スタンピード
1.クランハウス-マイルーム
日本国において基本的人権ってやつは保障されている訳だ。確か憲法第11条だったかな。簡単に言うと人間の尊厳を奪うような真似は許しませんよってことだ。
で、この憲法ってのは何かってえと、いわゆる最高法規。法律の王様みたいなもんなんだが、俺はこう解釈してる。憲法っつーのは国より偉い。国同士が喧嘩するようになってあんまりにも人が死にすぎたもんだから、人間様と国のどっちが偉いんだっつー話になったんだな。だもんで国より偉い法律を作って矛先をそっちに向けさせたのさ。人間誰だって目下よか同じ目線に立ってるやつのほうが気になるからな。
「なるほど。コタタマは物知りだな」
まぁな。先生に飽きにくい脳を作れって言われてからこっち、よく分からねえもんは調べるようにしてるんだよ。
俺は、膝立ちになっている金髪を見下ろして言った。
つまり俺が何を言いたいのかってえとだな、このコタタマさんの尊厳に少しは気を遣ってみちゃあどうかってことよ。
「鎖が絡まった。足を少し上げてくれ」
上げてくれだ? 上げてくださいの間違いだろ? ここが誰の部屋だと思ってんだ? 俺の部屋だぞ。このコタタマさんのプライベートルームなんだよ。
俺が強気に出ると、レイテッドくんを瞬殺して有無を言わさずに俺を攫って部屋に押し込んだ頭のおかしい女はもじもじとしてからぼそりと呟いた。
「あ、足を上げてください」
ハッ、やればできるじゃねえか。そうまで言われちゃあ仕方ねえな。おらよ。
要望通り足を上げてやった俺の足首にガチャリと足枷が嵌められた。鎖の先端に鉄球が付いたやつだ。
両手首には既に手枷が嵌められていて、長めの鎖でベッドと繋がっている。部屋から出ようとしたらベッドを担いで行かなきゃならんっつー寸法よ。そりゃつまり無理ってことだ。
ポチョはもじもじしている。
「どうだろうか? これで大分動きにくくなったと思うが」
ああ、そうだな。少なくとも部屋から脱出するのは無理だ。難点を挙げるとすれば歩き回るたびに鎖がじゃらじゃら鳴ってうるせえってトコか。
「わ、私はいいと思う。いかにも囚人って感じだ。よく似合ってるぞ」
そいつはどうも。
さて……。俺は満を持して尋ねた。
「これは一体どういうつもりだ?」
戦闘能力の差をまざまざと見せつけられたもんだから無駄な足掻きはしなかったが、せめてもの抵抗として偉そうに拘束されたぜ。だが何故だ? どうして俺がこんな目に遭わなくちゃならねえんだ。説明してみやがれ。
「勘違いするな。私をお前を保護したんだ」
ほう。保護と来たか。いいぜ。続けな。
「うむ。どうもお前は放っておくとすぐに悪い女に騙されるようだ。私はサブマスターとしてだな」
なるほどな。お前の言いたいことはなんとなく分かった。
俺は頷き、鎖をじゃらじゃら鳴らしてベッドに腰掛けた。足を組み、ポチョを見上げる。
見下してんじゃねえよ。お前も座れ。どうやら少し話が長くなりそうだ。おい、誰が床に正座しろと言った。俺の許可なく正座すんじゃねえよ。足は崩せ。そこにあるお前のクッションを使いな。
「な、なんだかよく分からなくってきた」
気が合うな。俺もさ。なんなんだろうな、これは。俺たちは一体何をしていてどこに向かおうとしているのか……。そいつをこれから話し合って決めようってことだ。
「うん。道理だな」
納得してとんび座りしたポチョを俺はじっと見つめる。
とはいえ、だ。とはいえ、どうしたもんかな。俺は内心で唸った。この女が何を考えているのかさっぱり分からねえ。分からないことが多すぎて何から聞けばいいのか……。
そうだな。二人きりで話すことって意外とあんまりないし、ずっと気になっていたことを聞いてみるか。
「新しい剣はどうだ? ちょいと補正に拘ってみたんだが、正直補正を気にし出すときりがねえな。見たところ問題はなさそうだが」
「個人によるんじゃないか? 私はあまり補正は気にしない。あるに越したことはないけど、単純に頑丈なほうが良いケースだってある」
へえ。興味深いな。補正付きの武器を使ってて補正がなくなったら感覚が狂うとかはあるのか?
「いや、補正は眼鏡を掛ける感覚に近い。小さい文字を追う時はあったほうがいいけど、日常生活を送る上では眼鏡を外したほうがスッキリしたりする」
ん? そうか? 俺は五感補正のレアアクセを少し触らせてもらったことがあるんだが、単純に目が良くなった感じがしたぞ。
「おそらくお前の目は人類のほぼ限界値に達しているんだろう。そこまで行くと純粋に増強効果を見込めるのかもしれない」
ほう。やっぱり聞いてみるもんだな。感覚の違いってのは自分じゃ分からないもんだ。
「あ、私も聞きたい。お前の目は便利そうだ。私も練習すれば身に付けられるかな?」
そりゃあ無理ってことはないだろ。血継限界じゃあるまいし。ただ、なまじ戦えると習得は鈍るかもな。俺だって千回おっ死んだ時に急に目が使えるようになった訳じゃねえ。ある程度コツを掴んだらその後はどうしたって伸びは鈍るわな。
要は効率の問題だと思うぜ。モンスターと千回戦うとして、目の鍛錬に費やす時間をそっくりそのまま技量の習得にあてたらどこまで伸びるかだな。
MMKにしたってよ、お前ら近接職はまったく無知って訳でもないんだぜ。魔物が二体居たら片方をもう片方の邪魔になるよう位置取りしたりは普通にやってるだろ。
俺と違いがあるとすればタイミングだ。俺は最初から攻撃を捨ててるからな。同士討ちを誘うしかないんだから多少の危険には目を瞑ろうって気にもなるさ。
俺を監禁した女と和やかに話をしている、その時だ。階下からドアを叩き付けるような物騒な音がした。おいおい、誰だか知らねえがウチの丸太小屋をあまり手荒に扱わないでくれよ。ポチョも俺と同じことを思ったようだ。俺がおどけて首を竦めてみせると、可笑しそうにくすくすと笑った。
「し、師匠ー!」
なに? この声、暗たまか? ハッ。もしや俺を助けに来てくれたのか。
違うらしい。
「師匠っ、どこですか! か、カズシが!」
いやカズシって誰だよ。もしかして暗たまのリアルネームか? リアネを出すなよ。ったく……基本的なトコがなってねえな。奇しくも俺の人権と一緒だぜ。
仕方ねえな。おい、ポチョ。まだお前とは語り合いたいことが山ほどあるが、どうやら次の機会に回したほうが良さそうだ。俺の拘束を解きな。
するとポチョは急にそわそわし始めた。どうした?
「……こんなところを見られたら誤解されるんじゃないか? 保護したと言って通じるかな? どう思う?」
まず通用しねえが、俺が黙っておけばバレねえだろ。心配するな。俺だってサブマスターに監禁されたなんて言いたくねえよ。ウチはまったり派なんだからな。監禁なんてヘヴィなワードとは無縁でありてえ。
「そ、そうだな。実際にそんなんじゃないし……。うん、全然違う……」
ポチョは自分に言い聞かせるようにぶつぶつと呟きながら俺の縛めを解いた。床に転がった拘束具を名残り惜しそうに見つめるポチョを連れ、俺は部屋を出る。
今まさに階段に足を掛けた暗たまと目が合う。一人足りねえ。居ないのはトロッペだ。
おい! 何があった!
合流して問い質すと、暗たまの二人は涙ながらに訴えた。
「か、カズシが監禁された!」
マジで? 師匠と弟子ってそういうトコまで似ちゃうの? 完全にシンクロしてるじゃん。
「やったのはカズシの幼馴染みでっ……! ちょっと頭おかしいんです!」
暗たまの話をまとめるとこうだ。
トロッペには幼馴染みが居る。いささか愛が重い感じの娘であるらしい。
元々暗たまがこのゲームを始めたのは、トロッペがその幼馴染みに一緒に遊ぼうと誘われたのがきっかけだったようだ。
だが、トロッペには少しぼんやりしたところがある。トロッペがゲームを始めたと知った幼馴染みにリアルで幾度となくゲームの中で会おうと持ち掛けられても、また今度ね〜また今度ね〜と適当に先送りにしてきた。
そのツケが回ってきたのだ。
執念でトロッペを見つけ出したその女は、本日未明、俺がレイテッドくんを紹介している現場を目撃し、ついに強硬策に出たという訳だな。いやはや見事にこじれたねぇ。
しかもその女というのが、どうやら【目抜き梟】のクランメンバーであるらしい。レイテッドくんが誘拐の実行犯を追跡して突き止めてくれたそうだ。
いやはや。いやはや、まったく。
やってくれたのう。
【目抜き梟】だ? 関係ねえ。この俺の弟子に手出しするとはな……。そりゃあつまりこの俺を舐めてるってことだ。俺は舐められたんだ。
俺の周りをうろちょろしていたポチョが話を聞いて義憤を燃やしている。
「監禁か。許されざる行いだ。捨て置くことはできないな」
どの口でと思わんでもないが、ポチョさんの言う通りだ。監禁ってのはPKよりもタチが悪い。
このゲームは半没入型と言われるログイン方式を執る。言葉で説明するのは難しいが、ログインしたままリアルの身体を動かすことができるんだ。ただしログイン中はハード本体が手に食い付いて離れない。うっかりドアに挟んだユーザーの証言によると体組織に食い込んでいるらしく、全力で引っ張っても外れないらしい。せっかくならトンカチでハード本体をブッ叩いて壊したらどうなるのか検証して欲しかったが、無理は言うまい。どうなるかって? 多分、頭蓋骨の中に同居人が増える。さすがに試す気にはなれないが。
つまり、このままだとトロッペは血圧計に食い付かれたまま登校することになる。
ログイン中はリアルのほうがサブ意識だから授業の内容なんて頭に入らねえだろうな。ログアウトしようにも緊張状態が続くようじゃ難しいだろう。
監禁ってのはプレイヤーを無力化する唯一の手段だ。PTAに付け入る隙を与えかねない悪手でもある。ポチョの憤りは深い。
「正義の鉄槌を下さねば。具体的には一人ずつ闇討ちして疑心暗鬼に陥らせよう。大型クランの欠点は結束力だからな」
悪くない案だが、お前は関係ねえ。黙ってろ。
「関係ないなんてそんな……」
不満か? 遠いな。もっと俺に寄れ。
「えっ。ちゃんと聞こえてるのに」
戸惑うポチョに俺は命じた。
いいや、遠い。お前は俺の言うことに従うつもりがないらしい。俺たちは話をしてるんだ。声が届けばいいってもんじゃねえ。伝わらなくちゃ意味がねえよ。だから寄れ。
おい、聞いてんのか? 何をもじもじしてんだ。これだから油断ならねえ。俺はポチョの肩を掴んでぐっと引き寄せた。
ポチョよ。お前は頼りになるヤツだ。特に躊躇わないのがいい。実力もある。トップクランの一線級に匹敵するだろう。だからお前は手出しするな。お前が出しゃばると俺の戦果がボヤける。
「ななな何をする気だ」
ジェットコースターさ。
【目抜き梟】のアイドル気取りどもは調子に乗ってるんだ。周囲からちやほやされて何か勘違いしちまったらしいな。遊園地のメリーゴーランドにでも乗った気分でこの俺に喧嘩を売りやがった。その勘違いを正してやるのさ。
俺は久方ぶりに楽しい気持ちになってポチョの頬を撫でてやった。
そして暗たまの二人に命じる。お前らは今すぐレイテッドと合流して撹乱に取り掛かれ。仲間が拉致られて何もしねえのは不自然だ。遣り方は任せる。何ならトロッペを救出してもいいし、捕まってもいい。だが脱出ルートは探っておけ。無理でも俺が皆殺しにしてやるから大丈夫だ。とにかく時間を稼げ。
「MPKですねっ、師匠!」
ああ。それもとびっきりのな。真の絶望というやつを教えてやるのさ。
俺はにっこりと笑った。
2.スピンドック平原
モンスターもプレイヤーと同様にレベルアップする。
MMKの要領でモンスター同士を競い合わせ、強い個体を育てる。生き残り同士をぶつけて更なる育成を図る。後はその繰り返しよ。
これが俺の切り札、巣作りだ。
ネフィリアはコロニーとか言ってたかな。ゲームが詰む恐れがあるから絶対に二度とやるなと言われたこともあるが、知ったことじゃねえな。
まぁ口で言うほど簡単じゃないが、スピンは巣作りに向いてる。動きが単調だし、割と俊敏だから育成が捗る。
モンスターがエリアマップを跨ぐことは基本的にはないので連れ出すことはできないが、【目抜き梟】のクランハウスはスピンドック平原にあるからな。トップクランは潤沢な資金源を元にクランハウスを使い捨ての前線基地として扱う。【目抜き梟】の場合は少し特殊で、スピンが可愛いからという理由でスピンドック平原を拠点にしているようだ。まぁ魔法使いからしてみるとスピンは格好の獲物だからな。
俺は、俺開催のスピントーナメントの覇者を誇らしい気持ちで眺めた。
Nuuuu……
俺に言わせてみれば、普段プレイヤーが狩ったり狩られたりしてるモンスターは幼体だ。だが、こいつは一味違うぜ。
見てくれ。この立派に育ったウサギさんを。他のスピンとは体格からして二回りは違う。
よし、お前をウサ吉と名付けよう。
【スピンドック平原に上位個体が出現しました】
やったぁ。俺の可愛いウサ吉が公式に上位個体と認定されたぞ。
上位個体ってのは、要はレイド級ボスモンスターに近付いた個体だ。高い能力はもちろんのこと、下位の眷属を支配する力を持っている。
俺のヘイトコントロールじゃあ率いる群れの規模はおおよそ千体が限度だ。それ以上は目が行き届かねえ。だが上位個体は違う。一万だろうが二万だろうが近隣の同族を問答無用で従わせることができる。
欲を言えばもう少し念入りに育てたいところだが、あんまり時間を掛けてもらんねえ。トロッペが俺の助けを待っている。
俺はウサ吉の頭によじ登って【目抜き梟】のクランハウスがある方向を指差した。
「進め。皆殺しだ」
数多くのプレイヤーを犠牲に甲斐甲斐しくお世話したことで俺を生き餌と認識したウサ吉は俺の指示に従ってのそのそと平原を練り歩いていく。
群れの規模に拘る必要はないだろう。しょせん人間が使う魔法は劣化コピーでしかない。レイド級の直系たる上位個体を打ち負かすほどの力はないのだ。少なくとも数十人の人間にどうこうできる存在ではない。
くくくっ……。名も知らねえトロッペの幼馴染みさんよ。俺の弟子に手出ししたツケは大きかったな? お前の所為でスピンドック平原は上位個体があちこちをうろつく地獄と化すのさ。下手をすれば第二、第三のレイド級が誕生しちまうかもしれねえなぁ……?
俺の可愛いウサ吉が進むたびに、そこら辺をぴょんぴょん飛び跳ねていたスピンが我先に馳せ参じてくる。
ああ、こういうのを何て言うんだったかな……。
【Stampede!】
そうそう、それ。
【警告! スピンドック平原でスタンピードが発生しました!】
【勝利条件が追加されました】
【勝利条件:ネームドモンスターの討伐】
【制限時間:00.00】
【目標……】
【ウサキチ】【Level-200】
ああ? 以前はこんなアナウンスなかったぞ? 仕様変更か? ちっ、面倒なことになったな。こうなったらゴミどもが寄ってくる前にトロッペを救出するしかねえ。
俺はウサ吉に早歩きを命じた。早歩きといっても今のウサ吉なら車が高速道路を突っ走るくらいの速度は出る。うう、こりゃキツい。ウサ吉が俺を気遣ってくれてるのもあるが、鍛冶師だったらとっくのとうに振り落とされちまってただろう。
だが、もう少しだ。【目抜き梟】のクランハウスが見えた。逃げ惑うゴミどもを見下ろすってのはいい気分だ。
だが、事態は俺の予想を遥かに上回って混迷していく。
【GunS Guilds Online】【Loading……】
ああ!? 今度は何だよ!
いや、待て。見覚えがあるぞ。こいつは……。
草むらに潜んでいたクソ虫どもが姿を現した。どうやら山岳都市を目指して行軍しているところに出喰わしちまったらしい。
ゲリライベントか!
しかも、おいおい。何だか見慣れないデカブツが現れやがったぞ。ムカデとダンゴ虫とカマキリを掛け合わせたような姿をしてやがる。体長はウサ吉に匹敵するか。あんなデカいナリして一体どこに潜んでやがった……。
俺は目を凝らしてデカブツを見つめる。
……なるほどな。どうやらクソ虫が合体しているようだ。合体できるのかよ。
ちっ、だが関係ねえ。クソ虫どもは無視だ。俺の知ったこっちゃねえ。勝手にしな。
ところが俺の可愛いウサ吉はデカブツが気になって仕方ないようだ。ひっきりなしに鳴き声を上げている。
むっ、そうか。お前がそうまで言うなら仕方ねえ。俺はウサ吉の頭から降りてスピンの背中に乗った。
デカブツもウサ吉が気になっているようで、砲門をこちらに向けたまま後退していく。
ウサ吉が駆け出した。
どんなに大きくなってもスピンってのは臆病なモンスターだ。しかしウサ吉は群れを率いる長としての責任を感じているのかもしれない。勇気を振り絞ってウサギ百烈拳をデカブツに浴びせた。
どれほどパワーアップしようとゴミはゴミだな。デカブツは木っ端微塵に粉砕された。
Nuuuuuuuuuu……
勝ち鬨を上げるウサ吉を、どこからともなく差し込んだ光が祝福する。
【条件を満たしました】
【ウサキチ さんが称号を獲得しました!】
【騎士】【ウサキチ】【Level-200】
やったぁ。よく分からないけど、俺の可愛いウサ吉が騎士になったぞ。
そういえば騎士っていう職業はないな。称号だったのか。
今のところ判明している近接職の上位職は聖騎士と準隊士の二つだけだ。
ウサ吉の勝利に沸くスピンたち。ぴょんぴょんと飛び跳ねて新しく誕生した騎士の元へ駆けていく。俺を乗せたスピンも一緒だ。
だが、ここでまたトラブルが発生した。俺が転がり落ちるより早く、スピンの隊列が崩れた。
今度はどうした!?
振り返った俺は驚愕した。
騎兵隊の参上だ!
スピンに騎乗したゴミどもが俺に迫ってくる。
バカな! 早すぎる! 一体何が……。そこまで考えて、俺はハッとした。俺が知らない間にティナンとの交渉が一気に進んだのか? スク水効果で……!
くそがっ! どいつもこいつもフルフェイスの兜なんぞ被って何のつもりだ! テンプルナイトみてえな有様になってるが、そんな職業はねえだろ! 普段はキャラクリの成果を見せつけたくて仕方ないらしく兜なんざ脇に抱えてる癖してよぉ! 黄金聖闘士かよ!
俺は悪態を吐きながらスピンから飛び降りて逃げ出した。
しかし逃げ切れない。たちまち回り込まれて取り押さえられた。
離せ! 俺が一体何をした! ジタバタと暴れる俺に、二人のフルフェイスが歩み寄ってくる。一人は男、一人は女だ。
俺の目の前で立ち止まった男が兜を脱いで面を晒す。この短期間でスピンを乗りこなせるプレイヤーは限られる。まさかとは思ったが……。案の定、サトゥ氏であった。
テメェ! 一度ならず二度までも俺を……!
噛み付くように吠える俺に、サトゥ氏は冷徹な眼差しを向けるばかりだ。
「コタタマ氏。どうやって殺した。言え……!」
くっ……。俺は観念した。がくりと項垂れて力なく呟く。
「か、カバンの中にノートがある……」
「! やはり持っていたのか……」
なんで騙された? 嘘に決まってんじゃん。カバンの捜索を始めたアホどもを尻目に、俺はスピンに目を向ける。ウサ吉を筆頭にスピンたちはクソ虫の掃討に移ったようだ。
だが、俺には目がある。この目があれば俺は無敵だ……!
しかしサトゥ氏が連れて来た女が俺の邪魔をした。こいつ、なんておっぱいしてやがる……! まるで俺の理想そのもの……ハッ!? このおっぱいはまさか……!
女が兜を脱いだ。長い髪を鬱陶しそうに搔き上げ、俺をギロリと睨み付ける。
「ネフィリア……!」
くそっ。そういうことか。スタンピードの対処が早すぎると思ったぜ。俺の巣作りについて詳細を知ってるのはコイツくらいだ。
俺は吠えた。
テメェ! 俺を売ったのか! 可愛い弟子の俺を!
ネフィリアが平手を振り上げる。俺は嘲笑った。ハッ、俺をぶつのか? 言っとくが、俺にMPKを仕込んだのはお前だぜ? そのお前が俺を責めるのはお門違いってもんじゃねえか? ん?
ネフィリアが眦を決した。
「巣作りはヤメロって言っただろー!」
「グー!?」
頬にグーパンを叩き込まれて俺は地面に倒れた。
くそっ。だがチャンスだ。俺は逃げた。【スライドリード】を駆使して俺の可愛いウサ吉に駆け寄る。
ウサ吉! あいつが俺をぶった! お前だけが頼りだ! 俺と一緒に悪い魔女をやっつけよう。さあ。
巨躯を屈めたウサ吉が俺を前足で掴む。おお、運んでくれるのか? いや待て。ちょっと強く握りすぎだ。破裂しちまうよ。
俺は苦笑などしてウサ吉の目を見つめた。そしてギョッとした。……こ、この目は不味いエサを見る目だぜ。
! ネフィリアか? あいつ、俺から親権を……!
ウサ吉の前足に徐々に力が込められていく。俺は命乞いをした。
ま、待て! ウサ吉! 俺が分からないのか? 俺だ! コタタママだ! お前は育ての親の俺を殺すのか!?
ままま待て! 分かった! 確かに俺はお前に共食いを強要したっ。それは認める! だが全てはお前の為を思ってのことなんだ!
……ッ! サトゥ氏! 助けてくれー! 友達だろ! 殺される! 嫌だ! なんで俺がこんな目に遭わなくちゃならない! 俺を助けろ! か、金ならあるんだ! 今は持ってないが隠してある金がっ……。
ウサ吉が握りしめた俺を持ち上げてじっくりと眺める。赤い目が凶暴に細まった。
「待っ……ちぴちゅっ!」
俺は破裂して死んだ。
これは、とあるVRMMOの物語。
罪は正される。ならず者は排除される。それが人間が築き上げて来た秩序だ。俯瞰した気になって見下してみても、そこに人の良心があることは疑うべくもない。罰は執行された。
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