ああ、懐かしの故郷よ
1.ポポロンの森
ハンモックに揺られながら頭から布団を被って引き篭もっている。
引き篭もってると言っても野外だが。本当は部屋に引き篭もりたかったのだが、韓国サーバーに種族人間の家は存在しないので仕方ない。家を建ててもすぐにブッ壊されるので誰も建てないのだ。そんな理屈があるか。この国はどうかしてる。
面白がった小娘どもが俺のハンモックをぶらんぶらんと揺らし、先生が傷心の俺を気遣って食事をお盆ごと地べたにそっと置く。
「コタタマ。ごはんだよ。少しくらいは食べなさい」
俺は聞こえなかったふりをした。
先生に合わせる顔がなかった。
……俺だって頭では分かっているのだ。暫定エイリアンに負けたから何だと言うのか。ヤツらの正体は生物兵器らしい。ョ%レ氏自身がそう言っていた。つまりガンダムSEEDのコーディネーターみたいなものなんだろう。
サイがキラに勝てるか?という話だ。
勝てないんだな。ナチュラルとコーディネーターの縮図に決着を付けられなかったと言うかね。それがガンダムSEEDの問題点だった。単純に話数が足りなかったのだろう。視聴者がパッと思いつくことを製作陣が把握していない筈がない。フレイの婚約者というオイシイ立ち位置に居たサイを有効活用できなかったなら、それはリアルの事情以外にはあり得ない。事実、ガンダムSEEDのコーディネーターには出生率の低下という問題があった。そりゃそうなる。視聴者に気を遣って明言を避けたのだろうが、ブサメンが居なければ出生率は下がるだろうよ。男側が揃ってイケメンなら女はドコでマウント取るの?っていう話になる。給料か? でも顔面コンプレックスを持たない男なんてほとんど異星人だぜ。仕事に求めるのは給与よりも遣り甲斐になって行くんじゃないか。汚れ仕事を担当する人間が居ないんだから、そんな社会は破綻していくに決まってる。ナチュラルの強みはそこだ。ブサメンが居る。その一点に尽きる。まぁ地上波じゃ言えないがね。けけけっ。
分かった気になってあれこれの思考を巡らすのは楽しい。
俺は布団を跳ね除けるや、バッとハンモックから飛び降りてエサをガッガッと手掴みで食べた。もるるるっ……!
野生化した俺の背中を先生が優しく撫でてくれる。
「よしよし。たんとお食べ。そうだ。いいぞ。コタタマ。君は強い子だ」
もるぁっ、もるあっ……!
完食。
ふうっ、ふう……!
俺は息を荒げて四つん這いになる。
種族人間が文明などという偉い人間が楽をするためのシステムを導入してから二千年。多く見積もっても四千年かそこらか。
嘘だと思うなら試して欲しいが、人間は理性を捨て去ったほうが元気になれる。単純に年季が違う。
手に付着した食べカスをペチャペチャと舐め取りながら俺は進化の過程をゆっくりと辿っていく。
四足歩行から二足歩行へ。フリーになった手に武器を持つことを覚える。武器は長いほうがいい。だったら徒党を組んで一斉に石を投げたら無敵だ。弓矢の開発。反動というものを理解する。動物がやたらと強いんだがどうしたらいい? 罠を張る。落とし穴を掘る。高いところから落ちたら死ぬ。当たり前の理屈だが、思いのほか動物は無警戒だ。どうやら自分たちはそういうことが得意らしいと理解を深める。
俺の進化の過程をじっと見つめていたペスさんがワンと吠える。
犬種、グレートピレニーズ。世界最大の犬種は何かと問われたなら候補の一つに挙がる超大型犬だ。成犬の体高と体重は60cmと60kgを越える。
マゴットの親父さんが何を思ってペスさんを飼っているのかは分からないが、このような化け物じみた犬が居る家に近付く泥棒は居ないだろう。
俺のライバルはペスさんだ。どこの馬の骨とも知れない%ではない。
俺は斧を放り捨ててペスさんに宣戦布告した。
不甲斐ないところを見せちまったな……。挽回したい。来い。大切に来い。
バッと両手を上げてレスリングスタイルを取る。
ペスさんがそれでいいのかと目で問うてくる。まだ本調子ではないのではないか、と。
俺はニコリと笑って首を横に振った。余計な気遣いだ。俺が悪かった。地球上で生まれてすらいないものを、ライバル視した俺が間違っていた。そうじゃないよな? それは浮気だ。少しばかり勘違いしていた。
俺は人間だ。お前は犬。それが全てだろう。そこに宇宙人が立ち入る余地はない。
無言の遣り取りを交わす俺とペスに、先生が一歩下がってスペースを空けてくれた。
先生の本当に凄いところは、間違ったことを受け入れてくれる点だ。
正論を吐くだけなら誰にでもできる。だが人間は機械じゃない。誰しもがミスをするから理想を追い求めるだけでは社会は回らない。……いや、そういう理屈じゃダメだ。先生が見ている世界は多分その先にある。だから俺は先生に勝てないんだ。ターン制じゃないんだぞ。俺が考えてる時間、当然相手も考えてる。相手が手を打つ前にこっちが二手目を打ってもいいんだ。
最善手である必要はない。悪手でも敵を迷わせることができたなら。
先生の強さは、敵に深読みさせる強さだ。敵のミスを計算に入れることができる強さ。
俺は、ずいっと前に出た。
ペスが飛び掛かってくる。
俺は頚動脈を噛み千切られて死んだ。
ダメか。
ダメだった。
何かを掴んだ気がしたが、気の所為だったのかもしれない。
もう何が何だか訳が分からなかった。
2.結果発表
先生がネフィリアの手を掴んでぴょんと飛び跳ねた。
「ネフィリアの勝ち!」
俺は負けた。
ネフィリアは黒魔石をバラ撒いた犯人の逮捕に一役買ったことでまんまと要塞都市の中枢に潜り込むことに成功したのである。
ヤケクソになった俺はネフィリアが【ギルド】側のプレイヤーであることをリークしたが、すでに根回しされていた。完全に後手に回った形だ。
かくして新ジョブのブライトは譲渡条件が見つかり次第、ネフィリアに引き渡されることが決定した。
もっともティナンの信頼を勝ち取ったのは先生だったようだが。
先生は真っ向からティナンを説得することを選んだ。
俺とネフィリアの暗躍の模様を全て読み切って未来予知もかくやという精度で包み隠さずティナンに話したらしい。
結果、先生は要塞都市の特別相談役という役職に就任なされた。
ブタ箱で寝ているところを発見された韓国版AI娘などはひどい懐きようで、
「先生! また是非こちらにいらして下さい! 歓迎します!」
がっしりと握手された先生は困り顔で、
「あまり過大評価しないでね。今回の件は、ネフィリアとコタタマは私の教え子だからね。ある程度条件を絞れば何をするのか分かっていたんだよ。イレギュラーがあるとすれば、それは私自身だった。つまり私がコントロールできる環境だった。この上なく好条件だった」
だそうですよ、ネフィリアさん。
俺とネフィリアたんは反省会をしている。
「……私は目的を果たした。お前と一緒にするな」
あなた自身が心の底からそう思ってるなら別に構いやしませんがね。
「元を正せばお前が悪いんだぞ。お前の黒魔石は反則的だ。黒魔石の取り引きを想定して動くとなると、どうしても選択の幅は狭まる」
負け惜しみも程々にな。
「何をっ、この……!」
そのさぁ、返事に困ると掴み掛かる癖? 俺にもキッチリと継承されてるからそろそろやめよう?
ネフィリアに押し倒された俺に、カラーテリアがトコトコと寄ってくる。
あんだよ。牢屋にブチ込んだ件か? 後にしてくれ。見ての通り少し忙しい。
カラーテリアは上体を屈めてまじまじと俺を見つめてくる。
「……封印が解けてる。なんで? どうやった?」
は? 今更かよ?
この韓国版AI娘は限界突破した固有スキルで【ギルド】を封印することができる。
ああ、いや、そうか。封印が解けても別に連絡が行く訳じゃねーのか。そうだな。そのほうが自然だ。
まぁ答えてやる義理もないが……単純にスキルの使い方を間違ってるんだろう。
俺はカラーテリアを指差して言った。
お前のスキルはプライベートルームの作成。早い話が自分の領域に他人を引きずり込むことにある。限界突破したところで根っこにあるものは変わらない。無理に改造すればいびつにもなるだろうさ。そういうのをメモリーの無駄遣いって言うんだぜ。
「ど、どうしたら」
カラーテリアは動揺している。
ハイ、AI娘のお悩み相談のコーナー。
ネフィリアさんが俺に馬乗りになったまま言う。
「まず、どうしてお前たちαテスターの固有スキルがプライベートルームの作成なのか。考えたことはあるか?」
カラーテリアさんは戸惑いながらも頷いた。
「れ、レイド級に勝つためだ。私たちはお前たちほど人数が多くなかった。最低でも眷属を隔離しなければ勝ち目がなかった」
「そうじゃない。順序が逆だ。お前たちの固有スキルが眷属を隔離しうるものだったから、お前たちは増員されなかったんだ」
レイド級の固有スキルと種族人間のアビリティは同じものだ。
つまりアビリティがそうであるように、固有スキルもまた本人の資質を表したものになる。
別にョ%レ氏がαテスターのスキルを選んで与えた訳じゃない。
ネフィリアが続ける。
「お前たちの正体は天使の尖兵ということになるらしい。それが具体的にどんなものなのかは知らん。知らんが、おそらくは天使の特性や力を一部引き継いでいる。外見を変えることができるのもそうなのかもしれない。まぁ考えてみることだな。ジュエルキュリ、ルインルビィ辺りはどう考えているのか。会ってみるのも手だ」
カラーテリアさんは、自分の両手をじっと見つめている。力のありかを探るように。
俺はフォローしてやった。
まぁ〜そう深刻に考えなさんな。お前の人生だ。好きに生きろ。ウチのジャムジェムさんは自由だぞ。日に何度か定期連絡を寄越してくるんだが、MPが余るたびに『パンダさん可愛い』だのとささやきを飛ばしてくる。今日だけで10回を越えた。
なお、ちんちくりん一号のスズキさんは俺のモグラさんぬいぐるみをベッドに引っ張り込むのをやめて欲しい。抱き枕にされるとワタが寄るので。
ネフィリアに二、三度ビンタされてから解放された俺は、よっこらせと上体を起こして、小娘どもときゃっきゃしているミーチャさんをちょいちょいと手招きした。
ぷいとそっぽを向いたミーチャさんに「まぁまぁ」と機嫌を直すようジェスチャーする。すっかり警戒されてしまった。一応は近寄ってきてくれたが、一定の距離を保っている。
俺は素直に謝罪した。
悪かったよ。黒魔石をバラ撒いたのは失敗だった。犠牲者も出たしな。でも楽しかった。また今度遊びに来るよ。もしかしたら新マップで会えるかもな。
「……エンフレ大量投下しない?」
しないよ。お前らは自分の命を大切にしてるんだな。俺らも見習わなくちゃな。レベルを粗末にするのは良くない。
おそるおそる差し伸べられた手を、俺はそっと握った。軽く揺する。
また会える日まで。
ミーチャさんに抱きついたぺ公が目を$マークにして言ってくる。
「チョッパリ。居づらくなったらこっちにおいでよ。ミーチャのこと好きにしていいぞ」
俺は苦笑した。考えとくよ。
かくして韓国旅行の日程を終えた俺たちは帰国した。
3.日本-パピコ砂漠
Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaa……
新マップの砂漠エリアでは、完全変身した粗大ゴミが咆哮を上げていた。
円環状の黒い波が放たれ、クソのようなアビリティに引きずられてゴミどもが巨大化していく。
この国はもうダメだな。
俺は真剣に亡命を検討した。
これは、とあるVRMMOの物語。
さらば魔境。ただいま魔境。
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