消えたフレンド
1.パピコ砂漠
ギンギラリンと輝く太陽がじりじりと肌を焼き、砂塵混じりの熱風が立っているだけで全身を砂まみれにしてくる。特に服の隙間に入ってくる砂がうっとうしい。
痛覚カットされているからその程度の感想で済むのであって、そうでなければ今すぐにでも逃げ出したくなるだろう。
新マップ特有の高揚感を差し引いても、歩いていると足元から突然モンスターが襲ってくると聞けばげんなりとしてしまう。
しかし種族人間の夢は止まらない。
子供のようにハシャいで我先にと新マップを駆けていき、砂の中に引きずり込まれて悲鳴を上げながら死んでいく。
地中からの襲撃。バックアタックだ!
種族人間とは動く肉袋であり、少し強めに押すとたくさんの水が出てくる魔法の水筒のような存在だ。ミミズさんは大喜びでごちそうにありつく。目を覆わんばかりの惨劇も、見方によってはオアシスに集まる動物たちのようで心が和む。
そんなミミズさんたちの穏やかな昼下がりをブチ壊しにするのがエンドフレームこと粗大ゴミである。
巨人がゴミごとミミズさんを叩き潰した。種族人間は変身すると気が大きくなる。調子付く。物凄い勢いで寿命をすり減らしているようなものなのだが、それが自分の真の実力なのだと勘違いしてしまうらしい。
自分の力に酔った粗大ゴミが巨体を反らして円環状に編まれた黒い紋様を放つ。
種族人間の固有スキルは精神に干渉するものが多い。大して才能がないので大してエネルギーを消費しない精神干渉に落ち着くのだ。
クソのようなアビリティに引きずられて巨大化した粗大ゴミどもが同士討ちを始める。強制的に変身させられたのが気に食わなかったのだろう。完全変身は残機が一気に削れる。
咆哮を上げたエンフレが元凶の粗大ゴミに組み付く。地響きを立てて倒れた粗大ゴミに馬乗りになって拳を叩き付ける。顔面を鷲掴みにして引き上げるや、手首のパーツが展開して光の輪が連続して射出された。
強制変身のアビリティは、使用者が通常形態に戻れなくなるというペナルティが生じる。
全身に決して少なくないダメージを負った粗大ゴミが笑う。
【どうした。殺せよ。とどめを刺せ。俺のアビリティをくれてやる】
【……言われないでもやるさ。バカヤロウ】
何やらモブキャラ同士のドラマがあったようだ。
プレイヤーの母体を撃破するとアビリティが解放される。このゲームのプレイヤーに備わるスキルコピーによるものだ。
胸を刺し貫かれた粗大ゴミがびくりと一度痙攣して自壊していく。
こうしてまた一つ、ゴミのようなアビリティが解放された。
もうどれだけのアビリティが解放されたのか分からない。誰も全容を把握してないかもしれない。プレイヤーの固有スキルは大半がゴミだから、ゴミのようなアビリティばかりがストックされていく。ソシャゲーで言うところの強化素材にしようにも経費が嵩むからまとめて売り飛ばすようなクズ素材だ。おまけに効果がカブりまくってるから、今更一つや二つ解放されたところで実感がまったく湧かない。
せめて一部のクソのような廃人が所持している強力なアビリティならまだ他に使い道があるのだが……。まぁそいつらは自分のスキルを他のゴミに譲るつもりなどまったくないらしく小賢しく立ち回る。世のため人のため率先してロストするくらいの男気はないのか。嘆かわしいことである。
おっと粗大ゴミを屠ったエンフレさんが俺に絡んできたぞ。恒例の逆恨みタイムだ。
【崖っぷち〜。なに笑ってんだよ。なにがおかしい……】
笑ってないよ。俺は神妙な顔をした。
【テメェのアビリティの所為でっ、俺たちは……!】
またそれかよ。俺は溜息を吐いた。
あのな、アビリティってのは道具だ。振るうもの次第で善にも悪にもなる。そんなのは漫画で散々議論されてきたことだろ。俺は悪くない。むしろ俺のアビリティを悪用されて俺は傷付いたぞ。深く傷付いた。俺は被害者だ。なのにこうして絡まれてる。なんて可哀相なんだ、俺は。
俺は一つも間違ったことは言っていない。
例えば有用なアビリティを持ってるヤツが争いの火種になるかもしれないとロストを躊躇ってたらゴミどもは口を揃えて俺と同じことを言うだろう。力そのものに善悪はないだのと綺麗事を口にするに決まっている。
それを、デメリットが目立つからといって俺のアビリティを諸悪の根源のように言うのは筋が通らないだろう。力そのものに善悪がないなら俺のアビリティだって公平に受け入れてくれなくちゃよ。
だろう? くくくっ……。
【テメェーは一体どこまでッ……!】
まぁ待てって。いきり立つ粗大ゴミに俺は手のひらを向けた。
責任のなすり付け合いもいいが、俺はそろそろ足を洗おうと思っててナ。誰が何を盗んだだの誰を殺しただの……下らねえ。悪いが、そういうのはお前らで勝手にやってくれ。
【あ? どういう意味だそりゃー? オメェーはどの視点からモノ言ってんだ? オイ】
ガラ悪いわぁ……。
そういうトコだよ、そういうトコ。お前らはデケー図体してヤることといったら死ねだの殺すだのと……自分が情けないとか思わねーの? 俺ぁもうそういうのは卒業したんだよ。命を大事にしようって決めたんだ。
【ハハッ。オメェーが? 無理だろ】
無理じゃねーよ。元々俺ぁ争いがキライなんだよ。平和が一番だぜ。
知らないゴミがポンと俺の肩に手を置く。
「おいおい、崖っぷち〜」
俺は知らないゴミの首を刎ねた。腹を蹴って地べたに転がす。バサっと砂を蹴って掛けてやって埋葬完了。イヤ別に埋まっちゃいねーが、とにかく話を続ける。
韓国サーバーに行ってきてよ〜。俺も思うところがあったんだよ。俺ぁ元々生産職だからな。家で大人しくクラフトしてるほうが性に合ってる。
ゴミどもは不思議な生き物を見つめるような目で俺を見ていた。
俺と目が合うと、朗らかな声を上げて笑う。
俺も笑った。
穏やかな空気が砂漠に佇む俺たちを包んでいた……。
2.クランハウス-居間
新マップの様子も見てきたし、帰宅した俺は経験値稼ぎに精を出すことにした。
新マップの解放はオンゲーにおける一大イベントだ。アメリカサーバーの侵攻やら先生の新ジョブといった問題はいったん後回しにされている。
問題を挙げるとすれば、五面ボスのぬいぐるみを頭に被ったクソのような廃人が当たり前のような顔をして俺の隣に座っていることくらいだ。
「もるるっ、もるっ!」
え? なに? 女神像が見つからない?
「もるるっ!」
オメェー、ンなもん消去法だろ。
……ゴミのようなアビリティが解放された影響なのか何なのか、母国語の使い方を忘れたサトゥ氏の言いたいことが嫌な感じに伝わってくる。
まぁもる語が便利なのは今に始まったことではない。俺は気を取り直して続けた。
深部はねえ。最深部もねえ。まず外縁部。遺跡マップは例外だろ。無視していい。国境沿いもねえわな。となれば、スタート地点の地下なんじゃねえか? と、まぁその程度のことは誰でも思い付くわな。となると例外パターンか……。
んー……ダメだ。思い付かねえ。ネフィリアに聞く……ってのはダメか。アイツは攻略組で遊ぶのが好きだからなー。先生は……まぁ自力で探すよう言うか。
よし、じゃあこうしよう。サトゥ氏。メルメルメを探せ。俺ぁーヤツのロストについて思うところがあってな。ツヅラを【目抜き梟】に潜入させてた。裏が取れたぞ。メルメルメの野郎、アイツ、ロストしてねえ。あのクソ野郎、フレンド解除の遣り方を見つけやがったんだ。
「も、るっ……」
サトゥ氏は瞠目した。
メルメルメは検証チームの元リーダーだ。
過激な報道姿勢が祟って逮捕されたことで検証チームから追放された。
頭の配線がイカれているらしく、たまに突飛な思い付きをする。
それが悪い方向に作用しているうちは単なる愉快なアホなんだがな……。
無駄な行動力と独自の情報網が合致した時、ごくまれに当たりクジを引く。
メルメルメ……。
お前、まだ生きてるのか?
今、ドコで何してる?
これは、とあるVRMMOの物語。
もるぁっ!
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