神々の降臨
1.露店巡り
「貴様ぁ! 抵抗するなぁ!」
「待ってくれ。誤解なんだ。本当に美しいものを守りたいと願うのは罪なのか?」
「黙れ! クズがぁ!」
「くそっ、こんなのご褒美だろ。一体僕にどうしろって言うんだよ……」
どこぞのロリコンがNPCの婦人警官に連行されたようだが、俺には関係のない出来事だ。買い物を続けよう。
俺はクラン唯一の鍛冶屋だが、だからって何でもかんでも自分で作らなくてはならないという決まりはない。
俺よりも腕のいい鍛冶屋はごまんと居るし、鍛冶師の俺には作れないものだってある。
俺がクランメンバーの装備品を管理しているのは、単純に自分で作ったほうが安く済むからだ。
何かしらの理由で良質な武具が投げ売りされているなら俺はそれを買うし、クランメンバーに使わせる。
例えば先生が使っている杖なんかは俺が手出しできるようなものではない。要求される技術が高すぎて耐久度の修理すら無理だ。いずれは、とは思っているが一朝一夕でどうにかなる問題ではない。
さて、今回の俺のお目当ては斧だ。これまで自分の武器にはあまり興味がなかった俺だが、【ギルド】の連中をブチ殺すのが癖になったのと意外と手に馴染んだので、良い斧があったら参考にしようと思い立ちバザーへとやって来た。
しかし掘り出し物というものはなかなか見つからない。だから楽しいとも言えるが。
けど、ちょっと面白いなと思う店はあった。
昼休憩も兼ねて少し離れたところで観察していると、ほら見ろ。案の定おっぱじめたぞ。
このゲームははっきり言って現代に存在していて良いのかと心配になるくらい他と隔絶した技術の結晶であるため、物凄い勢いで新規ユーザーが増え続けている。そもそも仮想空間を体験できるって言われても何をどうすればそうなるのかさっぱり理屈が分からないし、実際に体験している俺ら自身、自分たちの身体に何が起こってるのか把握していない。でも、そんなものだ。俺はスマホの中身がどうなってるのか知らないし、実は中に小人が住んでいたとしても一向に構わない。
ゲームは楽しければいいんだ。それだけが真実だよ。
と、話が脱線したな。新規が増えているという話だ。
かつてぼっちだった頃の俺がそうだったように、クランに所属していないプレイヤーが装備を整えようとしたら露店で中古品を買うしかない。
そして新規ユーザーには圧倒的に知識が不足しているため、かつて俺がそうだったように粗悪品を掴まされて泣き寝入りすることになる。
投げ売りされている良品と、価格相応の粗大ゴミの区別が付かないんだな。
騙すほうからすれば微々たる稼ぎだろうが、わざわざお金を出して不良在庫を買い取ってくれるんだから笑いが止まらないだろう。
喜び勇んで粗大ゴミを引き取る新入りを、俺はほっこりとした気持ちで眺める。
ここで物の価値が分かっているプレイヤーが熱い正義感に燃えて横槍を入れてくれば、バザー名物の乱闘騒ぎの始まりだ。
俺はわくわくとした気持ちで正義の味方の登場を待つ。
しかし誰も現れない。
……何だよ。今日は正義の味方が絶賛休業中か?
ちっ、つまんねーな。これじゃあ単に相場も知らねえ過去の俺がアホを見ただけじゃねえか。
仕方ねえ。ここは俺っちが出張って乱闘を起こすしかねーな。
ったく世話が焼けるぜ。温厚な俺にこんな物騒な真似させるんじゃねーよ。
俺はぶつぶつと文句を垂れながらポケットに両手を突っ込んで早足で問題の露店へと素早く接近し、新入りに肩をぶつけた。
俺は叫んだ。
「ってーなボケぁ! どこ見て歩いてるんじゃあ!」
誤解を招かないよう言っておくが、これは新入りに粗悪品が渡らないよう工夫した俺の演技である。取り引きが成立した後じゃ遅いからな。
このようにして右も左も分からない新入りに治療費を請求するのは俺がよくやる手口なので、粗大ゴミを扱っている店主は自分の稼ぎが奪われるのは堪らないと俺に掴み掛かってくる。
「なんじゃオマエぇ! ワシの客に何してくれてんのじゃあ! えっおるぁ!」
どうでもいいけど、このゲームのプレイヤー全般的にガラ悪すぎだろ。
物凄い勢いで怒鳴られた訳だが、ゲームの中で痛覚までは再現されていないので殴られようが刺されようがちっとも怖くない。
よって普段は虫も殺さないと評判の俺も平気で喧嘩を売れる。
「あ!? 文句あるんかドサンピンがぁ! 能書き垂れてねえでっ」
「な、何ですか、あなた突然……!」
何故か新入りが俺に楯突いてきたが、君の出番はもう終わったんだよ。もうお休み。
俺は新入りを突き飛ばして、粗大ゴミを足蹴にした。店主の胸ぐらを掴み、吠える。
「能書き垂れてねーでぇッ、さっッッさと掛かッて来いやァァァ!」
やや強引な筋書きだが、勢いさえあれば何とか誤魔化せるだろう。
VRMMOで大事なのはその場の勢いと声の大きさだ。萎縮したプレイヤーはその時点で脱落するので、叫んだ者勝ちなのだ。ただしこの理屈は一部の本域に足を踏み入れたユーザーには通用しない。通用しないどころか火に油だ。まあ……例えばポチョさんとかね。
俺氏、迫真の演技であった。
しかし店主は俺を見ていない。ぽかんとした表情であらぬ方向を見つめている。
俺はカチンと来た。
……何だよ、俺を見ろよ。お前の相手は俺だろうがよ。お前のキャラメイキングなかなか悪くないぞ。いかにもチンピラって感じだ。俺はそんなお前のことが嫌いじゃない。お前は俺のことどう思ってるんだ?
俺よりも……もっと魅力的なヤツがお前の心を攫っちまったってのか?
俺は店主の視線を目で辿りっ、……そこにプロの仕事を見た。
いや、あれは神だ。
神々が、降臨なされた……。
「コタタマ……。また君か……」
羊さん。
まるで、ぬいぐるみのように愛らしいフォルム。
それでいて、人間としての可動域を最低限保っている卓越したバランス感覚。
あの直立歩行の限界に迫る挑戦的な立体造形と来たらどうだ? 俺など逆立ちしても到底敵わない。
一体どれだけの時間をキャラクタークリエイトに費やしたのか、想像すらできない。
神々の遊び……。
ある日、何の前触れなく大挙して押し寄せた人間とかいう得体の知れない生き物を、当然ながらティナンたちは受け入れなかった。
もうこれぶっちゃけ異世界か何かでしょとプレイヤーが軽く諦めの声を上げるほど、ティナンたちの感情は多彩な輝きを放つ。
地獄のチュートリアルを突破した初日組は、そうとは知らずにハイテンションで合法ロリの街に雪崩れ込んだ。
あわや開戦の一歩手前まで行ったらしい。
そんなプレイヤーたちの中、一際異彩を放っていたのが、偉大なる神々「着ぐるみ部隊」だ。
彼らはその神々しい御姿を以ってしてティナンとプレイヤーの争いを調停し、山岳都市ニャンダムにおける商業圏を合法ロリより授かったのだという……。
「お、お……」
涙が溢れて止まらなかった。
彼らはあまりにも美しかった。
彼らはあまりにも偉大だった。
俺は滂沱の涙を流しその場に崩れ落ちると、神々の先頭に立つ羊さんへと祈りを捧げた。
「あなたが……神か」
「神ではないね」
背中のチャックがキュートな先生は、そう言って溜息を吐いた。
これは、とあるVRMMOの物語。
どんな世界にも歴史というものはある。もしも人が歴史の語り部という役割を与えられて生まれたのだとしたら、脚本を描いたのは神と呼ばれる存在なのだろう。だとすれば、仕事を終えた神は誰に悟られることもなく監督にも役者にもなれる筈だ。語り部たる人間は、神の気紛れに振り回されるばかりだ。
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