アンパンくんの嫁入り修行
1.緑の洞窟-深部
アンパンくんの嫁入り修行は順調だ。
俺の期待通りアンパンくんはダメな子だった。真面目は真面目なのだが、家事インストラクターのホブゴブが甘い顔をするとすぐに付け上がる。
スープの味見をしたアンパンが「ウン」と頷いて俺の目ん玉を取り込んだリモートウッディにピースサインを向けた。
「俺、才能あるかも! 旦那も食べてみたい? でもダメー! さっき俺のこと見捨てたかんね! 残念でしたー!」
殺すぞ。自慢してる暇があるならさっさと次の工程に移れ。
お調子者のアンパンは俺がキノコハウスに近寄れないと知ってか、リモートウッディ越しに俺を挑発してくる。チラッとスカートの端を摘んで、
「あ〜やだやだ。ウッディをそんなふうに使ってさ。ヤラシイよ。旦那はヤラシイ。旦那はこういうエプロン姿にドキッてしちゃうんでしょ? 知ってるんだよ〜」
殺すぞ。何が悲しくてネカマ野郎のエプロン姿に欲情せにゃならんのだ。いや、ネカマがどうこうじゃないな。俺はアンパンの野郎にだけはときめかないという絶対の確信がある。多分ネフィリアの下に付いてた頃に互いに間抜けな部分を全部晒し合ったからだろう。アンパンは俺がネフィリアにデレデレしているところを何度も目撃しているし、俺はアンパンが俺やネフィリアの陰に隠れると急に強気になることを知っている。
そして今もアンパンはホブゴブという保護者を得て自分が強くなったと勘違いしていた。スープの味見をするホブゴブに近寄り、
「どう? どう? 美味しいでしょ? 合格でしょ? もう料理はいいよね?」
キノコハウスにある家電製品の数々……。ホブゴブが調理器具や食材をどこから仕入れているのかは不明だが、運営が横流ししているとしか思えない。時を追うごとにキノコハウスの設備は充実していっている。常設ダンジョンが開放された当初はもっと原始的な暮らしをしていた。
課金アイテムを手に入れたことでホブゴブの社会に文明開花の波が押し寄せ、今や味にうるさい厄介モンスターと化していた。
アンパンの手料理を味見したホブゴブがぴくりと反応してアンパンの腕をガッと掴んだ。ぐいと引っ張ると、アンパンの袖からボロボロと魔石が零れ落ちた。
……不正だ。クラフト技能で料理の味をいじりやがった。
不正が発覚してアンパンが急に弱気になった。
「ちょ、ちょっと失敗しちゃったかな……。うん、料理って難しいなぁ……。今のはナシで。つ、作り直そ〜っと」
邪な気持ちが透けて見えるかのようだ。アンパンくんの頭の中には保身しかない。俺は忙しいふりをしてキッチンを行き来するアンパンの尻を眺めながら怒りに打ち震えた。
俺の顔に泥を塗りやがったな……。
メシマズは許す。手抜きも許す。だが手料理を冒涜することだけは許さないんだ。
俺の苦労が少しは分かったようで、ホブゴブが仲間を呼んだ。監視の目を増やしてアンパンにプレッシャーを掛けるつもりなんだろうが、手ぬるい。
俺は岩陰から出た。トコトコとキノコハウスに歩み寄っていく。
ホブゴブが決闘を挑んでくるが、俺は相手にしなかった。こん棒をひょいひょいと躱して前へ進む。
俺はソロのほうが動ける。味方が居ないほうがいい。ずっとそうやって生きてきた。
MPKとはそういう技術なのだ。
味方が居るとタゲが散る上にヘイトコントロールが大雑把なものになる。
俺にとって最も厄介なのはプレイヤーだ。天敵と言ってもいい。
種族人間の闘争は不純物だらけだ。例えば知り合いのロリキャラとの連携を想定していて、いざという時にロリキャラをカッコ良く庇って惚れて貰うために派手に動き回ることを控えており、しかもそのロリキャラはこれから知り合う予定のイマジナリー幼妻だなんて読めるワケがない。読みたいとも思わない。
つまり俺にとって味方は邪魔なのだ。俺一人ならどうにでもなる場面でも味方が居るとモンスターの行動は予測不能になる。スナック感覚で死に散らかすゴミどもがテキトーに武器をブン回して稼いだヘイトをいちいち計算して戦うのは俺には無理だ。
裏を返せば、一対一の決闘に拘るホブゴブリンを手玉に取るのはそう難しいことではない。なんなら目を瞑っていても攻撃を避けられる。イヤそれは言い過ぎ。目を瞑ってたら無理。危ない危ない、いつものパターンに陥るところだったぜ。俺は上体を逸らして跳ね上がってきたこん棒を避けた。風切り音が尋常じゃない。回避に徹しているから何とかなっているが、少しでも色気を出したら即座に捕まるだろう。あの逞しい二の腕に強く抱き締められる場面を想像して俺はゾクゾクした。キノコハウスを背にした俺に、ホブゴブが一歩下がって姿勢を正す。俺はキノコハウスの玄関のドアに手を掛けた。
へへっ。あんたとはまた今度な。自制心が強いのは結構だが、度が過ぎるようだと他の男に掻っ攫われちまうぜ? 男ってのは獣みたいに激しく求められたい日もあるんだ。あばよ。
それだけ言い捨てて俺は素早くキノコハウスに身体を滑り込ませた。腕組みなどしてアンパンくんの花嫁修行を監視している家事インストラクターの横に立ち、俺もまた腕を組む。
無言で厄介モンスターの仲間入りした俺に、鍋をお玉でかき混ぜていたアンパンくんがギョッとする。
「……えー? 味にうるさいのが来た。この人、キノダンに来た目的とか覚えてるのかなぁ?」
言ったハズだ。お前を理想のお嫁さんにするとな。
「あ、そっちのほうが面白くなっちゃったの? 旦那はいっつもそう。途中で糸が切れた凧みたいにフラフラどっか行っちゃうんだよねぇ」
口を動かしてる暇があるなら手を動かせ。言っておくが俺はホブゴブのように甘くはないぞ。俺は主婦の味方だからな。
俺は同僚のホブゴブからウッディを受け取ると、不正防止の監視役としてアンパンの肩に乗せた。俺の目ん玉を搭載したウッディが至近距離からアンパンの横顔をじっと見つめる。アンパンがパチパチと瞬きをするたびに意外と長い睫毛が小鳥の羽毛のように頼りなく震える。目を泳がせ、瑞々しい唇を子供みたいに尖らせて文句を言ってくる。
「か、顔を見るのは違くない?」
違くない。お前は何かあるとすぐに顔に出る。ずっと見てるからな。さあ料理を続けろ。ヘタクソでもいい。というかヘタクソで当たり前だ。変にカッコ付けるな。ちゃんとやれ。包丁の持ち方はそれでいいのか? 肩に力が入りすぎだぞ。力尽くで切ろうとするな。お前はカッターで何か切る時に上から下に刃を落として切るのか? 包丁のほうが重量があるからできるような気がしてるだけだぞ。刃物の原理は一緒だ。指、指、指。猫の手。家庭科の授業で習ったでしょ。プロの料理人だって一回も包丁で怪我したことない人なんて多分居ないぞ。お前はアマチュア。無理するな。ええい、見てられん。貸せ。
俺はアンパンから包丁を奪い取った。手本を見せる。
やりにくいならまな板をまっすぐ使う必要はない。力の加減が分からないうちは包丁を持つ利き手が動きやすいように配置を考えろ。
ゲーマーのご多分に漏れず、俺はマイキャラのスキル上げが好きだ。このゲームはスキル制ではないが、リアルの身体よりもデキがいいらしく覚えが早い。実質的にはレベル制とスキル制の中間ということになる。経験値テーブルはブッ壊れだが、やればやるほど上手くなる。
しかしアンパンがこうまで不器用だとは思わなかったな。
お前よ〜。普段のメシはどうしてんの?
「ん〜。基本、食べないよ。デスペナ付けたくない時だけ街に行って何か買って食べてる」
勿体ねえな〜。VRMMOで食道楽に走らないのは損だぜ? このゲームじゃ料理の完成品はクラフトできねーだろ? 制限が掛かってるんだよ。レ氏は料理を芸術だと考えてるんだろう。マズいメシあってのウマいメシっていう面もあるんじゃないか。味を簡単に再現できるなら誰もマズいメシなんざ作らねーだろ。ウマいメシ屋を見つけた時の喜びはなくなるわな。俺はイイ店知ってるぜ。今度教えてやろうか?
「俺はいいよぉ。何か食べたくなったら旦那に作って貰うし」
じゃあお前も俺に何か食わせろよ。得意料理の一つも身につけておくんだな。
「えー? 旦那はなに食べたいの?」
俺のリアルを探るな。でも、まぁ無難なトコで肉じゃがなんじゃねーか? あとは、そうだな〜……得意料理は茶碗蒸しですって言われたらオッて思うけど、逆に狙いすぎてる感じがして怪しいしな……やっぱり肉じゃがかね。食卓のメイン張れるし野菜もとれるってのはデカいよな。俺好みの味を教えてやるよ。
「旦那の好みの味を聞いてもな〜。あ、でも文句は言われないからいいかもね」
文句は言うよ。そこはお前なりのアレンジを加えてくれないと。
「メンドくさっ」
知らなかったのか? 俺は面倒臭い男なんだよ。
「うん、知ってた」
そう言ってアンパンは笑った。身体を左右に揺すると、頭の後ろで括った髪がぴょこぴょこと跳ねる。そのたびに毛先が俺の腕に触れて、くすぐったい。
コイツ、わざとやってるな……。
俺は文句を言おうとして、やめた。アンパンは楽しそうに笑っている。
それは、何故だか悪くない気分だった。
これは、とあるVRMMOの物語
イチャついてんじゃねェー!
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