戻らぬハードル
1.クランハウス-マイルーム
「コタタマ。今日はクリスマスだよ。一緒にケーキ食べようね」
「あ〜」
「あ、こらっ。変なトコ触っちゃダメっ」
「う〜」
クランハウスに帰還した俺は多大なる精神的負荷を受けたことにより使い物にならなくなっていた。ベッドに寝転がったまま「あー」とか「うー」しか言わない俺をスズキが献身的に介護してくれている。
このままスズキエンドを迎えるのかと一時は危ぶまれた俺だが……。
俺という人間の中核を成す怒りの炎には着実に薪がくべられており……。弱い立場を利用したスズキへのセクハラをきっかけに、急速に自我が再構築されていく。
仕方ないなぁと頭を撫でてくるスズキの手を払いのけて、俺はベッドから跳ね起きた。
「アットムはどこだッ!」
俺は吠えた。
「えっ。こち亀?」
誰が部長だ。そうじゃねえ。
答えろ! あのクソはどこに居る!
「え〜。なんか、ちょっとイイ感じだったのに…….」
一人で勝手に幸せの青い鳥を見つけてんじゃねえ!
自己申告によればスズキは失敗した俺を見るのが楽しくて仕方ないらしい。性格悪すぎだろ。なんなんだよっ、くそがっ。
いいから言え! アットムのクソ野郎はどこに居るんだよ!
「山岳都市に行くって言ってたよ。あ、コタタマのことはちゃんと心配してたよ。でも、どうしても外せない用事があるんだって」
そうかい。ありがとよ。お前には面倒掛けたな。どんなに正気を逸していようとも、ちゃんとお礼を言える俺である。
俺は倉庫に放り込まれていた相棒のトマホークを引っ掴んでクランハウスを飛び出した。
ヤツを殺さねばならない。それだけが今の俺を支える全てだった。
2.山岳都市ニャンダム
邪神像を祀る地下神殿から這い出すなり、頭の中に合法ロリの声が響いた。
『我が民よ。かようにして私は勇気ある冒険者より貢ぎ物を受け取ったのです』
エリアチャットだと?
俺は驚愕した。だが同時に腑に落ちるものもあった。
【スライドリード】に二段階目があると判明してからというもの、プレイヤーの間で実しやかに囁かれている噂がある。それは、ささやき魔法【ナイ】にも何らかの発展形があるのではないかということ。もっと言えば、【NAi】と運営が使っている全体チャットがそうなのではないかと目されている。
もっとも全体チャットに関しては、俺はプレイヤーが使えるかどうかかなり怪しいと見ている。あれは神の力だ。だが、エリアチャットならばあるいは……と思っていた。未だ到達するプレイヤーは現れていないものの、おそらくは三次職あるいは四次職の段階でヒエラルキーの頂点に類する職業が出てくる。エリアチャットが解放されるとすれば多分そこだ。
そして合法ロリはティナンの王である。
不思議と合法ロリのチャットは不快ではなかった。NPCだからなのか? プレイヤーからチャットを受けると、よほど親しい仲じゃないと殺したくなるのだが。
『我が民よ。これはスクール水着というものです。私は冒険者たちの水着を見たことがありますが、下着と変わらない破廉恥なものであるいう印象を拭えませんでした。ですが、このスクール水着は肌の露出も最低限に抑えられており、まさしく私たちに相応しいと言える……』
待て待て。何の話をしてる。まずいぞ。おい。何をスク水について熱く語ってるんだよ。一体どこでスク水なんて手に入れやがった。俺だよ。俺でーす。俺がプレゼントしましたぁ〜。
くそがっ。アットムは後回しだ。アホ姫を止めねえと。起伏に富んだ山岳都市で聴衆の動員に耐えうる平坦な立地は限られている。場所は広場か? 俺は駆け出した。
俺が走っている間にもアホ姫の演説は続いている。スク水がティナンとプレイヤーの架け橋になるであろうだの、貧弱極まりない種族人間にも勇者はいるだのと随分とノリノリのご様子。やめて。どうやらアホ姫に余計なことを吹き込んだアホが居るようだが、そのスク水が特殊な性癖を持った人たちの需要に沿ったものであると判明した時、ティナン姫にスク水を贈った勇気あるヒューマンは一体どうなってしまうの? どんな目で見られちゃうの? ていうか既に手遅れの感すらあるよね? このチャットはプレイヤーにも聞こえているのだからして。
広場は大観衆でごった返していた。図体ばかりデカいのろまな種族人間を、ティナンは足場代わりにしている。バランス感覚も超人的なものが備わっているらしく、人間の肩の上にベガ立ちしているティナンもかしこに見られた。俺は閃いた。これは商機だ。肩パッド売れる。だが商売やってる場合じゃねえ。
とにかく近付かねえと。くそっ、何にも見えねえ。俺は人混みを掻き分けて前に進む。
「ってーなボケぁ!」
「じゃァアアらっしぇァアア!」
文句を垂れるアホも居たが一喝して黙らせた。俺にはもう後がねえんだよ。お前らみてえなのんきなアホとは違うんだ。どけっ、殺すぞ! ていうか殺した。一際目障りな大男の首を刈り落とし、倒れ伏したそいつの背を踏み付けて俺は前に出る。
肩にショールを羽織ってスク水を身につけた合法ロリが壇上に立っていた。
『その勇者の名は、冒険者コタタマです!』
終わった。
そして合法ロリの斜め後ろに護衛よろしく仮面の男が控えている。
「ピャアアアアアアアアアアアアアア!」
俺は奇声を上げてアットムに襲い掛かった。
ハッとしたアットムがとっさに合法ロリを庇うように前に出る。
「殿下っ、ここは僕が」
怪鳥のように飛び上がる俺をアットムが迎え撃つ。
「えっ、コタタマ!?」
俺だァー! 死ねぇい! 地獄で俺に詫びろアットムぅー!
しかし俺が振り下ろしたトマホークをアットムはあっさりといなして、カウンターの崩拳を俺に叩き込んだ。
「ゲェー!?」
「あっ、ごめん! 反射的につい……」
吹き飛ばされた俺は血反吐を撒き散らしながらのたうち回り、やがて安堵したように微笑みを残して息絶えた。
「コタタマー!」
2.クランハウス-居間
勝てねえんじゃ仕方ねえ。復讐は捨てよう。
あっさりと諦めた俺は、クランハウスに戻るなりポチョを捕まえてクリスマスケーキを作るよう要求した。買ってきたのがあるらしいが、俺は既製品じゃない手作りのケーキが食べたい。いいから黙って作れよ。今日の料理当番はお前だろ。ケーキを買ってきて誤魔化そうったってそうは行かねえぞ。おら、その他の食いもんは俺が適当に買ってきてやったからさっさとケーキ作れ。材料は買ってきてやった。料理を暖めるのも忘れるなよ。アットムは八時には帰るって言ってたぞ。パーティーしよう、パーティー。
「なんて面倒臭い男だ……」
ポチョはボヤきながらも暇そうにしていたスズキに声を掛けて、キッチンでキャッキャしながらケーキを作り始めた。
俺は居間に座ってその様子を眺める。
しっかし、やっちまったな。俺は忙しなく動き回る二人の尻を見つめながら、内心で今回のイベントについて反省をした。
これがオンゲーで良かったぜ。オフゲーだったら詰んでた可能性がある。俺、スク水のために全部やり尽くした感があるからな。
もう完全に最終決戦のノリだった。途中で回想が入って覚醒するとかどこのバトル漫画だよ。けど、さすがに二番煎じはな。仮にラスボス戦があったとして、まぁ相手はョ%レ氏で確定したみたいだけど、そのョ%レ氏とのラストバトルでさ。また回想とか入ったら、俺はエッてなるよ。また?みたいな。それはさ、俺も人間だからね。抑えようがない訳よ。どんなにシリアスな場面で感動的なストーリーがあろうとも、どうしたって思う訳よ。また?ってね。そりゃ無理だよ。覚醒できねえよ。だって、また?って思ってるもん。俺とョ%レ氏の間にどんな因縁が過去にあったのかは知らないけどさ。正直、俺抜きでやってくれねえかなっつー思いはある。何しろ俺は鍛冶屋なんでね。鍛冶屋が前線に出るのはおかしいだろ。だからオンゲーで良かったってこと。俺以外の誰かが何とかしてくれるだろ。
いやぁ、しかし覚醒はないわ。スク水のために覚醒はない。うおーじゃねえよな、俺。ありゃひでえ。まぁ色々とネタバレされた感はあるが、願わくばなかったことにしたいもんだな。よし、そうしよう。なんか俺だけ思い出してるみたいだし。ああ、先生はちょっと怪しいかもな。とにかく先生が黙ってるなら俺もそうしたほうがいいな。
そう決意した俺は、よっしゃと立ち上がってポチョとスズキの周りをうろうろする。ちゃんと作ってるかチェックするためだ。
「ちょっ、邪魔……」
ふーん。スポンジの作りが甘いんじゃねえか? これちゃんと膨らむかな。
俺は味にうるさい男だ。味覚ってのは繊細なもんで、匂いはもちろん見た目にも大きく左右される。潰れた革靴みてえなケーキは食いたくねえ。
俺は居間から椅子を持ってきて、キッチンにどかりと腰を下ろす。ポチョとスズキが呆然として俺を見ている。おい、俺のことは気にするな。さっさと作れよ。ここで監視しておいてやる。以前からお前らの調理技術については疑問視している部分があってな。お前らの料理の腕が上がれば、先生は大いにお喜びになるだろう。さあ、始めろ。
「う、ウザい」
ウザくない。
これは、とあるVRMMOの物語。
いや、ウザい。
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