コタタマくんの無血開城計画
1.決戦
スピンドックの全身がバチバチと放電している。
迸る稲妻が額から伸びた長い角に収束していく。
……人類の文明は電気を利用することで発達してきた。しかし落雷を利用する施設はない。採算が取れないか、ある一定以上の規模を越えた電力はコントロールできないということだ。
スピンドックの固有スキル【重撃連打】は強すぎる。威力は言うに及ばず即効性と射撃速度、共に最高値だろう。まともにやり合っても勝ち目はない。
万に一つ勝ち目があるとすれば、あの角。あのクソ硬そうな角をへし折ることができれば、スキルを制御できなくなるかもしれない。
七体の巨人が動く。
七人の勇士たち。
種族人間の強さは絆の強さだ。
それは魔物の王たるレイド級が持たない強さ。
レイド級は強すぎるがゆえに並び立つものを認めない。認めることができない。
しかし種族人間は違う。俺たち人間は弱いから、手を取り合って生きることができる。
一人ひとりは弱く脆くとも、束ねた力は何倍も強靭なものになる……!
七勇士の近接職が仕掛けた。
左右からの同時攻撃。入れ替わり立ち替わり左右をシャッフルしながら迫る。スピンドックが迎撃に動く。だが二人は目くらましだ。二人の背後からもう一人が飛び上がってスピンドックの角を狙う。
この日のために練り上げてきたのだろう。大鎚による一撃。攻撃の角度、タイミング共に申し分のない会心の一撃だ!
スピンドックがちょいと首を傾けて角で受けた。大鎚が砕け散った。
意外なことではなかった。レイド級は強い。単純なレベル差以上の大きな開きがある。それでもヤツらが生物である以上、弱点は絶対にある。
スピンドックが前足を無造作に振るう。囮になった一人が両腕を畳んでガードを固める。スピンドックの前足が容易にガードを粉砕した。エンフレの両腕と背骨がへし折れて身体ごと吹っ飛ぶ。一発でオシャカにされたエンフレの残骸が辺りに散らばる。
犠牲者が出るのは避けられない。そんなことはやる前から分かっていたこと。想定内だ。勇士たちは怯まない。
攻撃後の硬直時間を突いてエンフレが渾身の一撃をスピンドックに叩きつける。スピンドックはびくともしなかった。体長に比して分厚い毛皮と強靭な筋肉は刃物を通さない。
スピンドックの反撃。ちょいと前足を突き出し、エンフレの腹に当てる。バツンとエンフレの上半身が千切れ飛んだ。
レイド級は種族人間よりも攻撃魔法を巧みに使いこなす。電撃を意のままに操れるなら触れただけでエンフレを大破させる程度の芸当はこなすだろう。モョ%モ氏がやっていたように磁力を操ることもできるかもしれない。
接近戦では勝ち目がないことは十分に読み筋だ。
このゲームは魔法使いゲーだから、種族人間の本命は肉壁による敵の足止めと攻撃魔法のコンビネーションに尽きる。
生き残った前衛職が恐れをなしたかのように引き下がる。いい釣りだ。スピンドックが獣の本能に抗えずに獲物を追う。
七勇士の魔法職が手首のパーツを展開してスピンドックをロックオンした。
しかしレイド級は魔力を感知できる。スピンドックが跳躍した。高い。優に100メートルは飛んでいる。凄まじい脚力だ。ウサギをベースにしているだけのことはある。この脚力の高さが同じパワーファイターでもモグラさんとは大きく異なる点だ。
常識外れの脚力は人間の経験則を簡単に上回る。エンフレの【全身強打】をやり過ごしたスピンドックが二度目の跳躍に入る。今度は低い。跳躍力を凝縮したようなふわりとした長い滞空時間。エンフレからエンフレへと飛び移り、そのたびに粗大ゴミの首がねじ切られて宙を舞う。
だが、まだだ。
勇士たちの目に諦めの色はない。
しかし諦めが悪いだけだった。
勇士たちは全滅した。
使えねえ。
目障りな粗大ゴミを撤去したスピンドックさんは、むしゃむしゃとエンフレのモツを食んでから一休みして、のしのしと普通に歩いて帰って行った……。
2.ポポロンの森
ゴミはしょせんゴミだな。
何が七勇士だ。勇気がありゃいいってモンでもあるまいに。ああいうのを無謀と言うんだ。
しかし何だな……。この国はダメだな。詰んでやがる。
「そんなことないよ!」
真っ先に逃げたヤツは黙ってろや! テメェーにゃ人の心ってモンがねえのか!
ぶんぶんと両手を振るペ公を俺は一喝した。
ペ公は不可解そうに首をひねる。
「いや、だってあんなの無理でしょ。全滅するよりは一人でも生き残ったほうが良くない?」
それもそうだな。
俺は納得した。
エンフレを出そうと何だろうと、種族ゴミにレイド級をどうにかできると考えた俺が甘かった。そもそもペヨンが現場に残ったところで何の役にも立たない。
で、この後はどうするんだ? ダッシュで死に戻りしたはいいものの、またぞろ物騒なユーザーイベントはゴメンだぜ。
「えー? じゃあ曜日ダンジョンでも行く?」
早くも万策尽きて狩りに連れ出そうとするんじゃない。使えない女だな……。
ミーチャさん。何か案は?
「あ、じゃあ新マップに行きません? PC房が探索に出てるけど女神像が見つからずにバタバタと死んでるみたいです」
PC房とは韓国版のネカフェのことだ。この場合は廃人の代名詞みたいなものである。
新マップねぇ……。興味あるっちゃあるが。ネフィリア、どうする?
ネフィリアはフッと笑った。
「コタタマ、そうじゃないだろう? 私たちの目的を忘れたのか?」
目的? なんだっけ。俺は忘れていた。
「ブライトの後継者を決める。私かお前か……。ティナンの心を開いたほうが勝ちだ。Goatもそれなら文句はないだろ?」
先生は文句があるようだった。
「継承できるかどうかも分からないし、できるなら抽選にしようかなと……」
先生。プレイヤーの大半はゴミですよ。後継者は先生の目で選び決めるべきです。つまり俺。俺が先生の後を継ぎます。
ネフィリアが割って入ってくる。
「コタタマ。お前はダメだ。お前はブライトを継いだところでどうせロストして消えるだろう。その点、私は自慢じゃないが一度もロストしたことがない」
ぬかせ。ロストはしょせん時の運よ。今まで一回もロストしたことがないからってそいつが一体何の保証になる?
「黙れロスト魔め!」
何をっ、この……!
俺とネフィリアはぽかぽかと頭を叩き合った。悪い魔女を投げ飛ばして成敗しようとする俺だが、レベル差で押し切られてマウントを取られてしまった。俺に馬乗りになったネフィリアが俺の頬にビンタを浴びせてくる。
「レベル上げしろバカ! 何度ロストすれば気が済むんだ!」
俺だって好きでロストしてる訳じゃねんだよ! レベル上げだってなー! くそがーっ!
先生が仲裁に入ってくれた。
「こらこら、喧嘩はやめなさい」
先生っ。俺は先生にひしっと抱きついてもるもると悲しげに鳴いた。先生はいつだって弱者の味方だ。俺の頭をヨシヨシと撫でてくれる。今の先生はネフィリアベースなので、自然とご立派なおっぱいが俺の頬に押し付けられる格好になる。でへへ……。
だらしなく相好を崩した俺を指差してネフィリアが吠える。
「その姿でコタタマに密着するのはヤメロ!」
俺はキリッとした。
先生が不思議そうな顔をして俺を見てから、すぐにネフィリアへと視線を戻す。
「要塞都市の現状については私も思うところがある。いいだろう。ネフィリア、コタタマと勝負してみなさい」
そういうことになった。
3.要塞都市ニャンダム
「つってもさー。どうすんの? 実際」
物陰に身を潜めた俺にマゴットがそう尋ねてくる。
俺とネフィリアの勝負だ。公平に先生を除いた人員を半分こしている。
欲を言えばドラフト制を採りたかったのだが、部隊の構成は先生が決めてしまったので文句は言えない。そこそこ使えそうなノミ女ことフリエアを持って行かれたのは残念だが、まぁミーチャさんがこっちに居るだけマシか。
韓国人は韓国人なりに要塞都市の攻略をがんばっているらしく、特定のルートを使えば潜入はできる。潜入まではできるのだ。
要するにティナンの善意に付け込む形だ。
種族人間にはティナンと仲良くしたいと考えている勢力があって、俺たちはその一員だという嘘を信じ込ませるだけの簡単なお仕事である。
だが、その言い分は要塞都市の治安を守るティナン警察には通用しない。ヤツらは街で種族人間を見掛けるたびにか弱い俺たちを捕縛しようとしてくる。
ティナンは他者の気配に敏感だからな……。整形チケットでティナンに身をやつしても一目でバレてしまう。
正攻法では難しい。やはりどう考えてもティナンの協力者が要る。どうにかしてティナン王族と接触を持てるトコまで行けば……。ヤツらの勅命は面倒臭すぎる。
だが、ネフィリアと同じことをやっていては勝てない。
仕方ない。コレを使うか。俺は広げた手のひらに視線を落とすと、ぐッと手に力を込めた。どこからともなく出現した黒い金属片が結集して黒い魔石を組み上げていく。
ミーチャさんがギョッとした。
「それ、何ですか?」
ちょっとした隠し芸さ。
俺のプランはこうだ。黒魔石をバラ撒いてギルド化したゴミどもを量産する。
ティナンがプレイヤーと敵対しているというならば、突如として現れた正体不明の敵性体の解析に乗り出すだろう。
あとは簡単だ。タイミングを見て俺もギルド化し、理性を保った貴重な被験体として要塞都市の中枢に潜り込む。
ティナンは俺の周辺を探るハズ……。そこでミーチャさんと小娘どもの出番だ。あらかじめ行方不明になった俺を捜しているという体で、ティナンに接触を繰り返して貰う。そのたびに追い出されるだろうが、どこかで情報が繋がるだろう。行方不明になった人間を捜している集団が居て、そいつはどうやらギルド化しながらも理性を保っているヤツらしい、となる。
ティナンは真相究明に乗り出す。俺は重要な手掛かりという扱いになるだろう。ミーチャさんや小娘どもの証言から、俺は日本サーバーからやって来た旅行者ということが判明する。ギルド化は日本人が持ち込んだ伝染病のようなものという結論になる筈だ。
ここまで来れば、ティナンは種族人間と交渉の席を設けざるを得ない。韓国サーバーを封鎖するにはティナンだけでは絶対に不可能だからだ。
ギルド化した種族人間は、そこら辺のゴミよりは強いしな。放置するのは考えにくい。まぁその辺は韓国サーバーのティナン王族の考え方による。いずれにせよ分の悪い賭けじゃない。
そして、この計画のキモはティナンの調査力で点と点が繋がって線になるまでの工程だ。自分たちで発見したことを人は疑わない。
ついでに言うと……。
俺は黒魔石をミーチャさんと小娘どもにじっくりと見せてやった。
コイツには特殊な【戒律】が仕込んであってね。
力を与える代償として俺と黒魔石の関連性については忘れるようになっているのさ。
ミーチャさんが素早く武器を抜いて小娘どもを庇うように俺と対峙した。
「お、お前。私たちをどうするつもりだ?」
……冗談だよ。俺はニコッと笑った。
ただ、お前らに俺が黒幕だとバラされるのは困る。ティナンと仲良くしたいんだよな? だったら余計なことを言わないことだ。分かってくれるよね?
ミーチャさんと小娘どもはコクコクと頷いた。
俺もうんうんと頷いた。
あとは……。俺は内心で呟く。どのタイミングでコイツらに黒魔石を打ち込むかだ。口約束など当てにならない。コイツらは良心の呵責などという下らないものに耐え切れずにティナンに洗いざらい話すだろう。先生に告げ口などされては困る。大切なのは共犯者の関係になること。そして口封じのタイミングを間違えないことだ。俺はミーチャさんや小娘どものことが嫌いじゃないが、情に流されたりはしない。間抜けはそうやって失敗するんだ。
心なし怯える女どもに、俺は歯列をギラつかせて俺がティナンと種族人間の明るい未来を心より応援するものであることを強烈に示唆した。
それじゃあ、始めようか。
4.作戦開始
俺の計画は順調だった。
強さを欲するのは日本人も韓国人も一緒だ。
椅子に踏ん反り返って札束をべべべっと数える。また荒稼ぎしちまったなぁオイ!
……俺もバカじゃない。日本サーバーで派手に稼ぐとサトゥ氏辺りに嗅ぎ付けられることは分かっている。そろそろ海外に打って出るべきかもしれないと考えていたところに今回の韓国旅行は渡りに船だった。
気になるのはネフィリアの動向だ。ヤツは俺の師匠というだけあって俺の手を読むことに長ける。おそらく俺の計画を逆に利用してくるだろう。
だが、俺はその上を行く。
ネフィリアは日本サーバーの【ギルド】の指揮官代行だ。
師弟揃って【ギルド】の手先という訳だ。
種族人間というだけでティナンに敵視されるのに、その上【ギルド】の関係者ということが知られればティナンの心を開くのはまず無理だろう。
ならば、ネフィリアの手は読める。ヤツはミーチャさんと小娘どもを懐柔して俺から引き離そうとするハズ。俺を悪者にして自分はのうのうとティナンの味方という顔をする。そんなところか。
だが、ネフィリア……。お前は俺の黒魔石について細かくは知らない。記憶をいじることができるくらいの認識だろう。甘いな。俺の黒魔石は記憶をいじらないこともできる。
そして……ネフィリアよ。自覚はないだろうが、お前は小娘どもに情を移してるんだ。そんなことはないとお前は言うだろう。しかし先生の下で研鑽してきた俺には分かる。ずっと近くに居たヤツらに情を移さないなんてのは無理なんだ。
だからな、ネフィリア。マゴットは最後の最後には俺に付くぜ。アイツは他人の心を明るく照らしてやれる才能がある。俺と同じ、生まれながらにして定められた光の勢力の人間なんだよ。ああ、ネフィリア。お前は哀れなヤツだ。どこまでも一緒に堕ちてくれるなんて思ってるんだろう? でも無理なんだ。マゴットには、そんなことは。
さて、共犯関係は大事だ。
俺はミーチャさんと小娘どもに手料理を振る舞った。今日の晩メシは特製シチューだぜ。
ミーチャさんの俺を見る目は日に日に厳しいものになっている。
「……ペヨンが殺された。ギルド化した人間に」
ペヨンが?
そうなのか。どうにも運がない女だな。ネフィリアの言うことに従っていれば、安全だろうに。いや、指示を待たずに勝手に動いたのか。ペ公のやりそうなことだ。ネフィリアもさぞ気を揉んでいることだろう。いい気味だ。
ニヤニヤと笑う俺に、ミーチャさんがジトッとした眼差しを向けてくる。
「こんな遣り方は間違ってる」
けど確実だ。俺は真摯に答えた。
ミーチャさん。君たちだってティナンと和睦を結ぶために色々と試した筈だ。そしてそれは失敗に終わった。だからこその現状だ。だから俺は君たちがやらなかったことをやる。
俺らっトコのネフィリアはね。まぁ大したヤツだよ。かなり早い段階で【ギルド】と接触し、ヤツらを自分の手駒にしようとしていた。もちろん韓国サーバーにも同じことをしようとしたヤツは居るだろう。でも環境が許さなかった。俺はそう見ている。
多分、比率の問題なんだ。
日本人プレイヤーの大半はティナンに骨抜きにされちまった。でも韓国人プレイヤーはそうじゃなかった。ひょっとしたらティナンと敵対する道をあえて選んだという面もあるんじゃないか? サーバーの独自性という意味じゃそっちのほうが上だからな。女神の加護についても同じことが言えるだろう。何しろ同じことをやってちゃアメリカサーバーには勝てない。
「だからって、こんな……! ペヨンは私の友達なんだぞ!」
ぷんすかと怒っているミーチャさんを小娘どもが宥める。
「まぁまぁ。ミーチャ。タマっちはいつもこんな感じだから」
「そうそう。放っておけばいいんだよ。どうせ自爆するから」
どうせ自爆するとは何だ。
非科学的な。まぁお前らはそうやって勝手にタカを括っているがいいさ。
俺は晩メシを配膳しながら、女どもの皿にさらさらと黒い粉を入れていく。
へへっ。コイツが一定量に達したなら女どもの体内で黒魔石を作れる。細工は流々、仕上げをご覧じろってね。
ミーチャさんはペ公の死がどうしても許せないようだ。しかしメシに一服盛られるという発想はないようで、苛立ち紛れにパクつきながら俺を罵ってくる。
「この死神め! ペヨンにだって意外と優しいところがあるんだ。今回だってお前の仲間を庇って死んだって……!」
誰が死神だ。俺にだってあるよ、優しいところ。
しかし、そうか……。ペ公がね。
くくくっ……。
ペヨンの末路を思い、俺は含み笑いを漏らした。手のひらの上でりんごを転がしてから一口かじる。
皿にシチューをよそいながら独りごちた。
「やっぱ人間って面白!」
これは、とあるVRMMOの物語。
死神はりんごしか食べない。
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