その手に勝利を
1.ポポロンの森
七土の兄貴は最高だぜオイ!
俺は長い物に巻かれた。
パフワの兄貴に重力などあってないかのようだ。目がいい。耳がいい。鼻が利く。ゴミどもの襲撃を誰よりも早く察知し、腕を振るうたびに血の雨が降る。魔力を温存する余裕すらあるらしく、ゴミどもの配置が偶然にもうまく噛み合った時くらいしかスラリーを使っていない。当然のように無詠唱を使いこなし、運動センスはティナンと比べても決して見劣りしない。
パフワの兄貴はゴミどもの包囲をあっさりと切り抜けながら、
「ヒューマンってのは……本当に面白いな」
ヒソカと戦うクロロみたいなことを言い始めた。
「【全身強打】に、これは【四ツ落下】か。【重撃連打】と【八ツ墓】……。スキル構成がいびつで、ストーリーが見えない。【縦横無尽】一本に絞ったほうが合ってるんじゃないか、とすら思うが……ゲストのやることだからな」
それは……確かにそうだ。攻撃魔法は強力だが、俺たちが使いこなせているとは思えない。いっそ魔法使いは居ないほうが安定するかもしれない。実際、俺たちは攻撃魔法ナシでポポロンの完全体を討伐している。
【縦横無尽】……スライドリードは優秀なスキルだ。奥が深く、色々な使い方ができる。エンフレの運用にも通じるところがあり、無駄ということがない。
強さには色々と種類があるが、何か一つ選べと言われたら大抵のものはスピードを選ぶのではないだろうか。他を圧倒するスピードがあれば先手を取ることは容易く、追い込まれても危機を脱することができる。
ゴミどもを殲滅したパフワの兄貴が吠えた。
「サトゥ! 男だろ! そんなところで見てないで来いよ!」
居るのか。サトゥ氏。
パフワくんはプフさんやフリオの兄貴ほど完成されたプレイヤーではない。しかしそれは年季の違いによるもので、才覚に関しては十分なものを持っているように見える。
そのパフワくんに誘われて、サトゥ氏は我慢できなかった。
「パフワ〜!」
木陰から飛び出したサトゥ氏が嬌声を上げて急加速する。スラリーを使ったんだろうが、残像エフェクトがなかった。ニャンダムが以前に見せてくれたように、完全に無駄をなくしたスラリーはそうなる。そしてパフワくんも当然のようにその領域に居る。出来の悪いワイヤーアクションのように慣性をねじって急迫する。
サトゥ氏が既に死したゴミがドロップして放置された剣を掠め取って二刀を振り回す。基本的に二刀流は弱い。最速の一撃を追求していったなら出て来ない選択肢だからだ。四肢を欠損したら闘技者としては終わる。けれどこれはゲームで、幾らでもやり直しが利く。二刀を振り回すサトゥ氏の戦闘スタイルはスマイルを彷彿とさせた。相討ちになってもいい、最後に立っていたものが勝者という理屈だ。
パフワくんの爪がビキビキと伸びる。角質の操作。「変身」というアプローチに辿り着いた生物は飛躍的な進化を遂げる。それは本来的にコンフレームに対するハイフレームのような0か100かのようなものではないハズだ。もっと多くの段階があって然るべきで、複雑な身体操作、変身能力までは行かずとも……格闘術や武器術は知的生命体の特権のようなものだった。
上下反転したパフワくんがサトゥ氏の足元を潜る。両足を深く切り裂かれながらもサトゥ氏は反撃した。素早く反転しながら剣を投擲し、袈裟懸けの一撃を打ち下ろす。迫る剣の柄を蹴ってパフワくんが飛ぶ。身をひねってサトゥ氏の一撃を躱して頭上を飛び越えた。頸動脈を切り裂かれたサトゥ氏がボテッと地べたに落ちる。遅れて着地したパフワくんが爪に付着したサトゥ氏の血を舐めた。
「サトゥ。いい戦いだった。俺にハイフレームを出させなかったことは恥じてくれるなよ? 種族差で勝ってもちっとも嬉しくねえ。だから……またヤろうや」
サトゥ氏は絶命していた。
しかし何か通じ合うものがあったのかもしれない。パフワくんはフッと笑みを零して、「コタタマ!」と俺の名を呼んだ。
何スか?
俺は知らない女に串刺しにされていた。
パフワくんは速くて強い。強いが、まぁさすがにジョゼット爺さんみたいに素でプンッてなったりはしない。女キャラと戦うのも抵抗があるようだ。俺たちはタフな怨霊たちと組んでゴミどもの迎撃に当たっていたが、怨霊たちも女が苦手だ。よって女キャラの相手は俺たちがすることになる。
俺を木に縫い付けにした女キャラが恥じらいながら何か言っている。
「あ、あのっ。コタタマさん。この前のパピコ戦、カッコ良かったですっ! ツヅラちゃんのこと本気で大事にしてるんだなって思って、私……!」
そりゃどうも。でも俺を殺したこと、ウチの子たちには内緒にしてくれな?
「は、ハイっ!」
俺はふわっと幽体離脱した。
パフワくんが十字を切った。それは俺の冥福を祈った訳ではないらしく、四方に浮かび上がったブサイクな人形が窓ガラスのようなものを形成した。
チカッと光が瞬き、俺を殺した女キャラの身体が真っ二つになった。光が瞬いた辺りから「うあっ」と呻き声が上がる。
首をひねる俺に、ブサイクな人形を掻き消したパフワくんが解説してくれた。
「【夢死暗澹】を反射した。精神系のスキルにはこういう弱点もある」
変身種族はハイフレームになることでスキルコピーをスキルドレインに昇格できる。七土種族でもトップクラスのプレイヤーともなれば一体どれだけの手札を隠し持っているのか知れたものではない。
もっともパフワくんが手札を一つ晒したのは俺たちという足手まといを慮ってのことだろう。限界突破できるのは自前の固有スキルだけということもあり、強力なスキルを生まれ持っている種族はそれ以外のスキルを滅多に使わない。
パフワくん率いる怨霊軍団は尊い犠牲を払いながらも森を進んでいく……。
2.作戦会議-山岳都市ニャンダム手前
最初に俺が声を掛けたことから、パフワくんは俺がモテない男の日本代表だと勘違いしているようだ。めぼしい知らないゴミと一緒に作戦会議にお呼ばれした。
怨霊どもが作戦に興味があるふりして俺のケツを揉んでくるが、それはともかく。
パフワくんが作戦の概要を告げる。
「俺らは山岳都市を拠点にする。MPKとエンフレ対策だな。去年散々派手にヤッといて何だが、俺はこっちのプレイヤーをロストさせる気はねえ。怨霊衆は女が苦手みたいだが……ティナンに対してはそうでもなさそうだ。ティナンを味方に付けることができればひとまず安泰だ。問題はNAiとマレか……。それとプフ、さん」
公式サイトによれば、バレンタイン当日に運営三人娘が山岳都市に立ち寄る予定になっている。
パフワくんは続けた。
「何かあるとすればそこだ。どうもこっちの運営陣は自己主張が激しい。俺はプフさんと因縁もあるしな」
パフワの兄貴さ、例の巫女さんとはどうなんスか? ちょっとくらい進展した?
「お、俺は別にアイツのことなんかどうとも思ってねーよ……」
いやいやいやいや。
俺と知らないゴミどもは一斉にツッコんだ。
……兄貴? そりゃさすがに無理があるっしょ。他の男に奪われたらどうしようとか考えないんスか?
パフワくんは歯切れが悪い。
「そりゃ……嫌だけどよ。なんか……変な感じになったら怖いなってのもあって……」
兄貴。他の星じゃどうか分かんないスけど、基本的に女は早いもの勝ちっスよ? だってイイナって思う男が自分を好きだとは限らないじゃないスか。告られたら妥協するって面はあるんスよ。それは男女共通じゃねーかなって俺は思ってて。そもそも巫女さんってどんな人なんスか? 俺らの国にも巫女さんって居ますけど、かなりディテールが違ってそうなんスよね。俺ら記憶の継承なんてできねーし。
「……プフはサバ読んで幼馴染みとか言ってるけど、どっちかっつーと幼馴染みなのは俺のほうだな。歳も近い……。巫女ってのは、要するに変身しなくても結晶の記憶を引っ張り出せるヤツのことだ。偉人ってのはヤバいヤツが多いからな。自由にやらせると色々とマズいってんで、記憶を継ぐとほとんど幽閉されちまう」
ポポロンはそんなにヤバいんスか? 俺らっトコの運営ディレクターがクラフトしたのか何なのかレイド級の一体がポポロンの記憶を持ってるっぽくて、戦争は終わってなかったとか何とか言ってたんスけど……。
「分かんねえ。異常個体の功績はあんまり表に出てくることがねえんだよ。そもそも異常個体って呼び方自体が胡散臭ぇ。蜘蛛の連中の記憶継承は元々……他人を乗っ取るためのもんだ。少なくとも俺らの母星じゃそう習う。他の生物に記憶の一部を植え付けて操る器官だってな。戦闘記憶っていう呼び方は歴史が浅い癖にそれが正しいみたいな雰囲気になってて……俺はあんまり好きじゃねーな」
角の民と緒の民は戦争してたんだっけ?
「おお。そりゃひでえよ。結構早い段階で別の星で文明築いてるヤツらが居ることは分かってたからな。どう考えても先制攻撃を仕掛けたほうが有利だろ。悠長なことやってたらこっちが滅ぼされかねねえ。んで、まぁ戦艦造ったり何やあってよ……もう情報がグチャグチャで、どっちが先に手出ししたのか分かんねんだ。表向きは話し合うために先遣隊を送ったとか何とか言ってるけどよ、辻褄が合わねんだよな」
で、ドンパチやってるトコにクァトロくんたちが流れ着いたと。
「そうだな。お陰さんで平和になったよ。ゲストと喧嘩しても勝てねえからな。俺らで言うハイフレームがアイツらのエンドフレームだ。アイツらに都市部で変身されただけで俺らは負ける。まぁコスパは悪いらしいから、手当たり次第に住人は食われるだろうな。アイツらは自分のことを生物兵器って言うだろ? そういうことだよ。アイツらの元居た世界の社会は国民全員が一人の英雄のために働いてエネルギーを賄うって仕組みになってたらしい」
……個体戦力を追求する上で、究極と言っていい環境だった訳か。
まぁそれはいい。巫女さんってのは……。
言い掛ける俺をパフワくんが大声で遮った。
「俺のことはいいだろ、もう! 放っといてくれ! 悪かったよ! ロストさせて! あン時の俺はどうかしてた!」
恋バナもそこそこに俺たちは山岳都市の門を潜ることとなった。
不思議な生き物が大好きなティナンは怨霊たちを歓迎してくれた。
さしものチョコくれよお化けも見た目ショタロリエルフのティナンにチョコを要求することはないようで、求められるままに子ティナンを肩車してやっている。
喧騒に紛れて俺のケツが揉まれた。
俺は驚愕した。
こ、この手の感触は……!
俺がバッと振り返ると、そこに居たのは子ティナンを肩車してやっている一人の怨霊であった。
「子供のやることじゃねえか。そう妬くなよ」
年々傲慢になっていくテレサが三日月型の口をニヤッと歪めた……。
これは、とあるVRMMOの物語
一度でもチョコを貰った男は、もうかつての謙虚だった頃の自分には戻れない……。
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