眠れる力、呼び起こして
1.クランハウス-居間
砂漠マップの攻略は難航しているらしい。
まぁ新マップの攻略が遅々として進まないのは毎度のことなのだが。
最深部に近付くと蟻地獄みたいに流砂に足を取られて種族人間は自動的に死ぬのだとか。
……俺らはマップ解放前に親玉ミミズと出食わしたけど、そんなだったかなぁ? 別に流砂なんてなかった気がする。そもそも地下に曜日ダンジョンがあるってこと自体がおかしい。どうせ、ろくでもない怪しいギミックが仕込まれているのだろう。
いずれにせよ俺には関係ないね。放っておけば攻略組が厄介なステージギミックを解明してステージ攻略のテンプレを作成してくれるだろう。アイツらは暇人だからな。
俺はダメだ。俺は経験値稼ぎで忙しい。相棒のモグラさんぬいぐるみと一緒に藁人形をクラフトしている。俺に密着しているポチョがメニューを開いて6sTVを視聴しており、ゴミどもの悲鳴が耳に優しい調べとなって日常の光景に違和感なく溶け込んでいた。
俺の腹を枕に身体を丸めて寝転んでいるポチョがごろごろと寝返りを打って一言コメントした。
「また全滅した〜」
俺は作業の片手間にポチョの手元を覗き込んだ。なんか楽しそうだなぁ。俺もスマホに角生やそうかなあ。
ダッシュで砂漠を駆け抜けようとした連中があえなく地中に引きずり込まれて全滅していた。
コイツらたまに見る顔だな。結構有名なトコのクランなんか?
「三番手か四番手のクランだよー。マスターが面白い。一度クラン潰れたんだって」
立て直したのか。なかなか根性があるじゃないか。とはいえ、いっぺんクラン潰してるようじゃダメだな。そこはやっぱり減点要素になるよね。
俺の客観的な意見にポチョがむっとした。
「そんなことないよー。やっぱりずっと仲良くするのって難しいし、一回ダメになっても大丈夫なんだって。そういうの、私は好きだな」
俺はポチョの膨らんだ頬を指で突付いた。
ポチョ子は優しいな〜。俺のカワイ子ちゃん。
俺はすっかり上機嫌になって元騎士キャラとイチャついた。
やはりパツキンのチャンネーは格別だ。俺ら黄色人種は自分自身の意思ではどうにもならないほどの白人コンプレックスを植え付けられており、金髪碧眼の女というだけで人間的なグレードが二段か三段は軽く上昇する。つまりポチョを連れて街中を歩いてるだけで俺は勝利の余韻に浸ることができるのだ。
しばらく留守にしていた反動か、やたらと身体を密着してくるポチョは俺の自尊心をこの上なく満たしてくれる。
俺はニコニコとしながらポチョ子と会話のキャッチボールを続ける。
いやいや、やっぱり一番偉いのは一度もクラン潰さないことだからね。そこは認めてあげないと。そりゃあダメになって得られる経験とかもあるだろうけど〜。
「……他人事みたいに言うんだナ?」
知らないゴミが当たり前のような顔をしてウチの丸太小屋に上がり込んできた。
ポチョが俺の腕の中で瞳を輝かせて手を打つ。
「わぁ! 蛇マンだ!」
剣呑な視線を俺に浴びせていた知らないゴミが、ポチョの無邪気な喝采にニコッと笑ってポーズを取った。
「蛇マンだよ! ポチョちゃんは良い子にしてたかな?」
ポチョは元気に手を上げた。
「はーい!」
この知らないゴミ、誰かと思えばつい先ほど動画に出演していた男であった。
俺も見覚えがある。攻略組の一員だ。俺は押しも押されぬクソ廃人のサトゥ氏に身体を狙われており、一堂に会した攻略組の面々と何度か顔を合わせたことがある。そのたびに視界の端っこに引っ掛かっていた男だ。蛇マンというのか。極めてダサいがとやかくは言うまい。
俺は気さくに片手を上げた。
よう、有名人。動画見てたぜ。新マップの攻略は順調かい?
ニコニコ笑顔でポチョに対応していた蛇マンとやらは一転してゴミを見るような眼差しを俺に向けた。
「なんでお前みたいなクズにポチョさんが懐いてンだ」
おや、俺に対しては随分な態度じゃねえか。三番手ないし四番手のクランマスターって話だったが、しょせんはゴミか。そこら辺のモブキャラと何も変わらねえ。個性ってモンを出そうという気がまったくないらしいな。
蛇マンはドカッと俺の対面の席に座った。垂らした手を持て余したように組んで低い声で凄んでくる。
「調子に乗るなよ、崖っぷち……。俺は二秒あればお前を殺せるぞ」
いいや、お前にゃ無理だねェ。何しろ……。
俺はゾロリと全身からウッディを生やした。
死ぬのはお前だからな。
銃口を向けられた蛇マンがニヤッと笑う。
「【ギルド】のよ。なぁ、崖っぷち。最高指揮官ってのは、妙な名称だよなァ。将軍とか元帥とか……そういうふうには呼ばれない。何でだと思う?」
さあな。俺の知ったこっちゃないね。
「俺はこう思う。最高指揮官と指揮官に機能的な違いはないんだろう。実際、アナウンスで流れたラムダのジョブは【指揮官】で、最高指揮官ってのはプレイヤーが……ゲストの連中かもしれないが……勝手に呼んでるだけなんだなってのが分かる」
いつの話だよ。そんな細かいことまで知らねえよ。
「まぁ聞けって。つまりこういうことだよ。最高指揮官ってのはプレイヤーの手に負えないほど成長した指揮官の総称だ。そいつらをまとめて束ねる個体は必要なかった……と言うより最高指揮官レベルまで行くと別の指揮系統に属する【ギルド】は邪魔なんだろうな」
……だから?
「お前は俺の敵ってことだよ」
言下に蛇マンの全身からウジ虫が這い出た。ウジ虫の腹から伸びた銃口が一斉に俺へと向く。
別の指揮系統……。お前は……。
「お前の【工兵】はラムダ系列。クァトロを追っている内にプレイヤーと関わることが多くなり、いつしかプレイヤーを理解するための機能を獲得していった。分かるか。純粋な戦闘型じゃないってことだよ」
俺は自分を棚上げして吠えた。
借り物の力で何を偉そうに。テメェーは自分一人の力じゃ何もできねえ臆病者だッ!
俺は舌を突き出してピロロロロロロと怪音波を発した。蛇マンもまた即座に怪音波を発して相殺してくる。だが、その程度のことは攻略組ならやれるだろう。驚くべきことじゃない。俺は怪音波を維持しながら円環状の黒い波を放った。その傍ら、手を後ろに回して蛇マンに見えないよう黒魔石を編み上げていく。
蛇マンは俺のアビリティを物ともしなかった。絡み付いてくる黒い紋様を引き剥がし、ニヤニヤと笑いながら勝利を確信したように吠える。
「黒魔石は基礎の基礎だ! 【工兵】の使い方には更に上のステージがある!」
黒い稲妻がバチバチと上がり、怪音波が不協和音を奏でる。
パッと席を立ったポチョが居間を出て行って廊下からこそっと顔だけ出した。恨めしそうにこちらをじっと見てくる。
「……二人ともうるさい」
俺と蛇マンはガッと肩を組んで仲良しアピールした。
もううるさくしないよ。戻っておいで。ね? 蛇マン。
「もちろんさ、崖っぷちくん。俺たちは友達だからね」
俺たちは友達になった。
しかしポチョは警戒して近寄って来ない。疑わしげにじーっと俺たちを見てから、素早く身を翻して部屋に引っ込んでしまった。
俺と蛇マンは戦闘服に着替えて、ポチョの部屋の前で楽しいヒーローショーを開催した。
おのれ蛇マン〜。今日こそはキサマの息の根を止めてくれるわ〜。
「現れたな怪人目口〜。この星の平和は俺たちが守る〜。とうっ。蛇マンパンチ〜」
ログインした先生が参戦してきた。
「危ない蛇マン〜。今こそ新兵器のマムシブレスレットの出番じゃ〜」
「ひ、羊博士〜」
俺の部屋からイヤにチンピラじみた蛇柄のベルトを持ってきた羊博士が蛇マンに手渡す。
ベルトを手首にぐるぐると巻いた蛇マンがポーズを決めてぴょんとその場で飛び跳ねる。
「マムシ! 変っ身っ!」
ま、まぶしい〜。
特にまぶしくはなかったが、俺は目を覆って間を繋いだ。
のそのそと近寄ってきたリュウリュウが蛇マンを肩車した。
リアクションに困った俺はひとまず見たまま言う。
き、巨大化しただと〜。
何もかもが手探りで答えらしきものが何も見えなかった。ただ、ハッキリと言えることはマムシは何も関係なかった。
羊博士が苦しい解説をする。
「マムシブレスレットはエナジーの力じゃ〜。強大なエナジーが蛇マンを大きく見せる〜。怪人目口はひるんでおる〜。今じゃ〜。特訓の成果を見せるんじゃ〜」
特訓の成果とは? 羊博士の無茶振りに蛇マンがキョドった。中途半端に両手を上げた姿勢で迷い子のように頭を左右に振る。
俺は間を繋いだ。
こ、この俺様にキサマの毒は効かんぞ〜。
蛇と言えば毒という俺のクソ安直な発想に蛇マンは光明を見出したようだった。
リュウリュウの肩から降りると、頭に被っている蛇のぬいぐるみを上下しながら俺に迫ってくる。
「ひ、必殺〜マムシの強い毒〜」
俺はサッと頭を差し出した。
ぱふっと作り物の牙に頭を挟まれるや、ガクリと片膝をついて悶絶する。
ぐ、ぐあ〜。マムシの強い毒にやられた〜。
俺は、ぱたりと廊下に倒れた。
ドアの隙間からじっと俺たちを見つめているポチョさんが、ふふっと小さく笑った……。
これは、とあるVRMMOの物語。
その戦闘服、正式採用なんですか?
GunS Guilds Online




