大神聖ロリコン宣言
リア充、爆ぜろ。
真摯な願いを込めてログインすると、リア充を象徴するかのようなサンタコスに身を包んだ【ちびNAi】が俺を出迎えてくれた。
【クリスマスイベントを開催します!】
そうだな。俺が間違っていたよ。
俺は反省した。
俺はリア充には決して味わうことができない素敵なクリスマスを過ごすんだ。
明日はクリスマスイブ。サンタさん来てくれるかな? 今からワクワクして来たぜ。
運営ディレクターのョ%レ氏が消息を絶ったと聞いて心配していたのだが、さてはイベントの仕込みに入っていたな? 粋な計らいをしてくれるじゃねえか。
さあ、どんなイベントが始まるんだ?
【プレイヤーのみんな! 聞いて聞いてっ。サンタコスチュームとトナカイコスチュームを用意したよ!】
ほう。既にして男女の格差を感じるが、まぁコスチュームなんざどうでもいい。問題はイベントの内容だ。
トナカイの角を付けたスピンがついにティナンに反旗を翻すのか? それとも投げ遣りにサンタコスに身を包んだレイド級ボスモンスターが状態異常という名のクリスマスプレゼントを大盤振る舞いしてくれるっていうのかい? どうなんだ?
俺が期待を込めて鬼畜ナビゲーターを見つめていると、【NAi】は誰しもが見惚れるような完璧な微笑を浮かべた。
【年に一度のクリスマス! 仲の良いお友達と一緒に過ごしてみては如何でしょうか!】
「まさかの!?」
俺はベッドから跳ね起きた。
まさかのスルー!?
実質的にイベントなし!?
そんなネトゲーってある!?
……いや、覚悟はしていた。だってゲーム内の季節、今、夏だからね。そこはリアルと合わせろよと思うのだが、まぁなんだ、ぶっちゃけ無理なんでしょ? どうせ異世界か何かなんでしょ? そりゃあ季節なんて変えようがないわな。普通に考えて公転周期を捻じ曲げたら世界滅亡するよねっていう。
俺は溜息を吐いて床に無造作に捨てられているトナカイコスに袖を通した。タダで貰えるのはありがたいんだけどさぁ、ゴミみたいに放り投げるのはやめて欲しいわ。こういうところなんだよな。このゲーム。本当にこういうところが地味にSAN値削ってくるんだよ。
しかも見ろよ。この赤っ鼻。どこからどう見てもモグラっ鼻の使い回しじゃねえか。女キャラ用のサンタコスとは気合いの入りようが明らかに違うぜ。こういう、野郎は黙ってソリ引いとけっつー運営の態度がネカマの横行を招くんだよな。そりゃあ女キャラはミニスカサンタコス一択だけどよ。そういう選択の余地を与えない問答無用のあざとさは結構好き。ちっ、じゃあどうしたらいいんだよ。この問いに答えはねえな。
自己完結した俺はトナカイの角を装着して部屋を出ようとして角がつっかえてひっくり返った。そしてその瞬間をばっちりポチョに目撃された。
ポチョはニヤリと笑った。くそがっ、言っとくが今のはわざとだぞ。基本はしっかりと押さえるのが俺だからな。
ついでにこれも言っとくぜ。お前、どうして普段着なんだよ! 着ろよ! サンタコス!
俺にコスプレを強要されたポチョは目を丸くした。
「えっ。い、いや、今日は23日だぞ? イヴですらないのに。お前こそどうして」
俺は溜息を吐いた。こいつ、何も分かってねえな。俺はポチョの肩に馴れ馴れしく腕を回した。来いよ。歩きながら話そう。
俺はゲーマーの何たるかを騎士キャラに教えてやった。
いいじゃねえか、減るもんでもなし。お前、ビキニアーマーって知ってるか? 女戦士ビキニアーマー問題っていってな。ゲーマーの間では長年議論されてきた問題があるんだよ。いわく、防具として用を為してねえだの、いや動きやすさ重視なんだだの、あるいはこんな説もあるな。魔法の力でガードされてるからむしろ肌は晒すべき、晒さないほうがおかしい、それはリアルじゃないっつー過激派よ。
そこに来てこのゲームだ。ついにゲーマーの悲願だったビキニアーマー問題に終止符が打たれるのかと俺の胸は踊ったのさ。
話し途中で居間に着いた。まぁ座れ。続けるぞ。ところがどっこい蓋を開けてみればビキニアーマーなんざ影も形もないじゃねえか。俺はな、納得してねえぞ。着もしねえで何が分かるってんだ。それをお前らと来たら普通に鎧の下に服を着込みやがってよ。恥ずかしいだ? それこそふざけんなって話よ。俺の持論を話そうか。とあるパーティーに奇襲を仕掛けるとする。そうだな、なかなかの手練と見受けたぜ。へっへっへ、金目の物を出しなってな具合よ。おっとビキニアーマーのチャンネーが居るじゃねえか。俺は手下にこう命ずるね。おい、お前ら。あの女戦士の肌は傷付けるんじゃねえぞ。手下もこれには納得よ。親分も好きですねぇだのと囃し立ててくる。へっ、物分かりのいい手下を持って俺は幸せだぜ。
つまりだ! 俺は荒ぶる鷹のように両腕を広げて強く主張した。
女戦士はビキニアーマーであってしかるべき! それがリアル! V!R!M!M!O!
「…………」
あ、スズキさん。居たんスか。はよざーす。ざーす、ざーす。
……ふう。朝っぱらから熱く論じまったぜ。ったく……。
俺は居間の窓から差し込む日の光に目を細めた。リア充、爆ぜてくれねえかなぁ。
1.今日のアットムくん
ウチのクランはまったり派だ。
サトゥ氏の【敗残兵】を始めとするガチクランとは違って生き急いだりはしない。若干一名ほど人を殺したくて仕方ないシリアルキラーは潜伏しているものの、イベントだからって目の色を変えたりはしないのだ。
しかし今回に限っては目の色を変えるどころか人生の全てを注ぎ込んでやろうっつーヤツが居た。
アットムである。
このロリコンは、先生に直談判して異教の習慣をティナンに布教するよう強く訴えた。どうもティナンにクリスマスプレゼントを配りたくて仕方ないらしい。勝手に配ればいいじゃねえかと俺は横槍を入れたのだが、そこは子供たちの味方、変態紳士のアットムくんである。どうしても枕元に置きたいのだと言って譲らない。
当然ながら先生はアットムの主張を退けた。しかし最終的にはアットムの熱意に押されてティナン姫に話だけは通してみるということになったのだ。
その先生がクランハウスに戻ってきた。ティナン姫の返答やいかに?
先生は、丸いお腹を突き出すように背を反らすと、ぴしっと両腕を伸ばして交差した。
X。ばってんマークである。アウトぉー!
「先生っ……!」
いきり立つアットムを俺は押さえつけた。待てっ、アットム。この方をどなたと心得る。まずは事情を……言い掛けた俺の視界が天地逆転した。もうね、アットムくんはあれだね。一人だけ超人オンラインの領域に足を踏み入れようとしてるわ。
俺を転がしたアットムが先生に掴み掛かる。
「どうしてですか! あなたは誰よりもティナン姫に信頼されている! そのあなたが!」
先生はつぶらな瞳を細めて悲しそうにアットムを見つめている。
「アットム。どうしても枕元でなくてはならないのかな……?」
「でなくては意味がない! 僕が彼女たちに与えたいのは施しじゃない! 朝っ、枕元にプレゼントを見つけた時の感動なんだ!」
「アットム」
「先生! 本当にあなたは僕の情熱を余すことなく伝えてくれたんですか!? いいや! とてもそうは思えない! やはり僕が直接っ……!」
「アットム!」
先生が怒鳴った。滅多にあることではない。……しかしその瞳はどこまでも深い悲哀の色を湛えていて……。
「分かってくれ、アットム。不法侵入なんだ」
……アットムはティナンの血縁者ではない。真夜中にティナンの家に侵入するなど到底許されることではない。更に先生は続けた。
「予め保護者の許可を得た上で、という代案を提示してみたが……そもそもクリスマスという習慣がティナンにはない。何故異教の風習にそこまで、と問われて私は返す言葉を持たなかった。心苦しいが、アットム……諦めなさい」
その時、アットムの中で何かが切れた。ふらりとよろめき、脱力して崩れ落ちる。俺はとっさにアットムを抱き留めた。
「アットム! 気をしっかり持て!」
アットムは泣いていた。震えが止まらない手を不思議そうに見つめて、初めて押し寄せる感情に気が付いたようだった。堰を切ったように滂沱の涙を流すアットムが、俺を気遣ってか笑おうとして失敗した。
「こ、コタタマ。涙が止まらないや、どうしよう……」
いいんだ。アットム。泣け。堪えるな。お前……壊れちまうぞ。
俺が震える声で叱咤すると、アットムは嗚咽を漏らして俺にしがみついた。
「僕はっ、あの子たちにっ、ただ……!」
分かってる! 言うな!
俺はアットムをきつく抱き締めた。
俺は……。
アットムが零した涙には、値千金の価値がある。どんな宝石だって、コイツが流した涙と比べればくすんで見えるだろう。
俺は……。
2.マールマール鉱山-山中
俺は、切り株の上に立って夜空に浮かぶ月を眺めた。
収録スタッフに混ざって車椅子に座ったアットムが茫洋とした視線をこちらに向けている。俺はにこりと微笑んだ。
「あ、あ……」
アットムがふらふらと伸ばした手を、隣で待機しているサトゥ氏が優しい手付きでそっと戻す。
……アットムは壊れてしまった。アットムにとって今日という日は……いやクリスマスというものは無価値なものになってしまったんだ。
それでもアットムがログインしているのは、きっと俺を止めるためだ。多分コイツは今も必死に抗っている。
……ありがとうな。勇気を貰ったよ。
肝が座った……というのか何なのか……神妙な様子とでも言えばいいのか? 不思議な心持ちでいる俺とは対照的にサトゥ氏は落ち着かない様子で身体を揺すっている。どうした?
呟かれた俺の声に、サトゥ氏はびくりと大きく震えた。
「ほ、本気でやるのか? 自殺行為だぞっ、こんな……!」
ああ。無理を言って済まなかったな、サトゥ氏。俺はよく知らないが、生放送の枠を取るのって大変なんだろ? 本当にお前には感謝してるよ。知り合えて良かった。心からそう思っている。
「い、いや。それは別に構わない。お前が数字を取れる男だってことは証明されてる。お、俺が言ってるのはそういうことじゃなくてっ」
時間だ。
今宵、生放送の幕が開ける。一世一代の大勝負、ってことになるのかな? ふふ、どうも……実感に欠けるな。こんなもんなのか。
微苦笑を漏らす俺に、ギョッとしたサトゥ氏が半狂乱になって俺にしがみついてきた。
「ダメだ! カメラを止めろッ! 俺はっ、なんだこれは!? あり得ないっ! 人の生き死にを左右してるッ! コタタマ氏っ、もういいじゃないか? お前は十分によくやったよ。アットム氏は、俺とお前で世話をして行こう? な? 大変なこともあるだろうけど、二人ならっ」
おいおい、もう生放送はスタートしてるんだぞ。やめろよ、まるでプロボーズじゃないか。俺は、人差し指を唇の前で立てた。良い子だから、サトゥ氏。
「しぃ……」
静かに、な? 視聴者が見てる。
ふっと脱力したサトゥ氏がふらふらと後ずさってフレームアウトした。
さて、始めるか。そうだな、何から話そうか……。
悩むことはなかった。言葉は自然と口から零れ落ちた。
「私は【ふれあい牧場】のコタタマである」
恥じ入ることはない。全てを語ろう。
俺は少しでも多く自分の気持ちが伝わるよう身振り手振りを交えて粛々と想いを吐露していく。
「本日、クリスマスプレゼントをティナンの枕元に置く提案がなされ、これをティナン姫は正式に却下した。非常に遺憾であると、まずは言わせて貰おう」
不思議だ。もっと緊張すると思っていたんだが、とても落ち着いている。
「不法侵入である。異教の習慣である。だが、それがどうしたとあえて言おう」
まぁ、これから全てを失おうって男が緊張するのもおかしな話ではある。なんか拍子抜けっていうか、余裕がありすぎて笑えてきたな。笑っとくか。あるがままに……そうですよね、先生。
「私は、明日21時、夜9時に山岳都市の広場より出発し、山岳都市を縦断。そのままティナン姫の屋敷に不法侵入する。不法侵入だ。そして彼女の枕元にプレゼントを置く」
最期の瞬間、今際の際に笑って死ねたら幸せだってよく言うよな。まぁ悔いを残さずにってことなんだろう。
だからよ、俺はそれが今でいい。俺の寿命は八十年後か? 九十年後か? まぁしぶとく生き残って家族の吠え面でも眺めてやろうと思ってたんだが……。その時によ、今やらなかったら、そのことを思い出して胸糞悪ぃ思いをするんじゃねえか? そんなのは真っ平御免だぜ。死ぬなら死ぬですっぱりと気持ち良く死にてえ。何が悲しくてリアルなんつう無理ゲーを百年かそこらやってよ、いよいよこれからエンディングっつー場面でバッドエンドでしたなんて幕引きをせにゃならんのよ。そんなもんは俺は認めねえ。
だから今だ。今なんだよ。
「もう一度言う。不法侵入である。明日、私は不法侵入を行う。何故なら私はティナンの喜ぶ顔が見たいからである。彼女たちを大切に思っているからである。あの感動を胸の内に秘めることは罪だと思うからである」
俺はロリコンでいい。
「人の本質は内面にある。外見に左右されるものが真実の愛とは思えない。私はティナンを愛している。ティナンだから愛するのだ。純粋無垢なあの子たちに喜びを与えない法を私は認めない。決して認めはしない」
父さん。母さん。俺は世間に誇れるような人間じゃないが、全てを投げ出してやってもいいと思える友人には出会ったよ。
「繰り返す。決行は24日の夜9時。良い子のティナンが例外なく寝静まる夜9時に私は山岳都市の広場を発つ。数多の障害が私を阻むであろう。しかし同志よ。しかし同志たちよ。神は言った。隣人を愛せよ。この胸に宿る愛こそが真に尊ぶべき法なのだ。それが過ちであるというなら、私は魔王でいい。秩序を破戒する魔王であろう」
だからアットム。戻って来い。俺はここに居る。お前の夢は、お前の愛は、この俺がつなげる。だから戻って来い。俺はここに居るぞ。アットム!
「さらば。ああ、さらばだ。ありがとう。すまない。以上!」
舞台の幕が降りる。生放送が終わった。
切り株から降りると、どっと疲れが押し寄せてきた。膝が笑ってやがる。ははっ、なんだ、この汗。なんだよ、やっぱり緊張してたのか。気付かなかったぜ。
悪いな、アットム。服にべったりと俺の汗がついちまった。
「コタタマ」
車椅子から立ち上がったアットムが、ふらつく俺を支えてくれた。
よう。すまんな、お前の見せ場を奪っちまった。
俺は相棒の肩に腕を回した。
何をしょぼくれた顔してやがる。さあ、行こうぜ。ぼーっとしている暇はねえ。これから忙しくなるぞ。
とりあえずプレゼントを用意しねえとなぁ。俺はしばらく身を隠すからよ。ま、そのへんはおいおいな。
ちっと疲れたわ。
うん、とアットムは頷いた。
「分かった。行こう。どこまでも一緒だ。同志」
ふん。俺はロリコンじゃねえ。
まぁ……俺は全てを失ったと思ったが、ダチは残ったってことなのかね。上等じゃねえか。
これは、とあるVRMMOの物語。
人は何者かに至ろうとする時、何かを捨てねばならない。世に名を成すならば、より多くのものを捨て去ることになるだろう。人は選択を迫られる。まるで、それが生きる意味そのものであるかのように。
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