アルプスの爺さんジョゼット
JKのクソ野郎は俺の敵だ。それは間違いない。野郎の名前はニジゲンという。それはヤツの三次元には屈しないという強い意志の表れだった筈だ。それなのにヤツは裏切った。俺たちの思いをヤツは裏切ったんだ。何がニジゲンだ。名前を聞くだけで虫唾が走るぜ。
しかもヤツはホモだった。おっと誤解しないでくれよな。俺は同性愛者を悪し様に罵るつもりはねえ。人間ってのは意志の生き物だ。本能の赴くまま生きてたらいつまで経っても猿山のボスから抜け出せねえってよ、DNAに真っ向から反旗を翻したんだ。色んな愛の形があってもいいわな。だが、俺が当事者となれば話は別だ。人前でよ、野郎に愛を叫ばれるのは想像を絶する衝撃だったぜ。
つー訳で、俺とニジゲンの確執は割と知られた話だ。どうあっても相容れない間柄ってことだな。
だからこそ俺はヤツのフレンド申請を受け入れた。俺とニジゲンが裏で手を組んでるなんて誰も想像しねえだろうからな。要はそこよ。どう考えてもあり得ねえっていう繋がりは強力な武器になる。
こういう風にな。
1.生産職相互組合会議席上
会議は紛糾した。
イ号案件で回収した偽造貨幣の持ち出しが発覚したのだ。
雁首揃えて会議室に集まった組合の幹部連中が責任の所在で揉めている。
「だから処分するべきだと言ったんだ!」
「その件についてはあんたも納得しただろ! あれはイ号案件に対する強力なカードになり得る!」
「やっとのことで転がり込んだ明確な証拠だぞ! 潰せば、また延々とイタチごっこになるだけだ!」
「証拠などでっち上げればいいだろう!」
「でっち上げる必要がないというのが大事なんだ!」
俺はにこやかに幹部連中の言い合いを見守る。
幹部の中にはニジゲンの野郎も混ざっている。見てくれだけは美少女と言っても差し支えないピンク髪である。
このゲームにおけるβテスターってのは特別な意味を持つ。どうやってかは知らんが、特殊な才能を持ったプレイヤーを選りすぐって集めたのが傍目から見て明らかだからだ。
ニジゲンもまたβテスターの一人。人格さえまともだったなら今頃は組合のトップの座に就いていたかもしれない。組合は生産職の集まり。言ってみれば同好の士だから、高品質の製品を作れるというのは上に立つ人間として強い説得力を持つ。
だがネトゲーマーの間では、昔からピンク髪のツインテールだけは信用するなという格言がある。一言で言えば狙い過ぎのキャラであり、あざとさを隠そうともしない突き抜けた感性の表れだからだ。
横柄な態度でテーブルに足を乗せているニジゲンは、欠伸を噛み殺して目尻に浮かんだ涙を指で拭った。
「っあ〜。興味ねえ。よう、崖っぷち〜。こんな下らねえ会議さっさと抜けてよ、デート行こうぜ。もちろん二人きりでな。夜景の綺麗なところ知ってるんだよ」
一人で行け。そして願わくば足を踏み外して頭から落ちろ。打ち所が悪ければなお良し。
「ひひっ。つれねえ。そういうトコ好きだわ〜」
死ね。むしろ死ね。
にこにこと毒吐く俺を、幹部連中が気まずそうに見ている。あら、注目されてる。如何なされた?
「き、君は幹部ではないだろう。何を当然のような顔をして……」
ここ警備が手薄ですよねぇ。
まぁさすがにリアルと同じようには行きませんわな。分かります。警備員なんて職業はありませんし。
「というか持ち出したのあんただろ! 怪しいと思ってたんだよっ、最初から!」
嫌だなぁ、誤解ですよ。俺は歯列をギラつかせて不正な行いとは無縁な爽やかボーイであることを強調した。
同じ生産職じゃあないですか。野蛮な近接職とは違って、我々草食動物は互いに支え合って生きていかないとね。
そうそう。助け合いで思い出したのですが、スピンをティナンから買い取るという話はどうなりました?
「うっ。あ、あの件は……」
いやぁ、楽しみだなぁ。交渉はね、実に順調ですよ。お偉いさんが俺に黙って勝手に手柄だけ持っていけるくらいね。何しろモノがモノだ。先方も最初は渋っていたのですが、そこはちょいちょいとね。ほら、俺って貴族ティナンに顔が利きますから。まぁ苦労した分、充実感と言いますかね……。
俺は白目を剥いてちっぽけな夢について語った。
交渉がまとまった暁には、スピンに乗って帰ろうかな、なんてね。営業マンの特権ってやつですわ。プレイヤーで初となる馬主気分をね。内緒ですよ? 味わってみようかなと。ははは。
はははははははははははははははは。
俺の無邪気な笑い声が会議室を埋め尽くした。
2.スピンドック平原-スピン牧場
用途不明金について口止めを終えた俺はクランハウスに戻るなりポチョに声を掛けた。
「スピン牧場に行くぞー」
「わーい!」
いつだったかスピンに乗せてやるって約束しちまったからな。口止めのついでにスピン貸し出しの許可を貰ってきた。
という訳でやって参りました、スピン牧場。
柵で囲われた牧草地をスピンがぴょんぴょんと飛び跳ねている。
ティナンから買い取ったスピンの所有権は組合が持っている。プレイヤーが個人でスピンを飼うのは無理だ。放置するやつが確実に現れるからな。
同じ理由で世話をプレイヤーに任せる訳には行かんので、ティナンの飼育員を派遣して貰っている。
俺はスピンを転がしている飼育員さんに声を掛けた。
「ジョゼット爺さーん。連れて来たぞー」
ジョゼット爺さんが振り返る。
爺さんと言っても見た目はショタである。
おっと背を向けたジョゼット爺さんにスピンが好機と見て殴り掛かる。
ジョゼット爺さんはプンッてなってスピンの頭の上にベガ立ちした。
俺は唸った。やはりこの爺さん只者ではない。古強者の貫禄がある。
爺さんはじっと俺を見つめている。
「今の動きも見えたのか。コタタマよ。やはりお前の目は人間の域を超えているな。災いを招かねばいいが」
いや、ほとんど見えなかったよ。爺さん。あんたもティナンの域を超えてるように思えるがね。
「スピンの調教は優秀な戦士が行う。お前たちには無理だ。しかし幸いと言うべきだろうな。私はお前たち人間に興味がある。だから引き受けてやった」
ハイハイ、感謝してますよ。ったく、いちいち恩着せがましい爺さんだな。
「そっちのがポチョか。コタタマから話は聞いている。私はジョゼットだ」
「ポチョです! 初めまして!」
ポチョは元気に挨拶した。
周囲の影響によるものか、ウチの騎士キャラも段々キャラがブレてきた今日この頃である。
爺さんは鷹揚に頷いた。
「元気なお嬢ちゃんだ。ふむ、それなりに腕は立つようだな。騎乗の心得はあると聞いているが相違ないか?」
「はい。久しぶりなので少し緊張していますが、乗ればすぐに勘を取り戻せると思います」
スピンを預かるというのは大変なことだ。
ジョゼット爺さんはつらつらと諸注意事項を述べていく。
マップをまたがないこと。訓練されたスピンは別のマップにも行けるが、騎手との信頼関係がないと嫌がる。強要してもろくなことはない。
スピンドックの巣穴には近寄らないこと。眷属はレイド級には逆らえない。一発で持って行かれる。
粗方の説明を終えてから、爺さんは一羽のスピンを連れてきた。なんだか太々しい面構えのウサ公だ。ティナンの後ろ盾を得たスピンは心にゆとりが出来て人間様を見下すようになる。ウサ公の挑発的な態度にカチンと来た俺は乗りこなしてやると息巻いて落馬して死んだ。俺が死の淵から蘇ってくると、ポチョが楽しそうにウサ公を乗りこなしていた。
ポチョに捕まっていれば俺も【スライドリード】の恩恵に預かれるというので、試しに相乗りさせて貰った。俺の命綱を握ったジェットトランポリン車掌のポチョはすっかり調子付いてアクロバット走行をやらかして二人揃って落馬して死んだ。
いい加減にしないとコタタママ怒るよ!
「えへへ」
まぁポチョ子が楽しそうだったので、よしとするか。平穏な昼下がりの午後だった。
だがこの時、破滅の足音は着実に迫っていたのだ。乗馬体験コーナーと称して俺が小銭稼ぎを始めたことで、その脅威は俺たちの前に初めて明確な像を結んだ。
きっかけは、俺のささいな一言。
……聖騎士多くねえか?
聖騎士感染事件の幕開けである。
これは、とあるVRMMOの物語。
約束された破滅の刻。人の良心を嘲笑うかのように戦いの幕は開ける。
GunS Guilds Online




