路傍の聖剣 12.00
1.山岳都市ニャンダム-露店バザー
ユウタは新規プレイヤーだ。
去る11月にこのゲームを始めたばかり。
「ンだ!? やるんかオウ!?」
「やったらぁ! ッ殺したる!」
露店バザーは商品を見て回れるため暇潰しには最適で、待ち合わせをするには良い場所なのだが、頻繁に乱闘が起きるのが難点だ。
ヤンキー漫画に出てくるようなガラの悪いプレイヤーが唾を飛ばして怒鳴り合い、野次馬が「やれやれ!」と無責任に煽る。朝から酒を飲んでいる輩も居る。
こんなゲームがあるのかとユウタも最初は驚いたものだが今となっては慣れた。
身の安全が保障されているゲームでプレイヤーの気が大きくなるのは当たり前のことだ。
まして五感を再現しているVRMMOなら大半のプレイヤーが一時の快楽に身を委ねても何ら不思議ではない。
従来のMMORPGでは酒に酔える機能がなく、プレイヤー同士でトラブルが起きないよう配慮されていた。それだけの話なのだ。
プレイヤーの本質的な部分は何も変わっていない。部屋で一人でゲームなどやっていれば他人に無頓着にもなるだろう。
ユウタは野次馬に混ざるでもなく、近場の露店を見て回る。今日は友人と会って一緒に遊ぶ約束をしており、その人物は待ち合わせ場所から少し離れていても勝手に見つけてくれる。
同じ新規プレイヤーで、たまたまチュートリアルで一緒になり、これも何かの縁だとフレンド登録したのだ。女の子ではない。男だ。ユウタも男だからその辺りは残念に思っているが、一人で延々と狩りをするよりは幾らかマシだろう。感謝はしている。ただ相手が可愛い女の子ならもっと分かりやすく感謝の意を態度で示しただろう。せめて中性的な美少年とかだったら少しは違ったかもしれない。
都会の喧騒を思わせる雑踏の中、一直線にこちらへと歩み寄ってくる友人を見つけてユウタは苦笑らしきものを浮かべた。
事あるごとに「俺は目がいい」と自慢してくる人物で、その視力は話半分に聞いても人間離れしている。しかし実際にこうして見つけてくれるのだから認めざるを得ないだろう。
彼は美少年でも美青年でもない。キャラクターの外見を自由に作れるのに、わざとイケメンになるのを避けるのはネトゲーマーらしい自己主張だった。
そう、俺である。
よう、友よ。俺はユウタと合流するなりバッと両腕を広げた。さあ来い。再会のハグだ。
ユウタは呆れたように笑った。
「やめとくよ。君が女の子なら少しは考えたけど」
意外と大胆なんだナ?
俺とユウタは軽口を飛ばし合いながら肩を並べて露店バザーをあとにした。
疎らに雲が浮かぶ青空の下、スピンドック平原の方角にぽんぽんと花火が上がっている。
本日はクリスマスイブ。ネトゲーでクリスマスと言えば運営が何らかのイベントを用意してくれるものだが、ヤツらは何もしてくれないのでヤケクソになった俺たちが勝手にイベントを用意することにした。
武闘会だ。
大会はパーティー戦のトーナメント式。
俺とユウタはパーティーを組んで参戦する。
2.スピンドック平原-甲子園コロシアム
よほどリアルでやることがなくて暇なのだろう。クリスマスイブだと言うのにゲームをやっている暇人どもで大会会場の甲子園コロシアムは満員だった。
大会参戦を表明したメンバーがクソ豪華な顔ぶれだったため、少しでもワザを盗みたいと思ったのだろう。戦闘場面は動画で配信するという触れ込みだったが、家に居ても付き合っている彼女が居ないのだから仕方ない。半没入型のログイン形式ですから彼女とイチャつきながらプレイ余裕ですけど?という顔をしたゴミどもが缶ビールをガンガン空けている。
ステージの中央で司会者のお犬様がヤケクソ気味にぴょんと飛び跳ねた。
「武闘会の開催じゃ〜!」
観客席からワッと歓声が上がる。
テンションで引っ張る司会は有象無象がやっても誰も付いて行かずにダダ滑りする高等テクだ。放っておいたら勝手にドンドン追い詰められていくお犬様の人徳の為せるワザであろう。
事実、こうして司会業を押し付けられている。トップクラスのプレイヤーの多くがトーナメントに参戦する意思を表明したため、他にやれる人が居なかったのだ。
ステージにぽつんと立っているお犬様は、ベロリと舌を出してハッハッと浅く呼吸をした。ワーワーと歓声を上げる観客をつぶらな瞳でじっと見つめている。
舞台袖でお犬様の様子を窺っている俺は胸中でうめいた。
ううっ……! 今のお犬様は、まるで喧騒から一人取り残されたぼっちのようだ。罪悪感が凄い。今すぐにでも駆け付けて合いの手を入れたかったが、俺にも俺なりの事情がある。さすがに選手と司会の兼任は無理だ。
観客が落ち着くのを待ってからお犬様は前足もとい手に持つマイクを口吻へと寄せた。ヤケクソ気味に進行する。
「細かい事情は省くぞぃ。大会要項はググれば出るじゃろ。この会場でやるのは対戦カード決めと大画面の提供じゃな。提供は6sTV。あいつら凄いな。時代の進歩を感じるわ。スマホに角生やしてない子はパソコンで生放送を見たほうが楽かもな。この場でトーナメント戦をやらないのは〜……」
賑やかしの【八ツ墓】が魔法環境を秒単位で切り替えていく。
「分かるじゃろ。武闘会はパーティー戦じゃ。魔法職もおるでな。戦闘場所はクジ引きで決める。時間惜しいから順々にはやらんで、ドバッとまとめて戦って貰うわ。気になる対戦あったら後で動画見てな。優勝賞品はこれじゃ。なんか凄いモンらしいぞ」
そう言ってお犬様はスタッフから手渡された剣で実演販売みたいなことをした。地べたに膝立ちになって、まな板の上に乗せた大根を剣でサクッと切る。
「よぉ切れるわ」
地味だし別に他の剣でも大根くらい普通に切れるが、見るやつが見れば分かる。今大会に俺が参戦を決めた理由の一つがあれだ。
俺から事情を聞いているユウタが首を傾げて尋ねてくる。
「あれが……?」
ああ、本物だ。魔剣だよ。日本刀の脇差しに似てるが、それ自体は特徴とは言えない。あの刃紋と柄のこしらえ……間違いない。あれはニジゲンが打った剣だ。
魔剣ウィード。
基本的にプレイヤーがクラフトした武器に銘は付かない。このゲームにインベントリなんて気が利いたシステムはないからだ。いや、運営なりに時間の無駄をなくそうという意思はあるらしく、メニューを開けば所持品を確認できるアイテム欄はある。あるにはあるが、剣とか服とか当たり前のことが書かれているだけで、プレイヤーはメモ帳代わりに使っている。備考欄を付け加えて判明した補正を書き込んだり、いつドコで幾らで買ったと記入したりする。
このゲームのアイテム名は一目見れば分かるようなことしか書かれない。自分で作った装備品を聖剣とか魔剣とか名付けて悦に浸るタイプのプレイヤーは居るが、ニジゲンはそういうタイプの鍛冶屋じゃない。
極めて優れた性能を持つ剣を、他人が勝手に魔剣と名付けたのだ。
どういった経緯で今大会の優勝賞品になったのかは分からないが、魔剣ウィードと聞いてニジゲンは微妙な顔をしていた。おそらくは初期の、失敗作。ヘタクソの手に渡って大々的に宣伝されてから実は何かしらの欠陥があって手のひらを返したように魔剣をこき下ろしたとしてもニジゲンは何も文句を言わないだろう。武器をどう扱うかは持ち主の自由だと。だから俺が闇に葬る。
本物だと分かったからには本気で取りに行く。せっかくのクリスマスイブなのにな。悪いな、ユウタ。付き合わせちまって。妹が居るんだろ? 今日くらい一緒に遊んでも良かったろうに。
ユウタは首を横に振った。
「先約がなくても妹と一緒に遊んだりはしないよ。たまたま遊んでるゲームが一緒なだけ。高校生にもなって一緒に狩りに行くとか、そんな兄妹は居ないよ」
ユウタに言わせてみれば、どこにでも居るような普通の兄妹。
特別、兄妹で仲が悪いということはないが、良くもない。幼い頃は二人でよく遊んだが、それは家族が一番身近な遊び相手だったから。今は普通だ。家で会えば挨拶の一つくらいはする。しかしどこか冷めた関係。心の奥底で取り繕う必要がないと感じているのか、愛想良く振る舞う気力が湧かない。言ってしまえば、惰性で兄妹を続けている。そうやって仲が冷めていくのは仕方のないことで、今更どうこうしようとは思わない。
……それだけじゃなさそうだが、とやかくは言うまい。俺は赤の他人だ。口出しして良い領分の問題ではない。
ステージに視線を戻すと、お犬様がクラスで席替えする時のように箱の中にクジを放り込んでわしゃわしゃと揺らしていた。
「クジ引きするぞぃ。パーティーの代表者は並べぃ。最初にやるのは予選じゃ。バトルロワイヤル制で本戦参加パーティーを決める。クジには開始時刻と待ち合わせ場所が書かれとるから、そこでスタッフと合流して合戦場へ。勝ち上がった子らはもう一度ここに戻ってきてクジ引きじゃ。遅刻したら失格な」
予選が長引くようなら終わるのを待たずに揃ったメンバーだけで本戦を始めるということだ。
クジ引きを終えた俺たちを、お犬様が手を振って送り出してくれた。
「最近、各地でMPK事件が相次いでるから気を付けてな! 人払いはするけどにゃあ、さすがにモンスターの面倒は見れんぞ! がんばれよ、若者たち!」
結論から言うと、俺とユウタは予選を勝ち抜いた。
不戦勝だった。
俺たち以外の対戦パーティーが不幸にも魔物の群れに襲われて全滅してしまったのだ。
やっぱり日頃の行いだな。
俺はドライアイで潰れた片目から血を流しながらポケットに両手を突っ込んでザッときびすを返した。ユウタと一緒に合戦場をあとにする。
ユウタは運良く災禍を免れたことに気まずいを思いをしているようだった。
「なんで俺たちだけ助かったんだろう……。モンスターが俺たちを避けていたような。コタタマ、どう思う?」
俺たちは二人パーティーだ。
弱そうなパーティーを残した、という見方もできるな。
つまり……MPK事件の首謀者か、その手下が武闘会に紛れ込んでいる。
もうひと波乱ありそうだ。気を引き締めて行こう。
俺の予言通り、武闘会は混沌としていくこととなる。
のちに多くのプレイヤーがこう言う。
トップクラスのプレイヤーが顔を揃えた今大会は、全ての発端に過ぎなかったのだと……。
これは、とあるVRMMOの物語。
説得力がありますね。
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