元々自信家ではあったが、警戒しすぎるということはないという考えだったハズ。良く言えば慎重、悪く言えば小心者ということになる。
……こうまで変わるのか。
今のスマイルには貫禄らしきものが備わっていた。何があっても自分なら対処できるという自信。それは……あるいは襲撃を未然に防ぐこともあるかもしれない。優しさが甘さと断じられるように、治世を敷く王に怖さはない。人を動かすのは多くの場合、恐怖だ。名だたる暴君が歴史に名を刻むように……結局のところ正解などないのだ。
スマイルくんはプレイヤーの称号が分かるようだ。
「ん? ルリイエ。君は三級臣民なのか。それは良くないな。二級にしてあげよう。おいで」
恐ろしく話が早い。
へへっ……。そうかい? それじゃあお言葉に甘えて……。
公私混同するスマイルくんに側近のアオが待ったを掛ける。
「隊長。そりゃどうかと思うが……何か考えがあるのか?」
……コイツも少し変わった。スマイルが情に流されるだけの男ではないと信頼している。
スマイルくんは「ああ」と頷き、
「アオ。コタタマくんは特別なプレイヤーだ」
「おっ、なっ……」
突然ルリイエからコタタマくんの話になってアオは戸惑うが、スマイルくんの中では整合性が取れているらしい。
このゲームの本質はキャラ育てゲーなので、プレイしている内にリアルとゲームの人格が乖離していく。そこに演技しているという感覚はない。学校じゃ内気で大人しいやつが家じゃ母ちゃんに尊大に振る舞うように、元々人間は多面性を持った生き物だ。むしろリアルとゲームで完全に性格が一致してるやつのほうが珍しいだろう。
それはこのゲームに限った話ではない。匿名性はその人間が本来持つ暴力性や差別意識を剥き出しにする。だから少し考えれば分かるようなミスを犯して炎上するヤツが絶えないのだ。
このサトウシリーズ御大はアビリティに頭をヤられている。それも元を正せば精神的に参っていた時にアオとミドリに見捨てられた所為である。
スマイルくんがキツかった時期に支えてやったのは俺だ。逃げたアオにどうこう言う権利はない。
もっともスマイルくんにそうした意識はないらしい。あくまでも俺とはビジネスの関係であると強調してくる。
「アオ、目的と手段の違いだ。私が級分けの試験を簡略化したのは評価基準を明確化するためだ。二級相当のプレイヤーが二人居たとして、片やとっさの機転が利くからと二級とし、片や急場の対応に不安があるからと三級にしていてはキリがない。私はレ氏に近い考えを持っているが、だからと言って同じことをやろうとは思わない。そんなことは無理だからな」
スマイルくんは繰り返し言った。
「コタタマくんは特別なプレイヤーだ。あまたのプレイヤーの中で、自分はここに居ると声を上げた時、彼というキャラクターは『特別』な存在になった。たったそれだけのことなんだ」
かくして俺は二級市民に昇格した。やったぁ。
これは、とあるVRMMOの物語
調子に乗って失敗するんでしょ? 知ってる。
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