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ギスギスオンライン  作者: ココナッツ野山
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うちのパパにはひづめが生えている

 1.先生の居室


 先生の居室で正座をしている。

 もはや恒例と化した反省会だ。

 やはり巣作りはマズかったらしい。カッとなってやったが、スピンドック平原が上位個体の巣窟と化して困るのは俺も一緒である。

 正座している俺の目の前をそわそわとした様子で行き来していた先生が俺に向き直った。


「一歩前進だ」


 え? ど、どういうことですか?


「一歩前進。何はともあれ……!」


 そう言って先生は軽く首を傾げると、ひづめの角っちょの部分を突き合わせた。これは先生が何か言いたいことを強く我慢している時に見られる仕草だ。

 ……感動か? 先生は俺の成長に強い感動を覚えていて、けれどあまり褒めすぎるのもどうかと思って堪えている……? きっとそうだ。俺は自分でも気が付かない内に大きく成長していたのか……!

 俺の予想を裏付けるように先生は大きく頷いた。


「コタタマ。君は弟子が不当に身柄を拘束されたことに強い憤りを覚えて報復を行おうとした。以前の君では考えられなかったことだ。まずは一歩前進。何はともあれ一歩前進したと言えるだろう」


 な、なんてことだ。案外自分のことはよく見えないものだとは聞くが、俺の身にも同じことが起こっているとは。

 俺は、気付けばバージョンアップしていた。さしずめコタタマVer-3.01といったところか。

 感動に打ち震える俺の手に、先生がそっとひづめを重ねてくる。


「コタタマ。私は君のプレイスタイルについてとやかく言うつもりはない。このゲームはMPKを織り込み済みでデザインされているふしがあるし、何が正しかったのかは終わってみなければ分からないだろう。少なくとも今回の件で幾つかのヒントは得られた。ネームドモンスターが自力で誕生することはないのだからね」


 名付け親が居なければ、ですね?


「そうだ。そしてレベル200……それが上位個体と下位個体の境目になるのか。結論を下すにはまだ早いが、レベルと呼称されるものの正体に私たちは迫ったことになる。これは大きな前進だよ。しかし前進するということは何かを置き去りにすることでもある。私たちは危機に備えなければならない」


 先生。危機とは? 一体何が起きようとしているんですか?


「コタタマ。それは君が君自身の目で見つけるんだ。私は、このゲームにゲーム以上のものを求めてはいない。求めるべきではないとも思っている。ゲームの根底を成しているのは捜索と発見だ。謎解きと言い換えることもできるだろう。RPGは全てのゲームの基礎であり、ジャンルの区分とは視点の違いでしかない。例えばパズルアクションゲームなどは分かりやすいだろう。体験学習を主とするゲームはそれゆえにプレイヤーの自覚をすり抜けやすい。しかし突き詰めていけば最後に問われるのはやはり理解度だ。プレイヤーの視点をどこに置くかでジャンルは決まる」


 ゲームジャンルについて熱弁を振るう先生はモコモコとしていてとても愛らしい。心ゆくまで撫で回したいが、完全にセクハラなので堪えねばならない。

 先生は俺の隣にちょこんと座ろうとしてコロリと座敷に転がった。体勢を立て直してこほんと咳払いを一つ。


「さあ、精神の修養に移ろう。今日は私も一緒だ。未熟な精神を鍛えるのは楽しい。まさに生涯を尽くした趣味と言えるな。人生とは修行の連続だ。人の尊厳とはかくあるべしと思うよ」


 着ぐるみ体型の先生は御御足があまり長くない。シルエットはゆるキャラのくまモンに近いか。よって構造上、座禅はおろか正座すら不可能だ。そこで仕方なく両膝を屈して項垂れるという独特の趺坐スタイルになる。一見すると絶望的な戦力差に心が折れたように映るだろうけど。そうじゃない。大切なのは心の有り様だ。どう見えるかじゃない。

 それなのに居室のふすまを少し開けて室内の様子を窺っている元無口キャラは開口一番こう言った。


「先生が懺悔してる……」


 懺悔って言うな。先生くらいになると懺悔はするものじゃなくてされるものなんだよ。

 ぱちっと目を開けた先生がスズキを見る。半端ロリはコクリと頷き、居室に入ってきた。お皿を手にしている。


「ごはん持ってきた」


 見れば分かる。お握りか。ありがとさん。そこに置いておいてくれ。後で食べるよ。

 だがスズキはお皿を畳敷きの床に置くと、俺の隣に座った。なんだよ、お前も一緒に修養するのか?

 違うらしい。スズキはお握りを俺の口に押し付けてきた。なんっ、やめっ、食うけどっ。ちょっ、ペース! 俺のペースに考慮してっ!

 お握りに齧り付く俺を半端ロリはうっとりして眺めている。


「美味しい?」


 噎せそうになるのを根性で堪えた俺は米粒を無理やり飲み下して涙目で強く主張する。


「ペース!」


 一時期は旨味成分が話題を呼んだけど、食事にはペースって欠かせないものだと思う。ハイペースを強要されて味なんかまったく気にしてる余裕なかったぜ。

 おい、聞いてんのか!? なんだその面ぁ! 慈しむような目ぇしてんじゃねえ! 何様だ!


「また先生に叱られたの? コタタマ、短気だもんね。【NAi】も言ってたよ。コンビニのレンジのほうがよっぽど落ち着きがあるって。あ、ごはん粒」


 放っとけ!

 俺のほっぺに手を伸ばすスズキを俺は振り払った。なんか近頃、こいつ俺のこと堕落させようとしてねえか? 劣化ティナンめ。

 俺が睨み付けると、スズキはにこっと笑った。


「【目抜き梟】の人たちね、コタタマのこと許さないって言ってたよ。良かったね」


 ああ、結局ウサ吉にクランハウスを叩き潰されたからな。ちょっとは身の程ってもんを知れただろうさ。アイドル気取りが。

 許さないだと? それはこっちの台詞だ。まったくひどい目に遭ったぜ。我が子同然のウサ吉に握り潰されるとはな。

 スズキは終始ご機嫌だった。俺が恨みを買ったのがよほど嬉しいらしい。嫌だねぇ。人として歪んでるわ。俺をひとしきりからかってからスズキは空のお皿を回収して部屋を出て行った。

 先生がぽつりと呟きを零す。


「スズキは明るくなったね。良いことだ。いや、元々明るい子だったのだろう。コタタマ。あの子が困っていたら力になってあげなさい」


 俺は多くは尋ねずに神妙に頷いた。スズキが慣れないですます調に挑戦していたのは何か事情あってのことなのだろう。アニメの影響とかな。ですます調とはちょいと違うかもしれないが、俺だってアバン流刀殺法を少し嗜んだ身だ。アニメキャラに憧れる気持ちは分かってやれるつもりだぜ。

 俺と先生は精神修養に戻った。

 そのままどれくらい経ったろう。一分か二分か。いやもっと短かったかもしれない。多分三十秒を少し越えたくらいだろう。


「あ、居た居た。先生のところに居たのか。探したよ、コタタマ」


 よう、アットム。戻って来たのか。

 俺が軽く片手を上げて答えると、アットムは俺と先生の前に折り目正しく正座した。


「コタタマ。殿下が君に正式に感謝を述べたいそうだ。暇な時でいいからさ。今度、僕と一緒にお屋敷に行こうよ」


 それなんだがな、アットムよ。あのスク水は早急に回収できねえかな? 何とかして紛失を装って別の物で埋め合わせするっつー流れに持って行きてえんだ。


「えっ。何故? あんなに喜んでくれているのに」


 だからだよ。どうやらお前に下心はなかったようだが、ティナンとスク水の組み合わせは俺の心証を著しく損なう恐れがある。率直に言って命懸けで合法ロリにスク水を送り届けたなんていう歴史を闇に葬り去りたいんだよ。そのためには姫さんの手元に現物があると非常に都合が悪い。分かってくれるな? アットムよ。


「僕は反対だ。いくら君の頼みといえど、あの子から笑顔を奪うなんて僕にはできない」


 アットム……! どうして分からない? スク水ってのは時限爆弾みたいなもんだ。お前が守りたい笑顔とやらも今に般若に化ける危険性を帯びてるんだ。簡単なことなんだよ。善意の第三者を装ったアホが姫さんにこう言えばいい。俺が姫さんに性的な眼差しを向けているとなっ。


「でも、それは真実じゃない。そのことはポチョやスズキに向ける君の舐めるような視線が証明してくれている。スズキは惜しいよね。なんていうか人類の限界を感じるよ」


 そうだなぁ。俺はお前とは逆方向のベクトルで残念に思ってるよ。しかし不幸中の幸いってやつで、あいつは全体的にコンパクトだからバランスは悪くねえ。それについてはどう思う?


「純粋さが足りないね。思慮が深すぎる。僕が求めているのは、もっと動物的なパトスなんだ。生きとし生けるものが繋いできた大いなるバトンリレーさ。それらの前では人類の文明や理性なんてものは余りにもちっぽけで、一時の流行に過ぎないと思うよ。愛はシンプルでいい。綺麗に飾って複雑化しても本質は決して手に入らない」


 俺とアットムが愛について熱く語り合っている横では、先生が書道箱を広げていた。しゃりしゃりと硯を擦って筆をひづめに取る。

 アットムが辞去した後、先生は立ち入り禁止の旨を告げる張り紙を持って一度廊下に出て、すぐに居室に戻ってきた。張り紙をふすまに貼ってきたらしい。

 さあ今度こそと意気込む俺と先生だが、心地良い静寂は五秒と保たなかった。


「コタタママ、コタタママ」


 張り紙など普通に無視して居室に踏み込んできたポチョ子が猫撫で声を発して俺に擦り寄ってきた。

 あらあらどうしたの、この子は。

 ポチョ子はもじもじとしながら左右の人差し指を突付き合わせて、俺を上目遣いに見る。


「ポチョ子、槍が欲しい」


 槍? でもあなたには新しい剣があるでしょ。


「ポチョ子、スピンに乗りたい。スピンの上で振り回すなら剣より槍のほうが便利っ」


 我儘言うんじゃありません! あなた。黙ってないで何とか言ってやってくださいな。

 先生がノってきた。


「ポチョ。どうしても必要なのかい?」


「パパ! どうしてもなの。剣じゃうまく殺せない」


「パパか。ふふ。こんな時だけ調子の良い」


 先生は満更でもなさそうである。ちらっと俺を見てこう仰る。


「ママ。ポチョもこう言ってるし槍くらい良いだろう」


 あなた! まったくもう、ポチョ子に甘いんですから……。

 俺はポチョ子を見て溜息を吐いた。

 パパがこう言うなら仕方ありませんね。ただし俺が鍛冶師に戻ってからですよ。いいですね、ポチョ子。


「ママ!」


 ポチョ子は満面の笑顔でコクコクと頷いた。




 これは、とあるVRMMOの物語。

 戦士たちよ、武器を手に取れ。戦士たちよ、立ち上がれ。人は狂気に身を委ねる。まるで、それが立ち向かうべき試練であるかのように。



 GunS Guilds Online


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パパ最高
[良い点] いよいよもってポチョがダメに… かわいい! [気になる点] 地味にスズキがNaiと会ってるっぽい?
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