出口消失トラップ
1.ポポロンの森
森で偶然会ったスズキとトークタイム。
俺の隣で体育座りしている半端ロリに回収した矢を手渡す。ほれ、返すわ。
基本的に手放したアイテムは所有権を失うため、ターゲットに刺さった矢は移譲したものと見なされる。
弓矢はクソ強い武器だがコストは悪い。クソ強いと言うよりは種族人間を殺すのに向いてる。種族人間はコロリと死ぬので、別に振りかぶった凶器を全力で打ち下ろして両断しなくとも事足りるのだ。その点、弓矢は無駄がない。急所に刺されば死ぬし、急所じゃなくても戦力ダウンは間違いない。場合によっては放っておいても死ぬという塩梅がとにかく絶妙で、コスト度外視で意地でも殺したいなら矢に毒を塗ればいい等、武器をカスタマイズする楽しさもある。
それでも弓使いが不人気職に甘んじているのは、近接職の【スライドリード(速い)】が便利だからだ。移動速度というのは、いかなる場面においても腐ることがない。ツインビーの青スズみたいに速すぎると制御不能に陥るならまだしも、スラリーはギアチェンジできる上にオンオフ自在だ。
俺から矢を受け取ったスズキはひざを深く抱えて俺の顔をじっと見つめている。何やら嬉しそうだ。
……何だよ?
「ん? べつに。いつも通りだなって」
そっちは狩りの帰りか? 一人で居るのは珍しいな。
「コタタマが家に居なかったから。買い物かなって」
俺を待ち伏せ……イヤ待っててくれたのか。
スズキが俺に身体をくっ付けてくる。俺の気持ちはお見通しとばかりに妙に色っぽい雰囲気だ。さっきまでもっと凄いコトしてたからこれくらいは余裕みたいな……。こうもあからさまに好意を寄せられて俺は反応に困る。スズキのテクは凄まじいものがあり、今や遮蔽物が多い環境では手も足も出ない。数百メートル先から俺の心臓を正確にブチ抜いて来る。
つまるところ、この女は俺の天敵なのだ。
俺が本気でMPKに走れば【敗残兵】を皆殺しにすることだってできる。だが、傑出した狙撃手が一人居るだけで俺のMPKは不発に終わる。総合力はともかく、狙撃に関してはセブンやハチよりも上なんじゃないか……? スズキはそうした領域に足を踏み入れつつあった。
死神じみた腕を持つ女が狙った獲物は逃さないとばかりに俺の顔をじっと見つめていて、俺は生きた心地がしない。
かつてのサボテン女が俺の前では饒舌になったり、ころころと表情を変えるようになったのはいつの頃からだったろうか。そして俺もいつしかコイツと一緒に居るのが楽しいと感じるようになっていた。やはりスズキエンドなのか。俺のハーレム帝国建国の夢はどうなる。ちんちくりん一号に挫かれてしまうのか。
俺はスズキの目を見れない。二人きりになるとダメだ。スズキはそうした俺の反応を楽しんでいるようですらある。
「ね、コタタマ。就職はしないの?」
……まぁな。俺の持ち味は職業には左右されないし、戦闘職は肌に合わねえ。やっぱり生産職ってことになるんだが、レ氏の像に頭を下げるのはどうにも抵抗があってな……。
「うん。私はいいと思うよ? コタタマは無職が似合うよね」
無職が似合うってどういうこと?
スズキはニコッと微笑んだ。
「カッコイイってこと」
ストレートに誉められて、俺は趣味が悪いと言い返すのが精一杯だった。
……お前、ダメな男に引っ掛かるタイプだな。
そして引っ掛けたのが俺である。
一方、俺の胸の中でむくむくと不安が頭をもたげてくる。世の中は広い。俺なんかよりも遥かにダメな男はたくさん居る。無職でヒモなんて序の口だ。女癖、酒癖、ギャンブル狂の三種の神器に加え、悪知恵だけは働くので穀潰しの宿六であるにも拘らず女にだけは困らない。そんなクズだ。誰がクズだ。イヤ落ち着け。俺は違う。俺はウチの子たちに暴力だけは振るわない。下には下が居る。例えば……。
さすがにパッとは思い付かないが、ネトゲーであり得ないなんてことはあり得ない。
免罪符事件しかり、ナウシカ事件しかり、大量ロスト事件しかり、クリスマス戦争しかり、俺がやらなくとも他の誰かがやっただろう。どの事件にも同じことが言えるのだが、俺は詰めが甘い。完璧な犯行を目指したら初動が遅れるのは当然で、未だ謎のベールに包まれた究極ダメンズは非情に徹することができない俺のことをしょせんは甘ちゃんのやることと見下しているに違いない。なんて悪いやつなんだ。つまり俺はそいつの犯行を未然に防いだとも解釈できる。なんてこった。俺は知らぬ間に世界を救っていた……? しかも自覚すらナシに。無自覚救世主の伝説コタタマ大天使かよ。おっとさすがにそれは言い過ぎか? 参ったな。謙虚な心まで持っている。無意識ってのは怖いぜ。
とにかく俺はそいつにスズキを奪われないよう気を付けないとな。いくらスズキがダメンズ好きだからって物事には限度があるだろう。家に帰るなり玄関に寝転がってあとはシクヨロとばかりに下の世話まで任せるような男に心惹かれるとは到底思えない。俺は俺なりに自分の魅力を磨いていけば良いのだ。
よし、がんばるぞ。
俺は決意を新たにした。
新たな決意を胸にスズキの肩に手を掛けてぐいっと抱き寄せる。コイツは使える女だ。サトゥ氏ほどではないが、ヤツは目端が利きすぎる。あそこまで行くと俺では制御できない。だからこそ屈服させたくなるとも言えるのだが……じゃじゃ馬馴らしか……スマイルの気持ちも少しは分かる……いずれにせよ程々に頭が回る女ほど便利なものはない。純愛とは利益の共有だ。どちらかが損をするものであってはならない。
頬を染めるスズキに俺は言った。
生活費について相談があるんだが……。
俺とスズキが愛を確かめ合っている横では、森をうろつく怨霊どもが「チョコくれよ〜」と怨嗟の声を上げながらプレイヤーを追い掛け回している。
運営はモテない大納言のパフワくんをどうあってもイベントキャラという扱いにしたいらしく、大怨霊パフワくんが通ったあとは怨霊が湧き出す仕組みになっている。
ケツやらチチやらを揉んでくる怨霊どもを遠ざけるためには女キャラの近くに居ることだ。それができるなら苦労はしないとばかりに非モテ組がセクハラ被害に遭っている。
鍵になるのは3月14日。ホワイトデーだろう。
2.クランハウス-居間
居間でモグラさんぬいぐるみと一緒にスラリーの残像を出したり引っ込めたりしていると、ゴミがゴミのような提案をしてきた。
「崖っぷち〜。お前ならパフワくんを殺れるんじゃねえか? お得意のMPKでよぉ〜」
殺ってどうする。
「あ? どうするって……なんとなくだよ。なんとなく楽しそうだろ。てか理由なんて必要か?」
お前らは本当にどうしようもないクズだな。
「冷たいこと言うなよ崖っぷち〜。七土を殺ったとなればハクが付くぜ〜?」
もう完全に言ってることが一話で退場する雑魚キャラだもん。よく分かんないんだけど、ハクって付くとどうなるの? お歳暮が贈られてくるとか? どうせ居酒屋で自慢話して女にモテたいとかだろ〜。具体的なプランが何もねーし、俺を巻き込もうとするのやめてくれる?
「だから冷たいこと言うなって。お前はどっちかと言えば俺ら側だろ〜。一緒に遊ぼうぜ〜?」
勝手に仲間ヅラしてんじゃね〜よ。俺は足を洗ったんだよ〜。俺を仲間だと思ってるならよ〜仲間の新しい門出を祝ってやろうって気にはならねえのか〜? あ〜?
「……お前、いつもの藁人形はどうした? 細工師に戻るくらいの時間はあったハズ……。いや、そうか。無職でイク気なんだな。そんなにレ氏が気に入らねえのか」
モブキャラが急に賢いフリを始めた。
知らないゴミがチラッとソファに居座るピンクさんを見る。すぐに視線を俺へと戻して、ぐっと身を乗り出した。
「カーディナルは召喚術師の上位職でもある、か。それにしては前提職の縛りがゆるくないか……? 三次職ですら一次職から一足飛びに転職するのは無理なんだぞ……。カーディナルは最低でも五次職のハズ。四次職にしてはヒエラルキーが高すぎる」
横に座ってる知らないゴミも急に賢いフリを始めた。
「……そもそも転職条件は絶対じゃないってのはずっと前から言われてたな。それこそ二次職になれねえって騒いでた頃からずっとだ。アレはどこから出た情報なんだ?」
俺の横に座ってる知らないゴミも急に賢いフリを始めた。
「少なくとも俺の周りじゃ転職条件を満たしてもクラスチェンジできなかった奴は居ない。掲示板でそんな話が出たこともない。それにしては根強い噂だ。公式に転職条件が発表されたことはないから、そんなものなのか……?」
……いや、検証チームだろう。
俺も急に賢いフリを始めた。
メルメルメがブタ箱にブチ込まれてからというもの検証チームは丸くなった。いや、本来の姿を取り戻したと言うべきか。
知らないゴミどもの表情は一様に苦々しい。
「メルメルメ……。自称、宇宙人に誘拐された男か」
このゲームには暗黒時代と呼ばれる肥溜めをグツグツと煮詰めてションベンで冷ましたような負の歴史がある。
人間の里をエンフレが闊歩して勝手にロストしているのを見て俺たちが笑っていられるのは、暗黒時代よりはマシだと思っているからだ。
……乱世は怪物を産み落とす。
メルメルメはその一人だ。
「……インプラント。埋め込まれた男」
そして……メルメルメはおコアラ様の尽力によって検証チームに復帰した。
おコアラ様は混沌を求めている。あのお方は着ぐるみ部隊の一員ではあるが、先生やお犬様のように甘くない。
メルメルメの野郎が出てくると、いつもろくなことにならない。そして決まって大事になる。宇宙人に誘拐されただの何だの真偽は定かじゃないが、とにかくそういう星の下に生まれたのだと納得するしかない。
知らないゴミがチラッと俺を見る。
「……狙ってやったのか?」
何の話だ?
「……崖っぷち。悪いことは言わねえ。パフワはとっとと始末したほうがいい。始末したところで今更どうなるモンでもないかもしれねーが、何もしないよりはマシだろう」
嫌だよ。面倒臭ぇ。
知らないゴミがダンとテーブルを叩いた。
「どうせ暇だろ! このニート野郎!」
誰がニートだ。俺は職業なんて小さいワクに囚われない男なんだよ。要は作業分担だな。俺は働かない。やりたいようにやる。キレーなチャンネーの尻を追っ掛けて気に入らないことがあったらエンフレ出してテキトーに暴れてロストするんだ。行き当たりばったりの人生よ。面倒臭いことはやらない。ケツに火が点いてから慌てて動く。それの何が悪い? 俺はMMOやってンだ。信長の野望じゃねんだよ。
知らないゴミが俺の胸ぐらを掴んでくる。
「メルメルメはパウンドにハマってる。お前はまたどうせ厄介ごとに巻き込まれてロストする。だったらその前に俺がお前をロストしてやるよ。表に出ろ」
お前が俺を? そりゃ無理だな。俺のエンフレはレベル1330上乗せだ。人間ごときじゃ俺には勝てねーよ。
俺は調子に乗っていた。油断も隙もあった。自覚はあったが、正す気にはなれなかった。借り物の力だ。いずれは通用しなくなるだろう。
ハッキリしていることがある。このゲームは異常個体に優しくない。俺らは意識的にエンフレに変身できるという絶対的なアドバンテージを持っていて、いずれはそのツケを支払う時がやって来る。だから今の内に世の春を謳歌しておく。殊勝な心持ちで居たってダメな時はダメだろうだからな。俺はアリとキリギリスのキリギリスでいい。冬が来たらアリさんたちの家の子になるんだ。種を越えた友情というやつだな。そいつがパーフェクトな回答だろうよ。
だが俺の春は終わったらしい。厚い胸板を惜しげもなく晒した男たちがドカドカとウチの丸太小屋に乗り込んできて俺を取り囲んだ。
「監督! 次は何をしたらいいですか?」
パウンドガイズであった。
ガイズの滝のような汗がむんむんと蒸気となって室内に充満していく。
俺は、俺の胸ぐらを掴んでいるゴミに目で合図をした。取り込み中だと言え〜。俺を筋肉ダルマ集団の魔の手から救い出すんだよォ〜……!
しかしイマイチ俺の言いたいことが伝わらなかったらしい。知らないゴミはすとんと俺を降ろして丁寧に俺の襟を正した。
伝わらなかったなら仕方ない。俺は頭を切り替えた。ガールズを取り戻すために俺は競技に真摯に取り組む監督キャラを演じている。今はどんなにツラくとも辛抱の時期。
俺はガイズの顔を順に眺めて言った。
「……脱落者はナシ、か。どうやら俺はお前らを見くびっていたようだな。では、これより本格的なトレーニングに移る!」
ガイズがワッと歓声を上げた。
テレサが何故かマネージャーのワクに収まっていた。
俺とガイズは円陣を組んだ。暑苦しいので心底嫌なのだが、ガイズが喜ぶので仕方ない。俺が叫び、ガイズが復唱していく。
「俺たちは強い!」
「俺たちは強い!」
「俺たちは無敵だ!」
「俺たちは無敵だ!」
ざんざんざんと足を踏み鳴らして天井を指差す。一斉に昌和。
「No.1は俺たちだぁー!」
俺は雄叫びを上げてウチの丸太小屋を飛び出した。
ガイズも俺のあとに続く。
……不思議な感覚だった。
俺はキレーなチャンネーの尻を追うハズだったのに、気付けば汗臭い男たちにケツを追われている。
半裸でランニングするガイズに、色めき立った怨霊どもが野太い声援を送ってくる。俺はグッと握り拳を掲げて声援に応えた。
陰ながら俺を見守るギルド憑きが俺を追って森を駆け、陰ながらスズキを見守るスズキシリーズが木陰でフッと微笑む。
まるでホモの迷宮だ。
一歩でも道を間違えればハッテン場が虎口を開いて待っている。セーブポイントは男風呂だ。救いなどない。
ホモひしめくダンジョンを俺は一人駆けていく。ゴールを目指して。
男に追われているという恐怖体験からか、不意にアットムの笑顔が思い浮かんだ。
綺麗な笑顔だ。俺にだけ向けてくれる特別な笑顔。照れ臭そうにそっぽを向いたアットムくんがチラッと俺を見てくる。目が合って観念したように微笑む、その仕草が好きだ。
アットムくんに会いたい。そう思った。
これは、とあるVRMMOの物語。
そのダンジョン、出口はなさそうですね。
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