共犯者
1.クランハウス-居間
ポチョにみかんを食わせている。
雨足が強くなってきたな。バラバラと丸太小屋を叩き付ける雨風の音が聞こえてくる。
こういう日は家で大人しくしているに限るぜ。従来のゲームだと天候ってのは精々が地形効果に影響を及ぼすくらいなんだが、このゲームでは容赦なくプレイヤーの体力を奪っていくからな。それが賢い生き方ってもんだ。ネフィリアのトコに居た時も雨の日は出歩くなって教わったっけな。特にこんな風に土砂降りの日は目を使ってもあまりよく見えない。
ところが人間ってのは不自由なもんで、雨が降ろうが風が吹こうが構ってられない状況ってのがある。玄関のほうからガタガタとドアを叩く音がした。客か。仕方ねえ。俺は席を立つ。ポチョが付いて来ようとしたが、客に心当たりがあった俺は居間で待つよう命じた。
一人で玄関に赴くと、そこにはずぶ濡れのシルシルりんが大きな包みを抱えて佇んでいた。
「出来、ました……」
俺が常設ダンジョンに出向いて掘ってきた魔石を渡したのが昨日のことだ。徹夜で仕上げたのか。濡れた髪が頬に張り付き、憔悴した様子なのに目だけは爛々と輝いている。
俺はとりあえずシルシルりんをスズキの部屋に連れて行った。俺の部屋に連れて行こうとしたのだが、誤解を招きそうで嫌だとシルシルりんが強く拒否したためだ。
2.クランハウス-スズキの部屋
雨に濡れた身体をバスタオルで拭いたシルシルりんがスズキの布団に包まってうとうとしている。
「コタタマりん。それを……」
俺は頷き、シルシルりんから預かった大きな包みを解く。ドっ……いや。これがポチョの槍……。
そのフォルムを一言で表すなら突撃槍の分類に入るか。
いや、もう言うわ。これドリルだよね?
シルシルりんは儚げに微笑んだ。
「ポチョりんに渡してください。コタタマりんから手渡して貰ったほうが……ポチョりんは喜んでくれると思いますから」
それは構わないんだけど、なんでドリル?
これ試行錯誤の結果なの? 色々と考えすぎて挙句のドリル? あるある。独自のカラーを出さなくちゃいけないっていう謎の使命感ね。ドリルに行っちゃったかぁ〜。
シルシルりんは満足げに吐息を漏らして、ゆっくりとまぶたを閉ざした。
「少し、疲れました……。あとは、任せます……」
いやいや、ちょっと待ってよ。これ俺がポチョに渡すの? いやぁ、さすがにドリルは使ってくれないんじゃねえかな? 普通に槍でいいとか言われそうなんだけど。シルシルりん? シルシルりーん!
シルシルりんの身体が徐々に透き通っていく。ログアウトの兆候だ。最後に淡い光を残して、シルシルりんはリアルに還ってしまった。
俺は手元に残されたドリルを見つめて、マジかよと一人呟いた。
3.ポポロンの森
こうなったらポチョとドリルの劇的な出会いを演出するしかねえ。俺は苦肉の策に出た。
傘を差して土砂降りの中をポチョと肩を並べて散歩している。少し散歩してくると言ったらポチョは当然のような顔をして俺に付いてきた。
トロッペ誘拐事件を境にこの金髪はやたらと俺に密着してくるようになった。意外と人懐こい一面があるようだ。この騎士キャラは無駄に発育が良いので俺としては少し困るのだが、意識していると思われるのも癪なので強気の姿勢を崩さないようにしている。
てくてくと二人で森の中を歩いていく。
むっ、あれは何だぁー? 地面に突き刺さっている謎の物体を俺は指差して驚きの声を上げた。
「むにゃ? ドリルだな。何故ドリルがこんなところに……」
ほう。ドリルとな。何だろうな、運命的なものを感じるぜ。だろ? ポチョよ。
「え? いや、あんまり。私、ロボじゃないし」
俺は精一杯やったがダメだった。許してくれシルシルりん。やっぱドリルはキツイわ。
あとは正直に打ち明けてワンチャンに縋るくらいか……。なあ、ポチョさんよ。実はな……。
真相を語り始める俺だが、ここでポチョのオートカウンターが発動した。いや実際はどうなのか分からないが、ウチのポチョさんは襲撃されると身体が勝手に動いて反撃する特技をお持ちなのである。
首を傾げて俺を見つめるポチョがくるりと反転して腰の凶器を抜き打ちした。
「おっ!?」
背後から襲い掛かってきた女が仰け反ってポチョの剣を遣り過ごした。今のを避けるのか? 手練れだな。ピンク色の髪。斧を持ってる。中学生くらいの女だ。いや……違う。コイツは。
「っかねえ女だなぁ!」
いつもヘラヘラと笑っているようなヤツだ。口振りとは裏腹に楽しくて仕方ないというようにニヤついている。
俺は間髪入れずにトマホークを跳ね上げて潰しに掛かった。
「テメェ! JK!」
俺のトマホークとJKの斧が交差した。鍔迫り合いに持ち込むが、どうやらJKのほうがレベルが上らしい。それも結構な差があると見たぜ。押し切れない。
「ご挨拶じゃねえか! 崖っぷち〜!」
くそがっ、なんつー憎たらしい顔してやがんだ!
一方、見てくれだけは凛キャラのポチョさんは観戦モードである。
「コタタマ? 知り合いか?」
見れば分かんだろ! 敵だ!
俺は振り返る手間を惜しんで叫んだ。
コイツはニジゲン。βテスターの中でも飛びっきりの際モノだ。
つい先日、大司教様にお話した二・五次元論争の引き金になったクソレス野郎。
通称IDJK事件の主犯だ。IDにJKが入ってたことからJKと呼ばれるが、女子高校生でも何でもねえ。ネカマだ。しかもこいつは俺を……!
「ひでぇじゃねえか。崖っぷち〜! 俺というものがありながら何を女なんぞとイチャついてんだよ〜!」
黙れ! ホモ野郎!
「ん? ああ、そういうことになるのか? 俺は単に美しいものが好きなんだがね。人間の美しさってのはプライドだぜ。知恵だ何だと言うやつもいるが、人類の叡智ってのは結局迷惑にしかなってねえからな〜」
くそっ、くそっ。ホモに言い寄られてるってのに見た目は女だから内心複雑で、その複雑さが嫌だ。JK〜! 俺はテメェの所為で心からJKモノを楽しめなくなったんだよ!
「きひひっ。IDのイタズラで俺を責めるのかよ。お前のそういう理不尽なトコ嫌いじゃないぜっ、崖っぷち〜!」
ポチョ! 何してる! コイツを殺せ! 二人で協力して巨悪をやっつけるんだ。さあ。
「新手の男か。やむなし」
観念したポチョが凶器を片手に迫る。飛び退いて俺との鍔迫り合いから脱したニジゲンがポチョを迎え撃つ。
ニジゲンは鍛冶屋だ。鍛治の腕前は国内サーバーでもトップクラスだろう。戦闘能力に関しては未知数な部分もあるが、決して低くはない筈だ。
ニジゲンはポチョの連撃をのらりくらりと躱していく。観戦モードに入った俺はニジゲンの動きを目で追う。生産職の動きじゃねえ。異様に反応が速い。不自然な動きだ。何かタネがあるな。見極めてやる。
俺の熱い眼差しにニジゲンが嬉しくて堪らないというように叫んだ。
「崖っぷち〜! その目だ! その目でもっと俺を見てくれ〜!」
俺は目を逸らした。最悪な気分だ。
ポチョさん。さっさとそいつを殺してくれませんか。ほら、いつもみたいに【スライドリード】でさくっと。
攻撃の手を止めたポチョが後退する。
「できるなら最初からやってる。【スライドリード】は雨が降ってる時に使うとダメージを受ける」
なに? そうなのか?
いや、そりゃそうか。高速道路を走ってる時に窓から顔を出すようなものだもんな。
「でも我慢できなくもない」
我慢できなくもないらしい。ポチョが【スライドリード】を発動した。
「ふあっ、ん……!」
ニジゲンが小石をばら撒いた。ポチョが目を見開いて急制止を掛けるが間に合わなかった。とっさに腕で頭を庇ったが剣を取り落としてしまう。
なるほどな。そういう対策があるのか。だが回り込んで攻めれば……。いや、どうも事はそう単純じゃねえな。ポチョの動きが先読みされてる。これは……。
俺はぼそりと呟いた。
「耳か?」
ニジゲンはくねっとしなを作って左右の人差し指で俺を指差した。いちいちムカつく野郎だ。
「正解! そう。俺は耳がいい。鍛えたんだよ。βテストん時からネフィリアの目はちょっとおかしかったからな。俺は目端が利く」
あ? お前、ネフィリアの手下か?
「違うって。なんだよ、先生から何も聞いてねえのか? βテスターは固まって動くことも珍しくなかった。俺、先生、サトゥの野郎にネフィリアの豪華メンバーだったんだぜ〜」
先生はシャイなんだよ。特に自分の手柄については語りたがらねえ。
「おお、先生は立派なお方よ。ちょいと野性味が足りねえがな。だがな、崖っぷち〜。豪華メンバーは解散しちまった。先生は分かってたんだろうな。俺はどうにもネフィリアと反りが合わなかった。俺は美しいものが好きだと言ったな。それでも合わないもんはやっぱりあるんだわ」
利き腕を負傷したポチョが不思議そうに首を傾げた。
「それなのにコタタマのことは好きなのか? 二人は似た者同士だと聞いているが」
「そこよ!」
ニジゲンが我が意を得たりと頷いた。
「いや、俺自身も不思議に思ってるんだよ。実際、崖っぷちはネフィリアと似てるトコが多い。でも何故か俺は崖っぷちだと愛しく思えるんだよな。これってやっぱり愛だと思わねえか?」
気色悪ぃな。帰れよ。ホモ野郎。
俺が罵ると、ニジゲンは興奮した。
「崖っぷち〜! テメェは極上のツンデレだぜっ。テメェを屈服させたら、俺はどれだけ幸せな気分になれるんだ!?」
知らねえよ。知りたくもねえ。
ポチョ! 殺れ!
「やむなし」
ニジゲンは【スライドリード】を攻略した気になっているようだが、しょせん野郎は生産職だ。底も見えた。
ドリルを掴み取ったポチョが静止状態から爆発的に加速して突進する。今度ばかりはニジゲンも避けきれなかった。
「あ?」
間抜けな声を上げて吹っ飛んだ片腕を見る。
ポチョの連続チャージ。瞬間移動と見紛うばかりの怒涛の猛攻だ。豪雨の中を縦横無尽に駆け回り、大きく飛び上がったかと思えばニジゲンの片腕を足場に垂直に落下した。
ニジゲンは満身創痍ながらも突き下ろされたドリルの先端を首をねじって躱した。地面に大の字になったまま不可解そうにポチョを見上げる。
「テメェ、ポーションか? こんなところで何やってる?」
「? 誰だ、お前は?」
「いや……」
ニジゲンはヘラっと笑った。
「言っても分かんねえよ。お前さんにとっちゃ俺は雑魚の一人だ」
「そうか」
ドリルを構え直したポチョがとどめを刺すよりも早く、俺がトマホークでニジゲンの首を落とした。
俺、大勝利。
【コタタマのレベルが上がった!】
【鍛冶師】【コタタマ】【Level-4】
レベルアップだ。やったぁ。
ポチョ、でかした。今日の殊勲賞はお前だ。俺はポチョの頭を撫でくり回した。
「うん。ドリルも悪くないな」
ついでに目標も達成したぜ。
俺は擦り寄ってくるポチョと一緒に帰途に着いた。
むっ、ささやきが入った。
『崖っぷち〜。例の金の件だが、ちょっとヤバいぜ。嗅ぎつけられたかもしれねえ』
ちっ、マジかよ。
俺は新たな戦いの予感に身を震わせた。
これは、とあるVRMMOの物語。
ささやきはフレンドにしか送れない。
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