蟄居
1.クランハウス
蟄居。
慶長5年(1600年)9月15日、関ヶ原の戦いは徳川家康率いる東軍の勝利に終わった。西軍を率いる石田三成とかねてより親交があった真田昌幸、信繁(幸村)の父子は東軍についた兄・信幸の決死の助命嘆願と本多忠勝の口添えもあり死罪を免れるも九度山にて蟄居を命ぜられた。
蟄居とは閉門の上、一室に謹慎させることであり、つまり露店バザーではしゃぎすぎた俺は先生より謹慎が解けるまで外出することままならぬと命ぜられたのだ。
……と、ここまで分かりやすく説明してもサブマスターのポチョさんは俺に不思議な生き物を見るような目を向けるばかりで、ゆっくりと首を傾げるに至り再三となる言葉を口にした。
「……? よく分からないが、早くダンジョンに行こう」
そう言って俺の手を引くのだが、何度も言っているように俺は謹慎が解けるまで部屋から出るつもりはないし、敵と味方の区別も付かないような狂犬の群れに仲間入りした覚えもない。そのような予定も今後ない、と断言させて頂こう。
ポチョさんはポチョさんなりに俺の言葉を解釈しようとはしてくれているようだ。彼女は難しい顔をして考え込み、ややあってカッと目を見開いた。
「わがままを言うな!」
わがままじゃねーよ! お前んトコのマスターの命令だっつってんだろ!
……いかんいかん。言葉が荒れてしまった。思うに俺は少し短気な部分があり、目に見える成果ばかりを追い求めるところがある。先生が俺に蟄居を命じたのは、俺に自分自身を見つめ直す機会を与え、今後の成長と更なる飛躍を促すために違いない。
だから俺はこうして書の道を極めんと邁進しているのだ。
書はいい。書は自分でさえ気づかないような俺の心を表してくれる。小さな悩みに囚われてしまっていては縮こまった字しか書けないし、逆に伸び伸びとした字を書ける時は俺自身も晴れやかな気分になっている。
「どうだ、お前も一筆」
俺は何をやらせても血を見ずには済まさない難儀な女に書の道を勧めてみたが、ポチョさんは俺から筆を奪い取ると下手くそな絵描き歌を始めて一筆書きでぱぱっと済ませると、ふふんと得意げに鼻を鳴らして言った。
「よし、これでいいな。では今度はお前の番だ。さっさと準備しろ。ダンジョンへ行くぞ」
「くどい! 断る!」
断固として首を縦に振らない俺。くどいとか生まれて初めて言ったぜ。ふっ、決まったな。
しかし最後にモノを言うのはいつの時代も純然たるパワーであり、業を煮やした騎士キャラに力尽くで部屋を追い出された俺は、がっしりと腕を掴まれ廊下を引きずられながらせめて武器と防具だけでも装備させてくださいと涙ながらに慈悲を請うた。
2.ダンジョン手前
暴力の嵐が吹き荒れる無法の荒野で力なき民、俺コタタマ。ここは世紀末かよ。
喉元過ぎれば熱さ忘れる。
心強すぎて今すぐ帰りたくなる仲間と共にダンジョンくんだりまでやって来た俺は、すっかりやさぐれて心の中で悪態を吐いた。
「よし! 行くぞ!」
パーティーリーダーのポチョが張り切っている。
よく分からんが俺がよそ様のクランをMPKで皆殺しにした事件を機に、彼女は俺が実は戦えると知り、だったら自分のパーティーに加えようと思い付いたらしい。
じゃあ逆に聞きたいんだけど、俺がまったく戦えないとしたらお前が今身につけている装備品の数々は一体どこから湧いて出たんだよ。無から有を生み出すとか今時どんなゲームのラスボスだってやらねえぞ。
あと、ちゃんと理解してくれてるか不安だからもう一度言うけど、俺の狩らせ……MMKは味方が居ると使えねえぞ。お前らが戦ってるのあんまりじっくり見たことないし、タゲが誰に行くか分かんねんだよ。
つまり俺を連れて行ってもほとんど無意味なのだが、ポチョは俺の話をまったく聞いていなかった。
「コタタマ。お前はパーティー戦の経験がほとんどないだろう。そう不安そうな顔をするな。お前は熟練者の私の指示に従っていればいい」
思い切り不安そうな顔をしている俺を、ポチョはじっと見つめて、とろんと酔っ払いみたいにだらしなく笑った。自分の立場が上だと確信して優越感に浸っているようだ。
少し離れたところでスズキが弓の弦をびんと弾く。何そのアピール。
「私たちの足だけは引っ張るな、です」
いや引っ張るよ。俺のレベル3だぞ。ろくにパーティー戦の経験がない俺を力尽くで引っ張り出しておいて、俺は引っ張るのダメって難易度高すぎるだろ。
あと、その取って付けたようなですます調やめろ。使いこなせないなら最初からやるな。
……いつもより一人ばかり足りない。
実刑食らったから仕方ないとはいえ、寂しいもんだな。
いや、違う。足音が、した……。
茂みを掻き分けて何者かが近づいて来る音だ。モンスターの足音じゃない。ティナンでもない。人間だ。
「先生が保釈金を払ってくれてね。しばらくは頭が上がらないなぁ……」
もちろん最後の一人はこの男だ。
変態が帰ってきた。臭いメシを食べて変態が帰ってきた。
冷たい寝床で休息は充分か? お前が仕える神はお前を弁護してくれたか?
俺たちはお前を待っていた。
わっと歓声を上げて出迎える俺たちに、アットムはにこりと笑った。
「回復は任せてくれ。死力を尽くそう」
3.曜日ダンジョン
ポチョさんの鼻歌が洞窟内に木霊している。彼女は上機嫌になると鼻歌を口ずさむ癖がある。
嫌だなぁ。俺は内心で呟いた。
アットムの帰還でテンション上がってとりあえず行こうってなったけど、アイツよく考えたら前科持ちだぜ。
正直言ってポチョとスズキも似たり寄ったりだろ。だってコイツら、薬草採集のクエストで全滅したことあるんだぜ。
確かにあのクエストはちょっと悪意に満ちたトコあるよ。パーティーの人数と同数の薬草が要るんだけど、どうしても一つ足りなくなるんだ。
でも、だからって一人殺せば依頼達成できるって考えるのはおかしいだろ。街で売ってるんだから普通にNPCから買えばいいんだよ。何なら最初から街で買えばいいんだよ。まぁそこまでやってしまうと利ざやがなくなるから意味がなくなるんだが。
あの時は結局スズキが死力を振り絞ってポチョと刺し違えたんだっけな。
いつもにこにこ笑顔のアットムがポチョに話し掛けた。
「ポチョ、機嫌いいね。いつもコタタマと一緒に遊びたいって言ってたもんね。夢が叶って良かったねぇ」
お前、そういうことを本人を前にして言うなよ。
多分ポチョが言ってたのはそういうことじゃなくて、単に四人パーティーを組みたいってことだぞ。三人パーティーって少数派だからな。
ポチョさんの鼻歌が止まった。
……ダンジョン攻略開始わずか三十秒にして気まずくなった。空恐ろしいまでのハイペースだ。
アットムは空気を読まない。読めないのではない。読まない。この男は対象年齢低めなセクハラに人生を賭けており、それ以外のことは割とどうでもいいと思っている。
「僕は何回かコタタマと組んだことあるんだけど、彼はリーダー向きだと思うよ。少なくとも君よりはね」
「……そういうお前はどうなんだ?」
ポチョさんの冷たい声。
あ、ギスった。
俺は驚愕した。
まだ一分も経ってないぞ……。やだっ、コイツら俺の想像を遥かに上回って仲が悪い!
こんな調子で今までどうやってたの?
素朴な疑問に思わずスズキを見ると、彼女は引き結んだ口をもにょもにょと動かしている。意外と溜め込むタイプのスズキさんが居心地の悪さを感じている時に見られる仕草だ。しかし口出しはしないようだ。
そういえば彼女は無口キャラ。黙って損するタイプの人間だった。
……ええ? マジか?
いつも通り三人パーティーだったらこの時点で既に万策尽きてるじゃねえか。
いや、その場合は俺の話題が出ることもなかったからもっと長持ちしたのか?
いずれにせよ、これはまずいぞ。何とかしてこの場を和ませないと。俺が一発芸の準備をしていると、ポチョさんが氷のように冷たい声で言い放った。
「私は、お前がホモなんじゃないかと疑っている」
何これっ。
ひどいっ、パーティー崩壊の瞬間を目の当たりにした!
そしてマジかっ、あまりの気まずさにモンスターが気を遣って俺たちの直進ルートを避けた!
そんなことあるの!?
これは、とあるVRMMOの物語。
形あるものは、いつか必ず滅びる。昨日まで当然だったものが、明日も当然であるとは限らない。だから人は今あるものを大切にして変わらない明日を願う。それなのに、願った筈の今に満足しないのは何故なのか。
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