ダルい日
1.クランハウス-居間
MMORPGには伝統的にお遣いクエってのがある。
特に最初の村だか街だかで村長に端を発する町内マラソンは圧巻の一言に尽きるね。システムの説明を兼ねてる面もあるんだが、俺もアマチュアじゃねえからよ。説明されなくても大体察してるんだよな。詰まったらWiki見ろで済むんじゃねえかと思ってたら、オートラン機能なんてものが流行り出した。いやいやと俺は思ったよ。ちょっと待ってくれと。じゃあお遣いクエなくせよってな。実質的にクリックしてるだけなんだから要らねーだろと。こっちはさっさとMOBと戦いたいんだよ。それを武具の精錬だの倉庫の使い方だのとよ、使い古されたシステムを独自の設定みたいに熱く語られても困るんだよな。クエスト達成で経験値が入るんだが、街中でたらい回しにされてレベル上がっても感動がねえんだよ。
つまり俺が何を言いたいかっつーと、面倒臭くなって散々放置してきたお遣いクエを後になって回収する羽目になった時くらい、今の俺はダルい訳よ。
ダルい日である。
何だろうな。俺、絡まれ体質っていうか。人間関係で色んなイベントを放置してきてるっつー自覚があるからよ。処理するのが面倒臭いから手出しする気にならないっていうか。逆にね。じゃああえて何もしないよっていうか。そういう日があってもいいと思うんだよな。ハイ、今日は終わり。本日のコタタマさんは休業ですよー。
這々の体でマイルームから抜け出した俺は、居間のソファに寝転がってモグラさんぬいぐるみを俺の上に乗せた。ダルい日はこんな風にして何かに挟まれてると落ち着く。すやぁ……。
「魔王! 出て来なさい!」
魔王じゃねっての。
いや、もう誰だか知らないけど今日くらいはそっとしておいて欲しい。かといって客人を放ったらかしにすると冷蔵庫とか盗まれそうだからな……。
スズキ〜。
俺は寝転がったままスズキルームに居る筈のセイゴのまま成長期が過ぎ去った出世魚さんを呼んだ。リアルで本を読んでいるらしく、あまり騒がしくしないでくれと言っていたが知ったこっちゃねえ。客だ。スズキ〜。客間にお通しして〜。今日の俺はダメだ。ダルいから帰ってとか言い出しかねない。
俺は背中にモグラさんを乗せたまま、ずるずると床を這って客間に移動した。
2.クランハウス-客間
ダルいから帰ってくれねえかな……。
スズキが客間に連れてきたのは二人組の女キャラクターであった。
一人は巨乳。もう一人はそうでもない。
この二人、なんかどっかで見た覚えがあるな。いや、もういいや。思い出す手間すら惜しい。
スズキは読書の邪魔をされて不機嫌になったらしく、いつになく無愛想な様子だ。しかし何故か部屋には戻らず、俺の隣に腰掛けた。俺とスズキの間に居座るモグラさんはソファから追い出されてしまった。ああ、モグラさん……。
巨乳とそうでもない方が下座に座る。普段はお客様が上座なのだが、突然やって来て魔王だの何だのと喚く輩は客ですらねえ。
そうでもない方が口火を切る。
「魔王陛下。お目に掛かれて光栄ですわ」
皮肉か? 皮肉ですね。
スズキ〜。お客様がお帰りだ。お見送りをしてあげて。くれぐれも失礼のないようにな。あと、死ねって言っといて。
スズキはコクリと頷いた。
「分かった。お客様。うちのコタタマはお客様に興味がないそうです。今日のところはお引き取りを……」
「無礼にも程がありますわ! あ、マスター。本気になさらないで?」
通らなかった。巨乳には通り掛けたのだが、そうでもない方が止めてしまった。
あのね。俺は嘘を吐いた。見ての通り、体調が思わしくないのですよ。まぁ仮病なんだけどよ。ダルいんだわ。帰ってくれない?
「しゃんとしなさい! 情けないっ」
いや、言っとくけどお前が考えてるより五倍はダルいよ。しまいには応答しなくなるから、用件があるならさっさと言え。
そうでもない方がヒスった。
「何たる態度の悪さ……! 目に余りますわ!」
いよいよダルくなってきた俺は青色吐息でソファの肘置きにもたれかかる。
こういうお高くとまった女って俺は嫌いじゃないんだけど、セクハラする気にもなれねえ。俺からセクハラを取ったら一体何が残るのか。暖簾に腕押しとはまさにこのことだな。
今の俺に何を言っても無駄だと悟ったのか、ひとしきり喚き散らしたそうでもない方は居住まいを正して本題に入った。
「コタタマさん。あなたに損害賠償を要求致しますわ」
たかるならヨソを当たってくれねえか? 恵んでやるほどの余裕はウチにはねえんだ。悪いな。
「正当な要求ですわ! 私たちはクランハウスを潰されたのですから!」
ああ、こいつら【目抜き梟】のクランマスターとサブマスターか。実質的にクランを仕切ってるのはサブマスターの方だって聞いたことがあるな。へっ、道理でな。気の強そうな女だ。普段の俺ならどう屈服させてやろうかと舌なめずりをするところだが、今日の俺はどうもいけねえや。
俺は視姦もそこそこに切り上げてしらばっくれた。クランハウスを? 何のことだ?
「白々しいっ。あなたが上位個体をけしかけたことは調べが付いてます!」
え? 本気で言ってるの? そんなことできるわけないじゃん。あ、もしかしてそういう手口なの? 難癖つけて金を捲き上げるっていう? 怖いわぁ。俺、今アイドルに脅されてるよ。トップクランが権力に物を言わせて目障りな弱小クランを潰しに掛かって来たんだ。あーあ。非力な俺は一部始終を撮って動画サイトに流すことくらいしかできそうにないなぁ。
あ、お話の途中でしたね。どうぞ続けて。
「脅しには屈しませんことよ。あなたが上位個体を操っていたことは明らかなのですから。目撃者も多数いらっしゃいます」
いつもの俺ならボロクソに言って泣かせる自信があるが、俺は面倒臭くなって犯行を認めた。
よござんす。俺がやりましたぁー。ゴメンねゴメンねー。で?
「で? ではありません! 先ほど言った通りです。損害賠償を要求致しますわ」
それは分かった。俺が聞いてるのは、その先だよ。どうやって俺に金を払わせるんだ? 面倒だ。プランを言え。殺しても死なないようなプレイヤーを一体誰が取り締まるっていうんだ? 何か考えがあるんだろ? さっさと言え。
念のために言っておくが、プレイヤーってのは敵同士だぞ。まさかゲームで家を潰されたからって潰した相手に泣きつきに来た訳じゃないんだろ?
その通りであるらしい。そうでもない方は急に勢いを失った。
「そんな、敵同士だなんて。わ、私たちは皆さんをお友達だと思ってますわよ? 特に先生は大変素晴らしい方ですし……」
スズキ〜。
もうダメだ。気力が尽きた。俺はスズキに通訳を依頼した。スズキの耳元でぼそぼそと呟く。話はまた後日にって。帰れって伝えて。あと死ねって言っといて。
スズキはコクリと頷いて、太ももをぽんぽんと叩いた。俺はソファに横たわり、頭をスズキの太ももに乗っけた。
スズキ、あとは任せた……。すやぁ。
「玄関はあっち。コタタマはアイドルには興味ないって。むしろ野に咲くタンポポのほうが好きだよって。多分私のことだと思う」
そんなこと一言も言ってねえ。
にしても巨乳は全然喋らねえな。何か言えよ。それとも交渉事はサブマスターが行うと決めているのか。
そうでもないがスズキよりはある女がテーブルを指先でコツコツと叩いた。
「起きなさい! 女だからと私たちを見くびると後悔することになりますわよ!」
スズキ〜。
煽って煽って。見くびってるよって伝えて。女に一体何ができるんだよって。
スズキはコクリと頷いた。
「お嬢様ぶりやがってと。俺は綺麗系よりも可愛い系が好みなんだよって言ってます。多分私のことだと思う。前にそんなこと言ってたし」
「目を覚ましなさい! あなたはその男に騙されてますよ!」
「心配してくれてるの? ありがとう。でもコタタマは私には優しいんだよ。ほら、こんなに懐いてる。羨ましいでしょ?」
「羨ましくなどありません。小児性愛者という噂は本当だったのですね。汚らわしい。このような小さな子を……」
「私は子供じゃない」
あ、ギスった。
スズキの声色から一気に余裕が消し飛んだ。
「見下さないで。胸なんて脂肪の塊だよ。生きていく上で何の役にも立たないよ。むしろ私のほうが機能的だよ。私は無駄をなくして進化した人間なんだ。オールドタイプめ」
スズキ〜。
「なぁに? 大丈夫だよ。コタタマは何も心配しなくてもいいからね。私が守ってあげる」
スズキ〜。
腹減ったよ〜。当番違うけどメシ作っておくれよ〜。
「分かった。待っててね。すぐに戻ってくるから」
スズキは俺の頭を撫でてから、ちらっと【目抜き梟】の二人を見た。
「コタタマ。変なコトされそうになったら、すぐに私を呼んでね。魔法使いなんてさ、いい的なんだから」
そう言い残してスズキは客間から出て行った。
俺はモグラさんぬいぐるみを抱き寄せて悲しげに鳴いた。もるるっ……。
お嬢様キャラは、僻みを隠そうともしない貧乳の剣幕に呆然としている。
「お、お話の続きはまた後日としましょうか」
すみませんね、ウチの子が。
「いえ。良いのです。こちらも不躾でしたわ」
ちょっと仲良くなった。
これは、とあるVRMMOの物語。
人は選択を迫られる。まるで、それが生きる意味そのものであるかのように。人は狂気に身を委ねる。まるで、それが立ち向かうべき試練であるかのように。
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