決戦前夜
Chapter3.肉球を合わせて
サトゥ元帥倒れる。
モグラ共和国の正統な後継者として女王に即位したリチェット総統は両軍に停戦を命じ、長く続いた内乱に終止符を打った。談合なきイベントを宣言する女王にモグラっ鼻は熱狂し、新女王を讃える歓声はいつまでも鳴り止むことはなかった。
だが、王国に潜伏するネフィリアを倒さずして真の平和が実現することはない。ヤツを追えるとすれば、それは俺だけだ。
出立の準備を進める土竜騎士団。リチェット女王が壁の中を訪ねて来たのはそんな時であった……。
「私も一緒に行くぞ」
「ダメだ!」
言下に否定したのは壁にもたれ掛かって腕組みなどしていた仮面の男であった。というかサトゥ氏である。
どうやら俺たちはやり過ぎたらしい。と言うのも、リア充疑惑が持ち上がったサトゥ氏はもはや素顔で出歩くことができないほどモグラっ鼻のヘイトを稼いでしまったのだ。この男もまた戦乱の犠牲者であった。
モグラを模したお面を被ったサトゥ氏はリチェット女王陛下の肩をぐっと掴む。
「何を考えてる。リチェット。共和国は今が一番重要な時なんだ。それなのに、肝心のお前が城を離れてどうする?」
この遣り取りタクティクスオウガで見たわ。
至近距離からサトゥ氏に見つめられて、リチェットがころころと笑った。
「何だよ、そのお面! もうちょっとどうにかならなかったのか?」
「う、うるさいな。仕方ないだろっ。最初は仮面舞踏会っぽいの付けてたんだけど、どこ行ってもシャアだシャアだって言われて池田ボイスを強要されたんだよ!」
「サトゥは死んだ。何故だ?」
「坊やだからさ。って喧しいわ!」
ノリノリじゃねえか。
ともあれだ。着いて来る来ないの議論はもういいよ。時間の無駄だ。これ、どうあっても同行する流れだからね。
女王陛下におきましては色々と面倒臭い仕事もあるんだろうが……この際だ。全部宰相に投げちまえ。あの子は叩かれて伸びるタイプだ。置き手紙も忘れるなよ。探さないでくださいってな。
リチェットはふふんと鼻を鳴らした。
「もう置いてきた。万事抜かりなしだ」
ほう。お前も話が分かるようになったじゃねえか。
んじゃ、まぁ出発進行と行きますかね。
「コタタマ氏! まだ準備が途中だぞっ」
いや、リチェットが着いて来るなら要らねえよ。腹が減ったら殺してやれば空腹はリセットされるからな。蘇生魔法で死に戻りを最低限に抑えてどんどん先に進もう。マナの消費に関しては元々頭数に入れてなかったんだから経費が浮いたと考えようや。
「お、お前、キルペナは大丈夫なのか? なんか息を吸うように人を殺してるような気がするんだが……」
キルペナが溜まり過ぎたプレイヤーは殺人衝動を抑えきれなくなる。
俺は脳内にメニューを呼び出してキルペナの項目を確認した。おぅ、イエローゾーンに突入してる。一人や二人殺してもそうそう溜まるもんでもないんだが。
まぁ何とかなるだろ。俺は鍛冶屋だしな。戦闘職と違って殺らざるを得ない状況とは無縁なんだよ。ラブ&ピースだぜ。
キルペナは時間経過と共に少しずつ解消されていく。要は殺さなければいいだけの話なので簡単だ。
こうして俺たちは夜逃げするように城を発った。
まず目指したのは【目抜き梟】のクランハウスである。一度はウサ吉の前足で撤去されたのだが、今回のイベントで王国の頭を張るにあたって再建したらしい。ハウスというかもうお城になっていた。見栄えを重視したんだろうな。割といい加減な造りである。
サトゥ氏が前以って話を通してるっていう話だったな。さくさく行こう。ウサ耳の門番に声を掛けて女王に取り次いで貰う。
ウサ耳どもの女王は【目抜き梟】のクランマスターだ。あのアイドル気取りどもは【敗残兵】と違ってイベントごとにトップを変えたりはしない。どっちが正しいということはない。
謁見の間に通された俺たちは、以前にウチの丸太小屋を訪ねておいて結局一言も喋らずに帰った不思議ちゃんと対面した。
「牢へ」
そして流れるように牢獄にブチ込まれた。
おい、サトゥ氏。話が違うじゃねえか。
「リリララはダメだ。あいつは話が通じる相手じゃない。サブマスターのモッニカがログインするのを待とう」
舌を噛みそうな名前だな。
「本当はモニカにしたかったんだが取られたらしい。リリララは分からん。βテストの頃から全然喋らないし。ただ、先生には心なし懐いていたような気がする」
いや、お前の仮面が原因じゃねえのか? 俺が同じ立場でもお前みたいな不審者が現れたら牢屋にブチ込むよ。
「元はと言えばお前の所為だろ! オフ会って何だよ! ウチはそういうのはやらないって決めてるんだよ! リアル楽しめたらゲームに引越し準備してないだろ!」
至言である。
だが怒鳴られたのがムカついたので俺はサトゥ氏に殴り掛かりマウント取られてボコられた。
ログインしてきたモッニカ女史がぺこぺこと頭を下げながら牢屋に姿を現して絶叫した。
「申し訳っ、既にパーティー瓦解してますわ!?」
俺とサトゥ氏はもるもる威嚇し合ってから何事もなかったかのようにモッニカ女史を歓迎した。
「もるる!」
「もるぅ!」
「そのけったいな言語はおやめなさい!」
モッニカ女史にぴしゃりと叱られて俺たちは悲しげに鳴いた。もるるっ……。
モッニカ女史に事情を聞く。
何でも不思議さんはクランハウスを潰された件を未だ根に持っているらしい。心の狭い巨乳だな。おっぱいは母性の象徴って言うじゃねえか。母性をくすぐるタイプの俺に免じて許せよ。
サトゥ氏がキレた。
「お前の所為じゃねーか!」
知るか! 元を正せばトロッペを拉致ったストーカー女の所為だろうが! 俺はトロッペを助けようとしただけですぅー。
俺たちは第2ラウンドに突入した。俺はデンプシーロールの体勢に入るがデンプシー破りを実行に移したサトゥ氏にデンプシー破り破りを決行しようとして普通に身体が追いつかずにボコられた。セコンドのリチェットがタオルを投入して俺はTKO負けを喫した。
互いの健闘を称え合った俺とサトゥ氏はモッニカ女史との協議に戻る。ちなみに俺は軽く死にそうだ。というか死んだ。
「コタタマ氏ー!」
俺の死を嘆くサトゥ氏に俺はニコリと微笑んで天に昇っていった。いい試合だった。俺は満足だぜ。
しかしリチェットの蘇生魔法で呼び戻されたので仕方なく生き返った。コスモを燃やしている俺をモッニカ女史は呆れたように見つめ、
「崖っぷち、ですか。言い得て妙ですわね」
るっさいよ。
俺たちは無事に出所した。巨乳の説得はそうでもない方に任せるとして、王国軍の協力を取り付けて先を急ぐ。
さて、いよいよネフィリアの元へ向かうぜ。という段になって、今度はモグラ解放軍の残党にエンカウントした。
元服屋と主張する知らない人がサトゥ氏を説得しようとしている。
「サトゥさん! 分からねえのか!? 崖っぷちを信用しちゃあダメだ! そいつは絶対にあんたらを裏切る! 飼い慣らせるもんか!」
何が何でも会話イベントをやらなくちゃ気が済まないらしいな。仕方ねえ。俺は知らない人に応じてやった。
「ハッ! 随分と手勢が減ったなぁ、おい! 手下に見限られたか! しょせんお前はその程度の男なんだよ! 野盗風情が何を言ったところで耳を貸す馬鹿は居ねえよ!」
「崖っぷちぃ……! 何を企んでやがる!」
俺が信用ならねえか? ここで俺はトーンを落とした。
なら、ホシピー。俺につけよ。
「お、お前、俺の名を……?」
へっ、名前くらい何だってんだよ。もう一度言うぜ。ホシピー、お前は俺につけ。俺が信用ならねえってんならお前自身の目で俺を見張るんだな。
だがな、これだけは言っておくぜ。
ネフィリアに腹わたが煮えくり返ってるのは俺も同じさ。
俺はな、ヤツに人格を改造されてる。先生が言ってたんだ……。生まれたてのキャラクターの心は赤ん坊みたいなものでな。他人の影響をすぐに受ける。
そこまでは仰っていなかった気もするが、俺は切々に訴えた。
俺はネフィリアが憎いっ……! だが同時に……愛おしくも思っているんだっ。
ヤツに植え付けられたこの呪縛を解く為には、ヤツを乗り越えるしかねえんだよっ! それがどんなに困難なことでもなっ!
俺はトマホークを放り捨ててホシピーに歩み寄っていく。
ホシピーの手下どもが俺に武器を向けるが、俺は無視した。
先走ったアホが矢を放ったが、俺はあえて避けなかった。膝に矢が刺さる。
「よせっ!」
手下どもを制したホシピーが俺を睨みつけている。
俺は足を引きずって歩く。
ホシピーの目の前に辿り着いた俺は、手を差し伸べた。
「俺につけ。ホシピー」
ホシピーは俺の目を探るように覗き込んでから、足元に視線を落としてぼそりと呟いた。
「一度だけだ。一度だけ信じてやる」
俺たちはモグラ解放軍との和解に成功した。
モグラっ鼻とウサ耳。かつての宿敵たち。
打倒ネフィリアに向けてプレイヤーの心が一つになっていく。
リチェットの治療を受けた俺は、夜空を眺めて救いようのないアホを思う。……マゴット。お前はどうする。お前はネフィリアの怖さを知らねえ。それを目の当たりにしちまった時、お前はネフィリアの側に居てやれることができるのか……?
物思いに耽ける俺の隣にサトゥ氏が座った。草笛を吹こうとして失敗したらしく、雑草を食べてなかったことにした。
「苦っ……。コタタマ氏、お前は俺を裏切らないよな?」
何だよ。ホシピーが言ったことを気にしてるのか?
「いや……どうかな。ただ……サタウのことを思い出した。あれ以来、ずっと心に引っ掛かってる。あいつはいいやつだった。でも、人は変わる……」
そりゃそうだろうな。
俺は手本を見せるように草笛を吹いてやった。根っからのインドア派には難しいだろうが、葉っぱの選び方が大事なんだ。アマチュアは大抵そこでつまずく。まぁ回数をこなすこったな。最初からうまく吹けるやつなんて居ねえさ。
しけた音色が星空に吸い込まれていく。下手な演奏を聴かせやがってと星々がクレームを上げるように瞬いている。
なあ、サトゥ氏。そういうことなんじゃねえか。人は変わる。だがな、誰だって遠回りして生きてるんだよ。それがどんなに滑稽に見えようとも、大して変わらねえさ。どんぐりの背比べってな。
だからな……。
誓うよ。俺はお前を裏切らねえ。
俺は歯列をギラつかせてこの俺という男が決して裏切らない(Not Betray)信頼に値する(Reliable)ナイスガイであることを強調した。
これは、とあるVRMMOの物語。
あっ……(察し)。
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